義姉の2つの告白

@annkokura

第1話 日常

「俺も彼女ほし〜……」

 教室の隅でラノベを読んでいた俺は、顔を上げ、天井を仰ぎながらそんなことを口にした。

 俺、白神颯(しらがみはやて)は十六年間、告白されたこともモテたことも一切ない。もちろん、幼い頃や小学生中学年の頃までは無邪気だったので、女の子とも会話したり遊んだりした。だけど、小学5、6年生になると、いつの間にか女子とは話さなくなった。結果、今の状態になってしまう。挙げ句の果てに、俺は容姿普通、成績普通、運動神経も普通。特別な趣味や特技も一切ない。ごくありふれた男子高校生だ。

 はぁ……。俺もこんなラノベ主人公、ヒロインのようなイチャイチャ生活を送りたい……。

「はぁ……」

「どうした? ため息なんかついて」

「陽介(ようすけ)……」

 話しかけてきたのは、中学からの友人である日向陽介(ひなたようすけ)。容姿だけで簡単に説明するならチャラ男だ。チャラ男なのだが、決して悪いことには手を出さないし、それに、性格も友達想いで優しいやつだ。それに、俺の思うようなチャラ男みたいに女を取っ替え引っ替えなんてしていない。ちなみに、こいつも彼女なしだ。

「俺も彼女がほしいなぁ……って」

「マジか⁉︎ お前、本が恋人だったんじゃないのか⁉︎ 前にそう言ってたじゃねえか⁉︎」

「うっ……」

 聞き覚えのある小っ恥ずかしい言い訳だ。

 察してくれよ、陽介。そんなのただの強がりに決まってるじゃないか。いや、もちろん、ラノベを読むのは好きだよ? でも、こういう主人公、ヒロインのイチャイチャを読まされたら、こちらもそういう生活を送りたいって思ってしまうんだよ。

「でもお前、好きな人とかいるの?」

「いない……」

「まさかお前、可愛い子なら誰でもいいとかじゃ……」

「そんなわけないだろ」

 容姿はもちろん重視する。だけど、それ以上に重視するのは性格だ。容姿が良くても荒れた性格だったらたまったもんじゃない。すると、急にクラス内の喧騒がさらに大きくなった。何事だ? と思って喧騒の中心にいる人物に目を向ける。そこには、俺の姉、白神霞(しらがみかすみ)がいた。

 白神霞、高校二年生。腰まで伸ばした栗色の髪に人懐っこそうなタレ目。容姿は実の姉に言うのも憚られるが、高校二年生とは思えないほどの大きく実った果実。にも関わらず、細身の体型。純白のドレスのような真っ白い肌からは潤いを感じられる。性格はお淑やかで誰に対しても優しい。だから学校で通ってるあだ名は『聖母』。ちなみに、成績も優秀で先生からの信頼も厚い。さらに言うなら、百五十人の男子生徒から告白されている。だけど、なぜか誰とも付き合ったことがないらしい。なので、学校では、好きな人がいるとか噂されている。まあ、何せ姉弟とは思えないほどに、何もかもが違う。

 相変わらず、俺とは違うなぁ……。

「相変わらず、お前とは違うな」

 俺が思っていたことを陽介も思っていたようだ。

 姉は俺に気づくと、こちらに向かって歩いてくる。

「颯くん、お弁当一緒に食べよ」

「別にいいけど……。霞姉、友達いないの?」

「失礼な! いるよ! でも……」

 でものあとはゴニョゴニョしてて聞き取れなかった。その際、何故なのか姉の顔は少し赤くなっていた。

「じゃあ、食堂に行くか」

「うん。陽介くんも一緒に食べよ?」

「あっ、はいっ!」

 姉に誘われた陽介は、緊張した様子で返事をする。

 俺たちは弁当を持って、一階にある食堂へと向かう。そこに向かうまでに多くの生徒とすれ違ったのだが、その誰もが姉に目を奪われていた。それは、食堂についてからも変わらなかった。姉が食堂に入るなり、それまで騒がしかった食堂内が一瞬で静かになった。まるで、全員が姉に魅了されたかのように。

「あっ、あそこに四人がけの席が空いてる。あそこでいい?」

「別にいいよ」

「オレも大丈夫っす」

 陽介は緊張しまくってるようで、語尾が変わっていた。俺たちは席に着くと各々、弁当を開いた。もちろんだが、俺と姉の弁当の中身は一緒だ。

「いただきます」

「いただきまーす」

 手を合わせ、姉の作ってくれた弁当を食べ始める。その前に、

「陽介、何してるんだ?」

 俺の隣に座る陽介は、薬中なのでは? と疑ってしまうほどに手を震わせていた。そのせいで、弁当を包んでいる布を外せずにいた。

「お前、緊張しすぎだろ?」

「お前なぁ……。簡単に言ってくれるけど、『聖母』と一緒にご飯なんて何度体験しても緊張するんだよ」

「いや、そろそろ慣れろよ。一緒に食べ始めて二ヶ月だぞ」

「こんなこと二ヶ月で慣れるか! 『聖母』と一緒にご飯なんて、緊張なくなるのにあと二十年は必要だ!」

「いや、そんなにかからないし……」

 陽介とは中学からの友達だが、こうやって三人で食べるようになったのは、高校に入学してからだ。中学では、他学年と一緒に食べることはできなかった。

「あと、これも毎回言ってるが、霞姉は『聖母』なんかじゃないぞ」

「いや、『聖母』――」

「――『聖母』なんかじゃない。一人の女の子だ」

 なのに、みんなして『聖母』などと二つ名みたいなものをつけやがって。ったく……。

「そ、そういえば、先輩この間また告白されたんですよね?」

 ようやく、包みから弁当を取り出せた陽介は突然そんな質問をした。

「うん、断ったけどね」

「もしかして、好きな人がいるとか、ですか?」

「えっと……、うん……、そうだよ……」

 曖昧ながらも最後は認める霞姉。どうやら、噂は正しかったようだ。それはそうとして、

「霞姉、さっきから俺をチラチラ見てるけど、何かついてるか?」

「う、ううん! 何もついてないよ! そもそも、チラチラも見てない!」

「なんで、そんなに慌ててんだ?」

「あっ、慌ててないよ!」

 いや、どっからどう見ても慌ててるだろ……。

「もしかして、もう、その人と付き合ってたりして? だから、さっきから颯の方をチラチラ見て報告のタイミングを探してるとか?」

「そうなのか?」

「ちっ、違うよ! そもそも、付き合ってないし!」

 耳まで真っ赤にしながら全力で否定する霞姉。逆にそこまで必死に否定されたら怪しいんだけどな。

「なあ、颯」

「ん?」

「もし、先輩に彼氏ができたらお前はどう思う?」

「どう思うもこうも、霞姉が幸せになれるならそれでいいかなぁ……」

 他人の恋路を邪魔するほど俺の性格は腐っていない。と言うか、身内の幸せなんて祝うもんだろ。

「じゃあ、先輩は? 颯にもし彼女ができたらどう思いますか?」

「その女が颯くんの彼女に相応しいか徹底的に審査するよ? それ以前に絶対に認めないけどね」

 えぇ……、なんか怖いんだけど……。しかも、笑みを浮かべてるけど目は笑ってないし。

「そ、そうですか……」

 普段の霞姉からは想像のつかない表情に陽介は少し尻込みする。そして、俺にだけ聞こえる声量で確認してくる。

「なあ、もしかして先輩ってブラコン?」

「いや、俺が知る限りではそんなことはない」

「だったら、あの怒りの表情はなんなんだ?」

「さあ……」

 十七年間一緒に過ごしてきた俺でも今の霞姉の感情は読み取れなかった。

「にしても、霞姉羨ましいな」

「どうして?」

「いやだって、俺なんて生まれてこの方、一度も告白されたことないんだぞ? あぁ、俺も告白されたいなぁ……。というか、彼女欲しい……」

 付き合って、ラノベの主人公、ヒロインみたいにイチャイチャラブラブしたい。

 こんな発言、普通なら身内の前でできるわけない。だけど、霞姉を前にすると、そういう小っ恥ずかしいことも簡単に言えてしまう。多分それは、霞姉が笑ったり、馬鹿にしたりしないとわかっているからだろう。

「いや、告白されたらお前の返事次第で交際できるだろ?」

「確かに」

 まあ、告白されることなんて今後もないのだろうが。それよりも、相変わらず視線がすごいな。

 先ほどから食堂内にいるほとんどの生徒(主に男子)が俺たちをずっと見ているのだ。中には視線に殺気を込めている奴もいる。その原因は、霞姉と俺が今食べている霞姉の手作り弁当だ。

「なあ、霞姉の手作り弁当なんてそんなに羨ましいのか?」

「お前なぁ……。自分がどれだけ幸せ者かわかってないのか? 先輩の料理なんて食べたくても食べられないんだぞ? そもそも、一緒に食べることすら無理なんだぞ? お前はその両方を手にしてるんだ。殺気を送られても仕方ないだろ」

 そんなことを言われてもなぁ……。というか、姉弟に嫉妬しないでほしいんだけど……。

 そんな他愛のない話をしながら俺たちは弁当を平らげるのだった。この時の俺は、家に帰ったあと、まさかあんな展開が待っているとは思わなかった。

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