第二章 憂慮 5

 久しぶりの学校で過ごす緊張から、身体が疲弊してしまって、バス車内でうたた寝をしていた。

バス停に到着する頃には、降雨が緩やかになっている。

私の視線と合った天音さんが微笑みながら手を振ってくれた。

一日バス停に居るわけもないから、私が帰ってくる時間に合わせてくれたのかな。


「――おかえり」


「た……ただいま」


 照れてしまったけど、帰りの挨拶をしてくれて朝と同様に嬉しい。

先程のスーパーで、いつものチョコレート菓子を購入していた。

天音さんと一緒に食べるために、買い物袋から一つ箱を取り出す。

このお菓子が私は昔から好きで、家に買い置きもしている。

きのこを模したチョコレート菓子もあるけど、私はクッキーの軽やかな食感がする筍を模したチョコレート菓子の方が好き。


「あの……これ、一緒に……」


 箱を開けて中の包装紙から、小さな顔を見せつける菓子を露出させた。


「――いつも、ありがとう。私、好きなんだよね……明夏ちゃんから貰う、このお菓子」


 口に一つ入れて笑顔で咀嚼している。


「――学校、どうだった?」


「はい……いつも通りでした。でも、少しだけ……変なことを一言だけど……言いました」


「そう……よかったね。これからも……話せそう?」


「……わからないです。きっと、変なやつって思われているから、話してくれない……と思います」


「それは、少し違うと思うよ」


「え……なにがですか?」


「話してくれないじゃなくて……明夏ちゃんは、話しかけられても話せないって、少し思っているんじゃないかな?

……話しかけられても、うまく返せないと思うから、怖く感じている」


「それは……そうかも」


「怖いと思うけど……自分から話しかけてみようよ。話しかけてみたら、その気持ちを汲んで応えてくれる人はいるんだよ。

もちろん、誰彼構わず話しかけるわけじゃなくて、相手を見て判断することも大事だけどね。そういう同級生は……いる?」


 理由はわからないけど、私の脳裏に宮本さん、佐々木さんの顔が浮かんだ。

少しだけ園山君の顔も。

今日過ごした学校内の記憶を頼りに「いると……思います」と答えた。


「そう。学校で友達が欲しいなら、まずは自分から声を掛けてみよう? 明夏ちゃんならできるよ、大丈夫」


 天音さんの笑顔は眩しくて温かい。


「でも……怖いんです。友達を作っても、また……裏切られるんじゃないかって……。

仮に友達ができても……また、一人になっちゃうのかなって」


「そうだよね……怖いよね。だから……信頼できる友達を明夏ちゃんには見つけてほしい。

信頼って『してもらう』ものじゃなくて『させる』ものだと思う。だから、怖いと思うけど、明日は自分から話しかけてみよう?」


「……はい。やって……みます」


 天音さんは、小さいチョコレート菓子を口に運ぶ度に小さく頷いている。

私も口に運ぶけど、私が同じようなことをしても似合わないから、無表情で食べていく中で一つ質問をした。


「天音さんは……怖いものってありますか?」


「怖いもの……? うーん、人の哀しみ……かな」


 トタン屋根から流れて、地面に加速していく大粒の雫を天音さんは静かに眺めている。

明日、話しかけてみよう。

怖いけど……自分から行動してみよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る