Love is blind.

蒼辺ユリ

第1話「恋は盲目」

01

 涼やかな朝の風が、道路脇に咲く草木を揺らす。

 そのすぐ傍らに建つマンションの一室では、目覚まし時計の音が騒がしく鳴り響いていた。これでもかとうるさいぐらいに主張を続けているのに、ベッドで眠る少女は一向に起きる気配がない。

 少し遅れて枕元にあるスマホも鳴り始めた。

 二つの音が混ざり合い、部屋中にこだまする。

 少女の指先が僅かに動いた。

 大きく寝返りを打ってスマホに手を伸ばすと、すぐさまアラームを解除し、再びシーツの中に顔を埋める。

 規則的に鳴り続ける電子音は、少女を無理やり夢の世界から引きずり出そうとしていた。

 少女は床に落ちかけていた毛布をたぐり寄せると、騒音から逃れようと貝のように引きこもる。

 けれど、目覚まし時計の音は一向に鳴り止まない。

 しびれを切らした少女は、枕を掴み、目覚まし時計めがけて投げつけた。

「んー……」

 大きな背伸びをしながらようやく少女は身を起こした。

 肩にかからない程度に切りそろえられた柔らかな髪が、耳元でさらりと揺れる。

 少女があくびをし終えると同時に、聞きなれた鳥の鳴き声が彼女の耳に届いた。

「おはよう、ひーちゃん」

 ベッド脇に置いてある鳥籠の中では、愛らしいヒヨコが元気に羽ばたきしていた。


 リビングに併設しているキッチンでは、エプロン姿の男が朝食作りに励んでいた。

 男は自室から出て来た少女の姿に気付き、作業の手を止める。

「おはようございます」

 朝の挨拶をしたものの、少女から返ってきたのは覇気のない返事だった。

 まだ完全には頭が起きていないのだろう。

 ふらふらした足取りで洗面所に向かう少女の姿を見ていると、男は自然と笑みが零れてきた。

 男の名前は江崎麦芽えざきばくが

 彼は、少女の父親でも兄でもないのだが、わけあって少女と一緒に暮らしていた。


「忘れ物は無いですか? スマホは?」

「持ってます」

「お財布は? 現金は足りてますか?」

「ちゃんと昨日のうちに入れておきました」

「お弁当は――」

「弁当も教科書も、家の鍵も、全部持ってます! いってきます!」


 麦芽がいってらっしゃいと返す間もなく、頭に大きなリボンを付けた少女は勢いよく玄関から飛び出した。

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