旧校舎の神田先輩

おおつ

第1話

 神田先輩には頭がない。すらりと伸びた首の上には何も載っていなくて自由そうだ。顔がないから表情はわからないが、いつも微笑んでいるような気がする。そんな雰囲気の人だ。人ではないか。

 僕は神田先輩に恋をしている。



 旧校舎で誰かに挨拶をされたら必ず相手の顔を確認してから返事をしなければならない。

 たまに頭のない幽霊が出るから。

 もし相手に頭がなかった場合、挨拶を返してはならない。挨拶を返してしまうと取り憑かれ、その日から7日間夢を見る。頭のない男に「頭を探してください」と言われる夢だ。頭を見つけられないまま7日目を終えると、死ぬ。


 これは僕の高校の七不思議の六つ目の話だ。


 僕が神田先輩に出会ったのは夏休みのことだった。オカルト研究部の集会があって登校した日、うだるような暑さの日だった。早く着いたから部室近くの旧校舎との渡り廊下をぶらぶらしていた。外はあんなに暑かったのに旧校舎は案外とひんやりしていた。そんなとき、声をかけられた。

 「こんにちは」

 耳の中を滑り落ちるようななめらかな声だった。反射的に挨拶を返す。

 「あ、こんにちは」

 相手の顔を見る。いや、見ようとした。そこにはあるはずのものがなかった。僕はそこに釘付けになった。

 「そんなに見つめられると照れるな」

 相手の声で我に帰る。

 「すみません!」

 失礼なことをしてしまった。

 「いや、いいんだ。怖がられるより全然いい」

 彼はほっとしたようにそういった。

 「あの、あなたは……」

 「ああ、俺は神田。まあ幽霊かな」

 「あ、どうも。僕は坂本、人間です」

 そこまで言うと神田……先輩?はハハハと笑った。

 「よろしくね人間の坂本くん」

 これが僕の一目惚れの顛末だ。



 「暑いねえ坂本くん」

 僕は窓をガラガラと開けながら言う。

 「幽霊でも暑いんですね」

 「意外と不便なんだよ幽霊も」

 確かに神田先輩の首筋には汗の玉が浮いている。本当に暑いんだ。またじっと見つめていたことに気づいて視線を逸らす。

 「最近誰も挨拶を返してくれないんだ。前は何人かは気づいてくれたんだけどな」

 神田先輩は雑談のように言い出す。

 「七不思議のせいですよ」

 「七不思議?」

 僕は七不思議の六つ目の話を話して聞かせた。

 「えーそんな怖いことしないよ!」

 「でも結構広まっちゃってますし……」

 「そっかあ」

 神田先輩は少し寂しそうだ。

 「いいじゃないですか僕が雑談でもなんでも付き合いますよ」

 「……ま、そうだね」

 神田先輩がニッと笑った気がした。



 七不思議の六つ目を作ったのは僕だ。

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