第50話 日常の裏で

「もう!レオ兄さま、どこに行っていたのですか?」

 レオナルドが戻ると、セレナリーゼがほほふくらませて待っていた。どうやらレオナルドが店員と話したり、手巾を選んだりしている間に、とっくに着替え終わっていたようだ。

「ごめん、ごめん。ちょっと店内を見て回ってたんだ」

 レオナルドの口元に苦笑が浮かぶ。ゲームでは、いかにもおじょう様といった感じのおしとやかな公爵令嬢こうしゃくれいじょうのセレナリーゼ。自分との関係も冷え切っている。そんな彼女がいったいいつまで自分に対しこれほど感情表現ゆたかに接してくれるのだろうか、とつい考えてしまうのだ。ゲーム知識があるからこそ、今を素直に享受きょうじゅできないのはレオナルドの悪いくせになってしまっているのかもしれない。

「っ、何か私に選んでくださるんですか!?」

 レオナルドの言葉にセレナリーゼは目をかがやかせる。

「いやいや、俺に服選びのセンスなんてないよ」

 そんなセレナリーゼの反応にレオナルドはあせる。女子の服を選ぶなんて大それたことを自分に求めないでほしい。

「むぅ~~。…はぁ……。わかりました。お母さまがこちらも選んでくださったんです。どうですか?」

 セレナリーゼは何か言いたげに小さくうなったが、あきらめたように息をくと、レオナルドに今試着している服の感想を求めた。

 レオナルドは必死に頭を働かせるが、これまでと同じ言葉しか出てこなかった。本当にもう少し語彙ごい力をきたえた方がよさそうだ。


 そんな二人のやり取りをすぐ近くでフェーリスはうれしそうに見守っていた。


 結局セレナリーゼも二着の服を購入した。

 その二つはどちらも、レオナルドが試着したセレナリーゼを見た瞬間、思わず小さな声で可愛い、とつぶやいたものだということにレオナルドだけは全く気づいていなかった。


 一方、レオナルド達が買い物に出かけている頃、ミレーネは一人、メイド長に頼まれた買い出しのため市場に来ていた。

 先日レオナルドから突然控えるように言われ、戸惑とまどいつつも守りたい気持ちはあったが、働いている身としてはその指示にしたがってもいられない。


 買い出し自体は慣れたもので、貴族向けの店を順に回っていく。

 最初に入ったのは紅茶の専門せんもん店だ。

 店内に入ると茶葉のさわやかないい香りが店内を包んでいる。

 購入こうにゅうする銘柄めいがらは決まっているため、すぐに店員に伝える。

 店員もクルームハイト公爵家のメイドであることはわかっているようで実にスムーズだ。


 店を出たミレーネは次にコーヒー店に行った。こちらでも豆の独特どくとくな香りが店内を包んでいる。コーヒーについても購入する銘柄は決まっているため、店員とのやり取りはスムーズだった。

 元々クルームハイト公爵家でコーヒーを飲むのはフォルステッドだけだったのだが、最近はレオナルドも飲むようになった。それもフォルステッドと同じように砂糖さとうやミルクを入れずブラックで、だ。

 当初はコーヒーのにがみを知らないのだと思い、レオナルドに何度も何も入れずに飲むのかと確認してしまったミレーネだが、レオナルドがまるで飲み慣れているかのようにブラックコーヒーを美味おいしそうに飲むものだから、思わず表情に出るほど驚いてしまったのは記憶に新しい。


 そんなことを思い出してクスっと小さな笑みを浮かべたミレーネ。

 頼まれたものはすべて買いそろえたので、後は屋敷に戻るだけ、と店を出たところでそれは起こった。

「やあ。買い物中かな?きみみたいな子に両手いっぱいの荷物を持たせるなんてあまりいいやとぬしじゃないなぁ」

「まったくその通りだな。そんなものは店にでもあずけておいて、君は今から俺達に付き合うといい。楽しいところにれていってあげよう」


 明らかに貴族とわかる服装をした男二人組がニヤニヤとした笑みを浮かべながらミレーネに声をかけてきたのだ。

 年はミレーネとそう違わないように見える。実際彼らは今年度から学園にかよい始めた者達で、休みの日はストレス発散はっさんねて、時々こうして王都の街をぶらぶらしていた。そんな中、店の外からミレーネを見かけた二人はその美しさからぜひ遊びたいとナンパ目的で待ち構えていたのだ。

 今も値踏ねぶみするような下卑げびた目をミレーネの体に向けている。


「……いえ、申し訳ございませんが仕事中ですので」

 相手が貴族のため、ミレーネは余計よけいなことは言わず、丁寧ていねいに頭を下げてことわりを入れた。というか、ミレーネにとっては迷惑めいわく以外の何物なにものでもないため、早くこの場を離れたい。

 だが、どこぞにつかえるだけのたかがメイドが自分達のさそいを断るとは思ってもいなかったのか、男達の雰囲気ふんいき若干じゃっかん剣呑けんのんになる。

「なあネファス。俺の聞き間違まちがいか?今断られた気がしたんだが?」

「いやいや、そんなまさか。おい、君。君は知らないようだが、この人はクルエール公爵家の嫡男ちゃくなんであるグラオムさんだぞ?ちなみに僕もブルタル伯爵はくしゃく家の嫡男だ。そんな僕達が誘ってやってるんだ。当然断らないよな?」

 ネファスと呼ばれた青年が自分達がいかにすごいかを語り、だから自分達に従うのが当然だというように上から目線でミレーネにせまった。今のやり取りだけでもグラオムとネファスの力関係がわかる。そしてメイドに対する彼らの価値観かちかんも明らかだった。自分達の家柄いえがら権力けんりょく、それらをりかざすのは彼らにとって日常なのだろう。


「っ!?」

 ミレーネは頭を下げながらネファスの言葉に一度肩をビクッとさせると目を見開いた。ミレーネの体が小刻こきざみにふるえ始め、鼓動こどうがバクバクと速くなる。グラオムとネファスは震えるミレーネを見て自分達の家柄におそおののいているからだと判断し、嗜虐しぎゃく的な笑みを深くした。

(クルエール……!?ブルタル……!?)

 だが実際は違う。ミレーネはあふれ出しそうになる感情を必死におさえようとギュッと目をつむる。このとき、ミレーネの中では、殺意、憎悪ぞうお、怒り、様々な負の感情が渦巻うずまいていた。

(ダメ。今はダメ!このままじゃクルームハイト家に迷惑がかかってしまう)


「……大変申し訳ございません。この後も仕事があり急いでおりますので失礼致します」

 今にも爆発ばくはつしそうな感情を抑え、何とか普段のように冷静をよそおい、ミレーネは同じ台詞せりふを繰り返してこの場をろうとする。

 だが、そこでネファスがミレーネの腕をつかんだ。

「っ!?」

 その拍子ひょうしにミレーネのかかえていた紅茶とコーヒーの袋が地面に落ちてしまう。

「何を勝手に行こうとしているんだ?僕達が優しく言っているからってメイドの分際ぶんざいでつけ上がるなよ?お前に拒否きょひ権なんてないんだよ。僕達の家柄を聞いてそんなこともわからないのか?いったいどこの家のメイドだ?」

「っ、お放しください!」

 ネファスの掴む力が強いのか、触れられたことの嫌悪けんおからか、ミレーネの表情が苦痛にゆがむ。

「誰に物を言っている?こちらの質問に答えろよ。どこのメイドだ?」

「……クルームハイト公爵家につかえております。ですので―――」

 このままではどうにもならないとミレーネはあきらめたように答える。その声は必死に感情を抑えているからか、消え入りそうなものだった。だが、これで解放されるだろう。相手も公爵家だが、こちらも公爵家に仕えているのだから。

「はははっ、なんと妹に次期当主をうばわれたあの無能むのうのところか!後継者こうけいしゃめぐまれず、権力闘争とうそうでも第一王子派であるがクルエール家と違いすでに風前ふうぜん灯火ともしびであるあの!おまけにメイドのしつけもなっていないとはな。クルームハイト家も随分ずいぶんと落ちぶれたものだ。それに、公爵家に仕えているからといってお前はただのメイドでしかあるまい?俺達には素直に従った方がいいと思うんだがなぁ?」

 だが、ミレーネの答えを聞いたグラオムはクルームハイト公爵家そのものを尊大そんだい嘲笑あざわらう。

「グラオムさんの言う通りだ。当てがはずれて残念だったな。二度とそんな反抗はんこう的な態度が取れないよう僕達がたっぷりとしつけてやる。さあ、わかったなら僕達に付き合え。行くぞ」


 腕を引っ張られたミレーネは数歩進んでしまったところでグッと足に力を入れた。そして―――、

「放してください!」「うわっ!?」

 ネファスの手を思い切りほどく。いい加減我慢がまん限界げんかいだったのだ。そのいきおいでネファスは体勢たいせいくずしりもちをついてしまうがそんなもの関係ない。袋をひろい上げるとミレーネは急ぎその場を走り去る。

「大丈夫か!?ネファス!女、貴様きさま何をしたかわかっているんだろうな!?どうなるか覚えておけ!」

 そんなミレーネの背中にグラオムが怒声どせいびせるが、ミレーネは振り返ることなく屋敷へと走った。



 ―――――あとがき――――――

 お読みくださりありがとうございました!日常回から一転、何やらきな臭くなってきました。

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