第46話 (幕間)セレナリーゼのお願い

「最近レオ兄さまは何をしているのでしょう……?」

 セレナリーゼは表情をくもらせながら誰に言うともなくぽつりとつぶやいた。視線はレオナルドの部屋がある方向を向いている。

 先ほどまで魔法の鍛錬たんれんをしていたセレナリーゼは、現在、自室でミレーネにお茶をれてもらい、一息ついていた。

 もう少し続けていてもおかしくはない時間だが、年明けからレオナルドが鍛錬を短縮するようになり、セレナリーゼも何となくレオナルドに合わせて終わらせるようになったのだ。

 ひとりで鍛錬をするのはちょっぴりさみしかったから。


「ミレーネは何か知りませんか?」

 先ほどの呟きとは違い、今回の言葉は明確にたずねるものだった。

 セレナリーゼは以前、レオナルドに部屋で何をしているのかいてみたのだが、適当に誤魔化ごまかされてしまったのだ。そのとき感じた寂しさや悲しさはいまだ心に残っている。

「誰も中には入らないように、とのことですので、何をしているかまでは私にも……」

 お茶を淹れてからは、セレナリーゼの側にひかえていたミレーネが答える。


「そう、ですよね……。きっと何か楽しいことをしているに違いないのです。いつも鍛錬を終えるとワクワクした様子で部屋に戻っていきますから」

 セレナリーゼはレオナルドが何をしているのか知りたい。そしてできれば自分にもその時間を共有させてほしい。レオナルドにだって一人でしたいことがあるなんてことは考えるまでもなくわかっているが、それがセレナリーゼの本心だった。

「確かにこの時間を楽しみにしているような雰囲気ふんいきはございますね」

 レオナルドは一応隠そうとしているみたいだが、表情などがわかりやすいのか、セレナリーゼとミレーネにはバレバレのようだ。まあ、フェーリスにもしっかり気づかれていることを考えれば、やはりレオナルドがわかりやすいのだろう。


「今からレオ兄さまのお部屋に突撃してみようかしら……」

 それは今思いついたことがそのまま口から出てきてしまったという感じだった。だが、その表情は真剣そのもので冗談じょうだんを言っている様子はない。

「ミレーネはどう思う?」

僭越せんえつながら申し上げさせていただきますと、セレナリーゼ様であれば、レオナルド様がお怒りになることはないとは存じますが、それはけられた方がよろしいかと」

 ミレーネはいちメイドに過ぎないため、意見を求められたとしても、本来セレナリーゼの言葉を否定できる立場にはない。しかし、ミレーネは表情一つ変えず、冷静に、はっきりと自分の意見を口にした。さすがは完璧クールメイド、といったところか。

「そうですよね。さすがに突撃それはダメですよね……」

 セレナリーゼはなんとか自重じちょうしたようだ。万が一にでもレオナルドに怒られてしまったら、立ち直れないからという理由でだが。実際は、もし突撃してもミレーネの言う通り、レオナルドがセレナリーゼを怒ることはないし、そもそも部屋にレオナルドはいないのだが、セレナリーゼは知るよしもない。


 セレナリーゼはあきらめたように一度深いため息をくと、話の矛先ほこさきを変えた。

「……ミレーネはいいですよね。毎朝レオ兄さまを起こしに行けるのですから」


 セレナリーゼはねたように口を尖らせ、ジト目をミレーネに向ける。それはセレナリーゼがずっと思っていたことだった。自分も勉強のときなどレオナルドと一緒にいられる時間はあるが、二人きりというのは意外とないのだ。それなのに、ミレーネは毎日レオナルドと二人きりの時間がある。すじ違いだとわかっていても、それがセレナリーゼにはうらやましかった。レオナルドの寝顔を見れるというのもまた羨ましい。だから当たるように言ってしまった。


「いえ、私はあくまで仕事をしているだけですので」

 ミレーネは表情を変えずに事実を口にする。

「でも、ときどきレオ兄さまのことを揶揄からかっているでしょう?小声でやり取りしてますけど、私、わかってるんですから」

 今度はほほふくらませるセレナリーゼ。私、怒ってます、というアピールなのだろうか。レオナルドがからむとセレナリーゼは非常に表情豊かになるようだ。


「はて?私には何のことだかわかりかねますが……。レオナルド様がそのようにおしゃっているのですか?」

 平静をよそおいながらもこれにはミレーネも驚いていた。日頃からレオナルドを揶揄からかっているのは事実だけれど、これでは恋する乙女の可愛かわいらしい嫉妬しっとだ。

(これまでのことでも色々と思い当たる節はありますが、やはりセレナリーゼ様は……)

「レオ兄さまが言う訳ないじゃないですか。でもレオ兄さまがミレーネに何か言われてあたふたするのは何度も見ていますから」

然様さようでございますか?私には心当たりがございませんが」


「それにレオ兄さまがミレーネの、む、胸を、その、時々見ていることも、わかってるんですよ?ミレーネは大きいですから。ううぅ……」

 うらめしそうにミレーネの胸元を見ながら言ったかと思えば、悲しそうに自分の胸元に手をやるセレナリーゼ。そこにはわずかな膨らみがあるが、ミレーネとは比べるのも馬鹿馬鹿しいほどの差がある。だが、もしここにレオナルドがいれば、ゲームのセレナリーゼを知っているため、間違いなく立派に成長するから大丈夫、と太鼓判たいこばんを押しただろう。


 レオナルドは自身の習性を気づかれていないと思っていたが、ミレーネだけでなくまさかのセレナリーゼにまでバレていた。やはり女子はそういった視線に敏感びんかんなのだろうか。もしもこの場にレオナルドがいたらもだえ死んでいたかもしれない。


「おや、セレナリーゼ様もお気づきでしたか。ええ、本当に困ったものなのです」

 ミレーネは片腕を自身の胸の下に回し、もう片方の手を頬にやる。

「……本当に困っていますか?」

 そんなミレーネをセレナリーゼはいぶかしむ。無表情な上、胸を強調するような仕草をするミレーネは、セレナリーゼからすればとても困っているように見えなかったのだ。

「もちろんです、セレナリーゼ様」

「そうですか……。……けど、きっとそういうところなんでしょうね」

 そこにはミレーネへの憧憬しょうけいがこめられていた。自分は胸のことを言葉にするだけで恥ずかしくて動揺どうようしてしまったというのに、ミレーネにはそんな様子が欠片かけらもない。セレナリーゼにはミレーネがとても大人に見えた。

「?…何が、でしょうか?」

 メイドである自分から尋ねてもいいのか迷ったが、そういうところ、という表現が何を意味しているのかわからず、結局ミレーネは訊いてみることにした。

「ミレーネは大人だなと思ったんです。だからこそ、レオ兄さまはミレーネのことを信頼しているのかな、って」

「レオナルド様が私を?そのようなことはないかと存じますが」

 セレナリーゼがなぜそんな風に思ったのか不思議で、ミレーネは小首をかしげる。

「そんなことありますよ。だって、私がさらわれたとき、レオ兄さまが一人で追いかけてくださったのは、ミレーネなら必ず騎士達を連れてきてくれると信じていたからだって言っていたじゃないですか」

「それは……」

 ミレーネは思わず言葉に詰まってしまう。レオナルドがそう言った場には自分もいたが、ミレーネにはセレナリーゼの考えている信頼とは違うものではないかと思えるのだ。それにこの話はあまり続けたいものではなかった。だから、

「もしもそうであれば光栄なことです」

 ミレーネは下手へたなことは言わず、それだけを口にした。

 セレナリーゼはそんなミレーネを特に不審ふしんがることもなく、次の話題に移った。というか、これを訊きたくて頭がいっぱいだったのかもしれない。

「ち、ちなみに、ミレーネはレオ兄さまのことをど、どう想っていますか?」

 ミレーネの目をまっすぐ見つめてセレナリーゼは訊いた。それだけ真剣なのだろう。ただ、こういう話をすること自体恥ずかしいのか、その顔は少し赤らんでいる。

「私のつかえるべきお方だと思っておりますよ」

 それに対し、ミレーネはいたって冷静に答える。

「い、異性として意識したり、とかは……?」

「いえ、そのようなおそれ多いことは……」

 ミレーネは未だ恋をしたことなどなく、正直そういう感情がよくわからなかった。

 少し前までの―――、魔力がないとわかってからのレオナルドのことをミレーネは非常にあやういと感じていた。心が壊れてしまうのではないか、と。自分に向けられる嫌らしい視線に気づいても、気づかぬフリをして揶揄からかうようになったのも、レオナルドが思い詰め過ぎないように、という自分なりの考えがあったことは確かだ。

 それを乗り越えたように見える今のレオナルドは、嫌らしさが薄れ、こちらが揶揄からかったときも恥ずかしさが増したのか可愛い反応をするようになったと思う。そんなレオナルドを好ましく思ってはいるが、さすがに異性として意識はしていない。

 そもそもこの年代の四歳差は大きい。ミレーネとしては、そんな年下を異性として見ることなんてそうそうあり得ない、と考えているが、それは空気を読んで言わなかった。

「なるほど……」

 今のやり取りでセレナリーゼがどう思ったのかはわからないが、とりあえずは納得したようだ。セレナリーゼはニッコリと笑って言葉を続けた。

「わかりました。でしたら、ミレーネ。一つお願いがあるのですが聞いていただけますか?」

「はい。何でしょうか?」

「これからは私に協力していただけませんか?」

「協力、でございますか?」

 ミレーネの中に、いったい何の?という疑問が浮かぶ。

「はい。私はもっとレオ兄さまのことが知りたいんです。だから色々教えてほしくて……。それに、私もレオ兄さまから頼られるくらいの女性ひとになりたいんです」

「かしこまりました。私でよろしければ」

 これはもう確定だろうとミレーネは思う。兄妹で、という点は問題だとわかっているが、自分の立場でどうこう言えることではない。それに、こう言ってはなんだが、大人になっても続く想いものだとは限らないだろう。どこまで自覚しているかもわからない。ミレーネはセレナリーゼの今の気持ちを微笑ほほえましく思った。

「ありがとう。ふふっ、嬉しいです。これからよろしくお願いします。あ。あと、ミレーネも心境に変化があったら言ってくださいね?絶対ですよ?それと何か困ったことがあれば何でも言ってください。ミレーネとは公平でありたいですから。それに、もしミレーネに何かあれば、レオ兄さまもきっと力を貸してくださると思うんです」

 セレナリーゼの中ではレオナルドは余程よほど頼りになる存在のようだ。

「はい。身に余るお言葉ありがとうございます」


 こうしてセレナリーゼは強力な味方を得たのだった。

 その後、早速、とセレナリーゼがミレーネに相談したのは、レオナルドは胸の大きな女性が好きなのだろうか、といったものや、どうしたらミレーネのように胸が大きくなるか、といったものだった。

 ミレーネは困りながらも何とか答えを返したが、その内容は彼女達二人だけの秘密だ。


 ―――――あとがき――――――

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