第30話 素の精霊
黒刀の前に立ち止まると、緊張からか、それとも武者震いなのか、レオナルドは黒刀を見つめながら微かに震えているようだった。
眼前の黒刀は、主人公がどれだけ力をこめて抜こうとしても抜けなかったものだ。だが、これが精霊を宿すために必要なことなのであれば、レオナルドには抜けるはずだ。
(俺は俺の意志で絶対に未来を切り拓く!)
レオナルドは意を決して、右手で黒刀の柄を掴み、力をこめようとしたところで、精霊が声を発した。
『そうそう。言い忘れていたが、貴様が刀を抜いて見事私の力を得ることができたなら、私の望みを一つ叶えてもらうぞ?』
「っ!?」
レオナルドの肩がピクリと反応し、この状況で条件を出してくるとは、とその表情が僅かに歪んだ。精霊の望み―――。この黒刀が抜けたら、きっと精霊が自分に宿り、人間を殺させようとするのだろう。精霊が望むのは人間を殺すことなのだから。だが、それを素直に受け入れることは絶対にできない。
だから伝えておくなら今しかない、とレオナルドは思った。それにどこまで意味があるかはわからないが……。
「……理由は知らないが、あんたが人間を殺したいほど恨んでるのは知ってる。けど、もしあんたの望みが俺に人間を殺させるってことなら……それだけは断固拒否する!」
『え?』
レオナルドは決然と言い放つと同時に、黒刀を思い切り引き抜くため、全身に力をこめた。
「え?」
すると、黒刀は何の抵抗もなく呆気ないほどすんなり地面から抜けてしまった。思わずレオナルドの口から拍子抜けした声が漏れる。
だが、次の瞬間、レオナルドの目の前で強烈な白い光が発生した。部屋全体を真っ白に染めるほどの光だ。
「うわっ!?」
咄嗟に左腕で目元を庇うレオナルド。
強烈な光は長続きせず、すぐに弱まっていき、腕をどけたレオナルドの視線の先には――――、レオナルドの拳よりも一回り小さいくらいの白い光の玉が浮かんでいた。
「…………」
『…………』
レオナルドはぽかんとした顔で、眼前でフワフワ浮いている白い光の玉を見つめている。光の玉もレオナルドを見つめている、ように思えなくもない。
レオナルド達の間にしばし静寂の時間が流れる。その間、白い光の玉は、弱弱しく点滅を繰り返していた。何だか今にも消えてしまいそうだ。レオナルドがゲームやこれまでの会話から想像していた精霊の姿とあまりに違い過ぎる。
「あの…、精霊、さん?」
先に口を開いたのはレオナルドだった。だが、口調がちょっとおかしい。
『……なんだ?人間の子供』
光の玉から声がした。やはりこれが精霊のようだ。口もないのに声、とは妙な言い方だが、そうとしか表現のしようがなかった。
「なんか今にも消えそうな感じに見えるんですが……?」
『……まだ消えたりしない』
「まだ?」
『…………』
「ねえ?まだってことは結構ギリギリだったりします?」
見た目の弱弱しさは、そのまま精霊の状態を表しているというのか。
『……別に……。人間の表現で言うと、後五、六年は消えたりしないと言っているんです。段々と小さくはなっていきますけどね』
まるで開き直ったかのように、精霊は威厳のある話し方を止め、抑揚のない話し方になった。
(それ、ゲームのときは消える寸前ってことじゃん!?)
レオナルドは精霊の言葉に驚愕した。
「だ、大丈夫なのか!?」
『問題ありません』
レオナルドの言葉に対し、精霊は被せ気味に答えた。精霊が大丈夫だと言っているし、思わず確認してしまっておいて何だが、ゲームの展開を考えれば確かに今すぐどうこうなる状態ではないので、レオナルドも「そっか……」と一応の納得をした。ただ、そうなるとレオナルドには次に気になってくる部分がある。
「……なんかさ、急に口調、変わってない?」
『……こっちが素です』
「そうなんだ……。でも、なんでわざわざそんなことを?」
『偉そうに話せば、今後も畏怖されるかと思ったんですよ』
確かに威厳があるとレオナルドも感じていたが―――、
「いや、でもその見た目じゃ……」
実物を見てしまってはその威厳も霧散してしまうと思った。
『あなたが封印を解いたら、私は見られる前にすぐにあなたの中に入ろうと思っていたんです。それをあなたが刀を抜く直前に変なことを言うから機を逸してしまったんですよ』
「変なこと?」
『言ったではありませんか。私があなたに人間を殺させるって』
「だって精霊さんは人間を憎んでるだろ?」
『ええ。そうですよ。殺せるものなら殺してやりたいですよ。絶滅させてやりたいですよ。でも、今の私にその力はないんですよ。だからあなたの中に入って力を蓄えようと思っていたのに。すべて台無しですよ』
「ええぇ……」
なぜか自分が責められている気がしてレオナルドは何とも言えない表情になる。何だか精霊に抱いていたイメージがどんどん崩れていっている気がする。
「じゃあ精霊さんが言ってた望みって何だったんだ?」
『あなたは私のことを知っている理由を
「言い方もタイミングも紛らわし過ぎだろ!?」
レオナルドは思わず声を大きくしてツッコミを入れてしまった。そんなことなら普通に了承する。何もあんなタイミングで意味深に言う必要はないではないか。
『あなたが勝手に勘違いしたんでしょう?』
「うぐっ……。け、けど、俺の中に入ることが何で力を蓄えることになるんだよ?」
確かに精霊は殺せと言っていない。自分が勘違いしただけだと言えなくもないため、レオナルドは何も言えなくなり、あからさまに話を変えた。
『私の声が届いているとわかったとき、あなたが霊力を有していると思ったんです。こうして直接視て、それが間違いないとわかりました。いえ、それ以上のことも。あなたには膨大な霊力がある』
「?霊力って何なんだ?」
初めて聞く言葉にレオナルドは首を傾げる。ゲームにも出てきていない単語だ。
『私にとっての力の源、でしょうか。それを人間が、しかも膨大に有しているなんてとんでもないことですよ』
「そんな力が俺に?」
レオナルドは無意識に自分の両手を開いて見つめた。自分にそんな力があるなんて知らなかった。
『あなた、自分のことなのに全然知らないんですね。死ぬ運命とかなんとか言っていたのもやっぱり嘘ですか?』
「い、いや、そんなことはない、んだけど……。実際、ここに精霊さんがいることとか知ってただろ?」
レオナルドは言いながら少しだけ自信をなくす。ゲームをやり込んだにしては不明な点が多すぎはしないだろうか、と。
『ええ。だから私もあなたが知っていることを知りたいと思ったんですがね』
「んんっ……力を回復するには、その霊力を持つ人間の中に入るしかないのか?」
レオナルドは、また同じ話に戻りそうだったので、咳払いをして修正する。
『そうですね。ずっと昔なら空気中に漂う霊素で十分でしたが、現在、その霊素は極端に薄くなってしまっているようなので』
「なるほど……」
レオナルドは言いながらも思考を巡らせており、また一つ気になることが出てきた。
「あ、じゃあさ、この部屋に入ってきたときに、っていうか水路からずっと感じてた圧みたいなのが今は無くなってるのは?あれって精霊さんの力だったんじゃないのか?」
精霊に今力がないのなら、もしかしたらあの圧に精霊は関係なかったのだろうか、と思ったのだ。
『そんなもの、私を封印した者が私の力を利用し続けるための要として刀を使っていたので、大方その刀に圧縮されていた私の力を感じていたのでしょう。それがさっき刀を抜いた時に一気に解放されたんですよ』
「マジかよ……。あ、なら、絶大な力ってやつは?ちゃんとあるんだよな!?」
レオナルドは呆然と呟く。誰かが精霊の力を利用していた、というのも初耳だ。が、そこで自分にとって大事なことを確認しなければと思い至った。もともとレオナルドは力を得るためにここに来たのだから。
『ありますよ。私が回復すれば、あなたは精霊術が使えるようになります。まあ使いこなせるようになるまで訓練は必要でしょうが』
「精霊術!それって魔法みたいなやつだろ?」
ゲームでレオナルドが使っていたやつだ。ようやく知っている言葉が出てきて、レオナルドのテンションが少しだけ上がる。
『マホウ?』
「?魔法を知らないのか?魔力を使って火を出したり、氷を出したりするやつなんだけど」
『マホウ……なるほど、魔倣、ですか。人間は自虐的な名前をつけるんですね』
「?何が自虐的なんだ?」
『だって魔倣とは、大本の魔術を模倣したもの、という意味ですよね?勝手に真似して、その事実を名前で表現するなんて自虐じゃないですか』
「え?いや、意味ってことなら多分、魔術を法則化したもの、とかそんな感じじゃないか?けどこの世界に魔術ってあったっけ?」
『魔術の法則化で、魔法、ですか。それもあの者の所業の効果なんですかね。何とも傲慢なことです。魔術はありますよ。魔族が使う術、それが魔術です。あなたが先ほど言っていたみたいに、魔力を使って火を出したり、氷を出したり、ですね』
「あ~そっか。魔族が使うのは魔法じゃなくて魔術だったっけ」
言われてそういえばゲームでもそうだったかと思い出した。やってることはほとんど同じため、細かな違い過ぎて気にしていなかった。
『ですが、精霊術は規模が違います。外部への事象改変という意味では同じですが、全力なら天変地異すら起こせますよ?どうです?使えるようになって人間を滅ぼしてみませんか?』
「……しねえよ?」
レオナルドは精霊にジト目を向けて言うと、
『そうですか』
精霊はあっさりと引き下がった。
そんな精霊をジト目で見つめていたレオナルドは大きなため息を吐いて視線を外した。
「はぁ……。何か色んなこと話してたら頭が混乱してきた……」
レオナルドには、情報量が多すぎてちょっと処理しきれなくなっている自覚があるのだ。
―――――あとがき――――――
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