第26話 鍛錬の再開、そして…

 セレナリーゼとのあれこれを色々と並べたが、レオナルドは遊んでばかりいた訳ではない。

 帰省きせいした翌日から、アレンとの鍛錬たんれんを再開したのだ。

 準備運動をねた素振すぶりを終え、早速さっそく実戦形式での鍛錬が始まった。

 ちなみに、レオナルドとしては見ていてもつまらないと思うのだが、セレナリーゼは毎日の鍛錬をきもせずずっと見学していた。


 レオナルドはこの鍛錬でためしたかったことがようやく試せるとやる気にちていた。

 それは、貧民ひんみん街でクラントスと戦ったときの感覚を引き出すこと。

 あのときの力はレオナルドにとって希望だ。もしも力を引き出せれば、魔力のない自分でも大抵たいていの相手と戦えるようになる。そしてその力をきたえれば、自分が殺される確率を大幅おおはばに低くすることができるはずだ。

 アレンと戦いながらレオナルドは必死に再現しようとした。


 鍛錬終了後。

「レオナルド様、今日は何だか考え事をしながら戦っていましたか?」

 さすがはアレン。よく見ている。レオナルドの動きからさっしたようだ。

「あ、ああ。そうなんだ。久しぶりだったから動きを確認しながらやってたんだ」

「なるほど、そういうことでしたか。レオナルド様の動きはするどかったですよ」

「ありがとう……」

 アレンがめてくれたのだということくらいわかるレオナルドは、落胆らくたんが顔に出ないように何とかみを浮かべてみせる。

 これが現実。クラントスとの戦いのときも自分が意図いとしてできたことではない。勝手にできていた、というだけでレオナルドにはやり方がわからなかったのだ。


(こんなのじゃ全然ダメだ……!)

 ただ心の中はれていた。レオナルドは一度できたことだからこそ、今の自分に満足できない。それどころか再現できないことにあせりが生まれていた。

(俺には力が必要なのに……!)

 自分の死亡フラグ回避かいひのためだけじゃない。もちろんそれが最大の目標であることに変わりはないが、今のレオナルドはそれだけを考えていればいいとは思えない。

 今回セレナリーゼをおそった事件は自分のゲーム知識にはなかったことだ。もう二度とそんな不測ふそくの事態は起きない、とレオナルドは楽観視らっかんしすることができない。もしも今後同じようなことが起こったら――――、今度は守り切れないかもしれない。


 身近にいる大切な人が不幸な目にう、最悪死んでしまうかもしれない、その恐怖がレオナルドを焦らせていた。

 クラントスと相対あいたいしたとき、目の前でセレナリーゼがつらぬかれそうになったことは、レオナルドのトラウマになっていたのだ。


 使えない力なんて無いも同じ。今のままではクラントスレベルの魔物一体にも勝てない。この世界において魔力がないレオナルドという人間はそれほどに弱かった。フォルステッドに言われるまでもなく、わかりきっていたことだがそれが事実だ。


 その事実に思いいたったレオナルドは、一つの事柄ことがらを思い出した。いや思い出したというのは語弊ごへいがあるだろう。それはずっと考えないようにしてきたこと。意識的にふうじ込めていたと言ってもいいかもしれない。そう、精霊せいれいの存在を―――。


 ゲームのレオナルドが感じていたようなコンプレックスがない今の自分なら、そう簡単に精神を汚染おせんされるとは思えない。けれど超常ちょうじょうの存在である精霊が相手だ。強制的にゲームのようにやみ落ちさせられるかもしれない。いくらゲームの知識があるといっても、精霊についてもレオナルドの精神の変容へんようについてもわからないことが多い。敵キャラであるレオナルドが皆の前から姿を消し、再び現れるまでの経過に至っては本当にわずかしかわからない。ゲーム全体を通して、レオナルドのことがそれほど多く語られている訳ではないからだ。


 それでも、自分の運命に打ち勝つためには―――、大切なものを守るためには―――、

(やっぱそれしかないのかな……)

 レオナルドの中で、初めてその選択肢に天秤てんびんかたむいた。


 以降も、帰省中の鍛錬時、毎回力を引き出せないかと試みたレオナルドだったが、結局一度も成功することはなかった。セレナリーゼと過ごす日々がいやしとなってはいても、レオナルドは日に日に危機きき感をつのらせていった。


 そして、徐々にレオナルドの思考は、精霊を取り込むことによって、もしも自分が大切な者を傷つける存在になったらどう対処たいしょするか、といったものにシフトしていた。

 レオナルドの中でもう結論は出ているのかもしれない。


 そうして日々は過ぎていき、とうとうレオナルド達が王都へと戻る日がやって来た。


 ジェネルとクオーレも見送りに出てきている。出発の準備を終え、後は馬車に乗るだけ、となったところで、ジェネルとクオーレがレオナルドの前に立った。

「レオナルド」

「はい?」

「本当にいい顔になったな。やはり子供の成長は早い。これからも自分の信じた道を進みなさい」

 ジェネルはいかつい顔をくしゃりとさせ、大きな手でレオナルドの頭をわしゃわしゃでながら言った。

「?ありがとうございます」

 ジェネルの力が強く若干じゃっかんの痛みを感じつつも、目をすがめるだけでされるがままのレオナルドは、どういう意味かわからなかったが、とりあえずお礼を言った。すると続いてクオーレがレオナルドを優しくきしめた。

「レオナルド。あなたはもっとままになっていいのよ?自分の気持ちに正直しょうじきにね?」

「?はい」

 レオナルドは、こちらも意味がわからず、抱きしめ返すこともできずにぼう立ちになってしまった。前世の記憶を得てから十分我が儘に生きているという自覚があるのだ。だからとりあえずで返事をした。

「ふははははっ。わからぬのならそれでよい」

 なま返事ばかりするレオナルドに、ジェネルは豪快ごうかいに笑うのだった。


 年に一度しか会っていないからこそ、ジェネルもクオーレもレオナルドの変化を敏感びんかんに感じていた。魔力がないことを思いめていた去年とは全然違って見えたのだ。

 そしてそれがとてもいい変化だと思っていた。それでもまだ何かなやみをかかえているように見えたため、二人は最後に心からの言葉をレオナルドにおくることにしたのだ。どうもレオナルドの反応的にあまり伝わってはいないようだが頭の片隅かたすみにでも残ってくれたらそれでいい。


 レオナルドの次はセレナリーゼのようだ。ジェネルとクオーレがセレナリーゼの前に立つ。セレナリーゼが次期当主になったという知らせを受けたときには二人でおどろいたものだ。それと同時に突然そんな重責じゅうせきまかされたセレナリーゼは大丈夫なのかと心配になった。くわえてセレナリーゼがねらわれた先の事件だ。セレナリーゼの精神面への負担ふたん影響えいきょうを考えると気が気でなかったが、実際に会ってセレナリーゼの元気な様子に心底しんそこ安堵あんどした。誰のおかげかは何となく察することができた。

 そんな二人にはセレナリーゼにも最後に伝えたいことがあった。

「セレナリーゼ」

「はい」

「次期当主となったことで大変なことも数多くあると思うが、自分を信じて、思った通りに精一杯はげみなさい。ただし無理だけはしないようにな」

 ジェネルはレオナルドのときよりも幾分いくぶん優しい手つきでセレナリーゼの頭を撫でた。セレナリーゼは少しくすぐったそうにしつつもうれしそうだ。

「はい。頑張がんばります」

 クオーレもレオナルドにしたのと同じようにセレナリーゼを優しく抱きしめる。セレナリーゼからもクオーレを抱きしめた。

「セレナリーゼ。一人で抱え込んではダメよ?まわりをたよって。ね?」

「はい。ありがとうございます」

 セレナリーゼは二人の言葉にはっきりと返事をするのだった。


 それからレオナルドとセレナリーゼも馬車に乗り込み、一同は王都へと出発した。

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