【五.夢】

 すうすう。

 すうすう。


 深夜二時。

 わたくしは毎日、ジューンの寝室を訪ねます。

 お母さんのクレアから、許可はもらっています。

 あとは、わたくしのつとめを果たすだけ。


「ジューンちゃん……」


 髪をなでます。

 王室の最高級のベルベットの絨毯より綺麗で鮮やかな、赤。

 ひと目見た時から、わたくしは虜でした。


「ん……んん……」


 うなされています。

 どんな夢かって?

 そんなのはわたくしにはすぐにわかります。

 夢以外有り得ません。


「大丈夫ですよ。……大丈夫」


 額に手を当てます。

 少し熱い。

 今日は朝から冷えましたから、体調が良くないのかも知れません。

 こんな日、ジューンちゃんは決まって夢を見ます。

 あの日の、あの時の夢を。


「大好きです。初めて会った時から」


 わたくしたち夢喰いはをすることで、相手から記憶を抜き去って、都合のいい記憶を植え込みます。


 ちゅ……


 静かな静かな寝室に、わたくしだけが秘めた接吻の音が小さく響きます。


『ジューン! ジューン!』

『お父さん!』

『隠れていなさい、出てくるんじゃないよ』


 聞こえます。

 この子の見た地獄が。


 どんどん。


 見えます。

 この子が味わった炎が。


『開けろ! ドアを開けろ』

『今参ります、お待ちを』

『早く開けないかっ!』

『あなた、逃げましょう、殺されるわ』


 どんどんどん。


『開けろ! 開けないと反逆罪で発砲するっ』

『いま、今行きますからっ!』


 がちゃ。


『アルフレッド・ブラウンだな。そこのクレア・ブラウンと共に出頭義務違反で連行する』

『わ、私だけと聞いております』

『いや、お前の妻もだ』

『こ、困ります、召喚状には私の名前だけだったはず』

『あなた!』

『さがっていなさい。お願いです、私だけということに』


 だーん。


『クレア! クレアーッ! なんで、なんでそんなっ! この悪魔めっ! 悪魔めーっ!』


 だーん。


『憲兵様。なるべく数は減らすなとの命令でしたが』

『思わぬ抵抗に遭い、やむ無く射殺した。そう記載だ。つぎ、行くぞ……ん?』


 がちゃり。


『ほう、これはこれは金のにわとりがまだ残っていた。おい、お前。こっちへこい。おい──』


「うわぁー!」


 ジューンが悲鳴をあげました。


「うわぁぁ! ああぁぁぁあ!」

「ジューンちゃんっ? 大丈夫、大丈夫よ」


 おかしい。

 いつもの悪夢は今しがた吸ったはず。

 今日いっぱいはもう悪い記憶は蘇らないはず──


 うっ……


「げぇぇえっ」


 突然、吐き気に襲われたわたくしは、ジューンちゃんのベッドの脇に吐いてしまいました。


「うわぁぁああ! あああああっ!」


 可哀想に。

 じたばたと華奢な手脚を振って、引き付けを起こしています。


「げほっ、げほげほっ」


 それでも、わたしは吐き気が止まりません。

 立て続けに三回吐きました。


「……ジューン……ちゃん……! だいじょうぶ……」


 そう言いかけてハッとします。

 吐いたと思ったそれは真っ黒で、まるで煙のようにもくもくと泡立ち始め膨らみ始めました。

 そしてあっという間にヒトのカタチを取り、こう言いました。


「ほう、これはこれは金のにわとりがまだ残っていた」


 だーんっ!


 つんざくような破裂音がして、びくんとジューンちゃんは身体をそらし、そして。


 動かなくなりました。

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