第77話 こっち側の戦略
井野の言葉に鴻巣が聞いた。
「……じゃあ、日本政府が
現状、自衛隊基地だって日本中にある。いろいろ隠し通せているはずがない」
これ、僕たちみんなが疑問に感じているだろうことだな。
きっとすでに井野は考え済みで、答は出せていたんだろう。鴻巣が問い詰めても、井野は平然としたもんだ。
「さっきの皆殺しから話が続くんだけど、こっち側の戦略として、核だけは隠しとおしたいんだと思う。
最初に猟銃で蒼貂熊を撃った段階で、こちらの世界が火薬と銃というシステムを持っていることは見抜かれたはずだ。それだけで基礎的な戦略、戦術を持っていることも自動的に推測されただろう。今回の実戦で、弓矢、吹き矢、投石機、毒という概念に加え、騙す、囮を使うという概念を持っていることもバレた。だけど、こんなレガシー・テクノロジーはバレてもなんの問題もない。火薬と銃よりさらにレガシーなんだから。敵からしたら、持っていることの確認ができたという以上の意味は持たないさ。
そもそもだけど、蒼貂熊は頭の上を飛んでいる飛行機だって見ているはずだ。人間というものがどういうものか掴めていなくても、テクノロジー・レベルについてはかなり正確に掴んでいるはずなんだよ」
……飛行機か。たしかにそりゃあ、見ていないわけがないよなぁ。
井野は続ける。
「だけど、これらの技術と核兵器は、根拠となる科学理論にしても破壊力においても、あまりに隔絶している。レオナルド・ダ・ビンチのノートを見ればわかる。電気とエンジンの概念のない技術は、いかに優れていても現代ではエネルギー規模が小さすぎて無用の長物だ。人力でプロペラを回して空を飛ぶのはほぼ無理だからな。
同じことが核技術と他の技術にも言えるんだよ。だから日本政府というより世界は、『人類は核物理に対しては未着手』ということにしておきたいんだ」
「一聴してそれらしく聞こえる説だけど、蒼貂熊が飛行機と同じように、日本中にある原発を見ていないとは思えないぞ」
それでも鴻巣は、反論を続けた。
だけど……。
「稼働してなきゃ、単なる建屋に過ぎないだろうが」
井野の鴻巣への反論は、一刀両断と言っていい冴えだった。
「大地震があったからな、東日本の原発は全く動いてないぞ。鳥取県の人形峠のウラン鉱山も、蒼貂熊はまだ見ていないだろう。京都以西は守られているからな」
そうか、そうだったな。中国地方と九州はまだ蒼貂熊が入り込んでいないんだった。
井野の言葉には、ジグソーパズルが次々と嵌まっていくような快感があった。すげーよ、井野。
井野は続ける。
「で、だ。
地形を活かして大阪から京都、琵琶湖、小浜の防衛ラインが引かれた。俺はこの仮説を立てたとき、地図で調べたんだ。野生動物に等しい蒼貂熊の行動を止められるか、と。
そうしたらな、このラインは市街地と川と見晴らしの良い農地が続いていて、蒼貂熊の行動を把握するのは不可能ではないと思ったよ。しかも、この辺りの農地、国内でも数少ない高規格防獣フェンスが設置されてる。高さ12mのヤツだ。福井県庁の事業計画で確認した。だから、実質守らなきゃならないのは、琵琶湖の高島市から小浜市のわずか10kmの山岳地帯だけだ。そしてそこには陸上自衛隊の
……なんとまぁ、よく調べたもんだ。でもって、そんなことをおくびにも出さずに生活していたんだな、井野は。
あとがき
第78話 MAD
に続きます。
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