第72話 井野の作戦


「そうだ。かなりの確率で、蒼貂熊アオクズリの全頭が音楽室に移動すると思う。理由は簡単だ。蒼貂熊の縄張り意識の高さはハンパない。そして蒼貂熊は、蒼貂熊なりに情報の交換をしていることがわかっている。だから、自分たちの群れの構成員は理解しているし、すでにそのうちのどれが死んだかも理解しているだろう。

 で、その死んだ仲間の咆哮が聞こえたら、蒼貂熊はどう行動する?」

 ……なるほど。

 だけどとりあえずは井野、オマエの予測を聞かせてもらおうじゃないか。


「蒼貂熊は死、それ自体を厭わない感じがあるし、バディの連れ合いが死んでも、悲しむよりそれまでとっていた行動をそのまま続けようとする習性を持っているように見える。

 それでも死んだ仲間の声が聞こえたら、2つの意味で確認せずにはいられないはずだ。1つ目は、仲間が生き返ったのかということ。もう1つは、別の蒼貂熊の群れが来たのではないかということだ。

 どちらにせよ今生き残っている蒼貂熊の数は最低でも4頭で、うちの1頭は手負いだ。こうなると、縄張り意識が高くてこの狩り場を守ろうとする以上、1対1での対処は論外だ。蒼貂熊はバディで動くから、迷い込んできたのが2頭以上って可能性が高いし、こうなると全頭で行かないと対処できないと踏むだろう」

 井野はそう言い切った。


「俺は井野の考えを支持する」

 そう口を開いたのは岡部だ。

「井野の言うとおりで、蒼貂熊はそういう『生物』だ。だから、そこから演繹された作戦と結果について、俺に異議はない」

 岡部は生物部としてそう看破したんだな。今までの戦いを振り返ってみれば、たしかにそのとおりだ。これは期待できる!


 で、こういう特性、僕が密かに考えていたとおり、やっぱり蒼貂熊は使い捨ての偵察機械みたいなものなのかもしれない。野生動物なら痛い目にあったら逃げるのが基本だと思う。でも、蒼貂熊はそうじゃないんだ。

 それに、これだけ賢ければ、思いやりとか情みたいなものだってあってもおかしくはない。なのに、そういうものも観察できてないんだから。


「だけど蒼貂熊、1頭は残る前提で作戦を考えた方がよくはないか?

 でないと、即、詰む。行田の心配ももっともだと思うんだ。不確定の要素には備えが必要だ。保険は掛けておくべきだろう?」

「そこで、俺の2つ目の提案だ」

 僕の指摘に、井野が答えた。さすがだな。すでに考え済みか。やっぱりコイツ、軍師とか参謀タイプだな。


「バリケードから出なければ俺たちは逃げられない。だから、障害物のないところで蒼貂熊と戦いうる戦術を持たなければ、逃げるに逃げられない。

 そこで2つ目の提案のその1だ。

 蒼貂熊は、呼吸している。呼吸している以上、人間のような肺があるか、昆虫みたいに気嚢きのうがあるかだよな。そこに、粉にしたゆかりを吸い込ませる。それによってすぐに倒せるとは思わないけど、苛つかせることができるだけでもそのあとはこちらが有利になる」

「あのな、それ、2つ根本的な疑問が……」

「わかっているよ、並榎」

 井野は、そう言って頷いてみせた。


「蒼貂熊にどうやって吸い込ませるかと、苛つかせる程度の効果じゃ、みんなで逃げ出すときの安全が全然保証されてないってことだろ?

 だから、2つ目の提案その2がある」

「おお、なるほど」

 僕は素直にそう答える。ただ単に苛つかせるってのは、むしろ危険ですらあると思う。だけど、すでにそこまで井野が考えているなら、ここからが本命。

 その作戦、ぜひ聞かせてもらおうじゃないか。



あとがき

第73話 鴻巣

に続きます。

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