第69話 言い方、ひどくない?
……頭ん中、混乱の極みだけど、それでもわかることがある。僕は今、底なしのぬかるみに足をとられつつある。絶対にヤバい。てか、家庭科室への往復は、女の戦いも兼ねていたのかよ。「どれだけみんなが生き残ることに対して貢献できるか」って勝負で、賞品は僕ってことだ。
そもそもだけど、この勝負の動機、僕を殴ったり首を絞めたりした赤羽に対する2人の怒りってのもあったんだろうな。負傷して動けない僕の代わりを、2人で見事に果たして見せてくれたんだ。
いろいろと思い出すと、今までの宮原のがんばりとか、こまごました北本の気の利かせ方とか、妙に辻褄が合うような気がする。だれもがだれかのために戦ったように、2人は負傷した僕のために、僕の代わりとして生命を張って頑張ったんだ。
「……でもさ、保健室に矢を射込むとき、2人とも随分と息があって協力し合っていたよね?」
「当然じゃん。中学の時からの友だちだし」
僕の問いに、北本は平然と応える。
あ、そうなんだ。女の友情、僕が壊しちゃうのかなぁ。
「ちょっと離れてくれ。宮原、北本、聞いてくれ。
僕はまだ絶望してない。限りなく絶望の崖っぷちに近くても、まだ絶望に落ちてはいない。
だからこの続きは、生きて帰ってからにしないか?
僕は、君たち2人を守るし、2人にはなんとしても生き延びて欲しいし……。
僕が死んだら、それに引きずられるのもどうかと思うし……」
僕は、たどたどしくても必死で話したんだ。この場でどちらかを選ぶようなことは言いたくなかった。だって、どうせ僕も死ぬんだ。やっぱり死ぬであろう2人の夢を奪わなくてもいいじゃないか。
だけど……。
「キモっ!」
「なんでだっ!?」
マジ、なんでだ、北本?
「なに、いきなりモテる男ムーブかましてんのよ?
並榎はね、私たちのどっちかに涙を流して感謝して、『お付き合いさせていただきます』って言えばいいのよ。私たちが死んじゃうときに、『ああ、よかった』って思えるように。さぁ、さっさと答えて。
「悪かったな!
キモいと言われようが、なんとかムーブとか言われようが、2人とも生きて帰って欲しいのは本気だっ。きみたちが死んじゃう前提はないっ!」
やっぱり北本、さっきの「くそっ、お湯が沸かせれば、熱湯をぶっかけてやるのにっ!」って叫んだ方が本性かよっ!?
「そうだ、そのとおりだ」
そこで、そう割り込んできたのは井野だった。
「2人の気持ちもわからなくはない。言いたいことも、わかりたくはないけどわかる。だけど、今の並榎は、蒼貂熊との戦いで擦り減らされるべき存在だ。もう少し擦り減って、
「言い方、ひどくない?」
思わず、どこぞの勇者のように僕は苦情を言ってしまう。とはいえ、心の底ではほっとしていたのも事実だ。
だけど、井野は平然と僕に説教をかました。
「モテる男は、他の男子からしたら敵なんだよ。並榎は今、全男子を敵に回した。俺も敵だ。その自覚は持て。
まぁ、だからって、鴻巣の言うことも聞けないけどな。
ともかく今は、北本が持ち込んでくれたものでどこまで戦線が維持できるか、岡部の考察とともに検討するべきだ。それに、鴻巣から携帯を取り上げたのなら、職員室との連携の取り直しを。それから、救急にも確認を。やらなきゃならないことはいくらでもある」
「そうだ。そのとーりだ」
僕も井野に全面同意して、それを期に、ようやく宮原と北本を引き剥がした。
あとがき
第70話 兵は詭道(きどう)なり
に続きます。
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