第44話 良い知らせと悪い知らせ
「絶対無理。おそらく赤羽くんは、廊下側から保健室に入っている。向こうの校舎の廊下側にいる的なんかどうにもならない。
それに、チャンスがあって射れたとしても、私の矢の力じゃ
そうだよな。宮原の答え、僕にだってわかっていた。
……もう、吹き矢もうまくいくはずがない。砲丸は終わってしまったし、かといってここから出て肉弾戦を挑んだら、何人死ぬかわからない。ガタイのいい男子4人がかりですら、腕一本を抑えきれなかったんだから。
僕たちは、僕たちのために保健室の残ってくれた篭原先生を見殺しにするしかないのか……。
そこへ……。「良い話と悪い話がある」と割り込んできたのは岡部だった。その言葉に、鴻巣が聞く。
「時間がない。悪い方から手短に。なに?」
と。
「士気が下がるから今まで言えなかったが、お前たちには言っておかないと。
シソの毒だが、本当に赤羽の言うとおりかどうかはわからん。蒼貂熊が吹き矢で失明し、顔半分が腫れ上がっていたのは事実だ。もちろん効いている可能性はある。
だけど、それが蒼貂熊にとって致命の毒なのか、俺たちが蚊に刺された程度のことなのか、ということだ。痒くて掻き壊して傷口を広げるなんて、よくあることだからな。現に、死んだ蒼貂熊だって、ここまで跳躍しようとしていたじゃないか。まだまだ元気だったんだよ。
蒼貂熊に対する毒の効果のエビデンスが不十分である以上、効いて殺せるなんて思い込んで楽観的に動くとこっちが殺されるぞ」
「わかった。肝に銘じる」
僕はそう答える。岡部の言うことは、サイエンスとして完全に正しい。無視できない。
「で、良い方の知らせは?」
鴻巣が聞く。
「蒼貂熊は、良くも悪くもバディ・システムで行動しているようだ、2頭1組で動き、お互いにフォローし合う。で、片方が死んだら、仇討ちをするってことだ。他の個体も、その仇討ちには協力すると見ていい。
あの失明した蒼貂熊、仲間から追い立てられるとかではなく、自分から歩いてきた。ゆっくりとはいえ、いやいや来たわけじゃないんだ。
これ、蒼貂熊の文化なのか、もしくはバディはオスとメスなのかもしれないな。日本の山野で繁殖しているんだから。よくよく観察すると、腕の付け根が赤いやつと腕の先が赤いやつがいる。これがオスとメスかもしれない。
ああ、すまん。話が横道にそれた。つまり、屋上の奴をなんとかできたら、保健室を窺っているもう1頭も仇討ちのためにこちらに来るってことだ」
「……なるほど」
篭原先生を救う手は、あるといえばあるわけか。急がないといけないけれどな。
「篭原先生のためだけじゃない。間藤と中島、蔵野と五十部を救急車に運び込める状況にするのには、なによりも屋上の蒼貂熊を殺さねばならない。次の奴が登るのを防ぐためにも、単に引きずり下ろすより殺す方がいい」
岡部の判断は正しいと思う。
「……そうだな。で、僕もその救急車に乗りたいよ。一緒に吹き飛ばされた1年生と一緒にな」
「1年生は乗せなきゃだけど、お前はダメだ」
鴻巣、オマエ、さっきから僕のことをなんだと思っているんだ?
「ともかく、早急に屋上の奴を仕留めないとだ。手はあるか?」
鴻巣の問いに、宮原も岡部も黙った。
「あると言えばある。ないと言えばない」
僕は頭を絞って答えた。まだ案と言えるほど固まっていないけど、作戦のイメージだけはある。
あとがき
第45話 2乗3乗の法則
に続きます。
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