第67話 闘魂注入

                                 

 赤羽が死んだら電気トラップが発動するのを、蒼貂熊アオクズリが理解しているのは間違いなかった。さっきまで悠然と近寄ってきていた蒼貂熊が、いきなりのダッシュに身を転じたんだ。とはいえ、まだ残っている2頭の蒼貂熊の死体がそのスピードを殺した。

 だけど、触手のようなというより、巨大な蛇のような筋肉の塊の腕が振り上げられ、バリケードに叩きつけられた。凄まじ音が響き、衝撃でバリケードに引っかかっていた赤羽の遺体が吹き飛ばされた。そこで、再び蒼貂熊は動きを止めた。坂本がベストなタイミングを見切って電源を入れたんだ。そしてその巨体は感電して、動きが止められた。


 周囲から、すすり泣きが湧いた。

 僕だって泣きたい。初めての犠牲が出てしまった。直情的で馬鹿なヤツだったけど、それでも最期まで間藤のために散っていったんだ。


 これで再びバリケードの前の廊下は、蒼貂熊の死体で埋まった。ちょっとの間は時間が稼げるかもしれない。

 だけど、バリケードの外から内に視線を転じた僕は、先ほどまでとは違う終わりを感じていた。


 女子たちは崩れ落ちて泣いてた。それももう手で顔を覆うなんてのもない。ただ呆然と正面や上を向いたまま、目から涙を流すがままになっている。感情失禁ってやつに違いない。何度も死の恐怖に怯え、ついに現実で目にしてしまった。取り返しのつかないトラウマを負い、まともでいられる方が……。

 こうなるともう、人は気絶にも逃げられないんだな。


 それだけじゃない。よくよく見れば、鴻巣の目も据わっていた。こいつ、きっともう、使い物にならない。どんなプレッシャーが頭の中にあったのかはわからない。だけど、現実とそのプレッシャーに押しつぶされてしまったとしか思えない。判断間違いが少しずつ増え、ついにはここいる全員を心中させようとしやがった。

 いや、冷静に分析しているようで、僕だってもう限界だ。


 そこへ、北本が遠慮がちに声を掛けてきた。

「並榎くん。

 ゆかりをとってきたよ。それだけでなく、もっといろいろ」

「……」

 もう「ありがとう」すら言えない僕の視線も、うつろで定まっていなかったに違いない。なんだかんだ言っても鴻巣は戦友だと思っていたし、その鴻巣が壊れてしまったことで、僕の精神状態も打ちのめされていたんだ。


「並榎っ!」

 ふいに僕の視界に星が散った。

「しっかりしてよ。もう、並榎だけが頼りなんだよ」

雅依かえ?」

 ベルトで固定した胸でも、重さを感じる。気がついてみれば、宮原が僕の胸で泣きじゃくっていた。

 こいつ、僕の胸に飛び込む前に、僕の頬を叩いたな?


 ゆっくりと感覚が戻ってきた。立て続けの重すぎる現実に打ちのめされていた僕の脳が、ようやく情報の整理をし始めたんだ。宮原のポニテの根元が僕の眼の前にある。照れくさいとか、嬉しいとか、そんな感情はもう抜け落ちていて、このポニテの根元はここにあるのが当たり前で当然、そんな気がしていた。

 だって、共に死ぬんだ。今さら恥ずかしがっても、なぁ。




あとがき

第68話 ぴと

に続きます。

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