第35話 波状攻撃


 で、僕たちがこれほどひどい目にあわされていても、これでもまだ威力偵察の内なんだろうな。しかも、そういうことだとすると、日本にいる蒼貂熊アオクズリを全滅させたとしても、魔界の入口の向こう側の存在にとっては痛くも痒くもないってことになる。

 こっちは何千億って損害が出ているっていうのに、だ。


 弓を引いたままぺらぺらとは喋れない。

 だけど、その疑問に僕の頭の中は爆発しそうで、誰かに話したくてしかたがなかった。警察がことさら民間人の護身対策を取り締まったのも、政治家が対策の法律を作らないのも、みんなみんな納得ができる。ひとえに蒼貂熊に人類の力を学習させないためなんだ。


 考えてみれば、蒼貂熊を猟銃で射殺したあと、その死体は当然解剖されたはずだ。蒼貂熊がどういう動物か、国の偉い人たちはみんな知っているはず。その上で、対策は取られているはず。その結果がコレじゃなきゃおかしい。


 僕、その考えを頭から必死に振り払う。

 今は、それを考えるときじゃない。僕は、蒼貂熊に知識を与えないための捨て石となって死ぬ気はないんだ。


 僕、その考えを頭から必死に振り払う。

 今は、向こうの2頭を倒すときなんだ。そして、その手段はなんでもいい。そう、完全に殺せれば、情報は持ち帰れないんだから。


 僕、その考えを頭から必死に振り払う。

 この場は生きて帰る。宮原も、だ。そして僕は宮原に思いを伝えるんだ。


 なのに、僕、頭からどうしてもその考えを振り払えない。


 弓を引き絞ったまま悩んでいたら、目の前の蒼貂熊、ついに倒れた。巨体でも、くにゃりと倒れると大して音を立てないんだな。たぶん、身体の重心も限りなく低いところにある。だから、倒れてもその高低差がほとんどなかったというのもあるだろう。

 全身が細かく痙攣し、体毛が震えていた。

 これが、蒼貂熊の死なのか……。


 バリケードの高いところの隙間から、長尾がヘビのように身をくねらせて戻ってきた。顔色は蒼白で、たぶん、バリケードを登るにも気ばかり焦って疲れ果て、木刀で突いたときのような素早く鋭い動きはできなくなっているんだ。本人が一番生還を信じられていないだろう。よくもまぁ、ここまで戦ってくれたものだ。

「並榎、やったからな」

 息も絶え絶えにそうつぶやき、長尾は崩れ落ちた。僕たちの後ろから何人かがやってきて、長尾を担いで教室に連れて行く。


 その姿に、また1頭を倒せたという実感が湧く。

 長尾、僕の「電気を切れ」と伝えたのだけで、すべてを察して、そして行動してくれたんだ。思わずほっとして、膝が砕けそうになった。


 だけど、2頭の新手の蒼貂熊が近づいてくるのを見て、僕は必死で心を立て直す。こういうの、最悪だな。波状攻撃を掛けられると心がもたない。

 僕だけじゃない。気丈な宮原の背中ですら、凛とした佇まいの中に疲れを滲ませている。


 心のうちに生じた怯えと疲れを振り払うよう、僕は叫ぶ。

「トラップの電源を入れろ!」

 死んだ蒼貂熊は、バリケードに身体が触れていない。今こそ、これを使うときなんだ。


 改めて矢を引き絞り、前を向いた僕の背中に、鴻巣のぶやきが聞こえてきた。

「第3波が来る」

 鴻巣、見りゃわかるだろ。今さら、なにを言い出したんだ?


「どうやら、襲撃の司令塔のボスがいるはず。このまま力で押し切ろうと、第5波まで来るのは確実だな」

 えっ?

 そういう意味だとすると、目の前の2頭を倒しても、すぐに次が来るってことか?

 で、次々と……、目の前のを合わせて、まだ6頭を倒す必要があると?

 そんなん無理に決まっているじゃん。

 で、その根拠はなんなんだよ?



あとがき

第36話 感電

に続きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る