第34話 威力偵察
そこへ、吹上が放った砲丸が飛んだ。
そうだ、まだ僕たちには有効な武器があったんだ。
砲丸は、陸上競技で投げられるときとは桁違いのスピードで飛んだ。陸上部の吹上の背筋だ。150kgはあったんじゃないか?
それが一気に開放されて、重い砲丸はとんでもない運動エネルギーを持った。そして、両手を振り上げた
鼓膜が破れそうな咆哮が放たれ、弓を引き絞った僕たちは耳を押さえることもできず、内耳の痛みに耐えた。その間に、長尾は逆茂木に突き出した机の足に自分の足を掛け、バリケードをよじ登る。
「長尾、急げ」
もう声を出しても構わない。
僕の後ろからも、長尾に向かってたくさんの声が飛ぶ。
死にかけている蒼貂熊は最後の力で腕を振り回すけど、まったく見えていないのとぬるぬると足が滑るので有効な打撃はまったく繰り出せていない。1回は、横倒しに転びさえした。
もしかしたら、足場がしっかりしていたら尻尾の攻撃が来ていたかもしれない。そうなったら僕たちも無傷では済まなかっただろう。
遠くにいる2頭の蒼貂熊は、断末魔に暴れる蒼貂熊を見守り続けている。
弓を引いたまま、僕はそれを観察し続ける。
僕たちが蒼貂熊を観察するように、蒼貂熊も僕たちを観察している。手負いの1頭を犠牲にしてまで、だ。
岡部の言葉が脳裏に浮かんだ。「蒼貂熊には同じ手は通用しない」というヤツだ。その根拠、このじっくりとした観察にある。しかも、観察結果の共有もされているんだ。きっと、蒼貂熊は蒼貂熊なりに話し合う時間を持ってから来たに違いない。
ふと、僕の中で怖い考えが浮かんだ。蒼貂熊が「ケダモノ」だという判断、これは本当に正しいんだろうか?
その知力は、実は人間を上回っていたりしないのか?
となると……。
文明の利器を持たず、体力勝負で襲いかかってくる蒼貂熊。これ、本当は魔界からの威力偵察なんじゃないだろうか?
図らずも自衛隊が出ていかなかったから、僕たち人類の手の内は明らかになっていない。だけど、こうやってこつこつ戦いの知識を蓄え、それによって人類の脅威度を判断し、勝ち目があるとなったら本隊が魔界から現れると……。
僕は考え続ける。
蒼貂熊という存在があくまで魔界からの偵察役に過ぎないと考えると、その魔界の口が日本という立地に開いたのも納得できる。山の多い島国で、初期の数少ない威力偵察部隊がいきなり殲滅させられることがない。これが砂漠の真ん中だったら隠れる場所もないしで、あっという間に対処されてしまうだろう。見晴らしがいいってことは、戦力を集中させやすいということなんだから。
だけど日本だったら……。
山と樹木に阻まれてというだけでなく、他国からの援軍が来るにしても、海を越えてくるんだから時間がかかる。さらに、一気に征服してしまったあとは、他の国からの攻撃を凌ぎやすい。
これ、魔界の向こう側の誰かによって、計算され尽くした作戦なんじゃないのか?
猟銃の威力と限界を知った蒼貂熊は、そして蒼貂熊を操る誰かは、人間の文明レベルに違和感を覚えたはずだ。もっと強い武器があるはずだってね。で、膠着状況の中で蒼貂熊の数を増やし、一気に攻勢に出たんじゃないのか?
あとがき
第35話 波状攻撃
に続きます。
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