第8話 生物部
「宮原、まだ的が遠くないか?」
僕のささやきに宮原は答える。
「いきなり走り寄ってくるかもしれない。いつでも射れるようにしておかないと、間に合わないよ。
「それもそうだ」
そう応えて、僕も素直に弓を引くための打ち起こしに入った。ここは宮原が正しいな。矢を射る以上、狙いを定める「会」の間がないと当たるものも当たらない。
時期的に期末試験のあとで、前髪が切れていないのが邪魔。もっとすっきりした視界で狙いたいけど、いきなり巻き込まれる実戦なんてこんなものなんだろうな。
間藤と中島も、青い顔のまま吹き矢のアルミ管を廊下に向けている。長尾も吐き気を飲み込んで居合刀を構えた。
じりじりと蒼貂熊が近づいてくる。
近寄られるにつれて、その身体のより細かいところまで見えてきた。
近くで見る蒼貂熊は、骨格からして僕たち哺乳類とはまったく違う。腕が2本、足が2本というのは、偶然の一致に過ぎないようだ。尻尾は太く長い。それを横に振っている。きっと上から見たら頭を頂点としたひし形に見えるだろう。そのくらい下半身の筋肉の厚さがすごい。
そして、その腕も筋肉の塊。でも骨はないか逆に関節が多いのか、触手のように自在に動く。その先は手のように広がっていて、長い刃物のような爪が4本。
はっきり言って、見るからにおぞましい。
マスコミに出ている有識者とかの言葉を鵜呑みにするなら、蒼貂熊は自発的には襲ってこない。でも、この状況でそんなこと、信じられるもんか。じりじり近寄ってくるのが、「僕たちと友好を深めるのが目的だ」なんて言うならば……。
そう言うならば、有識者という方たちにはぜひともこのバリケードの外に出て、蒼貂熊と仲良くして見せてもらいたいもんだ。
後ろから緊張で強張った岡部の声がする。
「おそらくはあの尻尾、3本目の足として高速で身体を移動させるための手段になっているはずだ。あの体重で、跳躍が可能なのも当然だな」
間藤
「下半身は内骨格、上半身の背中側は外骨格にも見えるが、内骨格と外骨格は物理的に接続が難しい。また、外骨格から毛が生えるってのは、昆虫でもエビ目の類でも例がないわけじゃないが、あそこまでの密度と長さとなるとこっちの生物では珍しい。つまりあれはサイの角みたいなもので、毛が変形して外骨格に見えているだけのものかもしれない。
その一方で、腹は比較的柔らかそうだ。となると、立ち上がっての攻撃は、言われているほどはしてこないかもしれないな。弱点をさらすってことだからだ。それに、口と鼻と目にあたるものが頭部に見えるが、耳はどこだ?
今までに入手できた観察記録や解剖記録でも、耳は見当たらないと読んでいるけど、音を感じないとは思えない。そもそも音を感じないなら、声を出さないだろうし。耳の位置だけでもわかれば大発見だ」
岡部の声は続く。たぶん、自分のスマホに録音しているのだろう。いいぞ生物部、もっと観察しろ。
きっとどこかの未来で、岡部の言葉を誰かが聞くだろう。蒼貂熊の弱点を見つけ出せたら、その知識は決して無駄にならない。僕はそう信じる。これも僕たちがここで戦って、たしかに生きていた証拠なんだ。
あとがき
第9話 弓道部
に続きます。
前髪の伸びた並榎くんの挿絵を、花月夜れん@kagetuya_renさまにいただきました。感謝なのです。
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