大食の侵襲 −異世界からの肉食獣−

林海

第1話 蒼貂熊(アオクズリ)、来襲


 日本の東北地方の山奥に魔界への入口……、というより魔界からの出口が開いた日のことを、僕ははっきり覚えている。

 10年前のニュースはネットもテレビもそれ一色だったし、そこから現れた魔物に食い殺された被害者が3名立て続けに出たことから、国内を越えて世界中で混乱の極みと言っていいドタバタ劇が展開された。

 もちろん、シリアスな話ではあったんだけど……。現在から振り返って見ると、あまりに愚かしい経過をたどった10年だった……。


 まぁ、こんなことはあとで話そう。今は、ほぼ間違いない死が僕たちの目前に迫っていてそれどころじゃない。

 弓道部の僕は、教室の外の廊下に積み上げた机のバリケードの陰で、同級生の宮原雅依かえと共に和弓を握っている。互いに矢はジェラルミン製の安物だけど、高校生の部活で使えるのはこんなもんだ。そうは言っても、これだって一本3000円くらいはする。だから僕と宮原で合わせて12本しかない。これで的から外したりしたら、あまりに取り返しがつかない。


 僕の後ろでは剣道部の長尾が刀を握っている。刀と言っても、これも亜鉛合金製の居合刀だ。もちろん、刃はついていない。

 なんて悪い冗談なんだろう?

 魔物相手にジェラルミンの矢、それも征矢の鋼の鏃には遠く及ばないクロムの鏃、そして亜鉛合金製の刃引きの日本刀で、県代表なんてとてもとてもおぼつかない程度の実力の僕らが戦うだなんて。

 いっそ、僕の横で即席の吹き矢を咥えている間藤紗季さき、中島梢暖こはるの2人の女子の方が武装としては上かもしれない。なんたって、彼女らの矢はこの場で即席に作られたとはいえ先端は釘で、軟鋼とはいえ鉄なんだから。


 バリケードの向こう側、今は誰も、おっと、今はなにもいない。魔物は下の階をうろついているはずだ。ここは三階だから、道草せずに階段を登ってこられない限りは若干の時間的余裕があるはずだ。 


 その魔物、今では蒼貂熊アオクズリと呼ばれているそれは、5mもの体格を誇り、最初のニュースの時のように人を喰う。いや、正確には人も喰うという言い方が正しい。手当たり次第、木の実でも芋でも鹿でもイノシシでもクマでも、みんな喰ってしまうからだ。しかも、満腹になれば吐き戻し、食い物がある限り永遠に喰うのだ。

 それが校舎内に入り込んだ。


 僕たちの高校は普通の公立だから、校舎も建築物として凝ったものではない。上空から見た校舎は、2段しかないハシゴみたいな形をしている。で、側木に当たる部分の片側に教室が、もう片側に職員室や理科室、美術室、図書室等がある。で、その2つ校舎建物は、ハシゴの踏み段にあたる部分の渡り廊下でつながっている。階段は、側木と踏み段の交点部分にある。


「校舎間取りへのリンクです。https://kakuyomu.jp/users/komirin/news/16818093086043998684


 今はお昼時。

 教職員と生徒が分断されている時間だ。たまたま3階の自習室で弁当を食べながら蒼貂熊の侵入を見つけた放送部の生徒が放送室に走り、校内放送で警報を出した。

 その段階で、訓練どおりに職員室は先生たちでバリケードを築いただろうから、渡り廊下を越えて僕たちを救いに来る者はまずいないと言っていい。「てんでんこ」という言葉は、昔は「津波」という単語と組み合わされて知られたらしい。でも今は、「蒼貂熊てんでんこ」と使われている。つまり、僕たちも僕たちで、訓練どおりに動くしかないということだ。


 生徒も先生もスマホで助けは求めているだろうけど、助けは期待はできない。たぶん、過去の経緯から警察は来てくれない。「きちんと正しく対応していれば死者は出ないはず」っていう綺麗事が返されるだけだ。

 そう、いくら死者がでても、それは「きちんと正しく対応できなかった」せいとされるんだ。


 僕たちはマニュアルに従って廊下にバリケードを築いて、校舎の3階の端っこに避難した。校舎の構造上、女子トイレはバリケード内に収まらない。男子トイレだけだから、女子にはタイムアタックしてもらうしかない。それでも、手洗用の洗面があって、水が供給できるのはありがたいんだけどね。


 で、廊下にバリケードを築く理由は簡単だ。

 だって、教室に閉じこもるのはあまりにナンセンスだからだ。廊下と教室の間は構造的にあまりに弱い。僕たちにとっては障害なのに、蒼貂熊にとっては紙の壁のようなものだ。だから、バリケードは校舎の頑丈な構造材に繋げて廊下に作る。

 そして、渡り廊下に挟まれた真ん中の教室では、バリケードも守り手も2倍必要になる。これではどうしても手薄になってしまう。現状は、逃げ場のない閉じこもり戦法ではあるけれど、それでも2頭の蒼貂熊に挟み撃ちされるよりはマシなんだ。


 ベランダにもバリケードは築いてあるけど、蒼貂熊の体長5m、体幅2mもある巨体に対してベランダの幅は80cmくらいしかない。だから、狭すぎてどうやっても収まらなし、こちらから侵入されることはほぼ考えなくていい。

 非常階段という経路もあるけど、これは中からは開くけど外からは開かない鉄格子のドアがあるし、そもそも幅80cmくらいの階段ではつっかえて上れないはずだ。

 そして2階だと外から跳躍するだけで届きかねないから、必然的に逃げるのは3階になる。


 あと、僕たちが僕たち自身を守るのは、バリケードによってだけじゃない。あとで話すけど、理由ワケがあって、僕たちは日頃から部活の道具とかもすべて持ち歩くようになっている。だから、僕と宮原であれば、昔は道場に置きっぱなしだった弓道具を持ち歩いている。蒼貂熊対策としては気休めにしかならないけど、それでもそんな習慣が生まれていたんだ。




あとがき

挿絵は、花月夜れん@kagetuya_renさまにいただきました。感謝なのです。


新連載ですが、余裕が生まれ次第、中断している方も進めますねー。

ああ、いそがしいw

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