第41話 誓いの——


 無事に撫子と付き合うことになった。

 実は早乙女さんに色々と相談してアドバイスをもらっていたらしく、せっかくだからと一緒に通話で報告することにした。


 ——のだが......


『やっとか~。ま、おめでとさん。式には呼んでね~』


 とだけ言って切られてしまった。あっさりしすぎじゃない?


「......それだけ?」

「あはは。まあ、多分近いうちに色々聞かれると思う......私が」


 そうなるだろうなぁ。頑張ってくれ。


「っていうか式とかいくらなんでも気が早すぎだろ......」

「式......結婚......」


 撫子がボソボソと呟いて顔を赤くして上目遣いで見てくる。


「あ、嫌ってわけじゃないけどさ、撫子まだ学生だしさすがにまだ早いよねって意味で......」

「そ、そうだよね!............でも、結婚したら、名字もお揃いだね」


 真っ赤な顔でそんなことを言う。


 よし、絶対に幸せにしよう。と心に決めた。





 実際にはその前に色々とやるべきことがあるんだが。

 大学卒業以外にも、撫子のご両親にご挨拶したり、結婚ともなれば同棲も視野に入れた方がいいだろう。すでに隣に住んで毎日一緒に過ごしているわけだしな。

 それに、撫子に家事を任せっきりにならないように教わらなければならない。

 料理は敵う気がしないので仕方ないが、他のことに関しては極力負担をかけないようにしたい。


 それに、同棲を考えるなら引っ越すという手もある。

 撫子が満足するキッチンの物件を探したり、家具を新調したり、お揃いの物を増やしたりと妄想が膨らんでいく。



「そうだ、さすがに結婚はまだ早いけど、その代わり——というか雰囲気なら用意できるかも」

「雰囲気......?」

「その、付き合った記念にもなるし......ペアリングとかどうかなって」

「ペアリング!いいの!?......友梨がつけてたことあって、ずっと憧れてたんだ」

「それならちょうどいいね。さっそく見に行く?」

「うん!」



 人によっては付き合ってすぐにペアリングとか重いって人もいるだろうが、俺たちは付き合う前からお揃いの物を増やしているのだ。

 それに、撫子の喜ぶ顔が見られるなら何も問題などない。


 ネットで買うという手もあったが、届くまでずっとソワソワしてそうなので直接買いに行くことにした。

 場所は大型商業施設だ。たしかここにジュエリーショップ的なのがあったはず。

 店舗マップで確認すると1階のすぐ近くにあるみたいだ。




「わぁ!すごいいっぱいある......」


 店内にはショーケースにたくさんの指輪やネックレスが陳列されていた。

 指輪が入っているショーケースを眺めていく。

 結婚指輪、婚約指輪、ペアリングと違うんだなぁ。値段も文字通り桁が違う。


「いらっしゃいませ。本日は何をお探しですか?」

「えと、ペアリングを......」

「ペアリングでしたらこちらのコーナーにございます。サイズはお分かりですか?」


 そうか、指輪はサイズがあるのか。それは測らないと分からないな。

 店員さんにお願いして測ってもらった。といってもいくつかあるリングに指を通してどれがちょうどいいか確かめるだけだ。

 ただ、リングをつける指によって意味が変わるらしい。そうだったのか。

 結婚指輪などは左手薬指につけるので、ペアリングは右手薬指につけるカップルが多いんだとか。

 たしかに他の人が見たら結婚したのかと勘違いしちゃうよな。

 そのへんは他のカップルに倣って右手薬指にした。

 これであとはどれにするか決めるだけだ。


「撫子。値段は気にしなくていいから欲しいの選んで」

「......うん。ありがとう」


 付き合った記念でもあるし、日頃から身につけるものだ。安いという理由で決めるのは違うだろう。

 何で見たかは忘れたが、『迷う理由が値段なら買え、買う理由が値段ならやめとけ』という言葉がある。まさにそれだ。


 一緒に見ていくが、ペアリングだけでもデザインも色もたくさんあるんだなぁ。


「あんまりキラキラとかゴテゴテとかしすぎてないのがいいなぁ」


 それは同感だ。あまり派手なのは好きじゃないし、料理をするときなどに邪魔になっても困るだろう。

 俺も会社でアクセサリーは禁止されていないが、宝石が付いてて邪魔になるようなのは困る。

 ひとつひとつ目で追っていくと、1組の指輪が目に留まった。


「撫子、あれなんかどうだ?」


 俺が指したのは2色のリングがクロスしているようなデザインの指輪だ。だけど太いというわけでもなく、宝石も1点だけ埋め込まれていてシンプルだ。


「綺麗......。これ、色も私たちにピッタリだね」


 男性用はブラックとシルバー、女性用はピンクゴールドとシルバーという組み合わせ。

 ピンクゴールドはベージュにも見えないことも無いし、あの座椅子の組み合わせと同じになる。


「こちらのデザインはクロスしているのが∞にも似ていることから、『永遠に続く』とか『無限に広がる幸せ』といった意味を持つリングになっております」

「優太さん、これがいい」


 撫子も気に入ったようだ。

 店員さんに実際のサイズを持ってきてもらって試着させてもらう。いい感じだな。


「刻印はどうされますか?」

「刻印?」


 どうやら、リングの内側に文字を入れることができるらしい。お互いのイニシャルや日付、もしくは短いメッセージを入れることも出来るんだとか。

 これは付き合った記念でもあるので、イニシャルと日付にした。

 30分ほどで出来るということなので、少しぶらついてから戻ることにした。その間、撫子はニッコニコでご機嫌だった。






 店に戻るとすでに完成していた。


「ここで付けていかれますか?」


 そう聞かれた瞬間、撫子が期待するような眼差しで俺を見た。あまり人前でやるのもどうかとは思うが......。

 リングを受け取って、撫子の右手を取る。これは緊張するな。

 薬指に慎重にリングを通す。奥まで嵌めるとピッタリとフィットした。今度は撫子が俺の指に嵌めて終わりだ。



 店員さんにお礼を言って店を後にする。メンテナンスとかもしてくれるらしいしこれからも来ることになるだろう。

 撫子は右手のリングを見てはニコニコしている。可愛い。






「撫子、ちゃんと前見ないと危ないよ」


 そう言いつつ左手を差し出すと飛びついて来る。

 今までと違って、自然と恋人つなぎになった。





 撫子の手の柔らかい感触の中に1か所だけ硬い感触があるのが嬉しくて、お互いに笑みを浮かべて歩き出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る