第10話 整理と決着



 週末。

 特に予定は無いし、部屋を片付けよう。軽くは整理したがまだまだ果恋の私物が多すぎる。

 付き合った当初から気まぐれでやって来ては入り浸り、その度に荷物を置いていくから増える一方だった。

 それだけならまだ良かったのだが、同棲してからも家事も何もすることは無かった。

 まるでペットであるかのように、お世話されて当たり前という態度だった。その上文句ばかりなのだからたまったものではない。


 自分の物と仕分けてゴミを捨てて、買ってきたダンボールに詰めていく。特に思い出に浸ることも無くただ無心で作業を続ける。

 土日を費やしてようやく作業は終わったが、問題はまとめた果恋の荷物をどうするかだ。


 あいつの住所など知らないし直接連絡しようものならどうせ騒がれるに決まってる。

 4年も付き合ってて相手の住所も知らないなんて今更ながらに笑ってしまう。

 一応、手がない訳では無い。

 ため息をついてテーブルの上を見ると、1枚の紙切れが置いてある。

 それは宅配便などの送り状——の一部だった。正確に言えば送り先、おそらくは果恋の住所は破り取られて送り元部分だけが残されていた。

 たまたまなのか、わざとなのか。自分の住所部分だけ無くなっているということは後者だろう。

 そしてその肝心の送り元には、果恋と同じ性の名前と実家だろう住所と電話番号が載っていた。


 しばらく悩んだがこのままでは埒が明かないし、とスマホを手に取ってその電話番号にまずはメッセージを送ってみる。

 いきなり知らない番号から電話がかかって来ても出ない可能性があると思ったからだ。俺なら基本的に出ないしな。


 少し経ってからその番号から電話がかかってくる。


「もしもし、突然のご連絡申し訳ありません。私、葛谷果恋さんとお付き合いさせていただいておりました、西成と申します」

『これはご丁寧にどうも。果恋の父のーー』


 お互いに挨拶を交わしてから、事情を説明した。

 送り状の名前からして母親の名前だったのでいきなり父親が出てきてビックリした。スピーカーにしていたようでその後に母親からも挨拶された。

 何度も注意しても直らない果恋の態度に自殺を仄めかす言葉、そして隣人への暴行。果恋自身は認めないだろうが、東雲さんの件については大家さんに聞けばわかる事だ。

 どう話すか迷ったが、どうせこれきりで関わることは無いしとありのままを話した。

 そして本人には連絡を取りづらいので部屋に置きっぱなしの荷物を受け取って欲しいということ。

 電話の向こうでは最後まで黙って聞いた後に謝罪された。

 電話を切り、思ったよりすんなり受け入れてくれてホッとした。


 配達業者に取りに来てもらって完了。

 これでようやく解放されたんだな......と感慨に耽ける。







 翌日、定時で退社して帰ると、家の前がなんだか騒がしい。

 そこにいたのは、なんと東雲さんと果恋だった。

 なにやら2人で言い争っているーーというより果恋が一方的にまくし立てているように見える。

 かと思いきや、果恋がいきなり東雲さんの頬にビンタをかました。俺はすぐさま走って駆けつけるがその間にさらに1発、東雲さんの頬が赤くなる。

 あの時と同じように後ろから羽交い締めにして引き剥がす。


「なにやってんだ!」

「なによ!全部この泥棒猫のせいでしょ!こいつのせいでパパとママにも怒られたんだから!」

「ふざけるな!彼女は関係ないだろ!俺がお前の親に置きっぱなしの荷物を引き取って欲しいって連絡したんだよ!」

「なんでよ!勝手なことしてんじゃないわよ!あたしに言えばいいじゃない!」

「お前に言っても話きかないからだろうが!......いつっ!」


 果恋が俺の手に爪を立てて引っかいたせいで拘束が緩んでしまう。

 東雲さんが危ないと思い、咄嗟に体を捻って果恋を背後に放り投げるようにして2人の間に入る。


「いい加減にしろよ。自分のやってることが分かってんのか?これは立派な暴行だ。前回は見逃してやったがもう許さん。警察呼ぶからおとなしくしてろ」

「な、なんで、警察が出てくるのよ!あたしとあんたの問題でしょ!?」

「俺とお前にはもうなんの関係も無い。お前の両親にも別れたこともお前がやったことも全部説明してある。それに暴行は立派な犯罪だ。警察を呼ぶのは当たり前だろ」


 そう言ってスマホを取り出すと、その手を抑えてきたのは東雲さんだった。


「あ、あの、私なら大丈夫ですから!そんな大事にしなくても……」

「ほら、こう言ってるんだから警察なんて呼ぶ必要ないわよ!」


 しかし、俺は東雲さんの手の上からさらに手を重ねて首を横に振る。


「東雲さん。ダメです。この場で許しても解決にはなりませんし、それは優しさではありません。関わってこなければ前回のことは水に流そうと思いましたが2度目はダメです。ここで何もせずに帰してしまえばまた同じことを繰り返します。子供じゃないんですから、自分がやったことの責任は取らせるべきです」


 東雲さんの目を見て説得すると、泣きそうな顔をしながらもおずおずと手を下ろした。

 彼女はきっと、果恋のこれからの人生を思って止めたのだろう。それは優しさとも言えるし甘さとも言える。

 たしかに警察を呼んで暴行事件として逮捕されでもしたら職を失うのはもちろんのこと、家族からも見放されてこの先の人生は苦しくなるだろう。

 だがだからといってただ許してしまえば自分の過ちに気づけずに同じことをしたり他の人が被害に遭ってしまうかもしれない。そうなってからでは悔やんでも遅いのだ。

 まあ警察を呼べば当然事情聴取はされるし警察へ行ったり訴訟するかどうかとか手続きもしなければならないだろう。


「でも、警察を呼べば俺たちも時間をとられてめんどくさいのも事実です。ここは別の方法を取りましょうか」


 少し冷静になった俺は果恋の親に連絡した。事情を説明すると2人はわりと近くに住んでいることもあってすぐさま駆けつけてくれた。

 到着するなり東雲さんの赤くなった頬を見て平謝りしていた。

 俺の部屋の中で5人で座って改めて説明する。警察という単語を出すと親2人は見るからに意気消沈していた。

 果恋が金輪際俺たち二人に関わらないでくれればいいことを伝え、話し合いの結果、果恋は実家に連れ戻されることになり両親が責任をもって近づかせないことを約束してくれた。

 どうやら、以前1人暮らししていたアパートは同棲を始めてすぐに引き払っていて、今は実家にも帰らずに友達の家を転々としているらしいことまで判明した。どこまで迷惑かけりゃ気が済むんだ。


 しまいには父親の方が念書まで書き出す始末だ。なんでこんなにまじめな人から果恋が生まれるのか不思議だ。


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