第9話 お買い物デート?



 定時で退社しいつものように電車に乗って最寄り駅に着く。

 駅から出たところで見た事のある——というか最近毎日見ている背中が目の前にあった。

 しかし声をかけていいものか。もし声をかけてストーカーでも見るような目付きをされたら立ち直れないかもしれない。

 迷いながら声をかけられないでいると、本人がふと振り返った。


「あ!西成さん!同じ電車だったんですね」

「みたいですね」


 まさか向こうから声をかけられるとは思ってなかったけど。センサーでも付いてるんか?

 少し立ち止まった東雲さんに追いついて2人で歩く。


「西成さんはいつもこの電車なんですか?」

「そうですね。残業とか飲みに誘われたりとか無ければこの時間です」

「その......時間が合う時は一緒に帰ってもいいですか?最近友達が痴漢に遭ったらしくて少し怖くて......」

「それはもちろん大丈夫です。たまにニュースでは見ますけど本当にいるんですね」


 東雲さんは美人だし見た目は大人しそうだから狙われる可能性は十分にある。絶対に守らねば。

 本当なら、俺の方が乗る時間が長ければ安心なのだがそればかりは仕方ない。


「あ、すみません、今日買い物行かなきゃなので私はこのままスーパー行きますね」

「あ、じゃあ一緒に行きますよ」

「え、いえ、申し訳ないのでいいですよ」

「いやいや、東雲さんの料理は俺も食べてるわけですし、荷物持ちくらいはさせてください。何から何までやってもらってこちらこそ申し訳ないです」

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「はい。あ、どうせなら1度マンション寄って車で行きまょうか」

「そんな、いいんですか?」

「ええ。週末くらいしか乗らないですし10月とはいえ夜は冷えますからね」


 どのみちスーパーはマンションを挟んで向こう側だ。



 もうすぐ18時になろうかという時間帯のスーパーは混んでいた。

 車は停められたが店内は人が沢山いる。仕事帰り&夕飯前だしみんな考えることは同じか。

 食材を吟味する東雲さんの後について回る。

 すごいな。俺は野菜の善し悪しとか全然分からない。

 ていうか、なんかこういうのいいな。お買い物デートっていうか。いや、デートは東雲さんに失礼か。

 でも果恋あいつはスーパーなんて来ないしな。デートするっていっても大抵貢がされてただけだ。


「西成さん、今夜何が食べたいですか?」


 今日はリクエスト制なのか。うーん、迷うな。東雲さんの料理って何食べても美味しいからなぁ。

 あ、でもこないだの肉じゃがはメチャウマだったなぁ。和食ってthe家庭料理って感じするよな。作るのに時間がかかるイメージあるけど。

 辺りを見回すと様々な野菜や果物が並べられ、食欲の秋らしく旬という言葉が使われている。


「和食っぽいものが食べたいけど何って言われると悩むなぁ」

「和食、ですか。そうですね......お鍋なんていかがでしょう?それなら色々な食材が楽しめますし」

「お、いいですね。今夜は冷えますしちょうどいいですね。何入れましょうか」


 いや待て。食材も大事だがスープを何味にするかによって相性も変わる。クッ、難しい選択だ。


「西成さんはお肉とお魚ならどっちが好きですか?」

「肉と魚ですか......。うーん。難しい選択ですね」

「......それなら両方入れちゃいましょうか」


 東雲さんは顎に人差し指を当てて少し考えてからそう言った。


「え、両方なんていけるんですか?」

「お鍋ですから何を入れてもいいんですよ。味付けはお塩ベースにして、鶏肉とタラにしましょうか。他に入れたい物はありますか?」

「鍋となると白菜は絶対欲しいですね。あとは豆腐とか?」

「いいですね。あとは椎茸も入れましょうか」


 結局俺は、和食と白菜と豆腐しか言ってないのに今日のメニューが決まってしまった。この女神様強すぎる......。

 相談してから野菜コーナー、魚コーナー、肉コーナーと進んでいく。

 タラなんて初めて買うな。食べたこともないけど。

 完成した鍋を想像するだけでお腹が鳴ってしまいそうだ。


 俺の持つカゴの中が食材で埋まっていく。

 明日以降使う食材も入っているんだろうけど、レシピとかメモとか何も見ないで入れているあたり慣れている。毎日料理していないと出来ることではないな。


 2人で買い物を終えて帰宅する。

 いつもの時間に、ということで玄関で別れて俺は一度自宅へ。

 シャワーを浴びて一息つけばすぐにご飯の時間になる。


 東雲家の玄関を開けるとすぐにいい匂いが漂ってきて早くもお腹が鳴ってしまうそうだ。

 定位置に座ると、東雲さんが鍋のフタを開ける。すると大量の湯気と共に香りが爆発した。

 そして湯気が晴れると、鍋の中には美味しそうに揺れ踊る食材たち。思わずゴクリと喉が鳴ってしまう。

 東雲さんが取り分けてくれた器を受け取り、「いただきます」と手を合わせる。

 まずは白菜を一口。......いやうまっ。

 なんでこの短時間でこんな味沁みてんの?そういえば鍋の素買って無くない?え、もしかして素から作ったの?

 凝ってるというか、いや嬉しいんだけどね。東雲さんの味付け俺の好みドンピシャだし。

 お次はメインのタラ。......うわ。ふわふわだ。身が崩れるでもなく臭みも無い。

 買った鶏肉はどうやらお団子に丸められたらしい。中まで味が沁みていて噛むと旨味がはじけ飛ぶ。

 もう夢中になって食べたね。器がなくなるタイミングでよそってくれるし、わんこそばでも食ってるような気分だ。



 仕事帰りに一緒に買い物してご飯食べて。こういうのってなんかいいな。



 少し肌寒いはずの夜は、心も体も温まって過ごした。


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