第7話 女子力



 おかしい。


 同じアパートの隣の部屋なのに、玄関からすでに違う空間にいるように感じる。

 これが女子力ってやつか。53万くらいありそうだ。強い。

 部屋に上がって座って待つように言われるが、部屋中に満ち溢れる女子力に圧倒されて、落ち着かずにソワソワしてしまう。

 数分もしないうちに東雲さんが料理を運んできた。


「あの、そんなに見ないでいただけると助かります。あまり片付けてないので......」

「いや、よく片付いているじゃないですか。なんか、俺と同じ部屋のはずなのに、こうも雰囲気が変わるものなんだなあと思いまして......」

「お部屋って、住んでいる人の個性が出ますよね」


 俺の部屋は誰かさんのせいで個性が侵食されまくったけどな。

 気づけばテーブルの上には料理が揃っていた。

 味噌汁、肉じゃが、鮭はムニエルってやつだろうか。どれも見事なものが並んでいた。

 え、これ全部手作り?


「作ってしまってなんですが、西成さんは苦手なものとかありますか?」

「いえ、ないですよ。なんでも食べます」

「それは良かったです。お口に合うか分かりませんが、どうぞ食べてください」

「それじゃ、いただきます」


 まずは味噌汁から。......え、うま。

 味噌汁なんてたまにインスタントの具材にお湯を注ぐだけのしか食べてないけど、そんなものとは比べ物にはならない。

 肉じゃがはホクホクで煮崩れしておらず、しかし味は中心まで染み込んでいる。お、白滝も入ってる。割と好きなんだよなぁ。

 ムニエルは外はパリッとしており中はフワフワ。バター醤油だがレモンも効いておりサッパリしている。

 ヤバい、寝起きであまり食欲はないと思っていたけど、これはご飯が進む。


「あの、どうでしょうか......?」


 しまった。つい夢中で黙って食べてしまった。


「めちゃくちゃ美味しいです。これは箸が止まりません」

「それは言い過ぎですよ。でも、喜んでいただけて良かったです」

「いや、ほんとに。毎日でも食べたいくらいです」

「......えっ」

「えっ......あ」


 やべ、つい本音が。東雲さんの顔は少し赤くなっているようにも見える。言った俺も恥ずかしい。

 その後も夢中になって完食した。


「ふう。ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした。足りましたか?」

「はい。今日はあのあとずっと寝ていたので十分すぎるくらいです」


 美味しくてついペロッと平らげてしまったが、本音を言うと少し苦しいくらいだ。美味しいというのは罪である。

 2人で一緒に片付ける。

 座っているように言われたが、作ってもらった上に片付けすらしないというのはさすがに申し訳ない。


 一通り片付けると、東雲さんが食後のお茶を出してくれたので一息つく。なんかもう至れり尽くせりだ。


「あの、西成さんてお料理されるんですか?」

「え?たまーにしますけど、こんな本格的なものは作れないですね。実家から米が送られてくるので、消費するためにもやらなきゃとは思ってるんですけどね。スーパーやコンビニのおかずに頼りがちです」

「そうなんですね。昨日お邪魔した時にキッチンにお米らしき袋があったので気になったんです」

「親戚が米を作ってるんで、要らないと言っても送られてくるんです。おかげで全然減らなくて......。あ、もし良かったらいりますか?」

「......西成さん、提案があります!」

「は、はい、なんでしょうか」


 東雲さんが唐突に少し大きな声を出したので少しビックリしてしまった。


「お米を分けていただく代わりに、私がおかずを作るというのはどうでしょう!」

「......え?それ、俺しか得しないんじゃ」

「そんなことないです!スーパーで買う以外のお米をお家で食べる機会なんてそうそうないです!それに、お米を買いに行くのも実はけっこう大変なんですよね......」


 俺は米を買いに行くというのがないから分からなかったが、考えてみればそうかもしれない。

 10キロの米を買ってくるのはさすがに重くてしんどいし、もっと軽いのを買うとしたら軽くはなるが買う頻度が増えるということだ。

 そもそも自炊をするという前提というのがすごいと思うけど。


「俺としてはすごく助かるしありがたいんですけど、いいんですか?」

「いいんです!お料理は好きですし、誰かに食べてもらって美味しいと言ってもらえるのがすごく嬉しかったので......」


 まさか、毎日でも食べたいという言葉が即現実になろうとは思わなかった。

 え、これ食べさせる相手俺でいいの?こういうのって彼氏の特権なんじゃないの?大丈夫?俺死ぬの?


「いや、そりゃ美味しいものは美味しいし、喜んで食べますけど......」

「じゃあ決まりですね!」

「えっと、じゃあ......よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 嬉しそうにほほ笑む東雲さんが天使に見える。いやもう女神様だ。

 後光がさしてるようにも見えてしまう。



 おいくら納めればいいですかね。


 とりあえず拝んでおこう。


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