~妻君(さいくん)の譲渡~(『夢時代』より)

天川裕司

~妻君(さいくん)の譲渡~(『夢時代』より)

~妻君(さいくん)の譲渡~

 都会から離れ得た喧騒蟠る凝(こご)りの一つ所で未(ま)だ日を熱して間も無い爽快な田舎者達が如何してこうして、小言を吐きつつ何処(どこ)かで〝力祭(ちからまつ)り〟の渡来を聴きつつ眠筵(ねむしろ)に咲いた小さき薔薇の花束を抱えて俺の来るのを待って居た。何か未(ま)だ煙そうな眼(め)をして両脚(あし)をして、心中見舞(しんちゅうみま)いでも兆して澄ませる努力をずっと講じる頑なな意識が遠退きつつも朝日の照る頃、硝子の透明色の向こうでは、ちょこちょこと駆け寄る慰めの坊が俺の身辺(あたり)を彷徨うようで、俺の独創(こごと)と連呼は意味も成さず儘にて司業(しぎょう)へ阿り、踝まで履いた華(あせ)の温度を水色に換えつつとぼりぽたり、雫が華(あせ)に化(か)わるまで一連(ドラマ)の行方を探り出すのを当面の目標としたまま何故か男よりも女の匂いが充満する箱庭(はこ)の内へと腰を座らす。居座った俺の巡業とも成る無教の対面とは又他(ひと)を傍目に孤高の一角を気取って毒する眼(まなこ)を他事(たじ)に宛がい、土工の従者達を体好く真似て行くほど力強い両脚(あし)を以て音頭を操(と)りつつ、他所(ほか)へも行けない魅惑に咲いた正規の一路(ルート)を程好く講じて唯未熟の春の生気を装い身に付く温味(ぬくみ)を捨て行き俺を固めた。固まった我が狭筵の群象(ぐんしょう)とは又、〝寝筵(ねむしろ)〟に満ち得た終業まで着く作法の術等を粗方知り得た職人の知恵の様(よう)に寝袋を深く被(かぶ)り、自体が寝て居り寒暖知らぬ傍(そば)から温床と知り行く間も無く屈曲され得る正義の個装(こそう)を如何でも不断(ふんだん)に捕えて吐息を発して、兼ねてより寸断され得た他(ひと)の接点とも言われる協妥(きょうだ)の支配に行く行く阿る自身を見据らえ暫し当面に咲く巡行の季節(たましい)に切り枠を付け、独創(こごと)を唱(しょう)する我が両腕(かいな)の固定は露さえ拭えぬ魅力に呈し得ていた。初春に嘯く駿馬の栗色が女性(おんな)の気(け)の色を真赤(まあか)に化(か)え、妖しい魅力は肌色(ベージュ)の真打とも成る故郷の姿勢(すがた)を大腿(だいたい)に染め行き見果てる我が闘争を吝欲(りんよく)に与えた。表情を見合わす俺の二面は一つを正気に、一方を狂気に捉えて己(おの)が独走(はし)りに渡る懸橋の如く湧き出た泉上の土台(はし)は準じて丈夫を載せて、女性(おんな)の気(け)成る精巧の華奢(あるじ)は未工(みこう)に終え得た苦労の一端を両脚に揃え、段階(ステップ)を踏んで成器(せいき)と成り行く恭順の在り処に一向謀る微笑の体(てい)には俊敏重ねた猛火を見せて、女の気(け)とは怪(け)とも成り入(い)り、俺への従順の最(さい)足る教示は、遍く一粒に溜めた雨の如くにはらはら濡れ得る試行を知り行き最果てを得て、屠腹(とふく)を望んだ女性(おんな)の没我は狂喜を発して音頭を操(と)った。俺の鼓動を進める喪服の厚味は行く行く浅瀬に掲げた小舟を模しつつ正犯(せいはん)束ねる視界を譲(じょう)して気性を滑らす口上の怪言(けげん)等には凡介(ぼんかい)を成し得た常軌(ドグマ)を発した。

 戻るべき帰路(みち)を、辿るべき遍路(みち)を、力ずくでも暗(やみ)の内より引き出して光沢の冴える阿武隈の岸まで辿り泳いだ私闘を組んだ屈界(くっかい)の程度は力を抜いて、明日(あす)をさえ冴え抜こうとし行く正当のシグマをこの実(み)に携え、やがて雲行き宜しく青春の目方(サイン)が激しく脈打つまるで音叉の様(よう)な俺への微動が元働いて居た職場の内よりとぼりとぼり抜け落ち聞えた。職場は未(いま)より暖かく俺の飼葉を見守り、自活に訴え行く徒党がシグナル立てる一寸の分断を見逃さずに蛻の様(よう)した位(くらい)を妬んで、俺の両眼(りょうめ)・両脚を何処(どこ)へ運ぶという振りをしながら魅惑の果て行く試練に臨み得た。そこで俺の肢体はゆっくり飼葉に寝かされながらも孤独を呈する一介の空胴(がらん)を擦り抜けて太陽の降(ふ)り行く広廊(ひろいろうか)へ抜け落ち神秘の渡来を期し、何処(どこ)へ行くのも他(ひと)の体温(ぬくみ)より抜け出る優しさの器量を少々都合好く変えて仕舞って明日(あす)を牛耳る人体(むくろ)を鑑み始めた。到底他(ひと)の体温(ぬくみ)に自我(おのれ)の協妥(きょうだ)を欲する理屈の無い程度(ほど)毎日苦痛を覚えた協調に彷徨う気儘は俺の思考に圧政するが、されど白紙に準(なぞら)う孤高の定めとは又、人間(ひと)の傘下に様見(ようみ)て擁見(ようみ)て、始終を付き添う頭(かしら)を知れば、徒党は途端に雨降らし程度(ほど)に銀色(ぎんしょく)に輝(ひか)る陽光を映して明日(あす)が来るのを晴らして待ち行く。この様相を象る一個の生態(いっていのせい)に自己(おのれ)の不憫を人間ながらに省みつつも今日の頭はお前であるか、女であるのか、果て先生きれば自分と成るのか、被(かぶ)った日陰を物ともせずまま動じず屈曲に分岐(わか)れた枝線(しせん)を見遣ると、そこには咲いて奇麗な拳(かたくな)の華唯一輪、置き忘れられた体(てい)にてきちんと生きた。独創(こごと)を連呼して行く自我(おのれ)の無我の幾路(いくろ)を小禽の嘴(つめ)の如く抜き足差し行き痺れを保(も)つのはとてもではない俺の憂慮を優に超え行き、しどろもどろの悶絶(こっけい)の仕様にほんのり形成(かたち)を象(たど)って吟唱(ぎんしょう)成るまま自然は揺らいだ。

 元職場には、中田(年齢としは俺より一つから二つ下で横長にふとく、両脚は丈夫に牛歩を呈し、俺の目前まえなど殺風の如く抜き進んでその場を仕切る度量を持つ)、吉井(銀色の前腕を併せ持って俺の先には寸とも居らず、掛け合い頼めば寸ともとも幾様にもせず唯闊歩し行く軒並みは始動に揺らす、慌しく無礼な女)、清田(都会の脚色を省みず、一方で徒党を組むのは女性おんなながらの慣例にて如何とも進み、帳の降りない至極の肥土(かて)をその大腿へ肉付けながらに男性おとこの疲労を精神へと来すそのおんなは一向に解け行き見せないオルガを数匹両の腿内に飼って居り、明日あしたを知らせぬ憤怒の化身はやがて地に着く養豚を魅せ、仕方が無く行進すすみ行く淡い美麗は幼体みじゅく同士に嗾ける両刃の分銅を想わす)、秋井(骨身をきしらす下肢ふもとの裾から秋の風流けはいが情を乱す頃、俺から見知らぬ茶髪の剛士ごうしを運好く確かめ手頃に採った一介のばあを想わす容姿しせいを牛耳り、又何処どこへ行くのもひとの援助の至来しらいを受け行く渡航の成就は緩慢で、至極解け入る協妥きょうだ土台ふもとは折好く重ねられ得た凄惨な一連ドラマを飛散させるがその実土台ふもとに似て又強直で、片手にられる如意宝珠にょいほうじゅの異彩がくうを切り断ち俺を捨て遣り、魅惑に夢想ゆめ見る天下を講じた)、浅井(懐内に変な異質を取り込み黒色に歌う微かな美声にて明日を唄うが、所構わず停滞する為後あとに閊えた者がつい見境無くしていざこざ起し、それでも空虚ドグマ自分おのれに在ると頻りに言い切る絵空の坊は今年で俺より十若い)、又、綾採(あやと)りの糸の切れた連続写真の体(てい)にて職場内の人間(ひと)の活気(おんど)は微動を続けたようで、此処に居る筈の無い小学校時の俺の旧友が虫の報せか服装借りて要所へ佇み、生粋向くまま私情を腫らした嗣業を携え俺の寂寥(こどく)を慰謝しに来て居た。山井(仮面を外して凡性ぼんしょう現し〝使徒〟を呈する孤独の内から仄かに色めき立った独我を催し、毒薔薇が口許で似合って照輝てかる次の瞬間ときには手足は伸ばされ地のふちへ落ち、人間ひとの定めと果てをおしえた〝列聖〟を興じる即応のあるじはポンテオ・ピラトのように屈曲を逃れて家系を外され、やがてに行く鼓動のうねり人間ひと所有ものと成り行きその身は枯れ行き果実はれ行き、渡航を介せぬ俺の苦悩の程度ほど一瞬救済ひかりを当てる如くに軟様なんようの個体を揺る揺る揺らして所々に吹き込む涼風には火矢を当て、俺の親友かたみと成り行き落着している。一介の男士だんしである)、又、神尾、庄司、キリストの教会にて見知り、喧嘩し直れた有志の人姿(すがた)がそこでのさばり、朽ち果て行く私闘の矢先にも又一つ、ほのかな温みが灯(あ)った。後退りする以前に吉凶成る生前の空白に地団駄踏みつつ背後(うしろ)へ流行(なが)れ行く自由の肢体(からくり)には自然と暴利を貪る暗雲成る蜘蛛の巣の様に構えた故郷が沈んで、清廉琥珀成る友情の習例(しゅうれい)に未知を与えた儘にて突拍子に懸橋(はし)渡しにし行く朦朧の商人(あきんど)にはつい動源(こどう)も論理も見付けられずに、足蹴にされ得た殉教成る親族達の御前(まえ)にて下野を試みた惰性の時人(ときびと)が古豪を勇んで逆手に取りつつ、哀れな思想に体好く重ねた嗣業の到来成るまま今世(このよ)の最果て目指した野草の群れとは又生粋の落着を落胆の内にて認めて、俺の巡行とは今人を謀る事も見抜く事も据え行く事も相成らないまま白色に魅入られ行った思想を呑んだ。そうして絆され行かれた孤島の思想から又四肢が好く生え成長して行き、塗工に佇む一介の剣士の如きに両脚(はね)を萎えられ、行く行く連れて四旬へ赴き、底儚く咲き得た思想の強盛(みやこ)等は追随され行く儘にて死相を扮して過勢(かせい)に還り、殉教する士(し)の如くに術無く散り行く気儘(オルガ)を見果て行った。紫蘇の生え行く故郷の土地にてその昔、蟹の食い過ぎにて中毒を起(きた)した者が在ったそうだがその薬用を借りて凡天(ぼんてん)の下(もと)、窮境に飛び散る霧散の姿勢(すがた)を我が身に見果てた一介の騎士は駄馬から下りて美草(びそう)と称する草(それ)を採り、あわよくば精神(こころ)に住み行く悪漢の肢体へ塗り込めようと処方を誤り、盛況極めて活衰(かっすい)させ行く筈の固陋の骸を逆行(ぎゃく)に澄まして立たせ、未開の信心の程度(ほど)には屈曲され行く従来(けいけん)が途方を連れ行き頑固(かたくな)に成り行く冒険を知り得た為に渡海し果て行く海鳥(カモメ)の姿勢(すがた)を隈なく捜した既開(きかい)の遊地(ゆうち)に根深く尻を座らせ、途方に暮れ得た朝日の煩悩とは又、俺に尻込みさせ行く活気を扮した。

 一度離れた職場へ舞い戻って来た俺の照準とは又、奇怪な程度(ほど)に爽快させ得る試練を省み唐突に棄て得た活性の四旬(オルガ)をこの片手(て)に持たせ行き、司業(しぎょう)に介する間も無く打ち解け入(い)った仲間の巡業までもを私中(しちゅう)に捉え更紗を投げ遣り、純情振(ぶ)った孤独な死相が土量(どりょう)を超え行く底冷(そこざ)めの暴徒を圧制(あっせい)して行き、行くは雪解けの間近へ至る時期(ころ)まで、運勢潜めた苦業(くぎょう)の荒行(こうこう)をひたすら大事と包(くる)んで自身(おのれ)を抑(よく)し、自我(おのれ)を掲げて、誰もに見え行く至高の試算(さん)に度胸の咲き得た行程の狭筵(さむしろ)を奇麗に敷きつつ招待し得る産業の行程には又、渡航に果て行く己の思春の低来(ていらい)を密かに妬んだ本性(きっすい)を憶えていたのだ。奇妙に居心地よく鳴く硝子に包(くる)まれ入(い)った人人の活声(こえ)達は又皆、何処(どこ)へ行くのか知り得ぬこの地での展開に加減を知らさぬ自然(あるじ)の低来(ていらい)を密かに感じ得、墓標を突かれて、焦燥足るまま両脚(あし)の気儘に躯(からだ)を避けつつ堂々巡りをその地で成したが、何時しか知れた洩れ得た情報(けいけん)の多量がほとほと各自の歩の進路に影響して行き痙攣(ふるえ)を起させ、誤った帰路(みち)へと外した打算に失墜して行く香味(こうみ)を憶えて病苦を消し得た。一向に好く成らない達磨の赤身を自身に据え置き、黴臭い動道(ろうか)を一新に歩き出す各自の群れは何時しか映えた自らの意志を体好く採りつつ幸運を避け得た空慮(くうりょ)に戻って、嗣業に出会って無造(むぞう)を象り、算段採り得ぬ闇雲の開地へその躯(み)を落した。そうして見た夢。一度離れた躰が自身(おれ)に帰着したのはそう旧い事ではないまま既に見知らぬ無改(むかい)の試算に生きる術まで値踏まれ得た時期(ころ)、まるで死線を潜(くぐ)った偉人の体(てい)して照輝(てか)り映えた思春の体(からだ)は折好く独創(こごと)を連呼させ行く司春(ししゅん)の欲望を身近に掻き立て失墜せぬまま道上に土台を敷いて、俺の根城はそこから程好く離れた京都(きょうど)に見合った新築の古都を〝ふるさと〟と呼ばせてこの実(み)を裂けた。裂けた白身に一点ずつの赤点が自然に湧き行く無数の斑点と化(か)わってその無数(かず)を以て人体(からだ)を構築(つく)り、自然に宛がわれ得た生粋のドラマは全てこの職場(なか)で折好く正義と悪義を兼ねて成されて行くと人道を外した化身に誘われ寝袋を持ち、闇に塗れた烏(けもの)の群れ等(ら)と共に仕業に介する途絽(とじ)に就いた。悪戦苦闘を越え重ねた有限の鼓動は微動と成り行き、失敗続きに灯篭も持ち得ぬ魅惑の旋律(しらべ)に恐水(きょうすい)する言葉も掛けずに怒涛に濡れ込み、古豪を主(あるじ)と呼び得た俺の視界は目下死に行く体動(うごき)に合せて魅力を語り、死力を尽くし、輪曲(りんきょく)に掴み終えた人間(ひと)の関係(かなめ)を摘まむ指先(ゆび)には既に赤身に耐え得る孤独が在った。抜きん出た級長(マスター)を象る人局(じんきょく)の襲来から又独固(オリジナル)の数多を公開して行く未走(みそう)に乗じて途方を片付け、俺の身辺(ちまた)は幾度と知り得ず無頼に徹する悪魔を飼った。唯、周囲(まわり)に集う人相(にんそう)達と上手くやって行けるか、溶け込め得るか否かを気にしていたが、介護士特有の場所を占め行く我先の怒調(どちょう)が経過(とき)を奏して耽溺を知り、魅惑を自身に飼った幾人かの友人達には暗(やみ)相応の気質を点しつつ無我を呈した俺の卜体(ぼくたい)には早朝(あさ)一点の明るみさえも当らずにあった。唯、初めて相手の表情(かお)見てその相手(もの)の出方を知ろうとして行く躍動の強靭(つよ)さが矢張り先立ち泡立ち行って、濡れ動く華(あせ)の肢体を耄碌しつつも靭(しな)やかに動き取り、未知の果(さき)にも相応の華(はな)が在るのを小じんまりした胸中(むね)へ飛ぶ早々が在る。事の運びは次第次第に時間(とき)を化(か)え行き始めに報せた気楽の姿勢を俺から奪って、人の世間(せかい)を地獄へ化(か)え行き、遠退く自身(あるじ)の足音は高く寝音(ねごと)の様(よう)に頼り無い代物(もの)と成り行かされる師弟を知らされ、その主(あるじ)と弟子との窮状(きゅうじょう)の最中(さなか)に流行(なが)れる模倣は、俺に知れずに目下活き行く他人に在った。寿退社を果して悠々暮れ泥(なず)んだ町の日暮れを人間(ひと)の盛況(さなか)に幾度も観て来て落ち着く我が身は到来し得ども職場(そこ)では元喧嘩別れした女(たにん)とも折好く出遭(であ)えて運相応の脚色に絆される身と成り、果てはあれより度を越えて嫌疑を構えるのではないか、等と道々辿った殺風の社(やしろ)で逡巡躊躇い様相は揺蕩(たゆた)く、努めて盛(あか)るく放(はな)った気勢の矢先(さき)には直ぐさま頭を抑える小路が構える。見え透いた虚動(うそ)の塊とは自然に凋落し果て行く空洞を構えて防御を象り、寝ずの番をその実(み)へ課した経緯(とき)の仕業は女(たにん)の強靭(つよ)さを程好く挙げて果(さき)を牛耳る問答と成り行き、俺はその女(たにん)に向かって言葉をよく吐き付け行って温味(ぬくみ)のある女性(おんな)の衝動(うごき)を隈なく呑み込み自我(おのれ)の性分の内にて吟味(か)もうとしたが、ふと表情(かお)を見下げると、その女(おんな)の姿は見る見る四体(したい)を変えて頭部を残して機械(にんぎょう)の様(よう)に成り、互いの内にて語り尽され得た吐露(ことば)の有数(かず)とは又嫌疑を尽かせず群力(ぐんりょく)の姿勢(すがた)と成り得て俺と遊んで、屈強を束ねた女(あるじ)の独創(オーラ)は限度を越え行き、その器量の内には古井を立たせる淡白(たんぱく)が在った。俺は以前にも増してその女性(おんな)の美装(びそう)に狼狽え抜いて気色を宥めて、到底起り得ないとした怒調(どちょう)の淡歩(たんぽ)を桎梏に噛ませて身重(みおも)としたまま有力を個(こ)に着せ、嘗て知り得た、組織が立たせた個人(ひと)の狭度(きょうど)を超え行く群れの発破を力任せに対せられる無心の気功(きこう)に屈さない儘そうして得出した有力(ちから)を介して自身(おのれ)を行進(すす)ませ対極を捉え、次こそ敗けない儘に俺の塒を職場(ここ)へ置き遣り、徒党を組ませた群衆(ぐんしゅう)の中火(なかび)を涼風に冷まして転身してやる…、等と馬酔木の実(み)を吸った悪魔の人姿(すがた)に俺は早々に成り行き規定(ドグマ)を滾(たぎ)らせ、オレンジに咲き得た仮面の紫蘇花を紫へと化(か)え位(くらい)を掲げて、魅惑を呈さぬ死臭が蠢く退屈の社(やしろ)で帰路(つうろ)を見定め労を費やし、塗工に込めた四旬の嫌いを茂(うっそう)に隠れた算段の内に投げ遣り動静(うごき)を鎮めた。惨く愛妻極まる四旬を呈し終え得た努めの行く先には、上玉と称され得た古井の肢体(からだ)を時折り慰め、扱き下ろし、寸劇に極まる私情の末路を又体好く併せて訓教(くんきょう)を呈し終えたがこの果(さき)、俺の躰(むくろ)は月から滑り落ち行く華(しずく)を省みつつも又若気に至った盛夏(せいか)の群局を捕え行き出し、孤高に見果てる限りを知った。

 いつの間にか日暮れて、又朝が来て昼となり、湧水が山の麓に咲き出す頃には職場にも春が訪れ、真綿に包(くる)まれたような〝友人ごっこ〟が芽を咲かせて到底戻り得ない〝春のお遊戯〟がその身を散歩させる事と相成った。幾許かの職務に対する初心を携え眼鏡を掛けながら空の青と人の表情(かお)を見、それでも痛快で止まない初春の訪れには透明色した自己の開花が鎌首を擡げて歩速(ほそく)を早め、浮足立たぬよう人間(ひと)の往来の真ん中をなるべく怯まず歩くように、と自分で自分に課した俺だった。その「初心」と「初春(はる)」が別の在処(ところ)から友人を運んで来たのか、そこに居る筈の無い虫の好い好敵(とも)を呼び付け俺に目立たせて、特に競争を煽るといった衒いも持たさず唯俺の背後(うしろ)へ付いて歩かせ、一度は飽きて止(や)めようともした独創の制覇に又魅力を講じて両翼(つばさ)を担え、如何とも言えぬ明日(あす)の我が身を我が道行くまま散路(さんろ)させ行きその道上にてまるで道標(どうひょう)の体(てい)に着けて賽(さい)を転がし一端(いっぱし)の体裁に繋がるように、と兆しを落して居た。そうして毎日を独歩(ある)いて行く俺の姿勢(すがた)をふと横目に見たのがその友人、神尾靖であって、彼の背丈は幾許か俺よりも伸びたように見受けられ、朝の陽光(ひかり)で俺の身辺(まわり)にもう一度の紅葉が咲く迄にはその友人を取って喰ってやろうとする気迫と偶然が俺の心中(うち)に無い訳ではなく、湧水が出て居た、何時(いつ)か俺が原付バイクに乗って一人で、或いは二、三人でツーリングをし尽した北の山の麓へ行き着き、又思考の喉を潤す算段をし始めたのは、俺の文学へ対する気勢の程度(ほど)がこれまでよりも成長し果て、その成長に於いて更なる向上を図ろうとして居た矢先の節である。白色がこれ程に充満し得た白日を夢游した事の無かった俺の両脚(からだ)は上肢を気遣う事無く北から突然に吹き遣って来る寒風が呈する頑なと優しさに足場(どだい)を奪(と)られて、今日と明日とを同じ体温(ぬくみ)を仰いで繋げ行ける新進の一足に身を乗じて時を進ませ、苺の咲いた奇麗な丘に、気勢を衒わず小言に潰えた我が源動(げんどう)は腰を下した。一生を孤独で過そうと決心(き)めて居た我が将来の暗游(あんゆう)は何時(いつ)ぞや見知った初春(はる)の訪れへとその身を寄せ付け高位(たかみ)へ行き着き、独創(こごと)を連呼して行く俺の身許を具に講じた後にて固陋に束ねた音頭を執った。俺は神尾靖の迅雷の降り立つ儘に泡(あぶく)吐きつつ、両脚(つばさ)を環境(まわり)の行方に絆され闊歩させ行った貴奴(きやつ)の心向(せい)に打たれて歩幅を縮め、独力(おのれ)の気分をまるで放心させ行き友情を束ね行く即席の勇気に全能預けて独力(おのれ)を傾倒(かたむけ)入(い)って、所構わずくしゃみして居た大昔(むかし)の大恩人に訳を話さず乱れ行き、明日(あす)を待たずに今日自分の迷宮を旅して見ようと、とにかく手を振る儘、両脚(あし)の向く儘歩調を調え、身の安全を心得た儘にて往来を闊歩(ある)いて行った。その身の安全の裾先にはまるで見果てぬ光が在って、その頭上(うえ)を見遣れば時を知らぬ陽(ひ)の淡射(ひかり)が真向きに差し込み、言わずと知れ得た初春(はる)の八光(おろち)が首を擡げて俺の躯(からだ)を抑え込むかの体(てい)にて牙欲(がよく)に徹して固唾を呑ませ、俺の振戦(ふるえ)は所嫌わず悪行(あく)へのシュールを覗いたように青く萎え行き、恰幅の好い孤高の天人(てんし)は遍く白雲(くも)を携え俺の元へと降(お)り行き賛美を唱え、俺の躰は程好く射光を吸収した次の天地へ駆けて行った。

 環境(あたり)が暗い、まるで大過去(むかし)に沢山観て来たような黒色のレトロの涼風(かぜ)が吹き止まずにそこへ居座り、俺の肢体(からだ)を真横へ流し行く荒唐を包(くる)み始めた青空の狭筵はその切っ先を違えて示す寝筵(ねむしろ)の在り処を体好く教えて俺へ諭し、俺は何処(どこ)でもこの暗雲の様(よう)に肢体を跨ぐ当面の漂いに唯頷き入(い)って友人(とも)を呼び付け、その友人(とも)とは又教会にて良く知ったあの有志こと谷田である。姑息に準じてこの長く広がる廊下の多岐を順折り歩調を脆弱(よわ)めて冷風冠する壁を仰ぎ見、その突き当りの壁にはもう一つ真横に何処(どこ)かへ通じる細道(ぬけみち)が在ったのだが俺と谷田はその突き当りにてふと只ならぬ暗空のような雰囲気(もの)を感じて双身(そうしん)を止めて、二人を射止めた程好く大きな壁をゆっくり見上げた。二人共棺のようで、四隅にくっきり縁が取られたしっかりと重たく掛かる菓子入りの画(え)を持ち運んで居り、用意の良い谷田は両の素手にしっかり覆う白色に冴えない軍手を被(かぶ)せて二隅を持ち行き息を切らさず、慌てず後塵(うしろ)へ付いた俺の素手には谷田がして居るような一見重くも感じられ得る白色の軍手は見えなかったが一粉程度の華奢な華(あせ)がその身を乗じて美しさを見せ俺を当惑(まよ)わせ、試験に合格し得た少年の夢の様(よう)に少々気劣りさせ行く渡航の正味を深く吟じ得ていた。その画(え)を収めた額の様子は少々何処かで年季を込められ得た金色を見せ行き俺を了(りょう)して、谷田は黙々と生来の苦労を両肩(かた)に担いで渡航(ある)いて行く程俺の魅惑を示さなかったが、しかしその表情(ようす)の内にはこの画(え)の賛美が分かる体(てい)にて大事に歩き、俺の表情(かお)は見ずまま後ろ向きにあの壁に向かって独歩(ある)いて行った。変らずあの細道(ぬけみち)からは冷たくも涼風が吹いて来る。俺達の周囲(まわり)を幾人かの、何処かへ献身して居る関係者を想わす行人達が往来していて、俺の谷田の行く先を先見に了して邪魔をせず、二人が行けば近くを通る者達は自然のように躯(からだ)をひらりと避けさせ空気と化して、皆は二人の後塵(あと)に配した。その暗が勝った二人を取り巻いている環境とはまるで何処(どこ)かの学校の内の様(よう)であり施設内の様子を見せて、長年培って来た人の〝往来文化〟と〝孤独の文化〟をいとも簡単に一室の内にて創り上げ得た手腕(ちから)を呈し、そうする暗空の内の夫々を程好く成長させて二人の目前(まえ)に呈し得たのは人に培う手垢の素(す)である。唯、谷田は背をその壁に向ける形と成って居た為、壁が呈した板の木目を見るのが遅かった。その枝とは、昔の子供が学級に操(と)られて造らされ得た無数の木目を嵌め込ませた枝状のようであって、確かに長年掛けられ続けた人の手垢が無数に広がる夫々の上にきちんと乗せられ、こびり付いてた様(さま)にて後(あと)へは退(ひ)かず、唯、荘厳とも程近い一端(いっぱし)の体裁を順折り数えて自体と成して、二人の眼(め)には付け所の無い完璧を程好く成し得て環境(あたり)の暗空(くうき)に成就している。まるで暗空(くうき)と平面を呈して同化しているその板状とは又、二人が運ぶこの額入りの画(え)よりも相当重芯に頑丈が立ち行き、持ち運ぼうにも重鎮が許さず取り外す事は二人に至難を呈され、もし長年の手垢(くんしょう)を維持して行くならその場での補修を試みなければ用を足さぬと、依怙地な迄の倦怠の表情(ようす)が板と人との内には在った。そうして按じて居る間(ま)に文字通りに夢の運行(はこび)は成り行き、俺達二人は、この画(え)を入用の場所へ運び終えたら次には、この板状の木目の緩みを直し、手垢を程好く落して、見た目の美麗を司るようにと仕事を課される労働(うち)へ入った。この壁掛けを如何にかこの場で補修するには、程好く頭上に掲げられ得たあの高位(たかさ)まで人の体を持って行かねば成らない様(よう)にて、特に谷田は自分に課された実務の成果を気にする坊にて、俺より二歩も三歩も前進して出て、梯子を持って来るか、丁度その壁の麓に据え付けられ得た出っ張りの土台を見付けた為そこへ乗って仕事を成すか、下らないが即益(そくえき)実る二択に迫られ二人は平和に佇んで居た。少し経過(とき)が逆行したのか、俺達二人が又額入りの画(え)を運んで居る最中(さなか)へと落ち着き、俺の表情(かお)には微笑が零れて、その微笑は、又この教会(ばしょ)に挑戦続きであった世間から、一歩出遅れる形を採って戻る事へのはにかみから得た産物(もの)だった。

「やっぱり還って来ちゃいましたぁー」

と半ば真顔を取り入れ体好く吐露(はな)った俺であったが、その吐いた言葉に内容(うち)は変らず小聡明(あざと)いものにて、聞いた谷田は「なんじゃそりゃ!(笑)」と取って付けた体(てい)にて言った後微笑を吸収始めて真顔へ戻り、「え、それで、今までどんな事してたん?」等と世間話に講じる児(じ)の如くに和(やわ)らを仕掛けて談(だん)を操(と)り行き、冷静成るまま俺と二人の会話に華を咲かせた。際限無く滞り始めた卑怯な空下の涼風(かぜ)に俺はこの身を当てつつ、何等かの益と成るよう暫し実を掴み取ること妄(みだ)りに欲して居ながら、到底検討の付かない谷田との問答に唯傾聴して居た。

 して居る内に、何処(どこ)からともなく又ふと現れた者が在って暖気(けはい)が俺の右肩を叩くからそっと背後(うしろ)を振り向いて見れば、そこには幼少時に見た懐疑の一体(すべて)を吸収して行く気色が在って、それがまるであの白雲から咲き落ち得た思春をも照らす実(み)と成り此処まで歩いた環境の始終を見渡す高台とも成り得たように俺の一体(からだ)を浮惑(ふわく)させ行き、一方に眼を遣って凝視したなら朧に形成(かたち)を講じる幼体が在った。その幼体とは又まるで何処(どこ)かで見知った喧騒を覚まさせ未聞(みぶん)に咲き得る誰かの分身(からだ)を存続する為、如何でも成長して行く抗体の様にも過程を留(とど)めて行って、折好く分身(からだ)が一個の人間(ひと)を見せると、その実(み)は滔々流れた小川のように四体(したい)を延ばして神尾と成った。「なぁんだ。」と頓狂顔して牧者を操(と)り行き、一端(いっぱし)の身と成り果てた一介の商人(あきんど)をこの身内に置いて主従を漏らせば、まるで労役より解放され得た黒人の泡(あぶく)が虚空(そら)を突くまま人間(ひと)の形成(かたち)を保(も)ちつつ魅惑の園まで阿り独歩(ある)いて、所々で用を足しつつ心を暗に伏せた徒党のようにも成り代わり行き、人間(ひと)の苦労は献身(みつぎ)を終えた如くに白紙に表れ、俺と神尾はまるで絵空を耳に聴くまま並べ終って都会を見知らぬ遊戯に溺れた。白銀の陽光が寸断せず内二人の遊戯は骸を着出して歩速を動かし、到底他人(ひと)では見積(さき)の付き得ぬしどろが呈され一に黙した主(あるじ)を定めて幼春(はる)を送り、実体(からだ)が意識に遠退きつつある孤島の遊戯は崩壊したまま目下凡庸に打ち咲かれ行った袈裟の白身に仰天しつつも言葉を忘れる幼児(こども)は闇を嫌って射光(ひかり)に独歩(ある)き、途方に暮れ得る嬉しい限りを俺に呈した。壁掛けを補修している間に神尾が廊下を歩いて二人の麓へ近付き、二人を乗せた台(うてな)の周辺(あたり)は目下主(あるじ)を失くした園地のように陽光小波(さざ)めく一海(うみ)と成り行き二人を擁して、俺の視線は虚空(そら)を見ながら廊下(ちじょう)に降(お)り行き、突拍子も無い彼の現れの機転に始転(してん)を認めて彼に寄り付き行って、彼の知らない場所(ところ)で聖職とも成る教会行事にこの身を熱くしたのを恥辱に感じながらも彼を持て成し、渡航に面した彼の躰は俺の刹那を温(ぬく)める為の体温(ぬくみ)を採らない児(じ)の遊戯(あそび)に阿り入(い)って俺の精神(こころ)は大層驚き転倒し掛けて苛つきながらも又彼の四体(したい)に声を掛け行き、以前の悪態吐き合う無効の血色に表情(かお)を染め合い何時(いつ)まで経っても止まない威勢に準じた。しかしそうした小競り合いさえ仔細を知り得ぬ児(こども)の表す遊戯の内にて解消して行く結託見せ得ぬ生粋の業であるのを後(あと)から知り行き俺の分身(からだ)は暗に解け入り、段々和(なご)んだ雰囲気(くうき)の傍(そば)では谷田の表情(かお)も一向化(か)わらず俺と彼との間を取り持つ寛容(やさし)い姿勢を折好く止(や)めずに大事にして居り、唯神尾の無欲の気遣いが活性され得て弁を立たせて、至純(しじゅん)に纏わるあらゆる便宜がきらきら輝(ひか)って俺も神尾も谷田までもを呑み込み得た異彩の空間(うち)には徒労を知らない交差が生じた。無論神尾に対した俺の表情(かお)には凡庸成るまま柔らが生じ、誰から見得ても体好く振舞う馳走を吐いたが。

 それから刹那(とき)の間隔とは一層密を講じて隙を与えず、俺の付け入る間もない程度に上手に埋れて行ったが記憶の内では収拾付かない環境(ほか)との成就を完遂しないで唯一介の暴徒と化し得たような風来の灯(ともしび)の歩先(ほさき)に一向点じる暖気(ぬくみ)が生じ、折好く喝采され得た俺への社(やしろ)を俺は孤独に受け取り又独歩(ある)いて行って、明るく拡がる初回の動静(うごき)に身を和らげながらに同化(と)けて行った。しゅんしゅんと行き交う職員達の動静(うごき)に歩調を併せて使命を憶えた肢体(からだ)の樞(なぞ)には以前(むかし)に見遣った胡散の醜態が又端身(かけら)を集めて一体と化すのを呆(ぼ)んやりしながら瞬間(とき)に見て居り、覗いた心境(うつわ)の内には今でも使える不断(ふんだん)の気色が息巻き主(あるじ)を求めて日常の動静(うごき)を見極め行くのを又背後へ交して矛盾を知って、漸く慣れ得た思考の個体は廊下を回(かい)した死角へ投げ遣り、阿り独歩(ある)いた教義(ドグマ)の肢体(したい)は、白髪を呈しながらも逡巡付き得ぬ未開の展開(うごき)へその身を準じた。環境(ばしょ)はもう旧くから俺の躍動(からだ)を献身させ得た施設一階のフロアであった。本当にあれから暫く、…二年の月日が凡庸(にちじょう)の内にて効(こう)を成さずに胡散に散って俺の限りを尽くして来たのに、此処へ戻れば又あの日に見た暖気(ぬくみ)の仄かを夫々端身(はしん)に与えて俺にとっては棲家と成り行き効を正して、要を成すまま俺の周囲(まわり)に霧散に数えた臭気の擬態(あそび)は一刻離れず俺に散して無常(むじょう)を取り去り、俺の眼(まなこ)は漸く眠らず躍動感じて活気を操(と)り行き、寝相の悪い人塊(たむろ)のように鷲鼻鳴らして闊歩(ある)いて行った。故に俺には、疎らに散(さん)した人体の気配が団気(だんき)を散らして独歩(ある)き行くのも絶景(けしき)に見えて、何をするにも有難情緒(ありがたじょうちょ)を起して行け得る狭筵(さむしろ)の小さな土台を要所で講じて眠りに就いても一向に丈夫を謳える一個の魅力を生じて危険を避けさせ、途中に出会った主(あるじ)の総体に眼(め)を馳せ行きつつ〝先輩!〟等とも朗(あか)るく言えて自身を講じ、逡巡躊躇う見習いの騎士へと自己を化(か)え行く事さえそれ程至難とせずまま試して行けた。しかしそれでも矢張り、あれ程開(あ)いた無為な空白をこの期に埋め得る迄には翅が足りずに未知(さき)に視点(め)を遣り、後悔しつつも試算の付き得ぬ貪欲な眼(まなこ)は自己(おのれ)を知り行き没我に準じて塗装を介し偏見(かため)に摘ままれた孤児の体(てい)して躍動を絞り主(あるじ)に寄り付き、撤回し得ない夢想の残苦(ざんく)に諸相(しょそう)を転じて肌身を忘れた。今でも朗(あか)るい初春(はる)に対面して行く暖気の転身に乗じ得た一介の固陋の試行であった。

 しかしそれでも俺の焦りは虚空へ返され宙(そら)を知り行き周囲(まわ)りに集った朗人(ろうにん)達には俺への刃(やいば)を向け行く程には疲れが無い儘、満ち満ち奮闘して行く暖気の明かりは一層激しく盛るばかりに目には優しく肌身を包(くる)み、俺の気色は白色(けしき)と同化して行き沈身(ちんしん)して行く。皆の躯(からだ)は宙(ちゅう)へ浮きつつ固体を呈さず、吐息も疎らで俺への一矢は空(くう)を切りつつ虚しく解(と)けて表情(かお)を示さず、固より俺を世話した中田などは特に以前と同じく同級の好(よしみ)を以て一様の配慮を俺に気遣い孤立を示さず、古井などは俺より三年遅れて入社して来た当時の血相以て弔う事無く気勢を控えて口実(くち)を慎み、俺の小言を一々聞いては首肯を重ねて躊躇わない程無欲に準ずる姿勢を灯した。又浅井は古井に比べて五年遅れて入社して来た未熟を呈すも取り上げられないPC(パソコン)へ向きつつ背後に知り得た俺の気配を大事に扱い余計を示さず、孤島を保った遅滞(スロウ)に準じて支点を湿らせ愚痴を溜め得る自戒の骸を運好く着て居り、中田、古井に同じく、未開を固めた性質(しつ)の仔細を気色に於いては示さなかった。俺はそれまで焦って居ながら蛇足を束ねて、ろくでもない講釈垂れて周囲(まわ)りを拝し首を窄めて縮んで居たが、こうも何かと誰かと結束した程度(ほど)軟体(からだ)を呈して俺に阿り、白色の様な自然に無欲を発して準じて来ればその裸体共を切る訳にも行かず唯辟易させられ、溜息吐くまま力んだ肢体(からだ)は俺を乗せつつ着地して行き、未だお宙(そら)へ浮(ふ)わ浮(ふ)わ漂う躯(からだ)は天空でも眺めるように両脚(あし)を曲げ行き立場を離れて、仕方の無いまま俺の思春は思想の無いまま使い古した廊下(しょくば)を果てを見ないで吐露(いき)を呈して右往左往に成就して居た。

 満足の遠い宇宙へ視線(め)を向ければそこに飽き性にも満たぬ小さな伽藍が在って、闊歩も牛歩も保てぬ抑揚利かせる烏有の体裁にはこの俺自体が一人淋しく善がって狂い付き、何度も遣って来る朝の陽(ひかり)に躰を撓らせながら又聡明とも知れ得ぬ矮小(ミクロ)の遊戯に云とも寸とも発し得ない独創(こごと)の寝室(ねむろ)達がその頭(かしら)を上げて到底適わぬ古巣の在り処を捜し始める。捜索隊を組み得た夢想の主(あるじ)の麓では折好く重ねられ得た夢想の主(あるじ)に従う司祭こと、〝寸での八頭(おろち)〟が何やら確信めいた独創(こごと)を奏でて俺の目前(まえ)へと進み出つつその小事(しょうじ)を束ね行く開口(くち)に重(おも)しを掲げて未熟に乗じ、俺の未熟と自分の未熟とを図(くら)べた後にて、何方(どちら)の行進が更なる朝食を吐きつつ未完(みかん)を呈し得るかを一人上手に講じて居ながら先に回した触手の様(よう)な単身の体裁(ぬくもり)を俺の歩先へ絡めて曖昧を写し、俺の眼(まなこ)は暗(やみ)に眩んだ。一人上手で遊戯の上手を上手く妬み終えた竜頭(りゅうとう)の体(てい)した活進(かっしん)の主(あるじ)はその内凡庸に咲き得た竜胆(しるべ)を点した魅惑を纏って俺に吸い付き、俺の身内(からだ)へ上手く潜り込める試算を計って窮境に見得る小金の輝彩(きさい)には又全身に拡がりつつある掻痒の一帯をたわらせながらに注意(おれ)を廃して、知らぬ間に又新たな活路を見付けたように邪気に満ちた夢想の主(あるじ)は八つの煩悩(しぜん)を把握しながら俺の脳裏へその体(み)を沈めた。有頂天だった。有頂を流行(なが)れの矢先へ見据えた俺には最早小手先で並べ得る日常の慣習(ドグマ)の技量(わざ)など稚拙に過ぎず、七つの罪に一つ自身(おのれ)を足し得た春雷から成る真綿の坊に鬼神を知り行き、脆弱(よわ)い格子の窓から虚空を見上げた少年にさえ泥の黄土が跳び付くものだ、と現実拝して讃えて見せた。臆病と称する一大罪が往来を飛び越え遣って来て、俺の背芯(せしん)へぱっと跳び付き主(あるじ)を失くして暴挙を図り、俺の身内(からだ)を乗っ取る迄には時間も掛らず暗算だけにて要を足せる、と顰め表情(がお)さえ揺らぎを見せつつ、俺の足場(さむしろ)迄には歩速を早めた前進(からだ)が在った。未完を兆した未熟を憶えて自分の仕事を図りながらも、つい又怠(だ)らけて仕舞える邪鬼(じゃく)の付き得た固体を揺らして闊歩を図れば、到底至難と思えた主(あるじ)の独創(こごと)を成立させ行く連動(ドラマ)の主役に成れどうでもあり、妙に脈打つ肢体を掲げて全身束ねて独歩に転じた俺の頭脳は魅惑の限りに他(ひと)から離れた一線(みち)を知り行き両脚(からだ)を鍛え、粗末ながらに苦業(くぎょう)に念じ始めた渡航の主(あるじ)に自分を付けよ、と主(あるじ)に対して、他(ひと)に対して、使命を成すまま奮起して居た。そうした一人に憶えた遊戯に興じて衝動して行き焦りを失くして軸足(こうりん)へ力を込めたが、次第々々暗雲漂うように俺の環境(まわり)は再度(ふたたび)煙(けむ)に巻かれて弱り出し、腰掛けに徹する〝魅惑の坊〟を称した俺の脳裏は現実(そと)を知らずに身内(うち)に展開して行く狭筵(あし)の動きに乗じて挑戦に興じ、止(とま)り果てない白い固体は朝を知らずに自身へ阿る独身(オーラ)を排して独創して行き、見習い紛いに新参の器へ何時(いつ)でも投身するよう身内(うち)へ聞かせた〝奈落の坊〟には未完に終着していた独我(どくが)の方錐を見る通りに四方へ散らして翳りを覚らせ、又この形成を二肢に作らせ、本格を束ね始めた仕事の主(あるじ)は独創(こごと)を造らせないよう連動(ドラマ)を実らせ、俺の肢体(からだ)を地面(ゆか)へ這わせた。俺にとっては倦怠極まる嫌な修期(しゅうき)が廻転(まわ)り始めて空想(おもい)を象る余力の無い程連続して来る場面の支柱は奮起を呈し、〝これも介護の職場特有の、何か自分が試されるような、矛盾に満ちた嫌な樞と緊張感とが交錯しながら織り成す空間(スペース)なのか…〟と徒然行くまま俺に掛かって独歩を遅らせ、そうする間に俺の矢先へふとその身を現し、淡白成るまま独歩を緩めず元気に居たのが清田であった。

 清田朝子はその時風邪でも拗らせたのか、顏を包(くる)む程に大きなマスクを付けてはコートを羽織って、道々歩いた端(はた)の明度(ひなた)へ〝こんこん〟しながら落して行った美声(こえ)と唾液は噴霧のように空に解け入り見得なくなって、高い熱でも紅潮させ行く美顔の肌には薄ら点った斑点が灯り、俺を惑わせ、それでも良く良く見入れば羽織ったコートは単に紺色に染め上げられた割烹の生地だと直ぐさま気付けて日常知り行き、退屈なるまま俺は朝子の背後(うしろ)に付いた。朝子は徒然なるまま無欲に乗じて居室へ入り、マスクを温(あたた)めながらも風を切る程手早に直した器々(きき)を揃えて着席して居て、今では懐かしい恐らくとろみの付いた茶を、ほぼ寝た切りの嚥下食しか食えない利用者の為に小刻みに分けてスプーンに盛り付け口へ運んで、可成りの余裕を経過(じかん)へ保(も)たせて食べさせて居た。俺はそうした明るみに引き出された朝子の姿勢(すがた)を大事に採って算段しながら好きで好きで如何し様も無くなり、行くは愛する程まで自己を朝子に含ませ同化させ行き、微塵の差異も許さぬ程度(ほど)に彼女の心中(こころ)を掴んで離さず、唯、両脚(あし)だけは欲直(すなお)な視(め)を持ち、楽しみながらに覗いて居たのだ。朝子の眠るような額の傍(そば)ではぱっと開(ひら)いた両眼(りょうめ)が囀り、生気を呟く口許なんかは俺の陽気を吸い込む程度に具に和らぎ小声を奏で、光沢牛耳る綽(しなや)かな腕(かいな)と胸元などは、女子(おなご)を匂わす褥の妖気に満ち満ちていて、男性(おれ)の孤独へ拍車を掛けては時を費やす。夢の内故俺の体(からだ)は素直に朝子へ近付け、床の光沢(すべり)は儘成らないまま世間が妬くほど無理を着熟(きこな)し、俺の無欲は朝子に寄って改革されて、朝子の首には俺の吐息が巻き付いていた。「これからも又、宜しくお願いします。」と小首を下げつつ俺の姿勢(かたち)がお願いすると朝子の模様は移ろうように初春(はる)に解け入り俺に現れ、今自身を取り巻く風邪の容態などを小言に交えて俺に自白し、全く脈絡の無い返弁(こたえ)を言うのに俺の方でもぎょっとさせられ、それでも要(かなめ)を射止める二人の間が活きて来るので俺の方では朝子を誘(いざな)う空白(ゆとり)が芽生えて朝子は跳び付き、二人は一緒にオルガを夢見た。次第々々彼女(あさこ)特有の擬態を呈するお道化の姿勢(すがた)で問答始めて、蟀谷に灯った女子(おなご)の気質は柔らを携え俺を注視して来て体を調え、色気を牛耳る地味な素直を露わに発した。煙(けむ)に射(さ)された情緒を俺は憶えて言葉少なに撓れ佇む脂肪の露わは女性(おんな)の微動を仔細に讃えて表情(かお)を表し、俺の右手が動くようにと即座に講じる撓(たわ)んだ女芯(こころ)は見るも無残に単色(ひとえ)に飛び散る孤踏(ことう)を踊って足踏み揃えて俺の目下(ふもと)へ軽微(けいび)に佇み、女芯(こころ)を凍らせ、俺の来るのを虚しく待つ程無力に徹する思春を興じた。時は緩やかに二人の周りをくるくる流行(なが)れて、時計を曇らす溜息などには男女が織り成す未完を興じて活気付けられ、如何(どう)でも不動の男女の仕切(かべ)には疎通を持たない自然の腕力(ちから)が余動(しどう)し始め、頻りに問い直され得る男女の哲学からは、何物にも無い熱い快楽試運(かいらくしうん)が体好く灯され下駄を履いて、目下流行(なが)れる経過の早さに矛盾を通した。唯セクシィな迄に魅力を供する朝子の機運は俺の心中(こころ)が何処(どこ)へ向けども儘一定の速度を保ち続けて途方を改竄(あわ)せて常時へ埋め込み、意識を丈夫に構築して行く益荒男女(ますら)の苦行を和(やわ)いでいった。そうした経過に躰を預けて意識を落した俺の内には、嘗て一緒に労(あそ)んだ内での二人で紡いだ徒労をも知る相思が頭を擡げて口調を走らせ、唯朝子の肉体(からだ)に欲情押し付け不発に終った俺の本意が体に似合わず私闘を拡げて、道々成長して行く〝堪らぬ思い〟に憑かれる程度に条理を撥ね付け理性を越え行き、朝子の肉支(からだ)を熟々(じゅくじゅく)成るまま壊して悦ぶ騎士の様(よう)にも俺は成り果て化(か)わり、溶けて無くなる朝子の存在(からだ)を更に蹂躙しながら本懐遂げ行く俺の条理へ朝子を座らせ、眠らせ行くのにそれ相応の準備が要るのは既知に把握(おさ)えた論理であった。故に、唯ひたすら四体(したい)を傾け、地味な言動(うごき)に歩調を鎮めて女性を湿らす朝子の労使に俺は傾き、死力を憶え、欲情尽きせぬ泡沫(うたかた)のシグマを抱き寄せながらも俺の本意は末期(まつご)に在って肉弾(あさこ)を射止めて、朝子の眠りに俺も這入って慰めたい、と本気で戯れ嘆く刹那に清田朝子を俺は欲した。焼噛やっか)み半分に女性(おんな)と戯れた俺の嗜好は何時(いつ)まで経っても未熟で弛(たゆ)まず、悪くも成らない駆動の懸橋を観てはこれ又何時(いつ)もの安心(こころ)の内まで満たされ得る等しどろもどろに考察し出して、これまで揺らいだ教訓(なみ)の高さに一目置きつつ踏襲はせず、所々に塗れた人体(おれ)の垢味(あかみ)は浮き彫り白(しら)いで、即席染みた失敗談とは又暗に冴え行きやって来る。中田が、

「あの蛇口のある台所の横に呑み掛けの缶珈琲置いたん誰?」

と口々に帆を立て立脚(あし)立て、真っ向から成る俺への指図を飛ばして叫んで来る為、此方もついつい身構え神秘に巻かれた不毛の至難に無口を装い、理由を言わない中田の表情(かお)には切羽詰まった寡黙の乱雑(あらし)が波打つ間(ま)に間(ま)に登場して居り、俺の還りを責め始めていた。俺のそうした未熟の端(はた)にて他人の不幸が散乱されつつ固められつつ孤高を発して置き引かれて在り塗工の終路(しゅうろ)は健啖(けんたん)足るまま過去から生れた微量の糧などさも得意げ成るまま喰い散らかし行き現行(とおり)に適って、白色に掛かる未完の悪行(どうさ)を絢爛成るまま仕留め置こうと画策した後(のち)慌てた流動(くうき)に仰け反り始めた。〝完遂するには他人(ひと)の協力(ちから)が是非とも要るものであり、都会の空気を固めた儘にて独房(いなか)の生気に乗じて成さねば、未遂に終った一連(ドラマ)の果てには立脚するにも四肢(からだ)が保(も)たぬ…〟と算段宜しく希望(ひかり)の背後に尾行して居り、自慢も出来ない姑息な体裁(からだ)がふと又現れ突拍子も無く無益な隔離を尽(つ)かせて仕舞えば地道に配慮が他人(ひと)に喰われる。O脚(オーきゃく)なれども美麗を気取って徘徊して居た俺の個体(こどく)は空虚に紛れて夢想を蔑み、現実成るまま言葉の乱雑(おおさ)に隠れて居ようと静かに動かず機転を観ていた。昼少し回った午後の事。又、〇〇君(〇〇には俺の名が入る)が此処へ来るまで空間など無く、乱雑静めて迷惑掛け得る輩は遠に辿って居なかったのだ、等と軽く微笑しながら中田も他人も口裏合せて呟いたのだがそれを聴いてた俺の右手はわなわな震えて独人(ひとり)を貴び、不断(ふんだん)成るまま泡(あぶく)を口端(くちは)へ溜め行き調子を上げて、「絶対俺じゃない。俺、今日ここでは珈琲一本も飲んでないもん、うん、呑んでないもん。」等と嘯く程度(ほど)にて仔細を見限り人情を捨て藪から棒に、白色に映る中田やその他(た)を敵へ廻して両脚(あし)を踏ん張り、〝絶対負けない、負けたら消される…〟など又物々吐きつつ苦悶を知って、滔々寝耳に水と他(ひと)が唄う程まで昇華を極めて俺への保身はきらきら輝(ひか)った。

 一人合点で居る者に、一人得意で居る者に、延いては一人芝居に於いて自画自賛する者に対して辛く酷く当たる世間(たにん)のような光る眼差しとは又そこでも現れ、俺の孤独を一層仄かに曇らし、見渡す限りの小火の灯(ひ)を、滔々流れる有頂の泥へと投げ遣り売って萎びた悶絶の嫉妬(ほのお)を炎下(えんか)に投げ入る如くに投身させ行く俺の鼓動は最早何も伝手無く独歩(ある)き始め、〝寝耳に水〟と同程度の雨模様に水笠を着た人間(ひと)の模様に塗り込むように押し入り頬張らせた後、とっぷり浸かった偏見(どろ)の内には既に濁った両の眼(め)が在る。俺は「俺、飲んでないもん」を十回言う際、動作の要所に現行(リアル)に重ねた私闘を携え周囲(みな)の眼(こころ)を上手く騙して逃げ果せて居り、空威張りを呈して信じる者にはつい好い表情(かお)しながら三つ指突いて品(ひん)を引きつつ、曇る者にはついついがみがみ呟く主人(あるじ)を演じて雰囲気(くうき)を暈し、曖昧成るまま「丁寧」を着た一介の囚人は微動に跳んだり跳ねたり死に物狂いを宙で操(と)りつつ、思考を興じた詩吟(おどり)を発する。信じて貰う為である。沈黙が続く中、又熱演が続く中、俺の照準は自ら手にした買い物袋に当てられ中身を察して片手で弄(まさぐ)り、弄り当てた固く冷たい物が以前に用意して居た缶珈琲だった事を再び改め認識させられ、確かにタブは起されないで呑み差しの物ではないけれども同種の物が此処に在るのを中田に知れたら流石に不味い、と跋の悪さに配慮して行き、俺の妄想(おもい)は知れず知れずに勝手に独走(はし)って周囲(みな)の知らない二重に囲いを建て得た無我の境地へひたすらしんどく邁進(すす)んで行った。しかも呑み差しに置かれた缶珈琲は何かに打(ぶ)つかり当てられ倒されたのか傍(そば)に座った利用者の顏か服に注ぎ掛ったようで、跋の悪さは俺の背後に神妙気取って暫く居座り、何処へも行かずの固陋の境地へ姿勢を変えずに唯立てられていた。

 そうして倒れた珈琲が具に汚した利用者の体裁を見守る為に訪れていた家族の者は、その利用者である藤内氏の長男であって独りで来て居たらしく、俺の眼(こころ)は具に見定め入(い)ったその二人に流れた絆の生血(いきち)に腰を下して唐突知らず、目下流行(なが)れる私闘の果てを今また死闘へ置き換えさせられ、不毛の戦場(しょくば)へ居座る自分の姿勢(すがた)を何処(どこ)かで見て居た記憶の在り処に盛況忘れて人煙(けむり)を挙げて、とぼとぼ独歩(ある)いた偏愛(オルガ)を観て居た。その長男はそこでは「家族さん」と始終呼ばれて満足して居り、そうした言葉はこの戦場(しょくば)の内では頻りに操(と)られて形容付けられ、果てる処は暴挙を知り得ぬ追憶の彼方へ消え得る途方の中途(うち)である。暫くしてから透った雰囲気(くうき)が微動した後(のち)人間(ひと)の熱気が架空へ投げられ、空虚と化し得た私闘の行方に一点確かな目処の付く頃俺の両脚(あし)には馬力を奏でる意気付き覇気付き独力(ちから)が付いて、中田と藤内氏との会話の最中(さなか)に一寸困った曇りを見付けてすすっと近付き私情を吐いて、中田の指差す作法の矢先に藤内氏の体(からだ)が未(ま)だ乗り切らぬのを知り、「あ、既に怒ってらっしゃる…」等と中田と藤内氏を飛び越え彼女の長男(むすこ)に聞えるように囁き掛けつつ場面を進展(すす)ませ、誰から何から見られた後(あと)でも既に構築し終えた試算の果てには孤高を知らない俺の根城が立派に建てられ出すのを俺は黙って見て居り邪魔立てさせずに、自然に寡黙に信じた人の輪を成す群象(むれ)の根城に俺を寝かせた後(あと)にて俺の独断(ちから)は徒党を組み得た無駄な努力を横目に独走(はし)って使命(いのち)を遂げた。俺の呟きを何かしながら横目に聴き得た氏の長男(むすこ)は「あ、ほんとだ」等と微量に笑って俺を抱きつつ俺に乗せられ、こういう戦場(ばしょ)では勢い付いて調子を切り廻す輩が一層際立ち崇拝される結果を保(も)つのだ、という事を抑揚付けて俺は表現(おし)えて長男(むすこ)は黙り、周囲(まわり)の奴らは徒党を立てつつ一瞬輝(ひか)った根城を目掛けて身を立て四肢(はね)を廻して跳び付いて行き、二人の周囲(まわり)は沈黙していた。

 そうした矢先に中田に向かっててくてく歩いた職員が居て気取って饒舌を操(と)り、所謂お客の苦情(クレーム)に就いて明らかにて伝えた後で又暫く居た後(あと)暗(やみ)の内へと去って行った。どうも大谷とかいう中田と俺の上司のようで大御所であり、又周囲(まわり)に集う主立つ職員皆にとっても同じく上司であった。中田は「あ、すんません、すんませんて謝っといて下さい」と軽く礼をし何時(いつ)ものように平(ひら)に謝り、角(かど)を丸めて気勢を正した。この遣り取りを傍目に聴いてた山井がまるで何処かで齧った青春幼戯(せいしゅんドラマ)を醸して怒調(どちょう)を発し、「何でこっちが謝らなあかんのんスか!?(悪いのは向こうでしょう!)」等と又々襟を正して憤慨しつつも良家の門から出て来た風采(からだ)で悪態吐いて私闘を勝ち取り、一連(ドラマ)の個性を渋々見抜いた中田の微動(いしき)は寡黙を先(せ)んじた孤島を一人上手に宙へ浮かせて、時刻を脈打つ時計の前にて両脚(あし)を立たせて背中を向けた。

 目覚めた俺の枕の傍(そば)では、朝子の写真が息を切らして体をくねらせ微動だにせぬ靄の掛かった意識の程度を俺に解かして白色に濁り、活気を憶えた二次の躰は俺を通して脈打つ人間(ひと)の体と成り行き言葉を憶え俺を先取り、俺の夢想(ゆめ)では失禁間近に体を具えた風来の灯(ともしび)を魅惑に供えて天へと下って、一介の掌(うち)には大成功を収めて在った。


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~妻君(さいくん)の譲渡~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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