~盗春~(『夢時代』より)

天川裕司

~盗春~(『夢時代』より)

~盗春~

 又栄子とKが出て来た。幹夫は恐らく登場して居らず、天気は一度綺麗な夕暮れを見た記憶が在る。頭がまだきちんと働いて居ない間に俺はこの二人(栄子とK)に会い、確か俺の親父の運転する車に乗り込んで居た。その時が一番陽が西に傾いた、赤く、黄金を思わせる程の光景だった様に思う。

 Kの顔をはっきりとは憶えて居ない。でも雰囲気はしっかりと憶えて居て俺の隣に座って居てくれるのだ。父親は相変わらず次の信号がいつ変わるかをきっちり確認して見る為に前を向いて居る、という様に本当に必要な時以外は俺の乗って居る後部座席は見ない。俺とKは後部座席に乗って居りその黄金の景色を空気の様に捉えて居ながら無理に、必要以上にはしゃごうとはせず、まるでプールへでもこれから行くかの様に荷物こそ持っては居ないが少々これからどこかへ行くぞ、みたいなピクニック気分で居り、そこへ栄子が相乗りして来た。現実と違ってこの栄子も私とKとの良い雰囲気を読んでか溶け込もうと試み、そのムードを壊さない様に気遣いながら笑顔や微笑を浮かべて努めて明るく振舞って居る様子だった。何故か(主に)五人乗りのセダンタイプのファミリーカーなのに栄子は後部座席で我々(俺とK)と向かい合わせで座って居る。まるでバスの中の様に一段後部座席のスペースが広くなった様子で、栄子が乗って来れる様に席が一つ増えた気がする。後から思えばあのセダンの様に見えた親父の車は日産キャラバンの様な大型車だった様にも思う。

 俺はその前に、以前知り合い、その膨よかな肉体で俺の心を奪った小坂智子に会って居り、彼女の肉付きの良い尻と太腿を日常とは違って遠慮しないで揉んで居た。きちんと智子は俺の要望に首肯して応えてくれて、俺は聊か(いささか)気分が良く、この娘を又自分の物にしたいという欲望に駆られた様で、又智子の機嫌を少々察した後で自分の欲望を智子に少々畳み掛ける様にして言い付け、智子はそれには前にも増してよく首肯し、より俺は智子に身体を擦り寄せる様にして抱き締めた。智子も少々俺に身を擦り寄せたが、その時の智子にすればそれは恐らく最大の勇気が要った行動であった様に考えられて、俺はこいつ(智子)が可愛く、とても愛らしく思えて居た。俺は彼女をギュッとゆっくり抱き締めながらしっかりと寄り添って離れないとした彼女の身体を勝手に確認した後、彼女の背中と腰に遣っていた自分の両手を次は彼女のお尻と太腿に持って行き、激しく、とまでは行かないがじっくりゆっくりと、徐(おもむろ)に揉んで、揉む事が出来て、その感触の良さに又益々と彼女に惚れてしまう自分を知りながら、又いつの間にか俺は彼女に言い付け(彼女を)俺の為に棒立ちにさせた後俺は彼女の背後へと知らず内に回って居り、先ずはスカートをゆっくりと捲り(めくり)ながら、出て来るでっかい尻(ケツ)を存分に堪能し、その付け根から真下へと延びるこれ又肉付きの良い両太腿を今度は激しく揉み上げ、更にその後ででっかい尻(ケツ)の両尻っぺたを左右へとゆっくり開き、智子の尻の穴を丹念に舐め始めて居た。現実で付き合って居たあの娘の尻の穴を舐める事は普段決まって敬遠する私だったが智子に対してだけは何故か、妙に丹念に舐める事が出来、少々不思議な感じもして居た。智子は当然の様にその感触を感じ、恍惚を頭に浮かべて居た様だったが、別段笑って居り、それ以上の狂乱へと堕ちる事はしなかった様子で、しかし俺はそれでも構う事無くずっと丹念に、しっとりと、彼女の穴という穴を〝俺の物にする為に〟と、しっかり必死に舐めて居る。彼女の事をしっかり自分にまるで同化させる事を試みるかの様に少々苦しみながら、又楽しみながらも、俺は彼女を娘の様に(年の離れた恋人の様に)異常に愛して居た。溺愛に近かった。彼女は心地よく吹いて来る夏の間の涼しい風に戯れる様にして唯佇んで居り、木製の旧い旅の宿の二階の部屋で障子を開けっ放しにして涼んで居る様な面持ちを以て、しっかり、ずっと遠くの景色を細めた目で見定めながら、別段何かについて真面目に考えて居る風でもなく、俺は又少しこの娘の心が読めなかった。唯、佇んで俺と一緒に居るだけで、その風采(体裁)はあの時の様子(現実で俺と二人きりで行った嵐山での風采体裁)にも似て居り、俺はきっと、もっとこの娘を自分の懐へと堕としてやりたく願って居た様に思う。彼女は薄く、柔らかく微笑みながら唯俺が目前に居ない時はずっと遠くを眺めて居るだけで、心をここには置かずに、いつ又俺のもとから歩き去って行くか不安な〝恋人の雰囲気〟を漂わせて居るのだ。それでも俺は男だからか、彼女をその時、ずっと永遠に愛して行く。俺だけはその夏の涼しい風を感じる事は無く、それよりも心に涼しさを自分で構築しながら彼女を自分に繋ぎ止めて置く算段に必死に成って熱く成り、彼女に自分が目前に居なくても俺の事を愛する事、想う事が出来る様にと、彼女の内(なか)に入る事を試みて居た。その時の季節は夏の様に思えたが、彼女の心の内、彼女の身体を取り巻くオーラの内ではまだ春の様だった。俺は彼女の前ではどうしても爽やかな好青年を気取って装ってしまう自分に何とはなしに気が付いて居た。

 だだっ広い砂利道の敷かれたどことは知れぬがまるで中国大陸に在る皇帝に纏わる寺院境内に続く往来を、俺と智子は歩いて居り、そこではもう初夏の風が吹き始め、太陽は燦々と照って居た。空は快晴で、遠くでは雲雀の様な快活な鳥の鳴き声が長く続き、人が沢山居る筈なのに彼等の足音が聞こえない。私達はゆっくりした歩調で途中から城と分かったその敷地内へと観光をする様に足を運び、彼女は次第次第に俺から離れて行った。俺は必死に引き止める様に躍起に成って居たが躍起に成れば成る程、又、自分が恥ずかしく成れば成る程、彼女はそんな俺を見透かしたかの様に歩調を少々早めつつ、俺が向かう先から別の先へと自然と歩いて行く。俺が半ばもう、仕方がないか、と諦め掛けたその時、俺達は又完全な他人へと逆戻り、彼女の魂は俺の目の届かない所へと渡って行った。初夏の事である。

 俺は智子の記憶を心に少々残したままで重いリュックサックを背負った様にしっかりと両足を大地に踏み付けて、最寄りの教会の一階へと駆け込んだ。昼間で電気を点けて居らずしぃんとした空気の内俺はその教会で時折、否頻繁に感じて居た少々の気の遠く成る様な耳鳴りを感じ、又昔の事を回想しながらその教会での事、出入りした人々の流れ、その建物内での人々の流れ、人の情景・光景、というものを手動で流したり止めたりして眺めながら走馬と走る自分を見て居た。焦げ茶色した昔からそこに在る頑丈で堅いテーブルの上には食べ掛けのマーブルと、マーブルに比べて少々径の小さい瓶に入った苺ジャムが置かれて在り、俺がここでこの時に見る事が出来る様にまるで放って置かれた様なムードが漂う中、俺は一度その苺ジャムの瓶の蓋を開け、中身を食べようとしてやっぱり止めて居た。昔の、子供の頃の俺ならきっと食べて居たろうな、等と思わされながらも直ぐ様俺は擦りガラスの向こうに見える昼間の光の方向へ振り向き、その薄暗く誰も居ない一階の空間を後にしようと試みた。が、そこに浸った心がなかなかそこから動いてはくれず、又、未だ懐かしくも在るその昔の記憶に思いを馳せて居る。馳せ続けて居る内に、又荘厳足る雰囲気を少々醸し出して居る白い壁の上部に掛けられた掛け時計に目を遣り、そこでもう昼の二時前である事に気付く。未知先生も来ない、安沢先生も来ない、少し湿っぽい空気が漂う一階は光の届かない箇所ではまるで暗黒を醸し出して居て、俺は居た堪れない位の寂寥を感じ、時計で二時前を確認したのを良い事にやはり一目散にとそこを出て、過去の記憶をその部屋の中に置き去った。一瞬、真っ白い直射の様な光が俺を取り巻き、俺の視野を奪って、俺の事をまるで異次元へでも誘うかの様に立ち眩ませて、次の瞬間又その教会を出てから眺められるいつもの光景へと戻った。しかし俺のその時の心にはもうあの暗黒の様な、寂しい記憶と懐かしさが追い掛けて来る寂寥の舞台の姿は無く、又新しい一歩を決める強さの様なものが光って居た。まるでその〝直射〟に照らされて居る様でもあった。しかしそれでも未だ、少々の寂しさは残るものの俺はやっと次の居場所を見付け、栄子とKが居る所へ行こう、と決めたのである。これはその二人に会いに行くだけではなく、彼女等と一緒に過した柔らかい空気が漂う居場所へと戻る為の算段であった。

 確か白い日産キャラバンの中で俺達はワイワイガヤガヤと楽しくやって居る内、それでも真面目な空気が流れて居り、その空気を一人一人が吸い込んで言葉へと変えて居た様だった。栄子は最近俺が見知った長めでソバージュが掛かった髪をして居り、いつもの丸顔丸鼻に靤(にきび)の跡をしっかりと見せながら、俺と、(自分の姉で在る)Kへ向かって愛想笑いの様な笑みを絶えず振り撒いて居る。しかし栄子には強い芯が在るのを俺は知って居り、決してそれが愛想笑いばかりではない事には気付いて居た。栄子は唯、俺とKと、そして俺の父親が同乗して居るこの車内での空気、雰囲気、ムード、というものを壊さない様にと静かに、少々強か(したたか)に、又愛らしく(いじらしく)、気遣って居るのである。俺はこの栄子と、何かのキャンプで一緒に連れ立って冬のカントリーロッジの様な場所に一泊二日ででも良いから、泊まりに行きたいと後から思った。しかしキャンプへ行くのはKと栄子が一緒でも一向に構わなく、俺はKも連れて一緒に行ってみたいと思った。教会でこれまでにしたジュニア・キャンプというものがあり、それによく私と栄子は知らず内に絡まって一緒に行った。Kとは余りそういうキャンプで一緒に成った事は無く、いつも見送られるか、俺が行って居ない時に限って行って居たりして、殊に良く、すれ違いが多かったのだ。これを機会にして、三人連れ立って、又あの頃の昔へと戻って、一緒に行きたいと思って居た。

 栄子は言葉少な目だが絶えず俺達に向かって微笑んで居た。のにも拘わらず俺は栄子の言葉少な目の処が気に成ったのか、〝病気か?〟と訊いたのだ。現実に於いて、俺の父親が、母親と自分が、トイレへ行って帰って来たばかりの俺に対して、〝俺もお母んも二人共ホルモンとレバー食べて当って居ないと思うけど、お腹痛くなったんや、なァ…?〟と同時にベッドで寝ながら目覚めて居る母に確認を取るかの様にして言った事が甦って居たのかも知れない。俺の排便はそのトイレへ行った時の一度切りだったが、それでもやはり未だ〝運命共同体〟と〝家族の絆〟を思わせる温かく嬉しい記憶が俺の心の中の身を包んで居た。栄子はそこでも少々の苦笑い、はにかみ笑い、気遣いの笑みを以て、手で〝O(オー)〟という文字をして見せて、Kが言う〝O―157やんな〟と言うのと一緒に、頷きながら〝(そう、)O―157に当たってしもてん〟と気楽に呆気らかんと言う。どうやら遠くにそのO―157を置き去ったかの様にして今ここに居るがそれでも又、どうやら病み上がりの節は確かに在る様に俺には見えて、未だ栄子は本調子じゃないのでは?等とも考えて居た。しかしもう殆ど治って居た様子でも在った。うつる心配が無い位に彼女には何か底から湧き上がって来る様な活気は在った。その辺りで目が覚めた。



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