~転(てん)~(『夢時代』より)

天川裕司

~転(てん)~(『夢時代』より)

~転~

 吉屋信子氏の書物を在り来り読んで、〝アウトライン〟を書く事の自分なりの不自由を覚えながらもつい、所々穴埋めをする様にして自身を身繕い、年代を問わずに自分さえ良ければきっと又晩飯が食える、と高を括って作業に就いて居た。〝アウトライン〟を書く作業に、で在った。

 私は何時ぞや見知った〝○○村〟、みたいな場所に居た様子で、小さなコミュニティに年代を問わない俺が見知って来た過去の友人、知人達が一同疎らに群れを為して集って居た。そしてその界隈は一瞬で、知らぬ間に、大学の様に成るが、又一瞬で栄光教会の様な界隈にも成った。

 眉毛の垂れた、上部だけ黒縁のロイドメガネを掛け、口を常にへの字に曲げて、取っ付き難い背低の男性教授が俺達の担任だった様で在る。髪はオールバックでポマードか何か知らぬが油をギッチギチに塗りたくって照明が反射する位に照かって居り、一言でも気に入らぬ事を聞かせようものならじっと睨み付け、そのまま無視するか、より腹の虫の居所が悪ければ呶鳴り付けるといった、尻込みさせられそうな厳しい男で在る。「俺達」と言うのは、そのクラスの内には俺が知る何人かの友人がそこに居た為で在り、俺はその内でYという旧友と共に居たのだ。他にも知って居そうな旧友・知人が何人か居た様だったが、兎に角俺はその時、そのYと共に居る事に決めて居た。

 その日は国語の試験が在る様子で、しかし珍しく、試験監督が二人付く、という厳粛な物で在り、一クラスずつの人数が少ないその教室では二人の試験監督が居るだけでもう空気に一つ、強い芯が通って居た。試験は現国の論文作成の様で在り、又珍しく、学生は二人ペアで行う、という変った形態を採ったもので在って、俺は勿論そのペアとしてYを選び、二人結託してその論文作成をする事にして居た。「起承転結」を書く順番を二人で決めて、俺は反論する箇所(場面)で在る、恐らく「転」のパートを受け持ったが、する事は他にも未だ沢山在った様子で在る。果してこいつ(Y)が上手く書かねば俺のパートも自ず不意に成って仕舞うだろうし、こいつにやる気が始めからもし無いとすれば俺が代筆せねば成らぬのだろうし、又他のパートを受け持つ可能性もその所為で在るだろうし、と、散々に算段を頭の中で講じながらも、後の「起」「承」「結」の部分をどうするのか、こいつ一人で書き上げて行く心算なのか、等未だ分らぬ事を心中で浮かせて居たのだ。二人共その事に就いて何も言わぬ為、そう成った。

「始め!」

 その合図で一瞬、尚芯が通る筈だったが、その後直ぐに又、何か相談会の雰囲気に見る様な、温く気懈い、どうでも良い様なルールを見せ付けられ、Yは一生懸命何かを調べながら白紙に字を書いて居る様だったが、その「調べる」体裁を見て居るのすら嫌に成った俺はそそくさと席を立ち上がり、「何時もの様にやれば、ものの三十分程在れば俺なら出来る。こんな風に調べ物なんかせずに俺なら書ける」とYも周囲の吐き気を催し何か暴れたく成る様な女子の計画も投げ棄て、「直ぐ戻るから」と、トイレへでも行く振りをしてYにそう告げた後教室を出て行った。高を括って居たのだ。自分よりそのYの方が論述に於いて格下だと見下した為に出て行ったので在る。Yには、「(Yが書く所だけを)書いといて。俺が書く所はそのまま空けて…」と耳打ちして居た様で、出て行く際には何の咎めも無く、別に良かった。俺にそう言われた際Yは「え?書いて行かへんの?せめて書き置き(メモを残す様に)して行ってくれよぅ」と言って居たみたいだが「こんなの戻って来た後でも直ぐに書ける、任せといて」と言い俺は全く動じず、頑なに一服しに行った。

 そうしてタタン、タタン、と、教室の茹だる様な胸糞悪かった熱気に火照った身体が程良く寒風を受けるが如く俺は教室を出て直ぐの処に在る階段を駆け下りて、教室内の熱気が見せる戦場とは全く無縁に在る様な外界へと出て行った。

 何処に喫煙所が在るか等御見通しで、その喫煙所へ向かう途中、もう煙草を以前に止めて居る元職場の上司、N氏に会い、しかしまるで又煙草を吸い始めたかの様な体裁(雰囲気)をそのN氏に俺は覚えさせられて、共に喫煙所へ向かうその足取りに俺はほいほい付いて行ったのだった。元職場の上司、又は自分よりも年輩だから、と言うような時折「包容」が見せる安心感が功を為した為でも在った。喫煙所に着き、一度俺は春の様な暖かな日差しを片手に隠しながら、チチュンチチュンと鳴く小鳥の舞台、虚空を見上げたが、始終俺に気を遣って微笑と挙動を保って居たそのN氏に「一緒に吸いましょう」の一言が言えないで居た。久し振りに会った為か、とも思われたが、唯、傍から見ればその会話は楽しそうなもので在る。唯俺は始終まごまごして居て、核心を言う事は出来ないで居たのだ。

 試験会場を出てその建物の外観を改めて見ると、誂えた様に、俺が密かに予測した場所を夢は構築して居た。予測した場所は高校生時に通って居た予備校の横に在った空地で在り、俺がその頃に見て居た姿で現れた。俺はYと一緒にその予備校に通って居たのだ。そしてそこには自動販売機が在って、知り合ってか無いかの友人・知人、他人達が犇めき合ってジュースを買おうとして居た様子で在り、俺もその自販機に吸い寄せられる様にして、その内の一人に成って居た。一人の女が「ぎゃーぎゃー」言いながらジュースを買った後、俺は自分のを買った。その女が「ぎゃーぎゃー」言って居たのにはちゃんと理由が在り、その自販機は故障して居たのか、欲しい物(ジュース)が出て来ない状態に成って居たので、まるで他の友人達とゲームを楽しむかの様にしてその女は躍起に成って居たので在る。又自分の欲しかった物が素直に出て来ても、冷たい筈の物が熱かったりする。その子も、自分が押した釦が指すジュースと全く違う物ばかりが出て来て居たので(二、三回試して居た様に思う)やがて愛想を尽かし、半ば娯楽気分でその状況を楽しんで居た様だ。ムカッ腹を立てて居た様な節も在った様に思うが、そこに集った仲間達が醸した雰囲気が相応にそれを許さなかった為、笑顔にさせられて居た様だ。俺が買った時にも、珈琲を買った筈だが二~三本紅茶も混ざって居り、又何時も飲んで居る珈琲じゃない珈琲で妥協し、飲んで居た。有り勝ちで在る筈の俺の好きな珈琲はそこには全く無かったのだ。飲んで居る内にふと風に吹かれて誘われ、何か軽い奇跡の様なものを腰掛け程度に見たいと期待した俺はもう一度百円を入れて探すが、矢張り俺が本当に欲しい物は無く、又仕方無く味がましな珈琲をもう一本買ってそっちを飲もうとしたら出て来たのは熱いトマトジュースだった。先程一本目を買った時飲んで居た物は押し問答の様に民衆に急かされて買った無駄な物だったので、何とか挽回しようともう一本買い当てたのがそれで在る。

「これか原因は…」

 俺はポツリ呟き、その場を後にした。それから俺は春の日差しが長閑で、誘われる様な陽気が漂う街中を探索して居た。ずっと歩いて行くと向こうに公園が見える界隈に迄来て、そこはもう随分試験会場から離れた場所だった。又歩いて帰らなければ成らない辛さを少々思わせられながらも仕方無く帰って居ると、道を静かに這う毛虫と出会った。その毛虫を「きっと俺の母親だ」と思い込んだ俺は挙句に、「その毛虫は俺と話が出来る」と信じ、近寄って話し掛けて見るとその実全く違って居り、しかもその毛虫は話し掛けられた際に自分の思う様に話して貰わなければ〝寂しさ〟を思う様子で、その一連によりその体内リズムに狂いが生じて、体中に在る針をサボテンの様に飛ばして来る存在(もの)で在った。俺は話し掛けてから「仕舞った!」と思いながら既に尻や腰辺りに四、五発喰らって居り、しかも見ると、その針はその小さな毛虫にしてはかなり長い棘の様に見えた。

 俺は走りながら来た道を確認しつつ又試験会場へ、大学へ、コミュニティへと帰る事を念頭に置き、公園や商店街に良く在る柵を邪魔に思いながらもその間を潜り抜ける様にして兎に角追って来る毛虫から離れた。一度は見えなく成ったり遠くを走って居たりする毛虫だったが、もう直ぐ試験会場へ着くという所に交差点が在ってそこで信号待ちをして居る最中、その毛虫がもう、少し離れた場所迄来て居り、針を〝ビュリッ ビュリッ〟と言って飛ばしながら何かかんかんに怒って居る様にも見えた。しかしその飛ばす針は恐らく声を掛けた張本人にしか当らず、又見えない仕組みに成って居るのか、俺より他の通行人には害が無い様子で、〝おーおー何か変なもんに追われとるなぁあの子、可哀相に〟位にしか、他人は俺のこの切羽詰まった状況を見て取る事が出来ない様子で、俺は〝もう誰も当てには出来ぬ〟と漸く変った信号を片目で確認してから又一目散にYが居る、又N氏が居るカレッジの中へと急ぎ逃げ帰って居た。

 やっと大学の門に着き潜ると、毛虫は疎か、鬼ごっこを微笑しながら見て居た町人達もすっかり消え失せて、普段の、日常へ戻った様だ。「仕舞った!」と又思い、時計を見るともう時間が随分押して居る。特に、あのN氏との語らいの最中で、時間が掛りそうな話に態と身を乗り出して居た事も在り、自分が心中で予定して居た時間を大幅にオーバーして仕舞って居り、知らぬ間に試験時間は終了して居たのだ。又、毛虫にやられて帰る途中で、中学生の頃好きだった(片思いして振られた)Tの声がして(何やら授業中に座る椅子の腰の掛け方に就いて周りの友人と喋って居た。でもその姿は俺の背後に在った為か、又俺が見なかった所為か、確認出来ずに闇の中へと葬り去られた)、振り返ろうとするが何やら炎天下の様な火種が邪魔して、壁が立ち塞がり、俺は矢張り一目散へと自分の故郷へ還る様にして帰ら去るを得なかったので在る。仕方の無い算段だった。

(試験終了のブザーが鳴る)

 はっきりと思い知らされた。きっちりとブザーが鳴って、又、自分の無様も思い知らされる。俺が現在通う大学校内の、南門を潜って直ぐにやや遠くに佇む校舎の二階へと続く露天の階段が見え、その試験をし終えた学生達が(他の学生に紛れて)ぞろぞろ出て来るのを認め、矢張り〝戻らなかった俺の事怒ってるやろなぁ〟なんて思いながら旧友のYの状態を考え始めた俺は、階段の一番上の踊り場から手を振って居るYを見付けて居た。俺を探して居た様で在る。それを見た瞬間、以前の、自分の今して居る行動で絶対大丈夫、だと頻りに主張して居た事が当然にも意外にも急に恥ずかしく思えて、自信の様なものはガラガラガラと音を立てて崩れ始めて行き、俺は少し、後悔して居た。直ぐ戻らなきゃ駄目だったじゃん…、みたいな気持ちに成って、遅蒔きながらでは在るが俺はその時、自分を責めて居た。その時の俺の内心を知ってかYは「おう、その通りや!」とでも言う様に、やがて見付けた、目に付き易い様にうろうろとして居た俺に足早に近付いて、唯我武者羅に呶鳴った。

 その試験の点数が気に成って如何し様も無かった俺は、試験を何とかY共にパスしようと或る算段をして、その算段の内容をYに話した。

「あの時、試験会場を出たのはきちんとした理由が在って、俺は自分の脳内出血を患った母親の為(例えばリハビリの送迎の為)に出て行かなくちゃ仕様が無かったんだ、と言う事をちゃんと説明した上で、俺達だけもう一度試験の続きを、否追試の形ででも試験をうけさせて貰える様に頼んで見よう」と提案した俺にYは目を輝かせる様にして、「あ、成程」等と軽い会釈をした後納得し、〝それならそういう段取りをして来いよ〟とでも言う様に未だ少し堅い姿勢(態度)は下して居なかった。そこで俺はその試験会場から離れ街中をほっつき歩き、又あの毛虫に出会ったのだ。俺は焦って居た。焦りながら又何とか元のsceneに二人して伸し上がって行こうと算段して居た挙句に、何故か試験を受けて居る時その試験会場に、自分達の父兄も一緒に居た事を柔軟に思い出して、その内にもしかすると自分の母が居て、教授と何か話でもされて居たら不味いと思って居たので在る。それから俺は自分の母親の姿をその校内で探し始め、事の真偽を確認し始めて居た。又同時に、あの時俺が教室を離れた際、Yが言って居た様に、リレー形式で論文を書くのならその場を立ち去る者が先に自分の主張を書いて置かねば、残された者は仕上げられないという当たり前の事を、俺は考えて居た。


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