~琴~(『夢時代』より)

天川裕司

~琴~(『夢時代』より)

~琴~

 「走馬灯」と題して以下に続く。「脳が、一番活気が好かった頃を探し出そうとして、そのサーチ(search)して居るのを命を透して人に見せているのかも知れない。元気が好かった頃の活気を現在の自身に取り戻させようと試みるが、身体には矢張りもう余裕が無く、インプット(セット)する場所が無い、と。」、又、或る白日夢が揺れ遊んで居た未(ま)だ初冬の日に、ブランコに乗ろうと一人幼少時に良く訪れて居た〝夕暮れ公園〟の味をもう一度占める為に近場のその公園まで俺は車に乗って行き、そこで認(したた)めた物として以下。「白紙に一人で書く時は『告白』を書くものだ。」、この言葉を一つ本旨の枕として以下を「ブランコ」と名付けて続けた。「冬の夕暮れ空の下、近所に在る『きつつき公園』に行き、ブランコに乗った。子供の頃の様に楽しめない、何処か恐る恐るの体(てい)が在る。周りの目を気にして居る処が在り、誰か知人でも居れば心強く成るのに、なんて思う自分が居る。大人に成った、という事なのだろうか。何か理由が無ければ、外でする事に躊躇せねば成らぬのか。ブランコに乗りながら空を眺めたら、未(ま)だ幾らか気持ちが良く成った気がした。少し飼い猫の気分にも成る。

 噂が世間に溶けて行った。

 私小説を書く際には、従来の書き方に倣う必要は全く無い。随筆であり、その人にしか書けぬ物、その際に書かねば成らぬ物、を書く訳である。

 久し振りに熱を出して苦しんだ二〇一三年二月一二日、明け方から、何時(いつ)もの様な節々が気怠く痛く成って『風邪かな?』という経過を辿ったが、これが何時(いつ)もなら自然にふうっといった感じに治ってくれるのだが、一向に、何時(いつ)まで経っても治らず、在ろう事か、余計に、もっともっと苦しく、気分さえ悪く成って来た訳である。途中で、熱が出て居る事に気付く。厚着して居た所為かも知れなかったが、元職場を辞めてからもう一年以上経っていた所為か、こんな時の対処法というのに自信が持てず又忘れて居り、上手いこと挽回も出来なかったように思える。唯『寒いから』と軽目(かるめ)の上着を着て布団を被って居た俺だったが、もう、とうとう我慢が出来ず、階下へ下りて熱を測り何時(いつ)もの渡部医院に行く事にした。階下へ下りると、ヘルパーさんのIさんが居り、インフルエンザを心配してくれて居たが、俺は一目見るなり彼女に、否、女の子(女の人)に甘えたかった。抱き付こうとしたが、天が許さなかったようだ。父親が自分の何時(いつ)もの小さな書斎で、昼間だというのに備え付けの蛍光灯を煌々(あかあか)と点け、俺が苦しい顔をしてそこに下りて来て居るのに知らん顔を決め込んで居て、全く邪魔に思われた。『大丈夫か?』の一言くらい在っても…なんて思いながら俺は病院へ行った。まぁその前、朝の六時過ぎ程に階下へ下りた際に『どしたん』と一言だけは言われて居たが。その時だって〝触らぬ者に祟り無し〟とでも言った様に、自分で〝必要以上の事は尋(き)かずべし〟とでもして居るのか他には一切尋(き)いて来ず、無視である。だから此方も無視しようとする。父親はいっつもそうなのだ。朝・昼はこんな調子で俺(ひと)を苛つかせるのが最高に上手く、その夜に成れば、打って変わった様に人柄が変り、多少、多弁にも成り他人の事に〇・二倍程ならば気遣えるように成る。まぁ唯多弁に成る程度である。頭じゃ分っちゃ居るが感情で理解出来ない俺はそのまま車中で踏ん反り返って怒りながら、病院へ行った。行くとインフルエンザの試験として以前遣られた様に両の鼻の中に綿棒の様な物を突っ込まれて、薬を、その建物の二階へ貰いに行くように言われた。これは初めて知った事だった。言われた様に二階へ行くと、受付の中年看護婦の様な人がひっそり俺の方を見ながら、早く気付かせるようにして居たのか、程好い微笑をして居た。階下で貰った引換書の様な物を渡すと『はぁい、少々お待ち下さい』と奥へ入(い)った。次に出て来た人は先程の看護婦で、俺の鼻に綿棒を突き込んだ看護婦(Dr曰く、名前はN)であった。『ごめんねぇ…』等と優しく言いながら俺に接した先程の光景・情景が思い出される。俺はマスクを付けて薄桃(うすぴんく)の制服を着たその人にも甘えたく、ちゅっちゅかちゅっちゅかして仲良く成りたかった訳である。これが今日の内で一番大きかった出来事のような気がした。

 二、三日しても熱が下がらなければ又来て下さい。インフルエンザって直ぐには判らないんですよ~、と言われて、その一寸した恐怖感が未だ継続して居る事への面倒臭さと、それでも体裁繕うとした表れで目を大きくまん丸ぁるくすると、その俺が甘えたいとする看護婦も同じ様に真似をして、お道化る様(よう)に、俺と遊んでくれて居る様(よう)でもあった。もしかしたら上手く付き合えるんじゃないのか、なんてちろっと考えたりしながらも、仕方無く車まで歩いて来た道を又返った。薬局の場所が変った為、来た道を引き返せたのである。早く治って欲しい、と心から今思って居る。

 時折り頷く風に対して俺はこの様な日常での出来事を掘り起こす様(よう)に又身体の内に両手を遣り、子供から大人迄への自分の軌跡に投じられた要所を見渡すと共に、心を軟くして、何とか現実を司る諸々の強靭へと自らの意志を立ち行かせる体裁を繕おうと画策して居たようだが、あのブランコの上へ上(のぼ)って感じた事には、最早一点の曇りも無い程の確固足る余力を秘めた自然の美成るものがその顔を覗かせていた様(よう)だった。如何しても立ち行かぬ天賦の美なるものがこの心身共に弾ませていてよもやこの現実を制する地上では、一点の曇りも自然に依る綻びの内には見得ず物として在るようで、唯太陽を隠し続ける灰色の雲の上では我知らぬ特別な自然の回転が功を奏して独断の起点を待って居る様に、その白日は我が郷里の在り処を欲してずっと黙っているだけだった。友人、知人が確かにその公園の界隈に霧散を称して存在しながら我が行く道とは唯一点の歪みも無く置かれた定地(ていち)へと真っ直ぐに在り、その道上を闇雲に走り、金振り捨てた体温への名残を忙しく掌で転がし続けては脆弱な身の程へと落ち着いて仕舞う我にとって最早天下の笑い者とまで堕ち行く様子で、とてもじゃないが、子供の頃に既に見知り、目前に微笑み立つ無頼の音信にこの身を預ける迄にはあと二、三カ月は掛かる、といった具合にこの身は現実に於いて捩じ切られ、実時間を唯ひたすらに直進して行く人の体(からだ)を被(こうむ)る我が身にとっては一つの解決策は一つの解決策とは成らず、恐らく無数の諸問題に相良くその頭身(とうしん)を重ねる具体の例示の前で、可能性を秘めた筈の一個の手足は自ずからその身内に沈み込み、姿を打ち消して行くのだ。或る詭弁は見知らぬ雄弁を生む事が在り、その樞をそっと開けば唯有言実行の文言から成る人の実力(ちから)が手足を伸ばして外力を得て、その場凌ぎの力を仕上げる一つの所作の程度に落ち着き、誰も恐らくこの様な樞から成る無尽蔵な暗黙(やみ)の内では手探り迄して突き進もうなど有志を以て語れずに居り、人は自ずから『そうした現実に生きる上で有益な所作をし尽すように出来て居る』とした傀儡の質なるものを把握しながら、その見た通りに実行して生(ゆ)く。その連動はきっと終生留(とど)める事が出来ずに、喩えその心身が孤独に在ろうが喜楽に在ろうが既知の通りを歪める事さえ叶わずに在り、唯白い眼(まなこ)で、白い奥の手で、自ら仕立てた『人の為に…』と設え直した空き箱から観て、『言動を履き続けるしか術を持たない人の定め』は終始『運命』の成す処と通感しており、その理(ことわり)に抗う者など俺は未だに見た事さえ無い。白日の生む、白日が成す、晴天に於ける人智の成す孤独への裁量は人の真価を留(とど)めるのであって、人はその造作も無い自然に依る空白への挑戦を唯遠くへ置き遣った自分の身体に活力を求める儘に願う事が、その白日の内で成せる唯一の生活法だと思い知って居る訳である。我は故にブランコから身を下して、弱り果てた体を隠す様にその身を雲の向うへ隠し終えた青空の影響に身を寄せながら、一刻、一刻、と、唯円い瞳をひっそり瞼に隠して、履き慣れた自宅の温度の内へと還って行った。この様な淡い経過を以て見た夢が以下であり、この無稽は現在を以てしても未だ分り得ない、快楽を設える為の我の内に認(したた)めた固(こ)の財産として在るのだ。

 時折り狭い部屋を再び大きくして、ひょっこり現れた女の子が所々へ自身の残影を残しつつ、再び成される事の無い成長への秒読みを唯一途に開始して居た。未(ま)だ年端の行かぬ女児である。夢見勝ちなセルロイドを被った様な未熟を愛した体裁で、少々大き目の長靴を履き、程好く小雨の続いた都会の路(みち)を人気(ひとけ)を避けて練り歩き我が家まで来たようで、所々の服の汚れの内には、少女がこれ迄観て来たマネキンに擬(ぎ)した人人の姿が丸く映っていた。その少女にしては少し大き目の傘を差しているのだが如何した事か肩から頭頂迄は程好く濡れており、その頭から背中辺りに迄しっとりと下りた黒髪の数本は観られて好い様(よう)に陽光の加減でほっそりと光る白銀を発して特に男児の心に射止まる様(よう)に出来ていて、強かな、夢の様な少女の誤算が又躑躅の白弁(しろびら)の様(よう)に咲いていた。その咲き誇る綿の様な冠は又何時(いつ)しか棘を持った毒草の様(よう)に成り、その心算を手に取って観賞する男児、否大人達にも同様にして、毒の廻る速さを一個の制限の内に見せ突け、自分の無敵を暗黙に奏で始める青梅の様子に全身を向けて行く。手も足も出ないと躊躇したその男児の内に何時(いつ)しか俺が居て、何処かから唐変木を模して出来た様な純朴な意識を携えた儘、遠くで少女を見知った記憶は秘密のまま懐へ隠し、〝よもや破(ば)れまい〟と、捏造し立ての揚々とした青春への一歩を踏み締めて、自分とその少女の一対(いっつい)の繋がりを期待したまま男児から青年、男へ変化して行く性(せい)の躍動を敏感に感じて居た。その少女は知らぬ間に俺の身内の様に成り果て、俺の馴染みや知人と流暢に親しみ始めて、俺が出廻ってその子と世間人との仲を斡旋して行く心配の無い程の幼さを身に付け人の険(けん)を削いで行き、勢い余ったのかその幼さは少女をより幼くした儘未だ髪もきちんと揃わない幼児の体(てい)に留(とど)まらせていた。恐らくその躍動とは少女の遊びの内で成された夢の解(ほつ)れだろうと自然の内で見た俺は次にその少女の有様を柔軟なクッションに仕立て上げて、自分が息衝く生活の内へと少女を懐柔し、まるでペットの様にあやし、自分の傍(そば)に何時(いつ)も居るように躾け上げた。

 その少女は俺と一緒にベッドの上で横になって居り、俺の家族と昔良く泊まりに来ていたK氏宅の子供とその母親が一緒にそのベッドが置かれた一階の居間に散(さん)してTVを観て居り、その居間の電気は消えていて、居間と一続きに成ったダイニングキッチンの明かりが居間の明かりの役割を果たしていた。居間とダイニング・キッチンとを隔てる襖は俺の母親の習癖から始めから突払(とっぱら)われて在り、故に、その居間を照らす明かりはTVの明かりと、ダイニング・キッチンからの明かりだけと成っており、その薄明りの中で俺と少女とK宅の子供、又始めの内には俺の母親、Kの母親も、一緒に成ってTVを愉しむ為の空間は皆の情景を含めた上で充分に輝いて居た。奢り損ねた俺の優しさや意識の内で明るみに出た少女への一身の泥濘はその時少女の小さな身体を跳び越えて向こうのダイニング・キッチンの方へまで行って仕舞ったようで、俺は少々抜け殻の様な体温を着た儘でその少女とKと、途中から切り替わった怖いTV番組を観ながら夢中になり、ブラウン管へ吸い込まれないようにと少々必死に成ってしがみ付いた布団と、少女の身体は始めの内未(ま)だしっかりと俺の身体に吸い付いて居り、その温かい泥濘を程好く見守り、まるで外敵から身を護る為の外壁の様に成ってくれて居たKの存在は当の二人にとって程好く、しかしその頃にはもう俺の横に母親とKの母親は居間には居らず、その三人の為の夕食を作る為にとダイニング・キッチンの方へ、体(からだ)を移して何やら三人は、否俺だけが入って行けそうにない日常の壁を既に醸し出して固い時間の壁を着々と作って行くようであった。少女は唯その時、その怖いTV番組から身を仰け反るようにして一個の暗闇の内へと俺と一緒に体(からだ)を隠して、俺と一緒に被って居る布団に顏を埋(うず)めて笑って居た。それは当の俺にとってとても嬉しい光景・情景として在る物で、出来る事ならずうっとこうして彼女と共に程好く固い個の固執の内に身と意識とを伸ばして平らに成って、外の、自分達を行く行くは包容してくれる雰囲気の躍動を先取りした儘で一つに成って居たかったのだが、矢張り現実が許さずに、遂に少女の意識はこの小宇宙の内より外界のダイニング・キッチンの方へと向けられて行き、少女は次の瞬間、俺の手許から外れて、他の三人が既に座って居たダイニング・キッチンの一席にちょこんと腰を下した。その腰は落ち着き始めて、俺が気付いた頃にはすっかり〝こっちの人よ〟とでも言わんべく通常の装いをして俺に見せ、咲き誇る少女の肉体はダイニング・キッチンの照射と共にその光度を同化させ始めて、俺は独りで、そのTVの明かりだけが辺りを照らす居間に取り残される形と成って居た。

 晩御飯を食べようと皆は賛成して自然に身を任せ、成り行きに合せて少女は皆が座る椅子より遥かに小じんまりとして小さく象られた小児用の椅子に腰掛ける事と相成り、俺の家の食卓では既に成人した一人息子の俺が居るだけである故にその様(よう)な光景は最早斬新な物として在る訳で、見慣れぬ肌寒い情景が集まり俺はひたすら元の在るべき個の空間へと、皆を押し込めて落ち着かせて見たい、といった自己優越の快楽への努力は捨てられないで居る。その孤独の鼓動を感じ取ったのか少女は一瞥して俺が未(ま)だ寝そべって居る居間に置かれたベッドの方へ目を移し、そこに俺が居なかったのを確認した後その下方へと目を遣って、俺がそのベッドの足元で寝そべり半分垂(だ)れた様(よう)にして居る男の体たらくの程を見て取った挙句、又一瞥を俺の目前に残したまま瞬時目を目前の食卓へと遣り、その食卓に並べられた昔ながらの豪勢な来客時用の御馳走に気を取られたのか遂に少女の視点はそこから動かなく成って固定され、その固定に依り、その二部屋に散在して在った全ての個の空間の在り方は多数決で決められる様(よう)にして、数が多い人数の在る空間で流れるルールに従わされて仕舞った。俺は全く取り残されて仕舞った訳である。少女一人に取り残された我は束の間英気を養おうと観たい空想を見ようと努めて見たけれども、その空想は遂に実体を伴わずに文字通りに空転するばかりで、何処の歯車とも噛み合わずに又俺の源へと消え果てた。皆は夕食を食べて居た。少女は一度目に見た時よりも更に生え揃わない頭髪を呈しながらより幼児の外観を呈し、何かを食べて居た。そこで俺の少女に対する邪な謀略を秘めた情熱は恋心を頭上に置いて身を引いた。ダイニング・キッチンを良く照らす照明を以て益々少女の頭髪は薄いものと成り果て、未(ま)だ桃(ぴんく)色を想わせる薄白い頭皮が顔を覗かせて俺に幼児の言動を良く見せるのだ。幼さを浮き彫りにさせた少女の身の果てを他所に置き、俺の家内(いえうち)にはそれ迄、良く見知った何人かの知人が日常の忙しさに足取り任せて、顏の印象を俺に憶えさせずに出入りして居た。」



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~琴~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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