~急逝~(『夢時代』より)

天川裕司

~急逝~(『夢時代』より)

~急逝~

 遠い死地の内より甦り、光の玉の様な無尽蔵を烈火の如く氷が冷まして、終ぞ眩し気(げ)に冷め遣らぬ群象(ぐんしょう)のモダンはぴえろの奇人に仕組まれる挨拶の様に自然の猛威を以て忘却に沈められ、一個の欠落して行く白の空城(くうじょう)が鉛筆の芯をカチカㇱ小言を言う様に青い便箋に入れ、封をして仕舞う様に又、烈火の如く昇り切る太陽の篭城を見て見ぬ振りした我が聡明な眼(まなこ)は〝現実と呼ばれる自分〟が物を謳い魂を揮わす一個の通せんぼされた赤い郷里の内でとても華咲かせて、白も青も赤も、又黒も、優勢を誇った火照る太陽の紅(あか)を呑み込む様に包んで行くのだ。慌てた聴かん坊が素知らぬ顔した儘でつい追憶の境地へとその我が身を貶(すぼ)めて行っても、全く変った出来事も見えず儘であの城を乗せた淡い境地は軍団を引き連れ無数の眼(まなこ)のノウハウを一歩引き下がった儘の姿勢で稍もすると追憶し、標(しるべ)を掻き消して仕舞う程に茶色のガウンを羽織って再三の主(あるじ)からの呼び声に頷き始める。白紙の内に翻り怯まされしながら故郷の内空(うちぞら)は無論を踏んだ呼吸を醸し出しながら一端の口を利き忌み絶えて行く昔の、懐かしの亜麻着布(あまぎぬの)の内から包容され足る胎児の様な自分を取り出すのであり、何時(いつ)か見知った〝デジャブ〟とも称される程の全き最小が悉く消えて行き果てる迄に、この、追憶の彼方で見知った有耶無耶で無数の眼(まなこ)は眠る事を知らない。冷たい虚空の内で遊んだぴえろの様な残像であったか、老婆も乳母も、胎児も小禽も、騙されて朽ちた己(おの)が正直の手の内に眠る霊前に於いて、心中が遠くに光る希望の様な〝生命〟を撃ち落とし果て全き死闘を繰り広げて行く迄に幾数年掛っている。彼(か)の有名な十問のペーパーテストは自ず人間に当てられた物として〝現実〟に縁取られ、人は自ずその意識の内で悶々とした白々を送る事と成って行った。冷め遣らぬ熱情を秘めた宇宙の風は暴風をその手中に収め憤怒を憶えた様に人の頭上で荒れ狂い、白紙の内に消え掛けた覆面のパスポートを軒並み潰して壊れた〝残骸〟の一頁へと伸し上げたのだ。行くも帰るも無言の造作で…幻(ゆめ)の還りに道標(みちしるべ)を…、この逡巡とした人の連動は幾つかの道標を当り障りの無い道程の内で失くし、その〝在り来たり〟を同様にして通って来た追憶の内で一度は見て知って居るのだ。奏でられる自然の歯車の車輪の音はその個人に在り来たりで当り障り無き故郷の優しい記憶を芽生えさせて忙しさを啄み、通って来た道程に於ける道標の在り処を一つずつ牛耳る様に探り出すのである。日々の隠れた望郷の地に、我が骸は整頓された心理を以て居座り、まるで眠るかの様にしながらもそこで見果て行く自然の摂理と自分の正直との連動の行方を知らず知らず内に追い掛け始める…。

 某大学の講義に、詳細に就いて忘れたが、〇〇言語比較論とかいう、淡泊な女教授が束ねる一室の骸を着せた自然の摂理の様なものが顔を拡げて寝そべって居り、何人もの〝学生〟がその〝講義〟の時間に己(おの)が初の連動写真を事細かく、正直を打算に変えつつ切り売って、自ら保身を望んだ。俺もその学生の内の一人に居り、始め、骸を背負って居た虚無の空気が慌しく何やらと名の記された辞書を持ち込んで来たが遠くばかりに意識を投げ得る去来が移り住んだ様にして落ち着いて在る思考の機軸は取り外された儘、意味深な虚無の内へと又埋没して行った。俺の周り、その一室の内には、無数の生徒が或る種瞑想に耽る様にして落ち着きだんまりを決め込んで居り、教壇に立つ比較的若い女教師の内にうら若き魂の鈍(ぶ)れの様な健気を講じた儚さを覗け、てんてこ舞いな心動を秘めた儘空に餅を描く孤独の老想(ろうそう)は取り付けられた態を保った儘で駆逐して行った。不朽の心が織り成す精錬された薄仰心だとその駆逐して行く世界は名付けられたが、学生の殆どは意味も解らず唯乗り気で若い男子を以て前へ並び、一人ずつ唐突な質問を講じる事を止めない儘でその日が暮れて行くのである。その唐突な環境に俺の鼓動は仰け反る様にして、まるで硝子玉を粉砕した後、不規則に並んだ煌びやかな思考の眼(まなこ)を方向を定めず放任した様な体裁を採り、その一室から出た処に在る外界を描写した頼り無き構図に目を留(と)め、柔らかい優しさに射止められた様にその構図を描き出した白痴の信仰は術も無い儘踊り出して居た。その一室は夢の内故にその環境を大学、高校、のものへと随時変えて行き、重要な付加を示して行く。

 その比較論を講じる筈の女教師とは背低であり、小じんまりとした目鼻立ちと心境・信仰を携えて居る様であり、展望を意図せず図った老齢の体躯を以て講じた戦線の猛威が次第に堕弱を呈した様な、小さな世界観を思わせる女性であった。しかしその女性は定刻に成っても中々遣って来ず、俄かに学生は席の後方でがやがやと色めき、騒めき立ち、「来うへんやんけ」等と呆(ぼ)け始めて居た。俺は携帯電話でその日に在った三~四限目の講義の情報を見て居た為、或る程度の今後の予測を立てられて、死地の内より甦りの体(てい)を取り返しつつ在ったが、つい、周囲の約束の無い胆泥の結託が身を潜めて、不真面目な猛火のアーチを潜り終えた一個生が次第次第に天へ召される様にして魂がこの世から抜けて行くのを垣間見た。ぽつぽつと打ち込んだ指の振動が人工の〝空論〟の内を〝形〟に化けて意味を成して行く内、時間の様に単純で疑えない〝休講〟という像が〝文字〟として目前に現れた様な気がして、「そりゃ来んわ」と俺は肩から力を抜いた。その抜けた力の心地良さと当ての無い気力との境界線の上を上手く渡ろうとしながら、自分一人が周りの学生よりも唯一人先に真実を知ったような物憂いの内で優越を独断し言い聞かせ、その一室を教壇側のドアから出ようとした所、その小柄で横暴を知らない端正な女教授は皆の背後、詰り教壇側からではなく一室の後方の入口から入って来たのだ。

「貴方達は、自分がするべき事が解って居ないようですね」

 厳しい文句が何とその女教授の口から真っ先に皆へ向かって飛び込んだ。普通この場合、文句なら、これだけ待たされた学生・生徒の側から飛び出て然りだろう、等と思わされたものであったが、何ともその女教授は気が強そうな容姿を持ってその内実は整然として清廉された人からは把握し得ない旧さとを秘めて居る様な群象(ぐんしょう)を思わされ、皆は圧倒される内に先制攻撃をされたのだ。しかし取分け騒ぐ者はその場では無く、その勢いの儘で講義は滞らずに進められていた様だ。もう、この世では今は死んで居ない筈の、小原という俺の旧友が天に於いて定められたのだろう骸を着て我が目前に降り立って自然を象り、その旧友は如何にも真面目振って講義を受けて居るようであり、半ばその女教授を好きな様子を醸し出しながら俺に、〝これで良いかなぁ〟と、その講義時には何時(いつ)も採られているリアクション・ペーパーに書く講義内容への質問の在り方に就いて確認をして来て、俺は〝ああそうか、質問も考えとかなきゃ行けなかった、仕舞った〟等と、自分の事もちょくちょく考えながら「ああ良いんちゃう?それを(思った事を)その儘言ったらええやん」と言う様な口調で以て相対(あいたい)し、小原はあっと言う間にその記して居た質問を女教授に対しして居た。質問をすると、どの講義でもそうだったのだろうが、学生個人の成績ポイントが上がる、といった決まりの様なものを憶えて居たのだろう。俺は負けじと又、これ迄に認(したた)めて来た自分の手記の内から選び出してそれ程のスペースの無いリアクション・ペーパーに書き込む算段をして居り、書き込めるか否か定かじゃない儘、教授にそういう事をして良いかの確認を取ると、教授は「それでも良い」と言う。その時俺は、一瞬、良い先生だ、と思った。しかし俺は方針を変えたようで、そのペーパーの内に記す内容をその講義で知った記憶を基にして記す「発表」形式の模様を既に算段して、やや小論染みた云わば〝ミニ・発表〟を、その女教授向けに書こうと言う…。して、その内容が見る背景には、学生達から密かな憧憬を得る事を担うとした、卑しさが込められていた。その「講義で知った内容」とは、皆黒板に書かれた物であった。〝黒板に書かれた物〟として在る事で皆に知れる事に成り、公にされた思考の種明かしは非常に小さなものに俺は思えたが、しかしそうした〝小さなもの〟でも全力を以て余力を微塵も残さず精進して書く、というのがこれ迄、俺を支えて来た尽力の在り方であり、些細な情報から多大な情報を得た上でそれ等を、書く為の参考文献とする為に俺は、これ迄時間の要所で打ち込んだ膨大な量の自分の手記を携帯の「下書きメール」の内で一つずつ見直して行った。しかしリアクション・ペーパーを書き終えて教授に提出する迄の時間が余り無く、間に合いそうになかった。尽力に尽力を重ねながらふと黒板を見上げると、〝音譜〟と称して黒板の左横からずら~~っと恐らく日本語単語、言葉が書き並べられて在った。

「あの音譜ってのが、主題、テーマなんですよね!?あれに沿って思う処を言えば良いんですよね!?」

と俺は確認する為に女教授に尋(き)いた。〝ああ、そうだ〟と女教授は頷いて、俺に、以前にこの様な課題を課した際、それは見事な回答を好くして居た学生の事を話し始めて居た。単に、過去の情報を女教授は俺に教えてくれて居ただけなのであるが、その時の俺にとってはややプレッシャーと成って居た様だ。身を入れて書こうとした頃にはもう講義終了間際で、皆、帰り支度をし始めて居り、がやがやと何時(いつ)もの雑音を放ち始めて居た。その騒音に対し、もう教授も注意する事は無く、学生の自由にさせて居る様だった。〝あ~あ…〟と言った感じで俺はそれでも〝発表すべき内容〟が落ちて居ないか確認しながらも、目前に、魂の様に置かれた〝発表内容〟を仕上げようと試みて居た。遂に一室の内には学生が居なく成り、発表しても聴(聞)く者は先生しか居ない事に成った。そういう時の、薄く、仕方の無い気不味さを俺は知って居た。

 俺は遂に諦めて一室を出ようとする頃、途端に教授は教壇上で石の様に固まり始め、まるでそこに始めから在ったオブジェの様に見られても気付かれない程の物に変わり、その教壇上の石の教授から直線上の一室の後方には、〝ずず…ずずず〟と身を引き摺ってその一室の中央辺り迄移動するメドゥーサの叫びの像の様な像が、自分で位置に付いた。確かに自分で移動して居たのを俺は横目で確認して居た。俺はその二つの物の丁度中央の位置に居た為、その光景が表れた瞬間、〝自分も何等かの形に攻撃されてやられるのでは!?〟と急に不安に成り、急いで一室を出て走って逃げた。一室を出たその頃から校内はすっかり高校の頃に見た風景に変わっており、狭い懐かしい陋屋の内に、俊敏に揺れ動く自分の弱い体(からだ)が活性化されるのを知って居た。廊下が在り、敷き詰められた教室とその窓の間に見える自然の風景が、沢山見えた。メドゥーサは追って来なかった。俺は気忙しく走って逃げながらにも〝メドゥーサの恐怖がやって来ない事〟は何と無く分って居たのだ。教室からドアを開けて出る瞬間に見たメドゥーサの像は一向に動く気配を見せずに尚も俺に対し他人の顔を見せて居た事から、こいつは俺に危害を加える代物じゃない、と咄嗟に承知して居たのである。

 夕日に満ちた胡散霧散と化した群象(ぐんしょう)の建物の破片は断片を削り取る事無く俺の記憶を鮮やかに呼び覚ます程の力の無い儘やがては衰弱する事を俺に報せて来た為、俺は新たな気分を伴い、又新しい朝を迎えて居た。

 又旧友の、今度は山原が所有して居たフェアレディZに、自然に窘められる余分の曲解は削ぎ落とされながらにして空白の或る時間を構築する一定の淡泊を期した俺は乗って居り、まるで定評された屈託の無い人の骸は陽射しの細やかさに寄って、洗われた様に一つ一つの〝途切れ〟を我が追憶の前に投げ落とした。しかしその車は、俺が以前に見知ったフェアレディZの出来と違い、家族向けに改良された様なバンタイプに成っており、その形態は正直に言って恰好が悪く成っていたが、その内に、改良され得ない不動の内容(もの)をその有様に俺は感じ入り、その様な車に対して羨ましさを感じた。又、内装(例えばハンドル、メーター、等)は以前のフェアレディのそれを彷彿させていた。俺と山原は遊んで居た様だ。しかし何をして遊んで居たのかに就いては全く憶えて居ない。俺達は安居塚の、南山小学校正門に下りて行く(途中に旧友の小里の家が在る)坂の丁度頂きに居り、もっと遊ぼうかと、山原の家の事情に配慮した為少々遠慮気味に俺は訊いたが、山原は〝もう遅いし又今度〟と言った調子に断り、矢張り決定権はあいつに在ったようだ。ふと時計を見ればもうすっかり夕方だった。四時二十七分を指していた様に思う。その坂を下りた所辺りには俺の父親が夕日に照らされて、微笑みを以て俺を見て居てくれた。



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~急逝~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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