第9話 ラウンド4
「痛てえ。」
筋肉痛がピークなのか、動くどころではない程の痛みがあったが、三下は、何とか布団から起き上がり、慎重に体を手足を伸ばしていく。
ふぅーー。
少しは伸ばした効果があったらしく、痛みは、動けない程ではなくなっていた。
とりあえず。シップでも用意しないと。
三下は、車を薬屋に向けた。
「どうしたの?酷く引っ掻かれたなら、医者の方がいいと思うけど。」
一瞬、驚いた顔をして、すぐに、小首を傾げる彼女。
昨日よりは多少よくなっているものの、疲れた感じを残したまま、笑顔で迎えてくれる。
「決死隊とも言える、突入部隊が整列しています。彼らは、政府がゲートと名付けた円盤の向こうへ進行する精鋭部隊です。」
レジの脇に置かれたスマートフォンから、アナウンサーの声が聞こえる。
「違う、違う、じゃれるのが激しかったのか、筋肉痛で。」
「ちょっとーー。犬とじゃれて筋肉痛って、そこまで体力ないの?」
スマートフォンのボリュームを下げつつ、呆れたため息をつく彼女。
「まっ、まぁ、そうなるよな。」
自分の評価が下がるのを感じるも、愛想笑いで誤魔化す三下。
「世界各地で確認されているゲートは、侵入者は確認されているものの、未だ、帰還者は確認されていません。」
「もぅー。そうそう、丁度いいところに、サンプルで仕入たシップがあるの、安くするからそれにする?」
アナウンスに重なるように話す彼女は、ジャストタイミングとばかりに目を輝かせる。
「サンプルだと、数が少なくないかな。多めに欲しいけど、どのくらいあるの?」
「時間的なこともあり、部隊を突入させるのは日本が初めてとなり、世界中から注目されています。」
三下も、アナウンスに重なるように、肩を窄めて答える。
「大丈夫よ。サンプルだからそれなりに数はあるわ。待って、持ってくるから。」
小走りに奥へ向かう彼女。三下は、残ったスマートフォンの画面の向こうで、装備の点検をしてる自衛隊へ目を向けた。
「円盤、何だと思う?」
腕にシップを抱えてきた彼女は、レジの横にそれを置いて、画面の向こうの自衛隊の、更に向こうに映っている黒い円盤のあたりを小突く。
「試練への入り口。」
ため息気味に即答する三下。
「、、、、、。」
ぷっ。
硬直していた彼女は、口を両手で抑えると、背を向ける。
「ちょっと待って、ちょ、ちょっとだから。」
屈みこんだ為、レジの影で見えなくなる彼女は、笑い声だけが聞こえた。
「やーねー。真剣に考えてるところに、お気楽ゲームネタで返すなんて、笑っちゃった。変な才能があるのね。」
お腹に手を当て、レジにすがるように起き上がる彼女は、まだ収まらないのか、話の途中に笑い声が混じっている。
「いや。笑えたのは嬉しいけど、そんなつもりでは。」
「そうなの?でも、ヒーローになる為の試練に繋がると思えば、そうかもね。そしたら、彼らは、差し詰め最初のヒーローよね。」
明るく言い放ち、急に、暗くなっていく彼女。
「帰ってこれればだけど。」
「突入ーー!」
スマートフォンのスピーカーから、隊長の声が漏れ出てくる。
「今、突入を開始しました。彼らは果たして帰還できるのでしょうか?」
画面には、アナウンサーの声に合わせるかのように、ゲートの向こうに消えていく隊員が映っていた。
「どのくらいかかるのかしら。」
彼女は、心配そうに画面を見ている。
「一時間もかからないよ。多分。」
数日の経験から、確認するだけならその程度、と、確信して答える三下。
キョトンと、余りに自信をもって答える三下を眺めた彼女は、素直に疑問を浮かべた。
「す。凄い自信ね。わかるの?」
はっ、と、自分の失敗に気が付く三下。
「ん。ほら、目標が目の前で、移動時間ないし。その、一時間も撃ち続ける弾もないだろうし。で。帰りもすぐだし。さ。」
誤魔化そうと、それらしい正解を言い並べてみる。
「わかるけど。それ以上の自信に見えたけど?」
すっ、鋭い。
冷や汗が全身を覆いつくす。
「そ、それはないよ。そこまでわかるわけがないし。」
「そうねぇ。けど。」
彼女の目線が、画面に移る。
「無事に戻ってきてくれるといいけど。」
「そうだね。」
画面には、最後の隊員が消えて、ゲートだけが映っていた。
「そうそう。それで、ヒーロー修業はどう?」
雰囲気を変えたいのか、からかい口調になる彼女。
「いや、それはないから。」
全力否定する三下を見て、笑い声を上げる彼女。
「わかってる。犬と戯れて筋肉痛になる人に、そんな期待は大変だもんね。」
「そ、そうだな。」
評価の低さに少し傷つく三下。
「でも。」
声色が変わったのに気が付き、うつむいていた目線を彼女に戻す三下。
彼女は、特上の微笑みで、その目線を受け入れた。
「でも。突然いろいろあって、不安だったけど、なんだかさっぱりしたわ。ありがと。」
ペタペタと、シップを貼っていく三下。
手の届かない背中の真ん中と、傷口以外にシップを貼り終えた三下は、リュックを背負い、バールを持った。
慣れた手順でスライムを倒し、ボス部屋の前に着いた三下は、リュックを脇に置いて、バールを眺めていた。
さて、どうする?
筋肉痛のこともあって、バールの重さに辟易していた三下は、昨日のこともあって、バールがない方がいいのでは?と思っていた。
まぁ、やるだけやってみるか。
三下は、バールをリュックの横に置くと、何も持たないままゴブリンの前に歩き出した。
「キィ。」
いつものように両手を上げ、もたもたと走ってくるゴブリン。
拳を傷めないように殴らないとな。
手の調子は回復しているが、今日はわからない、三下は、慎重に何処を殴るか考えつつゴブリンを待った。
「シャーー。」
叫びつつ、振り下ろそうとする右腕の手首を掴み、逆間接をきめ、反対の腕の攻撃を離れてかわす。
「ガァ。」
怒ったかのように叫んで、すぐさま走り出し、離れた三下に左腕を振り下ろそうとするゴブリン。
三下は、落ち着いて、左腕も逆間接をきめ、もう一度離れると、
「グアァァァ。」
更に怒りに叫ぶゴブリンの顔面に蹴りを打ち込んだ。
離れたのは、蹴るにはちょっと近すぎたからだ。
そのまま踏み込み、右、左と目元を殴り、離れると、また、顔面を蹴って踏み込み、殴る。
何回目かの蹴りがきまった時、ゴブリンが消えていった。
三下は、軽く拳を握ってガッツポーズ。
落ちたクリスタルを拾って、リュックに向った。
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