第7話 ラウンド3

 いつもより少し遅い程に目を覚ました三下は、朝飯を食べ、時計を確認すると、通勤に使っていた車に乗り込んだ。

 薬屋に行くためだ。

 持っている医療セットは、緊急用で、包帯や傷薬が最小限しか入っていない為、使い切ってしまったこと、と、これからのことを考えると、最低限の準備は必ず必要になると思ったからだ。

 車にしたのは、歩いても行けないことはないが、集落から少し離れたところにある街道沿いにあり、駐車場もあること、ダンジョンに行く前に、余計な体力を使いたくないことからだ。


 通勤時間より遅い時間であることから、三下以外に走る車はない。天気も良く、ドライブには丁度いい日和だった。

 ドライブと言うには、短すぎる時間が過ぎ、店が開いていることを確認し、駐車場に車を止めた三下は、ミラーでちょっと髪形を確認、車を降りてドアを閉めると、服装を軽くなおした。

 この店は、出戻りではあるものの、集落で一番の美人という、元気な女性が女亭主で、おっさんとはいえ、他よりかは女好きの部類に入っていることを自認している三下は、多少は、よく見てもらえるよう気にしていた。

 

「いらっしゃい。お久しぶり。」


 多少、疲れた感じがするものの、いつもの笑顔で迎えてくれる彼女。


「あぁ、久しぶり。」

 

 三下は、片手を上げ、彼女のいるレジへ向かった。


「珍しいわね。こんな時間に。どうしたの?」


 不思議そうに三下を見上げる彼女。

 出戻りということもあり、多少歳だが、三下からすれば十分若い彼女は、おかんとしての貫禄も上手くミックスした上で、美人だ。


 そういや、話せる内容じゃないな。


 鼻の下を伸ばしつつ、昨日の一戦を話題として切り出そうとして、気が付く三下。

 そのまま話せば、当然、止めてくるだろう、と、三下は、とにかく適当に答えた。


「いや、いろいろとあってさ。」


「そうね。いろいろとあったわね。近くだったんでしょ。怪我でもしたの?」


 彼女は、勝手に理解したらしく、疲れた苦笑を浮かべている。


「近く?」


 三下は、彼女がどう理解したかわからず、思わず聞き返す。


「怪物。違うの?」


 ちょっと驚いたように三下を見る彼女。


「違わない、いや、違う、怪物では怪我はなかった。ただ、大きい犬、そうそう、大きい犬を相手にする用事があって、じゃれているうちに引っ掻かれてさ。」


「えー、大丈夫?狂犬病とか、ちゃんとしている犬なんでしょうね。」


「それは大丈夫。」


 多分。


 三下も心配になったものの、犬ではないし、と、無視することにする。


「じゃあ、傷薬と包帯と、ガーゼもいる?」


「そうだね。なるべく多めにほしい、まだ、暫くかかわると思うからさ。」


 ゴソゴソと棚を探っている彼女の背中に向って答える三下。


「ちょっと、そんな引っ掻いてくる犬、やめたほうがいいわよ。」


 両手に傷薬などをもって、怪訝そうな顔した彼女は、案の定、怪我をするようなことは止めさせようとしてくる。


 そうだろうな。


 三下は、心の中では、同意する。


「まぁ、そうも言ってられない気がしてさ。」


「事情があるのはわかるけど、無理はしないでよ。」


「それはしない。」


 心配そうに言ってくる彼女に、即答する三下は、


 無理なんぞして、失敗したら、、、。


 後のことを考えて、身震いする。


「ならいいけど。でも、この後は、本当にどうなるのかな?」


「この後?」


 ゴブリンとの死闘の、失敗の後の現実に頭がいっていた三下は、またもや、聞き返す。


「怪物とか、いろいろ。だって、都会の方は、あの日から連日で怪物が出てるんでしょ。ここは最初だけだったけど、明日はわからないでしょ。」


 疲れと、思いつめた感じを混ぜた顔で、三下を見る彼女。

 三下は、ため息をつきつつ、答えた。


「そうだな。」


「どうしたらいいと思う?」


 真っ直ぐに、自分を見る彼女に、三下は、目をつぶって考えると、口を開いた。


「修行とか。」




「、、、、、。」



 

 目を見開いて、止まる彼女


「ぷっ。あっ、あははは、それ、それ、それ。えっと。それ、それいいわね!それ、最高よ!あはは。」


 突然吹き出した彼女は、よっぽど笑えたのか、腹を抱えてカウンターにうずくまってしまう。





「ふぅ、、。」


 暫くして、落ち着いたらしく、顔を上げる彼女


「ほんと、いいわね。それ。修行して、怪物を倒すヒーローになるってことでしょ。期待しているから。」


「いや、この歳でヒーローなんて、そこまでは。」


 彼女が、笑いながらも期待の目線を三下に向けると、三下は、慌てて否定する。


「そう?でも、あなた変わったわ。何がはわからないけど、ちょっと期待できる方に変わったと思う。」


「そっ、そうか?」


 褒められて、照れながら頬をかく三下。


「その調子なら、仕事もバンバン契約とって、、、、。って、もしかして、この時間にいるのは、仕事を首になったとか?」


「えっ?」


「だって、犬とじゃれるなんて、アパートではできないでしょ。昼間だとしたら、仕事、首になってないと。」


「、、、、、、、。」


「ダメでしょ。」




 その後、おかんの貫禄を全開にした彼女から、注意を受けつつ精算し、部屋に戻った三下は、リュックを引っ張り出すと、用意した包帯、傷薬、着換えなどを放り込み、背負い、バールを握った。



 


 どうする?


 三下は、ボス部屋の前で迷っていた。

 身体中が、特に上半身が痛くてしょうがなかった。筋肉痛だ。

 体は動かしていたものの、バールを勢いよく振り回して戦闘するような訓練をしていた訳ではないことから、歳からの二日遅れの筋肉痛が、途中から発生し、だいぶ気後れしていた。


 ふぅーーー。


 深呼吸しながら、さっきの彼女の言葉を思い出す。


 ヒーローになって、、かぁ。


 更に大きく深呼吸した三下は、腰からバールを外すと、軽く振って調子を確かめる。


 間違いなく、柄じゃない。


 痛む体では、だいぶ重く感じるバール。


 ふぅーーー。


 もう一度、深呼吸


 どうせ、何度も筋肉痛にはなるだろうし、慣れるしかないな。


 三下は、リュックを脇に置くと、ゴブリンに向かった。





「キィ。」


 走り出すゴブリン。

 三下は、落ち着いて観察した。


 ダメージ覚悟で受けるから、厄介なんだよなぁ。


 両腕が上がっていることから、ゴブリン自体の動きが遅くても、振り下ろす攻撃は大体受けることが出来ると思われ、横からの攻撃も、攻撃を受けた反対側の長い腕を、攻撃を受けると同時に振り回して、強引に引っ掻いてくるだろう。


 顔はもろ隙にみえるんだよな。


 上からの攻撃でなければ。


 一瞬、イメージが浮かぶ三下。

 

 ちょっと、リスクが高いか?


 考えるも、ゴブリンは、目の前に来ていた。

 振り下ろす腕に威力を乗せようと、肩を仰け反らせるようにさげるゴブリン。

 三下は、思わず、イメージしていた右の前蹴りを、ゴブリンの顔面に向かって突き出す。


「ギャン。」


 タイミングが良かったのか、そもそも、蹴りは想定していないのか、まともに決まる三下の前蹴り。ゴブリンは、仰向けに倒れこむ。


「!」


 三下は、思った以上の結果に一瞬、停止するも、すぐさまゴブリンに駆け寄ってバールを振り下ろす。


 が。


 停止していたせいも多少あるが、重いバールを動かそうとする時に発生する筋肉痛で動きが遅くなり間に合わない。

 それどころか、


「いっ!」


 転がってよけたゴブリンが、転がる前に意地で振り回した腕の攻撃が、三下の足首をかすめる。

 咄嗟に離れる三下。

 ゴブリンは、その間に立ち上がると、間をあけることなく、走り出す。


 重てぇ!


 すでにバールの重さに辟易していた三下は、いきなりバールをゴブリンに向かって投げつける。

 慌てて止まりつつ、両腕で顔をガードするゴブリン。

 バールは、ゴブリンの腕に絡まるようにあたって、落ちる。

 そこに、バールを投げて、すぐに走り出していた三下が到着し、ガードを解いて、顔を出したゴブリンにもう一度、前蹴りを突き出す。

 前に腕を出していたせいで、三下が見えていなかったゴブリンは、ガードを解いた腕の間から飛び出てくる三下の足をよけ切れずに、またもや、顔面で三下の蹴りを受け、同じく、仰向けに倒れこむ。

 三下は、流石に追撃はしないで、バールをゴブリンに拾われないように遠くに蹴り飛ばすと、昔かじった空手の構えをとった。



「ギャイ。」



 つぶやくように叫んだゴブリンは、バールがあたったダメージはあまりないのか、普通に両腕を上げて走り出す。

 三下は、ゴブリンを少し待つと、右腕を振り下ろそうとするゴブリンの右手首を、左に動きながら右手で掴む


 べつに、攻撃方法にルールがあるわけじゃないしな。


 そのまま、ゴブリンの横に移動しながら、左手でゴブリンの肘が逆関節になるように押してやる。


「ギ!」


 幸い、関節の構造は人間と同じようで、ダメージを受けたゴブリンが声を上げる。

 同時に、ゴブリンから離れる三下。そこを、ゴブリンが振り回してきた左側の爪が通り抜けた。


「キーー。」


 爪があたらなかったことに、いらだつように声を上げたゴブリンは、左腕だけを上げると向かってくる。

 三下は、今度は、右に動きながら左手で、ゴブリンの左手首を掴み、右で、肘を逆に押す。


「ギ!」


 次にゴブリンの手首を放すと、こちらを向いたゴブリンへ殴りかかる。


 右、左、右、左


 ゴブリンの顔面にラッシュを浴びせる三下。

 何度目かの拳が顔面に叩きこまれた時、ゴブリンが消えていく。





 へたり込んでいた三下は、荒くなっていた息が落ち着くと、クリスタルを拾い、立ち上がった。

 転がしてあったバールを拾うと、入ってきたのと反対側にある出口を見る。


 とりあえず、足を見るか。


 擦り傷ぐらいの為、放っておいても大丈夫だと思いつつ、リュックのところに戻り、破れたズボンの裾を引き上げる。


「大丈夫そうだ。」


 破れた靴下が赤黒くなっているが、先日のスプラッターを思えば相当まし。


 それより、筋肉痛の方が酷いぜ。

 

 それに、手の方も、殴り過ぎたか、調子が微妙になっている。

 動く範囲で伸ばしてみても、全く効果はない。


「湿布も買いに行かないとな。」


 三下は、部屋に帰るために歩き出した。

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