第2話 怪物

 肘鉄 三下(ひじてつ さんげ)は、その時、強くもないのに酒を呑んで、潰れていた。

 先日、かなり折り合いの悪い上司と言い合いになり、その勢いで、二年と少し務めた会社を辞めてしまい、とりあえずの、やることがなかったからだ。


「お前たちはやり過ぎた。

         罰を与える。」


  「抗いたければ、自らの力をもって、抗え。」


 んがっ

 強制的に覚醒させられ、目が覚めた三下は、暫く天井を見つめた後、再び座卓にうつ伏せになっていびきをかきはじめた。





 ガコッ、バチバチバチ、ガラガラ、ガン

 そんな感じの轟音で、三下は目が覚めた。


 目の前には酒瓶が一本、半分ほど残って立っている。


「かっ、怪物だ~!!」


 窓の外から、現代社会にはあり得ない叫び声が聞こえ、三下は、その声の内容ではなく、大きさに眉をひそめた。

 頭に響いたのだ。


 飲み過ぎた、、。


 三下は、こめかみを押さえながら立ち上がると、窓を開けて外を覗いた。

 ごちゃごちゃと五月蠅い声に、流石に何かあったのかと思ったからだ。


「ゴブリン?オーク?」


 のどかなど田舎の集落を貫通している、アスファルトの通り脇、丁度、三下の眼下に、緑色の何かが三体。

 一体は、大柄で、拳を電柱に叩きつけていて、子供より少し大きい程の二体が、それをはやし立てている。

 殴られている隣の電柱が倒れていて、どうやら、起された轟音は、それが倒れた音だと思われ、ごちゃごちゃと五月蠅い声達は、遠巻きに三体を囲み、スマートフォンのカメラを向けていた。

 大柄の何かの拳は、確かに力があるらしく、当たる度に、電柱が揺れ動く。


「、、、、、。」


 現代社会において、あり得ない光景に


「あほらし。」


 と、完全に夢だと決めつけた三下は、殴られていた電柱が倒れる音を背にしながら、万年床にもぐりこんだ。





「そこの怪物、破壊活動をやめなさい。やめないと、撃つぞ!!」


 少しして、今度は、拡声器の大音量で起こされる。


「つーー。」


 少しでも眠ったおかげか、頭痛はよくなっていたが、拡声器の音量にこめかみを押さえつつ、布団から起き出した三下は、再び窓を開けて、外を覗いた。

 丁度真下に、ど田舎集落の全員であろう、警察官が四人、パトカーの後ろに立っていた。三人が銃を構え、一人が拡声器で怒鳴っている。

 避難指示でも出ているのか、先ほどの野次馬が一人もいないだけでなく、窓から顔を出しているのも、三下、一人のみ。


「もう一度繰り返す。破壊活動をやめなさい。」


 先ほどの三体のうち、小柄な二体は、両手を威嚇するように上げて、警察官に向き合っているが、大柄な一体は、全く無視して、住宅の壁に拳を突き立て、穴をあけている。


「おい!!やめないと、本当に撃つぞ!!」


 ハウリング混じりの、更に大きい音量で警察官が叫ぶと、ゆっくりと、大柄な一体も、警察官に顔を向けた。


「よし!!そのまま、動くな!!動いたら、撃つぞ!!」


 ただし、命令を聞いた様子はなく、警察官に向かって歩き出す。


「おい!!動くな!!いや、それ以上近づくな、撃つぞ!!」


 聞く様子はない。

 小柄な二体も、大柄な一体に並んで歩き始めた。


「おい!!近づく、、」


 言い終わる前に、小柄な二体が走り出す。


 パンパン


 咄嗟に、銃を構えていた三人が引き金を引き、数発が二体に命中。

 弾が当たった衝撃で、体をびくつかせた二体は、倒れこむ寸前に薄くなり、音もなく消えていく。


 消えた?


 三下は、目の前の光景が、信じられなかった。

 下にいる警察官も同じらしく、止まっている。しかし、


「がぁ!!」


 大柄な一体の雄たけびで、強引に現実にもどされた。


 パンパン


 再び、銃声が鳴り響く。

 しかし、命中している様子も、効いている様子もあるが、大柄な一体は消える様子はなく、歩き続ける。


「弾が切れたぞ!」

「くっ!」


 拡声器を持っていた警察官が、慌てて自分の拳銃に手を伸ばした時、大柄な一体の拳が、パトカーのボンネットに叩きつけられた。


 ガヲォン!!!


 音とともに、パトカーのフロントが下がり、勢いで、リア側が跳ね上がる。


「な、なんて力だ。」

「自衛隊はまだか!」

「退避だ!退避!」


 慌てて下がっていく警察官を見ても、大柄な一体は慌てる様子はなく、パトカーの横、つまり、三下の眼下をゆっくりと歩いていく。

 

 でかいな。


 三下も背は高いほうだが、大柄な一体は、明かに三下より背が高く、2メートルはあるだろう、緑色の肌に、しっかり筋肉のついた体をしている。

 弾があたったところは、穴があるようだが血が出る様子はなく、凹んでいるように見える。

 顔は、オークそのものだ。


 どうするんだ、こんな奴。


 そう、三下が思った時、向こうに装甲車が現れた。

 道を開ける警察官の横を抜けて、未だ、ゆっくりと歩く大柄な一体に距離をとって停車。隊員が降りてくる。

 

 バズーカじゃないか。


 装甲車を降りた隊員は、五人、二人一組でバズーカを用意、一人が担いで、組の一人が脇に立ち、一人が、四人の後ろに立った。


「撃てー!」


 準備が終わると、問答無用でバズーカを撃ち放つ。


 弾は、二発とも命中し、大柄な一体の上半身を吹き飛ばす。

 流石に、大柄な一体も消えていった。


「おー。」


 思わず、身を乗り出す三下。


「何故、ここにいるんですか!避難指示が出ているんですよ!」


 確認の為に走ってきた隊員が、乗り出している三下に気が付き、声を上げた。

 しまった。と、首をすくめ、隊員を見る三下。


「今すぐ、避難してください。いいですね。」


 睨むようにこちらを見ている隊員に、軽く片手をあげて、部屋に引っ込んだ三下は、最低限の用意をして、安アパートを出た。


「避難場所は小学校です。場所はわかりますか。」


 律儀に下で待っていた隊員が、出てきた三下に声をかける。


「あー。はい。大丈夫ですよ。」


 地図を思い浮かべた三下は、遠いな、と、思いつつ答える。


「では、急いで移動してください。」


「わかりました。お手数かけてすいません。」


 三下は、隊員に軽く手をあげて、歩き始めた。

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