~回転木馬~(『夢時代』より)
天川裕司
~回転木馬~(『夢時代』より)
~回転木馬~
時折り春嵐(しゅんらん)見果てぬ薮内へ向けて無鉄砲な猟師を模した新参者(しんざんもの)が何処(どこ)で情報(うわさ)を得たのか白い顏して、早々担いだ肩の鈍器を左右に分けつつ、畝(うね)り徒練(とね)り神妙成るまま表情拡げて未知の知人へ長文(ながぶみ)宛てれば〝明日は早い〟と早寝をしようと、枕を東へ向けた小僧の髑髏は即座に払われ神楽(からく)を抱いた天地迄への生死の吐息は無聊を呈して、〝明日(あした)は漫ろ、今日も不揃い、〟等と間髪入れずの遊興介さぬ地道な苦労は誰も見ぬまま無間(むけん)の奈落は朽ち果てて行き、〝技芸の肥やしは経験在るのみ。誰とも知らぬ、何処とも知り得ぬ未開の住人原地指導に目下流行(なが)れる詩吟の文字(もんじ)は苦労を知らぬ。〟と散々扱き下ろされ得た我が酋長(シンボル)迄へは当面居すわれぬ座敷を垣間見、拙い苦労を独りで行う無休の生業(しごと)を彷徨う人には如何でも難解知らずの一流(いちる)の惨事が功徳を知らぬ雲上(くもうえ)の生(せい)にて栄華を知り行く唯一介の素業(すぎょう)を善し悪し失くして迎えるもの、と、我の目前(まえ)には初春(はる)が用いる燦々を講じる末路の程度(ほど)が、夢を介さぬ露呈の独断(ドグマ)を逸して在った。徒党を組まない我が塒に休んだ眠れる獅子には唯の一度も相対し得ぬと銀の禿冠(かむろ)が程好く光って地上に息する病苦を見た時、時折り壊れる寝室時計(ねむろどけい)には明日(あす)をも知らぬ凡眼(ぼんめ)を掛けた人の余裕が予断を知らずに手足を固めてつい日毎に和らぐ常識(いしき)を冠して遊覧され得ぬ宝の気色は一掃され得る荒景(こうけい)と化し、説明文句の緻密に並んだ歌詞を神輿に引き上げ〝これこそ真理〟と神秘に抱かせた子母(しぼ)を演じた。時折り人間(ひと)には北から吹き着く微風を知らされ、〝人間(ひと)の凡性(ぼんせい)百歳(ひゃく)迄果てさせ、その上残った人間(ひと)への和(シグマ)が後世生き行く人の才能(ちから)を功能(こうよ)く見定め演繹され行く〟と、煌々明るい凡庸の日の下(もと)、漫ろに歩いた懐疑が呟く。遊びを呈して明度を保たせ、人の暗(あん)には追憶され行く人の興味が纏める一層の暗室が首を擡げて活き活きして居り、微細な始動が余程に与えた活性を開化し抑揚して行き、人間(ひと)が未来に息を投げれば忽ち消え行くモノクロの仕様が操舵を操(と)って華やかなる哉情趣(じょうしゅ)に黙し、遊びは遊びで夢を棄て行く現世の人には徒党に組まれた無色の造詣は程好く余って私財(たから)を返(へん)じる形成(かたち)が芽生えた。俺の体躯を程好く包んだ初春(はる)の花には女性(おんな)の骸を一旦空へ投げ出し、再び落ち行く脂を呈した怪(あや)しの極まる芳香(におい)の跡には見知らぬ他人(おとこ)の孤高が灯され、夫々受容(う)け得た俺の体温(おんど)は何時(いつ)とも見知らぬ晩春(はる)の暖風(かぜ)から老獪極まる真摯を渡され、踊り狂った密会を漂う厚い空気は一度も知り得ぬ老婆を見せた。明日(あす)をも知らぬ未開の地に咲き、熱さも寒さも手に取る儘に陶芸固める老醜(ろうしゅう)である。柔らも主張(かたさ)も一切棄て行き、魅惑の果てにて世間を知って、慌てた両手に行人(おとこ)を抱き寄せ、包容し終えた異臭の老婆はてくてく独歩(ある)いて我が家まで来て臭(にお)いを知り得ぬ冷たく泥濘(ぬかる)むスプレーの様な物を縁(えん)に突き出た階下の一柱(いっちゅう)に塗り込み、日常の芥を包んだ無色の袋を庭に投げ遣る我が家の老朽を具に見たのか、抜いた右手は老婆の麓を折好く離れて、ぎすぎす茂った黄色の容器が余程に大きく被(かぶ)った蓋を微動の内にてぽんと開(あ)け取り袋を取って、も一度中身を確認した後両眼は宙に浮きつつ体(からだ)を仕舞い、朝陽で明るむ土台の上まで袋を掴んだ右の軟手は力んで独歩(はし)る。どうやら袋の内には我が家で壊れた器物の破片が姿を隠して寝て居たようで、無色を呈した袋を取っても老婆は微塵に隠れた器物の温度を確認し得なく、器物が途端に硝子へ変って、身を刺し得る硝子器物の固さの前では屈めた上肢(からだ)がその身を竦ませ、老婆の両脚(あし)に逡巡与えて後退させ行き、それでも春の陽気が燦々照るまま気勢に群れつつ折れつつ老婆の竦みに気概を加えて、目鱈(めたら)に手を出す老婆の未知(さき)には誰にも知り得ぬ棘が刺さって老婆の右掌(みぎて)は軽傷を得ていた。朝日に灯る白色を滲ませた具合の緩やかな暖光(だんこう)がひょっと一瞥、部屋に降り立つ昔の暗土(あんど)を撫でて行く頃、俺の眼(まなこ)は老婆の姿を小さき者と見誤らせたようで、人の哀楽がその血色から流出する頃俺の独断(ドグマ)は結託知らずの弱い力を両脚(あし)に吹き込み遣って老婆を牛耳り、独占する程老婆の両脚(ふもと)へ総身(み)を転がせ行く際、如何でも健気に泣き止む老婆の白髪(しらが)が当面見果てぬ死力を尽したように俺を苛め、苛められ得る俺の元気は理想の麓で一輪咲き得た無色の竜胆の葉を隈なく紡いで、良く良く見れば老婆の手傷は頃合い計った痛手を呈して演じる程に俺の眼(まなこ)に深かった。
鮮やかに呈せられ得た我が家の流行(なが)れを隈なく抑えた老婆の肢体は真っ直ぐ佇み、万感間近に据え付けられ得た全身鏡(ぜんしんかがみ)を次に見定め、何処(どこ)へも行かずの未熟な坊主と揶揄され行った粗暴の俺にも一瞥向けてお供を欲しがり、白色衒った真昼の陽光(ひかり)が全身鏡の真横の小窓を差し抜け行く頃、俺の躰は老婆の足元(ふもと)へ寄り着いて居た。怪我した右手を程好く囲んで懐へ仕舞い、仕舞い込んだ左手の硬さは満ち行く経過に慧眼据えつつ俺の言動(ようし)を具に見定め、黒色に咲き出た階下の桜は嘘を芽吹かせ漆喰塗り込められ得る人の噂に逡巡しつつも季節に寝かせて回復させ得て、やがて老婆と連れ添い屋外で聞えた騒音(ノイズ)の内に両の体躯を沈ませ行く頃、根城を妬んだ俺の傀儡達は温床目掛けて飛び込んで居た。飛び込む先には時空を肥やした我が師と仰いだ群象(ぐんしょう)の吐息(ぬくもり)が在って、晴天仰ぐ我が師は何時(いつ)も澄んだ瞳(め)をして旅路に掛かった俺の熱気を程好く冷まして小言を牛耳り、何時(いつ)か何処(どこ)かで俺の正気が師を呼び止めつつ苦悩を知っても、きっと柔らにこの身を包容させつつ唯一介のデモンストレーションとも放擲せずまま俺が行くのを待つ様子に在る。そんな師匠が何の因果かお伽話に咲き出た老子(ろうし)の体(てい)して己を省み、俺の麓に一線注いで暗土(あんど)を隠し、桜散るまま時を隔てず然(さ)も一瞬の合間に上司と身を化(か)え、以前(まえ)まで俺の躰が死太く働(うご)いた職場の上司と違(たが)わぬ様(さま)にて弁を揮った。揚々成り行く雄弁の程度(ほど)に一介に身を置く俺の心身(からだ)は体裁保(も)たされ白色と化し、何でも食する柔軟を味わい満たされ行く儘ふと視界(め)を遮る老婆を見れば、彼(か)の硬く閉じ込められ得た右の手傷は腹に隠れてその左手で持つ試算の具合は揚々鳴り行く合図の体(てい)して俺を遠ざけ、上司に抱かれた丸味を帯び得た老臭(ろうしゅう)漂う老婆の表情(かお)には今まで活き得た俺の表情(ねっき)が冷め行く程度(ほど)の悠々彷徨う芳香に隠れた嗣業の算段等が又その首を擡げ両脚(あし)をも擡げて、堂々巡りで歳月尽き切る人間(ひと)の嵐を初春(はる)に見ている。
堂々巡りは老婆の肩から巣立ちの様に巣立って行って晴嵐漂う怒涛の気色に混紡尽きせぬ夢想(ゆめ)の境地は厚みを強請り、如何でも不毛に生き行く我(われ)の歩葦(ほあし)は肉付き任せた自然の内にて丈夫を欲し、無垢を着せられ、誰にも知られぬ努力の成果は端(はた)から敷かれた茨の絨毯(みち)にて徒労を課され唇噛まされ、潰えて妙な純金束ねた思考の成就に陽光・月光二つの光が天から届いて成果は立たされ、不良を謳う二つの口は天下を知らずに他(ひと)をも棄て得た。この老婆の素性を遠目に見遣れば冷めた温度が次第に固まり土台を講じて束縛し終えて、机上に載せ得る肴の如くに微動を示さぬ老婆の漏洩(ぼろ)が俺の眼(まなこ)に明確(はっき)り映り、以前に施設(しょくば)に入った利用者としてまるで生存し得る公人(こうにん)を装い、ゆっくり担ぎ込まれた老婆の過去とは唯浮き掘られ行く諸業(しょぎょう)の内にて表情(かお)を変えない正味を呈した。老婆の名前は端(はた)から呼ばれる他(ひと)の声にて確か〝高岸…〟と言われた様子が在り、要(よう)を成さずの静まりの態(てい)には行方も成さぬ噂が立った。後(あと)から後から我が背に追随し行く烏合の名声等には時の経過も成し得ぬ程に長蛇を決め込み、魅惑の背後は暗に巻かれた砂塵の疾風し行く陋屋の態した庵が在れども、行く行く代わる代わるに熱望兆した俺の思惑(こころ)は暗に伏された見果てぬ野望に韻を期しつつ魅惑を欲しがり歩速(ほそく)を早めて、明日(あした)に溺れぬ丈夫の源(もと)を今日に欲しがる無い物強請りの若体(みじゅく)の用を小言に置き換え、我が身の灰汁から老婆の表情(かお)は腐乱しつつも活かされて行く。〝要らなくなったから…〟と俺が放(ほう)った硝子器の元は未だ何であったか見当付かずに、雲間に見る程形成(かたち)を留めず暗に染まった虚空の内では老婆の腐敗に歯止めを置かずに、逡巡留めぬ内にて我が身を固く前方へ押し出し得た頑固が時折り俺の思惑(こころ)へ表情(かお)を弛(たゆ)ませ、舌下へ並べられ得た小言を発する手先の連呼は風も吹き得ぬ月下の照射(あかり)に身近へ置かれた用向きを知り、その用が跳び得た跡にて俺に遣られた空き瓶体(てい)する硝子の尖針が老婆に喰い込み、老婆の右手は抉(えぐ)られて居た。それまで生きた俺の躍動(ねっき)が自宅を廻って一室(へや)を飛び越え、用を向き得た要所の私財は樞憶えて代物(もの)に役目を終えさせ、不向きとさせた始動が息衝く追随の果てには偶然延び得た直線(みち)が現れ要所を照らす陽光(ひかり)の幅が結託するほど一室(へや)を照らせば、樞から成る硝子の破片が木屑(きくず)を思わす大鋸屑(くず)の体(てい)採り宙へ吹き込み、身を捻(ね)じ入(い)って、老婆が来るのを見て居た様(よう)だ。痛恨の一撃を喰らったような老婆の右手の傷には他(ひと)が寄って集(たか)って介抱しても全く怯む間も無く自力で熱を寄せ集める効果が在ったと見えて、俺は少々その温度(ねつ)に身構え始めて無償で解(かい)する小言を消した。そうした余韻が未(ま)だ冷め遣らぬ内に滔々足並み揃えて老婆の周囲(まわり)に集まり出した人人の内には俺が元見た上司の姿勢が紛れて在って、その姿勢の温度(ねつ)が次第に勇んで周辺(まわり)の温度(ねつ)から抜群を呈した頃には「痛っ!」と言った高岸氏の躰を固く護り得る上司(かべ)の厚味に辟易していた。辟易させ得た俺の過去には白雲掛かる空の目下で、俺の家屋に勇んで廻った無精を呈する余熱が在って、熱が講じた回展(かいてん)が在り、支柱の傍(そば)にて黄色の容器に硝子を捨て得た俺の覚悟は他(ひと)を介さぬ〝勝手なものだ〟と何処かで自ら卑下した落度が直ぐ様自身を呈して仕舞い、その落度の殻から俺に纏わる堕落を浮かせて在った。元々堕落に生じた一目散から俺の悔恨に発起して行く一輪が転回して行き、過去を返せぬ泡沫(うたかた)の気勢が所々まで俺の一肢(いっし)を温(ぬく)めて居た故、高岸氏の怪我を知っても如何ともし得ない泡沫(うたかた)の温(ぬく)みに縋る他無く、そうした落度が呈する氏の悲劇の周りにとぼとぼ集い始めた人の群れにはまるで甘味(かんみ)に群がる蟻の温(ぬく)みを知る迄と成り、心沈まぬ俺の周りは所々に人煙(けむり)が挙がった総身を呈した。高岸氏をふわりと抱いた上司の表情(かお)には次第に煙さを払う如くに難(かた)さが見え出し、滔々燃え尽(つ)く間の無い燻り等には飛沫を掛けずに足踏みして行き、燃え滓(かす)が焦土に揺らめく炎の位(くらい)を欲する頃には俺の保身は陽(ひ)の様(さま)講じて燦々照り行き、誰もに吸収され得るその身の柔さを固く解(ほぐ)して発して行った。上司は戯れの延長上にて他(ひと)を暗に探ってこの手傷を付け得た犯人(ひと)の姿を模造して行き、見付けた際にはまるで〝吊るし首にでも掛けよ〟と称する異人の体(てい)まで俺の脳裏に焼き付けた為に俺は目下全力で一方向へ通う流行(なが)れを制して歩先を変え行き、如何でも名乗りを挙げる所業を選べずに居た。そうする内には自ら招いた失態の数多が追憶重ねる思考の穂先を剣(つるぎ)に化(か)え出し、弱身(じゃくしん)を見せる甘さが俺の眼(まなこ)を占領して行く両刃の現行迄に、と俺の躰を晒して行って、失態重ねる所作の在り処は蟻の様(よう)に集った人群(む)れの頭上にはっきり見え出す一つの道標の様な物が自ら生きていた。俺の心身(からだ)はそうする形成(かたち)で群れのルールに依って浮上し得ぬ迄の偏見(レッテル)を得た上虐められ行く自分の運命(さだめ)を酷く嫌って、結局名乗りを上げ行く英雄(ヒーロー)呈する人道上では闊歩もし得ずに、滔々流行(なが)れる温(ぬる)い経過に沈黙していた。
黄色の容器が、俺の元職場に在ったカード電話の色と非常に似ており、その為物体(からだ)を化(か)え出し場所を選んで、抜け目が無い内自体を呈した負傷の現場は俺の目前(まえ)にて明かりの差さぬ廊下の隅と成り行き、自宅より広い職場の故にて他人が歩けるスペース等は幾倍とも成り他人が芽生えて、高岸氏の傷を負った現場に悠々独歩(ある)いた別人を孕んで俺は遠退き、その別人が高岸氏から一番近くに在った重要人と上司に指されてそのように成り、俺の焦りは仮腹(かりはら)して行き重要人(そいつ)に宿った。〝この場は、その別人の所為に成ればよい〟等と心中(こころうち)にて静かに安らぐ俺の眼(まなこ)は冷たくも温(ぬる)く真実を続々呈し得て行く目下に揺らぎ鼻歌試み、見ている内には〝直ぐにバレる…!〟と即座に諭した俺への一口(いっこう)共に緩々綻ぶ規定(ルール)は紛失されて、真実(ほんとう)を知り行く俺の情理(じょうり)は又即座に手を挙げ出して弱い防壁(かべ)にその身を逸する脆弱(もろ)さを知った。その、俺の代わりに上司に呼ばれて人群(むれ)の目前(まえ)にて〝犯人〟と疑惑を持たれた重要人(ひと)の体裁(うち)には、他(ひと)を蹴倒す強靭(つよ)さを示す保身(プライド)が固く立ち行き脆弱(もろ)さを消していた。自分が捕まる事を強く恐れた俺の眼(まなこ)はその脆弱(もろ)さを終ぞ無視して自ら歩く人道の具合(ほど)を護った儘にて、顏に打ち掛かる宙(そら)の塵をも払って、重々重なる経過(とき)を制していた。その羽衣を上手く作り終えられた理由(の)は、その重要人の持つ強かにか弱い保身(プライド)の在り処が自分の保身を束ねられ得た屈強の程度に程好く類似しており、その境地に於いてはあらゆる苦難が飛んでも、一向対峙もし得ぬ己と外界(そと)との歪な天秤(かんけい)を終ぞ知り得て居た事実が開口した為、己を奈落へ落さぬ試算の程度が身を奏した為でもあり、行く行く真実(じじつ)を知り行く不埒な者とは自分以外に誰も居ない、と身を粉にして沈黙しつつ立ち振る舞えた自身の糧の根元に、図らず差した活水(かっすい)の湧き出る在り処を得た為でもあった。真実(じじつ)、現実(ひと)が呈した正直の壁には俺(おのれ)が呈した正義が自制を掴んで激しく燃え堕ち、天から差し行く雨散(うさん)の程度も人より激しく〝怠惰(かまけ)〟も知らずに群庸(ぐんよう)に長けるのを知り、俺の快活、活性、凡庸の焦土に於いては咲き乱れた桜の生気が何れ初春(はる)を目掛けてしどろもどろに織り成す濁流(こうずい)を嫌い、払い除けた砂塵の在り処がやがてはこの双方の正直を天へ翳して流転を起(きた)すと、俺は案外平静装い頑なで居た。そうし得た自身の能力(ちから)を過信さえした。
通り抜ける事の出来ない不動の空洞(トンネル)を真下に見遣りながらもう長い間陽(ひ)の光だけ仰いだ心算(つもり)で居た自分の強靭に縋り、音を発てずに大空を飛び行く一羽の小鳥の背を思い付くまま追い掛け、もう直ぐ日暮れが瞬間にはあの古びれた伽藍の家が目前に現れ始めて俺の労苦は泡を吹いた。透明の西日が始めから温度の無い伽藍を射していたのは理由が在る、と目下自分の麓へ駆け上がって来る無償から成るドグマへの失墜は無数の人質をまるで手中(て)にしたようにぷいとほくそ笑んで、野原を駆け行く始動の表情(かお)にはついこの間見た他(ひと)の笑顔がこの青空(せいくう)へ届く程に滑空して行き俺の片背をほろ酔いに押し行き、歩く歩幅は異様に傷付いた鳩の様(よう)に留まらないまま歪と成った。〝始動〟等と言って過去のドグマに失墜せずまま目下現行成るまま自分(おのれ)の足元を流行(なが)れるドグマの熱の程度につい又絆されそうに成りつつ無業の体裁へとこの身を貶めさせようと身近な陽光から成る算段の経過が余程の速度を採って俺の目前(ちまた)を横断する時、虚空に咲き得た一匹の小鳥(のろし)は夢現(ゆめうつつ)に紛れてその躰(み)を解体して行き、孤高に連れ添う一匹の善と悪とを飼う破目(こと)と成り行き、俺の統制にはもう眼(まなこ)も舌もそれから情報(うわさ)も、小汚い体(からだ)を手にして無残に散り行く。夢の舞台が次第に自然の波(あらし)に呑まれる如く俺と他(ひと)との歩幅を先導して行き、〝何処(どこ)でも曲がれるものさ〟と冷笑していた俺の身内の一匹の傀儡等には目下大事とされ得た渡航の掲げた道標が遊興、遊牧紛いに折り咲く自然の猛威に朽ちてしまって、一向根絶やしにされ行く程度(ほど)の無茶を知ったが、何分〝大事〟を掴め得ないまま他(ひと)の機嫌にサーチを巡らせまるで潜水艇が自針(じしん)を定め行くソナーの様(よう)に静かな覚悟で歩幅を決めて、他との末路を見送りながらも散々無視した活気に気付く。その活気の源とは見知らぬ他人がわんさかわんさか自分の家に出入りしている古く寂れた私家(しか)を呈したようで、陽光も涼風も届かず専ら人の体温(ぬくみ)に縋り付き行き如何にも自力の見得ない僻地である為、俺の思惑(こころ)は直ぐに折れてしまって、白色に奏でられ得た黄色(おうしょく)の友人達と表情を交せ得ぬまま余震を知った。そうして〝わんさか〟入居して来る真新しい者達の洪水にはやがて夫々表情一つに揺らぎ無く弛(たゆ)ませられない懐古を織り交ぜられ得た微笑が灯り、光にも闇にも還り行かない同郷の音頭が行く行く歩幅(ぬくみ)を揃えて闊歩し始め、遣隋の目的なる文化の吸収を夢見たように彼等の眼(まなこ)は各々磨いた白色の胸中の内にて伺い始めて、俺への結託を余儀無く迫る程度に群象を一つとしたまま枷を紡いだ。朝な夕なに芳香(にお)い奏でた六月の初夏(ころ)の事である。
それにしても気心(きもち)の繋がらない傍観の眼(まなこ)達とはあらゆる算段への検討を付けても折り合い付かずに、又新たな新参者(しんざんもの)を兼ねて揃えて机上に纏わる思想の降り立つ翼圧(よくあつ)を生じるように俺の躰は奔走して行き、何処(どこ)とも言えない未曾有の境地へ一歩泥濘(ぬかる)む枷を揃えて、俺と彼等は呼吸(いき)を合せた。その一つ処に何時(いつ)ぞや見知った各面々が温度を揃えてやっては来るが俺にとっては一定したまま把握し得ずの異人を呈した各々とまで成り行くのであり、遂には掛け売りを頼み込むほど自身への姑息な配慮を目下検討された流行の頭(かしら)へ一石(いっせき)繕い投じ始めて、その処では、俺の両親を始め、延々蛇行を呈する縄の如く背後(うしろ)に続く、歯科兼マッサージ師の或る女優、その女優の助手として雇われ得た別の医療に関わる知人の女、俺の元職場で静かに燥(はしゃ)いだ彼(か)の上司、結果的に俺から濡れ衣を着せられ得た一つの物事に対して博識の銀縁眼鏡の白色男子、彼等に追随するまま夢に雇われ得たその他の諸君達である。白色を塗り固められ、初夏の模様を専ら大胆・不断(ふんだん)に用意され得たこの者達を囲んだ陽気の程は、運気(うんき)を運ぶ季節の片手に古巣へ渡り付ける迄の活力を二石も四石も投じられ得て、何時(いつ)しか団子の様(よう)に家から最寄りの花見の席では、程好く咲き得た桜の木々が新芽を吹かせて既に常緑を見せ、その傍(そば)を南西の方角へ走る木津川の水色には燦々煌めく泡の藻屑が木陰を欲するようにその身を留めて、傍観者である我々少志(しょうし)の夢には所々で自省を称する闇雲が兆したようだ…。
そうしたどんよりとして雨も降り出しそうな変化を伴い、燦々なる儘真横に走っていた目前の川には皆の勇気が気質を運んだ有機を称して他で芽吹いた物理と交配して行き、勝手極まる自然の物理は人の生(せい)とは関係無いまま無神経にも外形(すがた)を化(か)えて、皆の目前(まえ)では無機と成り得た。大抵集った諸君等(しょくんら)は俺の自宅の居間に集まり、小さな密会でも開くように何処(どこ)と無く頼り無い成熟の成果を横目に黙して身を添え居座り、誰かが何か膨大な計画でも打ち上げたかと始終瞳(め)を爛々(らんらん)させつつ、唯茶色の燻(くす)んだ机上を見て居た。そうかと思えば軒先を散歩する者、俺の母への手伝いにて茶菓子を皆に振舞う者、父の居場所を探して〝触らぬ神に…!〟と目下何やら試算する者、珍しく立ち現れた女優に一目見られて知られて憶えられようとする者、男女問わず色々だったが、つい先程から静まり返った博識君が妙な沈下を情(じょう)に秘めつつ、何やら秘密を覗けるような小さな顕微鏡やフラスコ、アルコールランプの類(たぐい)を何処(どこ)から得たのか持参して来て皆の目前(まえ)にて小さく拡げ、又小さく集まった人塊(かたまり)には未知に阿る魅力の巣が見えていた。夢の眼(まなこ)がこの博識君に小さく用意し得た理系の小道具にはまるで小さくネーム入りでこの時この場で使うようにと習字を呈して記されたようでもあって、同時にその人塊(かたまり)を見遣った俺には、その博識君が愈々俺の罪から目を背けてくれて、周囲(まわり)と紛れる事にて俺の狡猾(ずる)さも吐息に紛れて行く、と密かに講じる安堵の程度(ほど)はそうした時効に縛られ続けた。俺はそそくさと算段講じてそこから離れ、その居間を「渡り廊下」のように止まらぬ箇所に留めて肢体(からだ)を動かし、その時せねば成らぬ仕事に従事しようと緩く軽やかに拡がる手足を以て、友人が戯れるその各部屋内を右へ左へ闊歩して居た。実際右往左往して居たのか心身(からだ)は落ち着かない儘ふと見上げた景色の内には自分とひたすら同様に右往左往するあの女優が入って来て居て始め俺から他人の様(よう)に視線を外して居たが、俺の歯痛が音を奏でて周囲(まわり)の者まで症状(なみ)の程度を報せ行くと気遣い野次る周囲(まわり)の人塊(むれ)に追随するように女優は無音で寄り着き、又気付けば白衣から少しシャツを覗かせた歯科女医と成って俺を介抱していた。その介抱は専門的な治療へ変って歯科女医はまるで俺に専属の担当医と成り、自分で設けた医療の分野(テリトリー)と俺の初端(はな)から持ち得た自閉の領土とを所狭しく往来して行き、用事を見付ける算段してはまるで初めから在った用事を済ませるべく当然の顏して他室へ乗り込み、そこへ流れ着いて居た他の男女と折り合い好く体裁(み)を交しながらも決心は一(いち)として居た。
女優兼歯科女医の、これまで幾人もの患者を診て来たような手慣れた手先が音を奏でて手腕を呈する柔らな色気に絆され行って、俺の凝固は体を伸ばした大蛇の体(てい)して又俊敏にも成り女の趣向を興じて物とし、泡(あぶく)に渡った佳境の骸は散々呈した孤高を投げ捨て女医と称する女の胸(もと)に歯を立て呑まれて入(い)った。女の特徴がこれ程呈せられたその情景の程度に藪睨みする程の恨めしさを以て徒党が組まれた男女の恐懼は次第に和らぎ蛻と成り行き何を目指すか終ぞ知り得ず、所々で悶取(もんど)り打つ俺の覚悟はこの女医(おんな)の目前(まえ)にて包容(むりょく)を呈してやがては失墜され行く快楽への傀儡が居座る身分にこの身が果てると、時の下落は明日(あす)を図った。俺はひたすら安い優越に勤しみ繁く通った未熟の骸を頭上へ押して、この女医との遊戯の具合を周囲(まわり)の者から知られ行くのが至幸(しこう)であった。すっかりこの女医に雇われ得た助手の女と見誤った俺は瞬時瞬時に定念(ていねん)を裏切られ行き、実は俺に同じく女ながらにこの女医に心底惚れ得た女の変化が心身(み)を並べたようで、陶酔が時に歯を剥き情緒の摂理に噛み付いた後(あと)男女を狂わす堕落の姿勢はまるで惰性に生きる魔物の様(よう)で女に跳び付き、唯見て確認したものをその感覚欲しさに泡(あわ)を吹き出す幼少の体臭(にお)いに己を抱かせて、この助手だった女は女医と知り合い、女医に近付く俺を見る為にと又肢体(からだ)を構えて赴かせて行き、女医の神秘に肖るように俺の躯(からだ)は蹂躙され得た。
生擦(しょうずり)に顔面(かお)を叩き斬られてあわよくば地中に帰郷され行く我が身を知りつつ虚空に迄大層に延び行くロデオを見れば、我が身は直ぐさま粉砕され果て、何処(どこ)まで行けども経てども誰にも勇気を求めぬ騎士の孤独を己(おの)が凍らす姿勢へ化(か)えて、駄目で元々の試練への対峙に身を捧げる事には程好く首肯して行く魅惑の夢(はな)にも時折り咲かせぬ浪漫を落した。これ見よがしに耄碌しつつの果てない乗馬は俺の心中(こころ)へふと表情(かお)を投げ遣り紹介し始め、何処と無く熱気を尽(つ)かせた悪魔の武器と一見趣向を変え得た凶器を見せつつ、女医に跨り俺の姿勢へ気を病む一女(おんな)はこれまで女が俺の眼(まなこ)へ程好く植えた試行のドグマを程好く化(か)え行き、何処(どこ)でも無い程至難を与える男女の変改(へんかい)を悉く網羅させ行く試みのような衝動(もの)を俺の身内(からだ)へ投与し終えて、俺の狙いは又密かにその女医から外れて一女(おんな)へ行き着き、一旦一女(おんな)の懐(ふもと)へ落沈(らくちん)していた我が背中は何時(いつ)しか見知った喜楽を有して又もや斜交(ななめ)に構える魅惑に操(と)られる騎士の姿を模造して行く。そうして順繰り同士の綺譚を根城に休めたカメオの翼揚(つばさ)を再度順折り重ねた飼養(しよう)の苗床(ねじろ)に程好く解(ほど)いて、取り付けられ得た私欲の波動はこれまで見て来た虚空の主(あるじ)へぽいと返され、行く行く火照った私欲の主は程無く歯痛を煩う愚見を呈する町患者の体(てい)を徐に見せ行き一女と女医とを密室内(みっしつうち)にて束ねたように闊歩を愛する未熟(こども)と成って落沈して居た。陽光が程好く涼風の吹き遣る石庭に態(たい)を預けた日本の古風に、又程好く咲き得た歴々の移行が各々生き行く場所(ありか)を順繰り訪ねて徘徊し行く日本の下風(かふう)に、小言を並べて一男二女(いちなんにじょ)のその後に展開され得る活動の拠点を一瞥見知らぬ懐古の畔(ほとり)へ伏して置きつつ、その身元を苦心惨憺、終日(ひねもす)情事に奇麗に投げ遣られて行く思想の波嵐(はらん)を静かな目利きを携え上手に斡旋して行く一女の態度(ほど)には、女医と俺とを一対させられ一体と見られる自然の定理に足を絡めて、行く行く煩悩焦がして売身(ばいしん)して行く女医の人姿(すがた)を程好く温(あたた)め己身(こしん)を吸わせる目下の旧来へは又、程好く闊歩し小金(こがね)を失くした風来の基準が巷で手筈を調え得た後(あと)俺への治療は無料となった。女医の魂は青色を束ねて紺と成り行き、やがては体裁を繕う為に、と見果てぬ気遣いへの尽力が程度(ほど)を燃やして白色した白波(しらは)と成って俺に打(ぶ)つかり、その団体を持ち得ぬ従軟性(じゅうなんせい)には俺を束ね行く程度(ほど)に空けられ得た玄人の仕業(しわざ)が乗って、俺の躯(からだ)は次第に憔悴する程丈夫を置き遣り微塵を愛して、未熟を愛する幼児と成り得た。
女医が立ち振る舞う無業とも知る目下の創作の身内(うち)には、誰もが認める隙を見せない活性が認められ行き俺にも見えて、唯滞らず作業を模しつつ闇に葬る至極(しぎょく)を見知れば、俺の心身(からだ)も追随せられて女医へ近付き、一女(おんな)を無視する程度(ほど)に身軽を憶えて境地を形成(な)しつつ先行に準ずる悪魔の定義に無重を感じ、鬱積していた焦りはそのまま肢体(てあし)を押し行き俺は歯牙(しが)なく耳の掃除をし始めて居た。程好く垢が溜まった左耳の掃除は何時(いつ)でもしていた作業の手順を往来させ行き、左右に操(と)られた棒の在り処は微塵も裂けない一対の動体を以て好く走り、何時(いつ)もは殆ど見えない耳垢の定量(ほど)を四方に拡げられた紙面の上にて膨大にして見せていた。軽い紙面には程好く表情(かお)を見せない退屈を顕し得たが動体を得た程にその一塊(み)を介して無重を呈して落ち得た垢の在り処は、俺の周囲(まわり)に身を寄り添え行って、滞らず始終を見ようと算段して居た知人達には真新しい程形成(かたち)を呈した主(あるじ)と成り得て、面倒事を脇へ寄せ得た一介の素人共には俺の周囲(まわり)を埋め尽くして行きその勢いの儘に日頃に隠した主張の具合を徐にこの耳垢が呈した形成(かたち)に準え、伏して拝み、女医が束ねる一室の散気(さんき)に魅せられながら、下降を知り行く我が身と成った。嘗て、俺の母親が神妙な表情(かお)付きしながら宙(そら)を眺めて、ベッドの上にて「もうお母さん、耳が聞こえへんようなってきたから、」と同情知らずの中空(ちゅうくう)に浮かべられ得た無垢の肢体(すがた)を俺は観て居り、あの時終ぞ知り得ずに居た母の苦悩を周囲(まわり)に人を集めた内にて俺は知って居るのだ、等急に遊んで仲立ちして行き、母の体と俺の労苦を同時に見定め行きて俺の徒労は温味(ぬくみ)を知り得た。知り得た瞬間、冷めた扉がぱあっと開いて、実の処は左右の耳内に多量に溜まった垢の巣窟が程好く居座り聾唖を象る精神(こころ)の病と発覚させられ俺も父も母も胸を撫でつつ落着したのであって、一見喜劇(コメディ)に映る三人劇には頭を押される程に和みを貰ってこの回想劇にも逡巡衒わぬ人の温味(ぬくみ)が他所で光った。様々な改悛を要所で拾い、俺は変らず掃除を続け、左の耳には何か大きな垢の壁の様な物が粘着しており、中々離れず、続ける程に退治の際にはこの身を火照らせ行く手強ささえも次第に覚えた。詰め込まれた垢の一部である端身(み)に棒が当たるとその一塊全てに突かれた小波(しょうは)が冴えて、その撃波を模する余りの余韻に俺の耳には巨大な異物が根こそぎ知性を奪(と)って躯(からだ)を預ける余熱の様な恐ろしささえ芽生え、可成りの巨躯をこの身に宿した羨望を与えた眼(まなこ)の効果は、俺の躰を宙へ転がす程度(ほど)の逡巡(あせり)に身を化(か)え小言を漏らし、遂には冒涜し得ぬ未開の覚悟を俺に連座させ得た。
可なりの量を呈する垢を紙面に眺めて居坐る俺に、女優兼女医の芳香(におい)は片手に誠実、片手に色気をぶら下げ白衣に包(つつ)んだ乳房を揺らして近付き行ったが、俺の周りに座を連ねて遊ぶ未開の男に野蛮を知らされつい辟易(たじろ)ぐ両脚(あし)を踏ん張り続けてその拍子に又野蛮に倒され、凭れた野蛮の真摯に鬱曲(うっきょく)していた真摯の小波(しょうは)が死太く揺れ行き大波を預かる母性が覚まされ女と成り行き、如何(どう)でも一身(いっしん)引かずに俺に近付く女医の姿は獣の様(よう)に丸い目尻に尾が生えた。何かと戯(じゃ)れ合う俺に連なる二、三の男女は、後続していた自家用車がダンプに向かって追撃する程身を恥じらわずに言動固め、一介の主(あるじ)を我が物顏して掲げる容姿(すがた)は単にも踊らぬ魅惑を発した。自然に生れる男女の活気は余波を携え俺を麓へ躍動し得行き、遂には温度を違(たが)えた人と人との煩悩(むくろ)同士が我先興じる儘にて体動費やし祭りを呼んで、熱気が冷めて行くのを具に嫌って俺を懐柔して行く奇形に変じた。その〝奇形〟の誕生とは又見知らぬ私有地から出た代物(もの)でも恐懼を発した魅惑の社(やしろ)に繋がった人工の蝦蟇口(がまぐち)には、自然に雇われ風靡を発した人と同じ代物(もの)を扱う桃源を発した身欲に在るのだ。瞬時に閃き、魅惑を貢いだ樞の内を知り得た我には二人の獣と化した人の代物と等は勇姿を決せず、遍くオルガの展開され行く魅了に崇拝し尽す孤高の情欲につい隙が芽生えたようでその小穴に己を入らせ、次に凭れた女医の躰が俺の肩から背中の全てに温味(ぬくみ)を伝えた合間に俺の躰は堕情(だじょう)を欲した。「うわぁっ。」と声を挙げつつ悲鳴を潜めた女医の身内は明々(あかあか)と盛り輝く堕情が掛けられ、その活性につい身を絆されつつ身を公に吊るされ行った俺の孤独は赤面しつつも〝これが最後!〟と固唾を呑んで恰幅揺さ振り、周囲(まわり)に集った者達の内には外方(あさって)向いて私事(しごと)に阿る牧者も居たが、大抵の人人の内では俺を擁する雇従(こじゅう)を認めて金・銀宝石迄もを俺の為に、と解散させ行く無録(むろく)の行事に名を集めて体(からだ)を立ち上げ、ふと零れた笑みには旧来を想わす柔らの矜持を体好く余して孤独を愛する親身の法を大事としていた。驚き零れた女医の行方は嘗て散身(さんしん)して居た一女(おんな)の衒いも程好く鏤め、帰着を許さず、標(しるべ)を失くした女の体(からだ)は緩々流行(なが)れて下流へ行き着き、彼(か)の温床を根城にして居た俺と俺の仲間に無勢(むぜい)を知らされ身を誤って、次第に解け行く氷の嫉妬(ほのお)を体好く緩めて又公然と身を立て名誉を捨てて、元在るべき奉仕の花道(みち)へと落着して居た。女医に評され、あわよくば仕える身と成り得る献身の覚悟を身内(うち)へ隠した俺の鼓動は、寄り着いたその女医の躰を程好く抱きつつ注意して在り、次に吐いた女医の、
「やめとき、あんまり近付いたら耳垢が付くで!」
と言う何気も無い渦勢(かせい)から出た小言の小波に大きく揺れ行く基準(どだい)を憶えて佇み、女医を知ろうと、〝女優を呼び寄せる為に〟と自分の黒髪を紙面に付く程下げて垢を観て居た愚図な行為を諦め、女性に従う自分の未熟に一定され得た献身への覚悟を自ず知らされ、自然の内には煩悩の管理し得る人の言動こそが尚美しいのだ、等と自筆を認めた如くに直りたがった。そう言う女医の言葉に等閑にされ行く真摯の鼓動が気色を操(と)れずに統制操(と)れずも俺の眼(まなこ)はかっと開いて、人人を束ね行く自然の能力(ちから)に所謂副次が及んで個人の気力が無力と成るのを既知の骸と共に投げ捨て、唯、女医(おんな)に同化して行く思考の主(あるじ)を虚空に捉えて、凡庸冴え行く日々の寝言に肢体を上らせ景色を押えた。
女医の配慮は女医の成す〝演技〟を越えて俺の麓へやって来るのを下界を見遣ったように少々〝濁り眼(まなこ)〟と常連を称する俺の思惑(こころ)は素早く捉え、苦しみ冴えない孤高の境地を憶えて居ながら、女医の口調が冗談めいて俺への注意を量産する時、俺の仮面は断念せずまま一業貫徹(いちぎょうかんてつ)を呟き独歩していた。そうする内に、夫々の諸行の長さが積載され行き無性(むしょう)のドグマが又開口したまま小言(もの)を言い出し、俺は男で諸業を続け、女医は女で奉仕を先取り腰掛け程度の余念を呈して俺の背後を取り得て幼く近付き、
「はぁーい…(俺の首に温かく濡れタオルを巻き付けながら)…こうしとくと大分楽になりますよぉ。これは生姜をあっためたものだから肩凝りにもよくて、歯痛も抑えてくれるわ。」
と小さな笑顔を以て頷きながら口調を揃えて俺の機嫌を窺い、外界(そと)に呈する俺との秘密を勿体ぶらずに取り成して居た。耳垢の事には余り触れなかった。まるで俺が困るだろうと、態と関心を寄せないようにも俺からは見えていた。
過酷な時間が過ぎ行き、朴訥な輩が活きる頃合いになって来ると、その女医と俺とを程好く繋いだ秘密が息する小窓は開かれ、取っ払われた襖は外された儘でまるで邪魔者の様(よう)に小さな一室の隅に立て掛けられて在り、この一室から少し離れに佇み在ったキッチンを擁した一通りの活気が独走(はし)る一間(へや)にはまるで朴念仁を絵にした様(よう)な無精に息する男が現れ、所々で真摯を呈して具に振るうが、その無口な暴力性には何処(どこ)か脆い人煙(けむり)が発した。その無口で朴訥と身を見比べ行く男の身元は、俺と共に俺の元職場に働いて居た五日長じる従者であって、キャリアは上でも年は若いと、何とも奇妙で愚図を燻る気の交し様(よう)が折り無く積まれた気色を澄ませ、ひいひい言いつつ通った気色は俺の方だけ苦渋を呈して、男の身元は明度へ引かれる先端(さき)に在る様(よう)だった。とてもじゃないが端身(たんしん)に灯(あかり)を点して真っ向勝負を掛けては口も体(たい)も躍進葬り、微動にのたうち小志(しょうし)の強靭(つよ)さを見果てるしか無いと、極真を極める活路の節には当面不変で鼓動も鳴らない未熟の一歩が目前に敷かれた絨毯の上を程好く滑り、総身を象る未来の自身に奥行(ふかみ)を知り得た。白色の真摯が混合して行く春秋のピリオドに根付く二つのオルガは同色系にて異彩を発さず、まるで初めに在った自然を呈して打算を挫いて、俺の覇気には西日が差した。何時(いつ)日暮れて果て行く至高の勇姿は目下流行(なが)れ行く若者総てを賄う程度(ほど)の受容を呈して自棄と進行(すす)んで、一向剣(けん)を交える言葉も無い儘俺の孤独は一層はにかみ機にして己が殉じた躍進ばかり、滔々流れた自然(ちから)の闇を明度(あかり)へ引き出し不幸を介して思考に阿るドグマを職場(ここ)より外界(そと)にて構築しようと躍起を重ねて、果ては当面表情(かお)を漏らさぬ男の素性を至極一手で土中へ葬り去り行き、ここまで来るのに掛けた労使(ろうし)を喉元過ぎれば冷水(ひや)を想わす時流の秤に無能を載せた自分の行路を逆戻(もど)って行った。男は俺とそのような些末な順路を変じたものだが一向忘れ得てここまで単身にて辿った様子で、水が欲しいという様子でも無く飴が美味しいという風にも無い儘、辿った矢先が自分にとっては或る意味狭くて脱出しようと往診計らう患者の如く、緻密に塗られた白色の眼(まなこ)の内では既に外方(そっぽ)を向き行く温度(ねつ)の精度が充実していた。腰掛け程度に夏の順路を素早く察知し涼風冷め行く氷の主(あるじ)を西に知り得た無頼の男は、如何でも浴衣も無い儘繁々通った宛先外れた神社の内からすっぽり巨躯を隠して蓑の向くまま独歩(どっぽ)を示すが、如何にもここまで辿って凪ぎ得た未収(みしゅう)の恐懼は逡巡咲かせぬ儘にて又もや無行の境地へ遍く運路(さだめ)を通じて珍事(こと)も無いまま過ぎたものにて、迎(むかい)の自然(ちから)は冷め々々(ざめ)体温(ねつ)を変じて男を投げ遣り、何処へも向かぬ一躯(いっく)の巨塊(きょかい)と成した風刺の程度(ていど)が自然に集う周囲(まわり)の一二(いちに)を見詰めた際には表情(かお)を合せる終止が在った。世間へ返り咲くまま体裁保(たも)って自身(み)の行方を興じる遊興(あそび)を選んでとくとく独歩(ある)いた男であったが、やがては着の身着の儘、風の吹かれる程度に身元を合せる他(ひと)との歩調に嫌気が差し行き、所々で巨躯の滅びを自然に知るまま無頼を返(へん)じた小姑(こじゅう)の容姿にその実(み)を化(か)えたが、〝腰掛け程度〟はやがて火を吹き個を呼び雨をも降らせて、固い地上を運好く独走(はし)った己の時期(きせつ)の停車場(ていしゃば)をふと片腕挙げて捉えた後で、男は俺も無視して初心を再呼(さいこ)しその実(み)を延ばした。まるで不意に立ち寄った、という体裁(てい)を崇め行くのが極自然に映った男のまろびは終ぞ儚く咲き得た俺の真摯を生(せい)を囲んだ思惑(こころ)の外にてまるで矢でも放ったように一点止め行き土台を築かせ、生きる間(ま)も無く俺の歩調を狂わせ行ったが、俺の妬んだ真摯の恐懼に辿り着くまで十分立ち現れ得て来た無想の醜態等には一層震撼(ふる)えを起さぬ死滅(ほろび)の心地に体好く転がり続ける〝死海〟が在って、如何でも未開に満ち得たこの身に対する矢文の向きには先ず予め定められ得た緩衝(やわら)を挟んで矢先を認め、俺が奏でる思考の迷路へ程好く降り立つ勇姿の姿の内には何処(どこ)か転倒(ころ)んだ経過が在った。
その着物を呈せず思考も呈さず空転(まろび)の欲する内にて始終に息する活性の桃源を女に預ける脚色の主(あるじ)の表情(かお)には、これまで愚弄に伴い彫刻され得た躍進に一途の迎え火が咲き、その根(ね)を地中の暗(あん)に伏せ行き四方に散並(ちら)べる活進(かっしん)の有限に密かな真摯をこれまでと異なる手順に沿いつつ並べ侍らせ、自身を講じた狭筵(さむしろ)の内にはあわよくば他(ひと)から得得(えう)る辛酸伴う私財を増やして明日(あす)を阿る試算の立ち行く静寂(しず)かな夕夜(ゆうべ)の内では他(ひと)を招き入れ得る勇姿が実った。無垢な無口に程好く呈した躯(からだ)を揺らし、ゆらゆら阿る両脚(あし)の動きは他(ひと)の視線を付かせず遊覧して行き、停車場(みなと)へ寄っても一向にその実(み)を課し行かさぬ秘業(ひぎょう)の眼(まなこ)はつい解放から成る人への自由を火を見るよりめっきり浮かせて、俺の言葉も視点も体温(ねつ)も、何も採らずに目下大事とされ行く拠点迄へと風貌利かした無口が物言い巨躯を飾って、他(ひと)の体(からだ)を威圧して行く人望を奪(と)った。大きな傘下へついつい寄り着く烏合の群れとはいついつまでも己の役目を体に果して経験(きろく)を吟味し経験(きおく)を有し、代々(だいだい)至る箇所まで己を介して孤高を兆し、目下現人達には丈夫を呈した大樹の姿迄へと錯覚見果てぬ人生(きろ)を通して連動して行き、各自(おのれ)の仕種が皆この大樹の陰へと光る様(さま)見て陽光煽り落着して行く。故に孤高を制した各凡人達には、この巨躯の行方や仕種を見果てぬ儘にて各自(おのれ)の用途が弁明成る儘やがては闊歩(ある)く思想の再起を留めるものだと一にも二にも記憶して行き、各自(おのれ)の体に空想めいた思考の数多が表情(かお)を隠して手足を引っ込めまるで防御を呈した女神の強靭(つよ)さを高く掲げて闊歩(ある)く姿勢(すがた)に陶酔憶え、憶えた経験(ようそ)を秤(はか)る間も無く柔い肢体に記録して行く流行(なが)れの上では最早自然に抗う歩調(あし)を留めて懐弄り、巨躯が冠した大樹の傘下に身を置くのを他(ひと)は糧としていた。
男は緩やかに吹く暖風(だんぷう)を体(からだ)に摺り寄せながらまるで抜き足にも見え行く落ち着く体(てい)にて気休め始め、笑顔すら見せ、
「何してますのん?」
と他の女には見向きもしないで唯俺に近付いて来た。俺はこの男がこのキッチンへ入る間際に丁度隣室の様(よう)に誂え得たこの一室にて我が物顔して冗談や何か、当の本人には知り得ない笑い話を吹いてたようで、成る程周囲(まわり)の者も微かに笑って温(ぬる)み、空(あ)いた襖向こうで又微かに笑う女の姿が覗いてあって、これに恐らく釣られた儘にて体を止(と)めたこの男も輪に入ったのだ、とその時俺には思われていた。この男も他と一緒の凡性(ぼんせい)巡るめく儘その身内に具えて自然に呈し、他と調子を併せる時など微笑に隠れて目前(まえ)に芽吹いた温(ぬく)みに添うのは軽く見上げる技能であった。故に〝何時(いつ)もの事だ〟と噂が立つ程男の体(からだ)は自然を抜けて俺の思惑(こころ)へ転がり込んだ。五日長じて俺の先輩と成り、年は五つ程離れて若く気性は固いが、身の上相談(ばなし)等には専ら正直(まっすぐ)に心身(からだ)を酔わせて俺と近付き、俺の性(せい)には何故か体裁好くして丁寧な歩調に自身を載せ行き俺と一緒に車内に籠る。そんな暮らしを程好くして来た俺には譬えその節が体裁に留まる上辺の温(ぬく)みであっても自然に嬉しく、仲間の女性職員であるこの男の同級の女との歯車とも併せて遠く放した思い出にも成り、具合の良いまま解(ほど)き置かれたこのパンドラの匣には凡そ善悪何れが体を肥やして膨れているか、等考え付く間も無く俺の脳裏は明日(あす)を講じていた。故にその時にも、全く面白くなかったかも知れない白け話に大笑いをして一糸見果てぬ大嘘の鏡をその背に宿した儘にて、他に見せ行く気丈の程度(ほど)をしかと掴んで、演劇に身を遣る姿勢を初端(はな)から講じて俺の心を安めてくれた、そんな按配が具(つぶさ)を呈していた。周囲(まわり)の者達もこの男に釣られてもう一度笑って居た。
笑い声を聴きながらも俺は先程からずっと自身に気を遣る程度に注意を向け得た左耳の内壁へへばり付く巨大な垢が忘れられずに、それでも欲動を振るように大腕上げて振り下したその残風(ざんぷう)は俺の私情を隈なく冷まして、あの端身からまるで最奥(さいおく)全体へ拡がり行く程度(ほど)の力強い感覚を如何でも忘れず、男を尻目に周囲を尻目に俺の賽打(さいう)ちには余念を知らさぬ独歩が在った。景気の良いまま賽打(さいう)ちを続けて居ると〝ごろごろ、ごごご…!〟と蠢く耳内の巨塊(きょかい)は空(くう)へ飛ぶほど勢い付きつつ俺の心身(からだ)に体温(ねつ)を加えて、増した温度は尚感動を追究して行く目下の独歩に旧来したまま我を忘れて当てを作り、滅多に成し得ぬ日頃の鬱積を一掃し得る旧知に咲き得た新力(しんりょく)を講じた程に感動を捕えて、付かず離れず日常を独歩に活きて活性知り得ぬ未曾有の十路(じゅうろ)に体を割かせた孤高の背中は、気体を完成し得ぬ笑いが既に赤身を募った。
夢から覚め出て俺は観たまま感じたままを自然に賭して体(からだ)を阿り、唯正夢と信じ行くまま偽夢(にせゆめ)の正体を暴いてやろうと実際に耳掻きを左の耳へ突っ込みぐるぐるぐるぐる回してみたが、一向何にも当らず、脳裏で咲き得た微動に体を程好く寝かせて日常が覚め行くようにと暫く延ばした時間の内に遊泳したが何とも言えない寂寥の抜殻だけがぽろぽろ芽生えて、〝何故〟も何も言えない迄に俺の発作は弱まった。又同様に右の耳でも試してみたが一向変らず感動に触れられずに檜の棒は程好く折れて、進々(しんしん)極まる空疎に茂った。歪みを伴う孤高の嵐が孤高に咲き得た嵐を素通り、先まで澄み得た空疎の動静(あらし)は皆死に絶えながらも奇麗に光った一室の内に在った。
~回転木馬~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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