盾の乙女、異形に魅入られる ~射干玉綺譚~

星羽昴

第1話 黒いモノ

「きゃああああああ・・・」


 森に囲まれた街道を走る馬車に、女の悲鳴が聞こえた。


「馬車を止めなさい!」


 主であるアーシャお嬢様が、御者に止まるように命じた。


「ラゲルナ様!」


 お嬢様が、わたしの名前を呼ぶ。悲鳴ははっきり聞こえた・・・かなり近い。


「わたしが見てきます。お嬢様と皆さんは、ここを動かないで下さい」


 御者台の御者にも客車キャビンへ入るように指示して、わたしは海賊の剣ヴァイキングソードを握る。馬車を飛び降りて、森を見回しながら気配を探る。


「・・・あぁぁ」


 わたしの耳に、再び小さい声が聞こえた。声のする方向へ駆け出す。

 風に、血の臭いが混じってる・・・急がないと!



 膝まである草を飛び越えると、獣道・・・僅かに左に視線を流すと、白い脚が見えた!

 ・・・!

 うつ伏せに倒れ込んでいる少女。衣服の背中に血が滲んでいる。そして・・・。


「あんたがやったの?」


 わたしの問いに、黒いはゆるりと振り返った。漆黒の闇のような黒髪に白い顔・・・黒いローブに身を包んでいるせいか、白い顔が闇に浮かんでいるように見えた。

 わたしの姿をチラリと見たは、全く関心を示さないでまた倒れている少女に視線を戻した。膝を折り、少女の脇に身を屈める。

 ローブの中から左腕が伸びたとき、わたしの背筋に言いようのない悪寒が走った。

 ガツン!

 わたしの海賊の剣ヴァイキングソードが地面に食い込んでいた。

 黒いの引きちぎれた左腕が、海賊の剣ヴァイキングソードの側に転がる。


「酷い、何のつもりですか?」


 黒いは、小さくため息をついて人の言葉を話す。


「あら、人の言葉が通じるのかしら?」


 鮮血色の唇が、笑ったように見えた。白い顔の双眸がわたしの方を向く。


他人ひとを何だと思ったのですか?」


には思えなかったからさ!」


 ひとみも、闇のような黒い色だった。は、地面に転がった左腕を拾い上げると、わたしの正面に向き直る。

 身長せいの高さは、わたしと同じくらい。声と顔つきは、女のようにも感じられるが・・・それは相手がの話。

 何かに気付いたようには、わたしの背後の方へ視線を向けた。

 わたしは海賊の剣ヴァイキングソードを構えて、と対峙する。


「早く戻った方がいいですよ」


 の声と同時に一陣の風が、わたしの顔を吹き付けた。風の勢いにほんの一瞬、目を閉じると・・・刹那せつなの後にはの姿は消えていた。


「なに?」


 我に返ったわたしは、倒れている少女の息を確認した。残念だけど・・・もう。


「うわぁぁ!」


「きゃあぁ!」


 馬車の方から聞こえた悲鳴に、わたしはまた走り出す。

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