ゲーム世界から来た前作魔王に殺されたんですけどぉ!
かげはし
第一章 青ノ旅団
第1話 始まりは魔王から
海沿いにある崩れかかった建物。
かつて絶景が眺めたそこは、争いによって惨状と化していた。
国の兵士達が倒れ、死んでいる。
海にいた者も、国の一般市民も、誰も彼もが争いに巻き込まれ死体となって海を赤く染め上げていた。
『ごめんなさい。私のことはいいから……早くここから逃げて……』
『ふざけんな! 俺はもっと、お前と……っ!』
建物の中にいたのは二人の男女。
男は涙を浮かべて倒れている女を抱きしめているが、女の身体が徐々に泡になって崩壊していく。
先ほどの争いの最中に兵士の剣に貫かれたせいだろう。
女の身体にある第二の心臓たる
男がどうにかして傷を治そうとするが、崩壊は止まらないままでいた。
『お願いだから、俺を置いていくな! 約束を忘れたのか!!』
『……ごめんなさい』
涙を一粒溢したそれすらも泡となり、彼女は消え逝く。震える男の手に残されたのは淡い色をした核だけであった。
愛する人を無くしたことに慟哭し、何故こうなってしまったのかと全てに怒りを抱く。
世界にも、国にも、そうして自分自身にすら憤怒を抱き──その手にあった核を飲み込んだ。
誰かの核を食べるという行為は、本来なら禁忌とされているもの。
しかし、男は愛する人の残したものをそのままにしておけなかった。
──最後まで共に。
それが、女と共に交わした約束であったから。女の残した身体の一部を食べて、そのまま死んでも構わないと思ったから。
彼女がいない世界に未練なんてないようなもの。そう目を閉じた男に衝撃が走る。
『そこにいたのか、罪人め』
不意に聞こえてきた声に反応することすら出来ず、男は拘束される。
もともと体力の限界だった。女が死んだ今となっては逃げる力は失われたも同然。
そして核を食べるという行為によって男の身体に変化が訪れたのも原因だった。
視界が明滅し、全身に痛みが走った。
自分達を裏切った兵士共から何故か動揺の声が聞こえてくる。
『き、貴様──禁忌を犯したのか!』
顔を青ざめた兵士が目にしたのは、男の身体が黒く変化し、化け物に至った姿。
聞こえてくるのは理性を失った獣の唸り声。そして兵士達の悲鳴であった──。
「はい、バッドエンドCの『淡い変異』はしゅーりょー……っと」
背伸びをして画面に映し出されているエンディングを眺める。
俺こと
旅団シリーズの最新作たる『青ノ旅団』が来週発売のため、前作を徹底的にやって物語を脳に刻んでからプレイしたいと思っていたからだ。
「海ノ旅団についてはまだ回収されてない伏線もあるしなぁ……」
何作もシリーズが続く『旅団』というアクションゲーム。
ちょっとしたスピンオフたる漫画やミニゲーム。また二次創作すら出ている程度には旅団ゲームの世界線にどっぷりハマる人が多いぐらいの人気作品だ。
俺がやっている『海ノ旅団』ゲームのあらすじは勇者が先に死んでしまい魔王が世界を支配する時系列にて、兵士として召集された主人公は生き延びるために様々な選択肢を辿り、ハッピーエンドを目指すというもの。
その中のエンディングで主人公であるリデルがある時、国が召集した兵士を魔物へ変えて生物兵器にする実験を密かにしていることに気付く。
そして次に狙われるのがヒロインことトワだと分かり国に反逆し、逃げようとするが捕まってしまいヒロインと共に死を選んだバッドエンド。
タイトルの通り海が舞台の国なため、兵士との海戦はもちろん海の中で戦闘することも多い。
そして最新作は海ノ旅団より前の時系列で描く物語。
これによりまだ明かされてない謎が多く解明されるだろうと待ち望む人はたくさんいる。もちろん俺もだ。
「さて、次は……っと?」
もう一度最初からやり直して次のエンディングを回収しようと思っていた時だった。
家のインターホンが軽快に鳴る。居留守でもしようかと思っていたら、またピンポーンと鳴り響いた。
「誰だよ……」
しょうがなく玄関を開けて見れば、そこにいたのは海ノ旅団に出る魔王のコスプレをした人だった。
そう──人とは思えないほどに美しく、思わず見惚れてしまうほどのもの。
「はじめまして、ヒナさん」
声すらもゲームと同じで、まるでゲームから飛び出してきたかのようだと錯覚する。
これは何かのドッキリだろうか。しかし周りを見ても何もない。カメラすら見当たらない。
腰まである黄金色に輝く髪を二つ結びにした女の周りは妙に静かで、ここだけ世界から切り取られたみたいに感じた。
何度見てもゲームと同じ容姿をしている。
装飾の多い黒いワンピースを着こんでいるのも同じ。髪型もその幼くも恐ろしい雰囲気も。
「ようやく会えたのに、すぐお別れだなんて残念です」
「はっ?」
血のような赤い瞳が俺を見つめ、笑いかけてきた。
「じゃあ、死んでくださいね」
「はぁ? 何ふざけたこと言って────」
意味が分からずにいた俺の身体に走ったのは、強い衝撃。
「がはっ」
息が出来ない。身体が動かない。激痛なんてないのに、苦しくもないはずなのに。
矛盾した感覚に身体が支配される。
どうしてなのかと視線を下に向けて分かった。女の手が俺の胸を貫いていたからだ。
心臓が動いていない。貫かれた手によって潰され、機能を失っている。
なんで?
どうして俺が、こんな目に。
もうすぐ死ぬのだと分かってしまった。助けを求めても意味がないほど、あっけなく死ぬ。
「あ、がっ……!」
「大丈夫です。怖がらないで」
こんな状態で恐怖を抱かないわけがないだろ!
そう文句を言いたいのに声を出すことすら出来ない。
視界が明滅していく。まるで先ほどゲームで回収したバッドエンドのように。
痛みはないけれど、寒い。
「また会える日を心待ちにしてますね。ヒナさん」
聞こえてきた女の声が、感覚が、全てが途切れた────。
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