何もかも失ったニートの僕、鎮魂家のビジネスパートナーに転職します! ~今日から仕事は悪霊退散~

賭井博打

第1話 冤罪

 「いやあああああ!!」


 朝の満員電車内に女子高生の悲鳴が響きわたる。


 車内はどよめき、皆ざわざわと周りを見回した。


 「キャー!痴漢!変態!触らないで!!!」

 

 満員電車の中で人に押しつぶされていた藍坂学あいさかまなぶは、出勤中、たまたまその女子高生の正面で、「あの子も気の毒そうだなあ」と思い、その少女を見ていたのだが、後ろから突然腕をつかまれた。

 

 「お前が痴漢したんだろ!!」


 学の腕をつかんだ男が突然車内で叫びだした。


 学は必死に腕を振り払おうとするが、満員でおしくらまんじゅう状態の車内ではそんなことは無力。


 そのため必死に弁明した。


 「違いますよ!私ができるわけないでしょ!正面ですよ?後ろから触るなんてそんなことこの車内でできるわけないじゃないですか?」


 「うるせえ!痴漢する奴はみんなそういうんだよ!いい加減観念しろよ!クズが」


 「てめえ!何を!」


 学がそう言い返そうとした瞬間、少女が金切り声を上げながら学のことを指さした。


 「いいえ!この人でした!私、正面から触られたんです!この人、嘘をついています!」

 

 「ち、ちがうって、、、」


 「こいつを捕まえろ!!!」

 

 また誰かが声を上げた瞬間、スーツ姿のサラリーマンたちが学を締め付けて地面に押し付けた。


 学は男たち数人にのしかかられ身動きもできず、さらには周りにいた人たちに顔やら腕やらを踏まれ完全に金縛り状態。 


 周りの男たちは「罪を認めろ、罪を認めろ」と大声で迫ってくるが、こんな状況でも絶対に罪を認めてはならないと思い、必死に嘘の自白はしないよう耐え続けた。


 すると、車内アナウンスが響いた。


 「次は、博多新町、次は博多新町。ご乗車ありがとうございました。ご降車の際はお忘れ物のございませんようよろしくお願いします」

 

 そして、電車が止まり、ドアが開くと同時に蹴り倒されるように突っ伏したまま外に放り出された。

 

 さらに、学を最初に捕まえた男と少女もともにこの駅で降りてきた。

 

 「これから俺をどうするつもりなんだ?」


 学は二人に不満そうに聞いた。

 

 「何をするって?お前を駅員に引き渡す。これが俺の役目だ。それから後はこの女の子と裁判でもして和解したらいいんじゃないんですか?私はそれには関係ありませんから」


 「俺はやっていないんだぞ!本当だ!信じてくれよ!第一にカバン片手につり革持ってるやつが置換できるわけないだろ!」


 学は立ち上がって言う。


 それを聞いた女子高生は被害者ヅラしながら悲しそうな顔で泣きながら、


 「私に触ったときはつり革持ってなかったよ。私、見てたもん。この人が怪しいなあって」


 「いや、怪しいだけで俺のことだって決めつけんなよ!オイ!」


 すると、騒ぎを聞いて駅員が駆けつけてきた。


 「何があったんですか?痴漢と聞いたのですが」


 「俺は何もやってね」

 

 「この男がこの女の子に痴漢したんです。それでこの女の子が泣いていたからこいつを降ろしておきました」

 

 「あ、そうなんですね。なら、お客さん、今から駅員室に来てください」


 「いや、行きませんよ!私何もしていません!」


 駅員は学を手招きしてくるが、当然拒否。


 「ま、まあ最近は冤罪のケースも増えてきていますし、証拠がなければ確定できませんから。そうですねえ、ならお客さんのお名前と電話番号、会社を教えていただけませんか?それで、確定した証拠がなければお客さんは無罪ということで、どうでしょう?」


 そう駅員が提案した途端、女子高生が口をはさむ。


 「いやいや、この人がやりましたよ。絶対ですよ。私見ましたもん。この人の手が私のスカートの中に、、、」


 「はい。お気持ちは分かりますが、あなた、それが確定した証拠とは言えないでしょう?ですのでそれだけではこの人とは言い切れませんので。あなたも名前と電話番号と高校名を教えてくださいね」


 「はい、、、」


 その後はしつこく執着されることなく解散となった。

 

 当たり前だが、学が痴漢したという証拠は見つかるはずもなく、普通に生活していたのだが、この出来事が起こったちょうど1か月後に駅員から電話がかかってきた。


 学は会社の休み時間、オフィスでご飯を食べていた手を止め、電話に出た。

 

 「あ、どうも」


 「あ、お客様。いきなり電話をかけてしまって申し訳ありません。お客様の疑惑は冤罪であることが証明されましたので、連絡させていただきました」


 「あ、よかったです。いやあ、痴漢冤罪なんて怖いものですね。いやあ無実だと証明されてよかったです」

 

 「いやあ、本当ですよ、私たちだってこういうことは撲滅していかなくてはなりませんから、それでは失礼いたします」


 「どうもー」


 着信が切れ、スマホを机上に投げる。


 学はほっとして両手を上に伸ばした。


 肩の荷が下りた気がしてまたご飯を食べようと端に手を伸ばすと、部長から呼び出しがあった。

 

 「お前、ちょっと来い」


 「は、はあ、何でしょうか?」


 そのまま、学は部長の部屋へと連れて行かれてしまった。


 部長は部屋につくとすぐにスマホを開いてある動画を見せてきた。

 

 それは、朝の通勤電車の車内だったが、なにか見覚えがあった。


 すると、次の瞬間、真ん中でスーツを着ていた男が皆に囲まれて押し付けられていた。


 それを見て気づいた。


 間違いなく一か月前の自分の姿だった。


 「これ、お前だろ?痴漢したんだってな。これ今Xで全国に拡散されていたぞ。「痴漢が捕まる瞬間」ってね」


 背筋がぞっとした。


 まさか、あの現場を誰かに取られていて、さらに拡散されてしまうなんて。


 その動画はなんと昨日投稿されたのにも関わらずいいね!が万を超えていた。


 しかし、俺には冤罪であるという盾がある。そう思った学はすぐに部長に言った。


 「ああ、これ、私ですけど、今駅員さんから連絡があって、私の冤罪であることが証明されたんですが」


 「いや、お前わかっていないなあ。「やった」「やってない」じゃないんだよ。拡散されて特定されてしまっただけでもう終わりなんだよ。それだけで、もう信用、信頼なんてなくなってしまう。会社としても同じだ。たとえしていなくても「痴漢をした人」と一度でも世間に知られてしまった人は、無罪だと証明されていたとしても雇うことにリスクがあるんだ。お前を雇うことにただでさえリターンが少ないのに、それに加えて世間からの爆弾も背負うことなんて出来ないよ」


 「は、はあ、それってつまり、どういうことでしょうか?」


 「君はクビだよ。これまでご苦労さん」

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