~果実の飯事(ままごと)~(『夢時代』より)
天川裕司
~果実の飯事(ままごと)~(『夢時代』より)
~果実の飯事(ままごと)~
コンサルタントの手は厚く、俺の拳をぎゅっと握った儘遠くの夕日を見送っている様な眼差しで俺の行く末までも見、〝子は鎹〟と日本人が囁いて来たまるで日本人離れした程の現代の幼春を俺の胸中に置き去っては微睡み、やがてシルクの衣(きぬ)で焦がれ巻かれる俺への挽歌を呈している様であった。漱石の「虞美人草」を何の隔ても無く目下自身の心中に置き遣る事をこの頃最大の務めと知りつつ、他人(ひと)が嘗て課して来る軽薄な課題を自宅の庭先へと放り置いた儘自分は唯氷水を呑み干し、汚く罵られ果てて行く目下の生来に唯一つも恩着せがましさを見取られないその様子を自分の分身の手腕へと託した儘、短くも拙き、糞を齧る程に肥えた黴る(かびる)駄文に帳尻合わせ、硝子に映った人臓(じんぞう)の程を程好く光り輝かせた儘の様子に我が心では世の柵を散らかすのであった。太太(ふてぶて)しく居座り続けた万客の生来へとどのような親しみを込め続けて屈色(くっしょく)に漲った現実の到来へとその身を果てさせるか、このような小言を投じた苦笑の道化人(ピエロ)は如何足掻いても最近に催され無駄に昇華された人の駄記(だび)の様ではなく、緊(きつ)く蝕み損ねて兜の禿げ上がった苦力(クーリー)への落雷をも想わせた固陋の迅速に程好く呈して染められ、人の努力は夢に思考に、天へ地へと、堂々を掲げつつ走り回った挙句にやがて一つの正月も待てない儘で他人の寝床へと失墜して行く琥珀を想う訳である。
白を黒と言い損ねる何時(いつ)もの傀儡衆道(かいらいしゅどう)が物の怪を挟みて一気に討ち取る算段を画した事が束の間の寝屋の内での企みと、密かに馳せ参じて居た女の蛇に睨まれて改悛させられ、目下契りを堕とした武士(もののふ)の様相を掴み損ねた部類の新告とは夢の如きと傀儡達にも見送られて行く事はや数年、出来損なった一端の恭順は見るも見果てぬ程好い山村の寝屋まで引き下がる己の身を知り、灰汁を掬い終えても濁り水を呈する己の心象の程に、一層、溢れ出るような涙の先を終ぞ見果てぬ夢の穂先へと又埋没させてこの世のものから一旦失せさせて行く。頃合い、七月の半ば、九月の下旬、月の冬をも想わす古豪の紳士達が、老朽に徹した新参共が集う夢の社からふと又大股を奏して現れ下り、野に下りて、俺の懐奥へと染み込むまでにその身を燃やした。その季節には何故か見知らぬ広く大きな入道雲が地底から湧き立つ程に湧き起り、何時もながらの風景に、俺は一度(ひとたび)退き女身に身体(からだ)を火照らせた挙句に又程好く呈される油菜花の在り処をにょっきりと付き出した白い両脚を以て逡巡しながら駆け廻り、野を捨て山へ下りて、大きな蛇と一緒に匿うように探し当てようと試行して行く。女も男も、鰾膠(にべ)も無い程爪先立ち足る風景画をして、博物館から美術館へと歩先を生い茂る草木に任せてその勢いに乗り込み、他人(ひと)を呼びつつ、挙句の果ては清水(きよみず)成らぬ軒先の見えたベランダの屋根から飛び下りるくらいな屈強を隔てて我が身の正義を焼き立て、狼煙を呈して土に没する。遠に知らされた自然からの営みに栄光を呈された目下の人草(じんそう)とは事も無く意味儚げに遂には変わり果てたミンクの足場へさえ辿り着けず儘の主体を偽り、貪り、人の内に自然と居座り続ける孤独の路頭に己(おの)が逡巡の発光(ひかり)の主を探し求めるのである。音楽が程好く響く社(やしろ)の傍では〝夜鷹〟と呼ばれる歌い手達がその手と胸を両の手に置き、事も無げにその身を男の色香(いろか)へと誘われるかの如く足引きの尾に迄根を下ろし、翳る一首を彷徨の百人の魂迄込めて、と心内(こころうち)静かな晴天の遥へ、生きる活性を描きつつも慎ましやかな音頭を生生(せいせい)仄かに匂い立たせた。掲げる行燈、灯篭、の火は猛夏に冴えて程好く散らされ、先を見知らぬ子供の眼(まなこ)は何時まで見てもその商(あきない)の量定を講じて朝まで続き、休まず、跳ねず、一頻り唄い終えた孤独の輪舞曲(ロンド)はそこで幕を閉じ終えようと心身に灯した人の灯りを凛と燃やして立ち行こうとし計る物の怪の量定に一色(いっしき)囀る構築をそうした自然の宿営の内へと置き去るのである。華麗に跳び慣れた逡巡講じる火垂(ほたる)の輩は人から離れ堕ちた程好く照り輝いた苦力(クーリー)への無礼をもその礼儀の内へと携えつつも、人から離れた抑鬱の波間の数を程無く知り行き、命が活する成り行きに迄その身を投じてこれ迄に見果てた夢への凌駕と謳歌の程を殊に人間に照したがるのだ。奇麗言(きれいごと)では立ち行かない儘人の骸に身を斬られつつも黒帯締めた一介の新郎が呈する無我の境地へまで一滴落した孤高の算段さえも自ず望郷を与(くみ)して、やがては奇麗な人への糧に溺れて有名とも成る。
俺は七月半ばに許した孤高の迷いを悉く飛ぶ鳥落す程に硝子向うから狙い定めて教会へと走り込みつつ、構えた無我の鉄砲で、まるで鳩を射る様に生命を射て居た。月は自ずと六月へと還る。某教会からの御達しが在った五月の昇順を身の周りにまで追い迫った望郷の地からの明日成(あすなろう)を着て身を沈ませて、何時(いつ)か見知った二人の遠くの紳士に相対して居り、ここで逸しては二度とは返らぬとした儘、二人の良人(りょうにん)達に身を寄せた。まるで白雲の下(もと)、白球を金属バットで打つ時のあの甲高くも響く濡れ衣を着せられた様に俺はやがて白い気楼の内へと押し込め遣られて、無一心にここぞとばかりにその二人への心動の反応を別の場所へと誘い込むかのようにしながら往年のバットで彼等の心を射った。程好く響いた心響(しんきょう)は濡れ衣とは別の「俺」から出て行く主張の眼(まなこ)と口を最大に開口しつつも又程好い泥濘に統合する様な空気の阿りを受けて、失墜して行く自体の慢心を仄かに又辛辣に、小言を束ねる当の当てとして居たのである。
丸顔の女と教会の長男が出て来て、俺の目前へと居座りながら、暗闇の内が次第に明るく灯され行く空廊の内をしみじみ跳ねて彩り始めて、次第次第に明るく成った俺達を囲んで居たその一室は、大阪に建てられた某教会の一室へと移り変わった。白に続いて黒が出て来たかと思えば、遠くに映った黄色い炎が瞬く間に燃え、生への限りを尽くした儘で空想染みた個の算段とは儚く、三人を繋いだテーブルの上へと横たわって行ったようである。俺と丸顔娘との婚約話が始まって行く行く佳境を見せて行った二人の挙式への過程は「教会の長男」という人物が以前に俺達二人の斡旋を奏でた老紳士の代わりと言っては何だが現れて出て居り、しかし今度は、俺達の斡旋どころか邪魔をする様に監督の届いた生目(いきめ)をゆっくり焦らして凝らしつつ、俺と丸顔娘の微動さえも見逃すまい、と一個(ひとり)矢鱈に画策を講じて居た様子であった。
しかし始めは、そんな長男の「画策」をもまるで無視するかのように一度は破れた束の間の挫折を回避しながら俺は娘を見詰めて、この全身を以て娘の真心と生活その物を射止めて収める、と、半ば自棄的にも我が身の猫を破ろうとしていた。娘は娘で不思議と慌てる様子は無い儘俺が何をしているのかゆっくり見定め、頷きながら、茶を啜り終えては又遠くを見るように、俺と長男との絡み合いや取るに足らぬ個人の力量を手に掬って弄(あそ)ぶかのように黙認し始めて居た。長男は誰に見られても一般的に〝良い兄〟を演じる事に徹して居た為、俺どころか蟻の子一匹が入る隙間も無くなる程に、娘と自分との個の壁をしっかり見定め、据えて、明日が来ようが昨日に還ろうが構わずといった程に両手足を拡げ尽して、この縁談話を唯丸く収める事に没頭していた。始め、外が昼なのか夜なのか、はた又朝なのかも分らなかったが、段々白けて行くような三人のムードに絆されながら俺はふと窓の明かりを覗き見る事を許可され、クリームよりも白い閃光が空からこの家屋へ差し込んで来ている事実に気付く事が出来て、今が昼である事を知って居た。又娘と長男は茶を飲んだ。その落ち着きの一つ一つはこの空間を未知で淡く、俺の為に開かれた深緑のムードを溶かされた個の活性に魅せられた程の一つの牙城である様に想わされて来た俺で在ったが、そうした一つ一つの落胆にも似た落ち着き加減はやがて実を結ぶように開花し始め、俺を取り巻くシダ植物の様に成り行き、俺を捕まえる好い道具とも成って行った。
次第に空間が捩れる様に、崩れる様に、擦(ず)れて行きながら個は群れが成すルールを一つ結ばせたように朽ち果てて、娘は俺に、「貴方とは身が近過ぎて結婚出来ない。」と苦し紛れの功を他人へではなく自身へと縁当(ふちあ)てたかのように白(しら)ばくれずに対面して言い、俺は上手に娘の真意を量ろうとして居たが叶わないで、まるで餓鬼が道上で己の死肉と他の死肉とを取り違えて喰らった様に、計(けい)が綻んだサンプルは一つ煙を上げた儘にて滅んで行った。〝しまった!〟と思い直すこと時遅く、娘の表情(かお)はもう、既に見知って捉えた大地の様に明るく成って居り、その光も見るから一日の長を奇麗に貪った兄貴は道義に向きつつ暗に首肯して居た。俺は、〝冗談じゃない…!ここで失墜せざる理由等無し、俺は蒙古の様に兎を喰って心身果てまるで娘を愛し抜く、愛し抜くが駄目なら守り抜く、守り抜くが無理ならせめて従えつつ養う為の仕事に努める。〟と既に見知って来た己の算段を幾度と見ず繰り返して居たが束子が水に濡れても浮き上がって来る光景が見貧(みすぼら)しく、娘が最後までそういう姿勢を兄貴と自身の前で貫く事は既に知られた事でもあって、兄貴は実の所、何方(どちら)に事が転んでも自分の牙城(とりで)を死守する気で居た為、俺達の運営には然程の凝視を剥いては居らずに、既に明日への保身をぶら下げて居た。長男は何か、二人が婚約し、結婚した後の情景等を独りでに寝て見て、二人の行く末、特に自分の妹である娘の行く末を按じた挙句そうした娘が織り成される他力に寄る不倖を掬い上げて、ここで二人を結婚させては儘成らぬ、と躍動兼ねて心を弾ませ、又独りで俺の心中へ視点を落して行ったようである。
俺は心底では〝何とかして娘と婚約、結婚できぬものか…!?〟と曖矢浮矢(あやふや)な下駄を履いた儘で空高く延び行く一線の白雲見上げて、問答打ちながらひたすら虚栄を打ち消そうとして居たようだが、闇雲が祟って二人の着て居る服の色は同調せず、又髪の色、心境を取り巻く無数の色彩はこの見える自然の中で勝手に照り輝いて、先程見せた窓から一向の白線も既にその体(からだ)から何かに向けて狼煙でも上げるかの様に人前での色を拵え、その印象を採っている。しかしそれ等の光景を内で見た俺にも意地が在る為、娘と同様にして一向した追従には三度躊躇する程の躍動を重ねて遅れ火を発し、見兼ねた二人が合の手を差すまで〝躍動止(や)めぬ〟と尽きぬ算段は初めから打ち立てられて居たかのように俺の胸中に於いて異彩を放って、唯娘の気を惹こうと努めて居た。この場面を長男は終ぞ見知らず、歩み手の見本は俺の眼(まなこ)の内には光らず唯又長男の心中でのみ輝いて居た。
白日の下(もと)三人が散らした白色の火花達は皆自身の色彩を採って飛び立ち、まるで昇天する程の〝躍火(やくび)〟を取って不知火の境地迄へと己(おの)が引き連れられた群像が一つ幻を講じつつ又日取りを改めるようにして飛び還って行く様である。以前に俺は娘に結婚について断りの電話を受けた後(のち)、自分も「娘の両親が老体に鞭打って遥々遠方から使者の様にして吉報を伝えに来てくれた事が唯嬉しくて、その労に対する感謝を表しただけ」だと同様にして断りの一報を発して居た訳であり、その段階も相俟って、今更自分にとって都合の好い運営を企(き)すると自ず男としての体裁も年長としての威厳さえ損なわれると取り纏めた挙句「以前に電話で伝えた内容(こと)に変わり無い」と言い放った儘娘を突き飛ばし、〝矢張り女性とはこの世で一緒に成れる事など在っては成らぬ、否自然により無い…〟とした儘俺は自分の砦へ還って行った。長男はその情景を見て又〝良し〟として居た。俺と娘は小さな茶色のテーブルを挟み向き合って座りながら、長男はそのテーブルに腰掛けるようにして手を突き肘を突き時に膝迄突いて、直ぐにそれから何処かへ行けるようにと中腰で居り、俺から向かって右隣に居た。娘はその様に言い放った俺自身の結婚に対する、人生に対する頑丈な姿勢を覗き込み、図らずも自分から遠く退(しりぞ)いた俺の姿勢を暗に伏せた為か真顔を採ってじっと俺を見、唯悲しそうに微笑(わら)った。又俺はその時、それ迄の身を翻すかの様にその娘のまるで哀愁に満ちた程の表情(かお)を見届けた後仕切り直し、心の向きを又新たに構築し直して、〝娘の心中に俺のこの砦迄近付く算段、否もしかすると、俺のこの砦の内へまで侵入して来るかも知れない可能性が芽生えやしないか…!〟と軽く願って居たのである。この〝姿勢への謳歌〟も言わずと知れた俺の打算が生んだ矢継ぎ早の財産であり、苦しもがな、廓(くるわ)の内で一人静かにひっそりと立った〝待ち人来(きた)る〟を胸の所へ貼って、和歌など吟じる娼婦の寸法(ださん)に似ている。
ひらり、はらり、話が二転三転する内(うち)日は暮れ始めて、もう一度鶏が鳴くのを聞けば、この一通りのドラマは終焉でも迎えるのじゃないかしら、等、打算が講じる悪魔への手先のおんどは見知らぬ無聊を唯発揮して行く。無論、この三人の情景を束ねて居座る、茶色のテーブルの上で、であった。長男は唯々ひたすら、娘に特に、人としての、二人としての、正しく道義を踏まえた身の取り方を又暗に示し続けて居たようだった。
仁王様が弁財天の七福の笑いを乞うように心象乏しく、夢に向かいて両手を拡げる浅ましい俺の算段に手を伸ばして人の信仰が称する財宝を欲しがったのか急に辺りは煙(けむ)に巻かれて紫が目立ち始め、淡く燻(くす)んだ二人の心の触手は辛うじてあの白線灯った窓の隙間から天空へ迄飛び立つ事も出来たらしく、俺はこの二人に遅れはしたが如何にか風呂場の様な湿った密室から夢に呼ばれた挙句に飛び立つ事が出来、三人は又、新たな密室の流転に生でも拾うようにして腰を低く構えた後(のち)に、白木(しらき)を抜けて別の世界(フィールド)へと飛ばされて行った。四方山話が尽きぬ談合と見果てぬ空論を重ねる虚無の一室へと俺は飛ばされて来たようで、現実の灰汁を束ねて図り直そうとする白紙の再来が待ち人でも得たように小躍りして居り、俺は元職場の介護施設にこの身を落ち着けて居た。
俺は未(ま)だ介護福祉士を続けて居たようだ。一度、現実に於いて辞めて直ぐに人との語らい無く収入無くで寂しさと遊泳に微睡んで居た俺の身の上にそれ等の辛労(しんろう)を吹き飛ばす程の温かさを奏してくれ得る人の温もりと金の効果を益してくれ得る環境(ばしょ)に俺はその時降り立って居て、派手に辛く伏して居た時期であった為に、俺は小躍りした儘喜んで居た。介護福祉士として再度働く事が出来るのはその時の俺にとっては代え難い程嬉しく、又利用者の温もりを享受出来る事が唯嬉しかったのだ。娘は知らず内に自然が織り成した一本の廊下の様な通路を渡って来て居りこの場では俺の隣に居座る看護婦として在り、主(おも)に薬剤を調達する仕事に就いて居る。娘はこの夢から覚めた後(のち)も変らず薬剤師である。俺は元職場へ還って又働ける事に一目の安堵を飛び越えたように嬉しがっては居たが、中々見知ったあのオフィスへ辿り着く事が出来ず、真夏(なつ)の色彩を濃く彩る弁天迄への一本道をてくてく上(のぼ)っては歩いて居るようでもあって、無量の心が適度にその温度を冷まして行く中、俺が歩く歩道を囲ったガードレールの向うには、次から次へと車がやって来ては適度な轟音を残した儘走り去った。その道とは車の往来など然程でもない筈なのに、と適当に見知って居た俺はその車の往来の繁忙に少々驚き、不思議に思った。歩き続けると、どうも今自分が歩いて居る歩道にはガードレールが取り付けられていない事に再度気付いて、これも又不思議だった。どうも夢想の内で自分で自身を護っていたらしく、あの場所迄辿り着くまでは必ず死なない、と固く胸に想いを根ざして居た為だろう、等と案じられたようでもあった。そうした歩道を俺はもうずっと歩いて居る。
ふと交通の流れが止まったのに気付いた俺は、自分から横、背後、を見ると、少し遠くに街の、否車の排気瓦斯にでも巻かれて薄らんだ空気の内を走ろうと構えた、一列の先頭を行こうとする車を見付け、その車の中には如何にもとろそうな中年男が居て、その中年男は自分の旧友と思われる頭の禿げ掛った男と交通を無視して喋って居た。この彼等は始め、禿げた男がとろそうな男に車を当てられそうになった事に対して激怒して文句を言い放ち、そこで見合った事によってとろそうな男が先に禿げた男を自分の旧友である事に気付いた為に両者共に打ち解けた、といった経過を観ていた。しかし男は、この禿げ掛った男が〝高が車を当てられそうになったくらいであんなに激怒した〟事に対して無性に苛ついた様で、
「もうお前も大人やろ!高がんな事くらいで一々目くじら立てて怒んな!」
等と言っているのを目の当たりにした所で、俺の分身が又その設定されたような場面から遠ざけられて、確立された様に流れ出た別の環境へと移されて行く。
夕暮れが似合いそうな別天地下の土手の様な場所へ俺は降り立って、緩やかな春の中頃の様な風が吹く中俺は辺りを見回し、自分の置かれた環境の程を確認して居た。その土手で娘と長男はキャッチボールをして居たらしく、娘が長男の送球を取り損ねたようで、ボールは見知らぬその土手下の空き地の中へ落ちたらしく、と丁度その場面へ俺が通り掛った事もあり、娘は俺に又当然のように「一緒に探して」等と宣(のたま)い、俺と娘と長男は三人で見失ったそのボールを探し始めて居た。空き地迄下りると、何やら何処ぞの野球部らしき男が白いユニフォームを着て、青空の下の学校のグラウンドを走る様に走って居るのが見えた。一、二周走っても走り終える様子は無く正に〝グラウンド十周〟といった感じに良く陽に焼けた額と首、両腕に汗を滴らせて、躍起に走って居る。しかし走っていたのはその程好く黒く焦げた男一人だった。その男は少年らしく見えたが、社会人か否か良く判らない往年から漂う貫録の様なものを持って居る様子が、他者の侵入に詫びる事無く走り続ける落ち着いたペースに見え隠れした。先程から自分の周りに、直ぐ近くに佇む新しい侵入者達である俺達を見ても一向に怯む姿勢を映さず儘に、唯一点を見据えて空へ向けて走り続けて居る。ボールは俺が見付けた。長男が空き地に生い茂っていた背のやや高い草々を掻き分け遠くまで探しに出向いて居たが、一度知らぬ間に俺の近く迄還って居た長男が再び同じ様に遠い場所へ出向こうとして居た際にその長男の足元に素通りされたボールが在るのを見付け、俺が拾って居た。俺がそうして意外とすんなりボールを見付けた為か、三人はそこでの仕事を終えたかの様な体裁を採りつつ、又、夢の内の現実空間へと戻って行ったようだ。記憶が飛ぶようにして俺は又新しい仕事をこの夢毎の空間を繋いだ通路の内を往来するようにして掛け持ち、今度は白色したベッドの横で仁王立ちしながら介護の仕事に就く自分の姿勢を垣間見、その一瞬の光景と情景とがその時の俺に吸い付き捉えたようで、そのベッドを設けた狭い空間が次の仕事場と成って行った。俺がそんな出で立ちで居たから娘も看護婦の恰好をし始めてベッド横に寄り添い、そのベッドに恐らく寝て居た患者の検診をし始める様子が窺えた。俺が寄り添って居たベッドと娘のベッドとは離れており、娘は家の一部屋(ひとへや)を隔てた程の距離を取って俺の背後を取る形と成って居た。こうして、娘が此処で看護婦にその成りを変えようとして居た事に対しても長男は良く思って居ない様子が在った。暗に伏した儘目配せして〝やめとけ〟と長男が娘に伝えている様子が俺には見えた。詰り、娘が自分の生活を支える格好の一つ一つを俺に伝えて行く事が、自分の事をより理解・把握して貰おうという娘の意図であるようにそこでは捉えられていた様子で、要所要所に於いて、娘は俺に対する〝お近付き〟の体(てい)を図って居た、とされる用途が在ったのだ。これを長男は自身の意図を掲げて、踏み止まらせようと娘の顔を見ながら示唆していた。俺は遠の以前からそうした両者の駆け引きに出くわしては知らぬ存ぜぬとした別人の表情(かお)を晒しながら娘をそれでも適当の距離に遣り、長男の思いへ配慮しながらでも長男を少々煙がった。〝どっち付かず〟の体裁を取りつつもそうする事で尚、柔軟に包んだ軌跡の表情をこの身に攫う如く、万事への目処が付き、空想(おもい)を侍らせて、俺は娘と結婚したい思いを幾度も無く画策して居た。
あの未知なる小テーブルに三人して着いて居た時、
「どうして娘と長男の両親である未知と安沢先生はあんな事をあんな形で俺に言って来たんやろうか。だって結婚を前提にお付き合いしたらどうか、とか言いながらその結婚話を娘に一度も一言も言ってなかったってのはどう考えても腑に落ちず、妙な事だ。娘に何の確認も取らずに何故話を進めたんか俺には殆ど分らん」
と俺は、実は娘と長男に対して言って居たのである。これは、そう言う事で俺は〝結婚に対する真摯な姿勢〟というものを先ず娘に、そして長男に、暗に示した俺の狡猾な算段だった。二人は黙って、そう言う俺の言葉を聞きながら何か、次の二人(俺と娘)の将来への展望を図る為の役作りでもしようかと、自分達、俺達を囲む小道具への見方を変えよう等と思考を唯奔走させて居るようでもあった。そうして先ず二人は自分達が身近へ手繰り寄せなければ成らないとした目的の様なものをせっせと繕い始めた。上手く行ったかも知れない、俺はそう思い、娘と俺と、そして長男との個を束ねて見せた以前の空間図に白線を一つずつの間隔を取って引き分け、殊に自分は娘と同じ境界へとなるべく身を置く形を採って長男と娘との個の空間が呈する距離を引き離れたものとしていた。それでも地味で前進する事に唯自然の様に献身的で居る娘の事を俺は好いて居たのである。
何か、そうした娘、長男、俺との三人のやり取りが進むにつれて、俺がこの夢の内で通って来たような現実と理想との斡旋を図る脳が、その三人の心境に於いて、季節が臆する事無く誰にも邪魔されずに移り変わるシステムを採って巧妙に形成されて行く気配を、俺は二人の顔色を窺い密かに感じて居た。
~果実の飯事(ままごと)~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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