第30話 光との邂逅1

ダルテン、レナード、ラナーナは、跪いたまま全身から噴き出る冷や汗を止められずにいた。

あまりの恐ろしさに震えを止められず、歯がカチカチと音を立ててしまう。


目の前に現れた、いや降臨なされた神話級の2人は、存在が想像できないレベルだった。


「ルミナ、久しぶり。相変わらず元気そうだ」


大賢者ルミナラス・フィルラードは恭しく深いお辞儀をすると、ゆっくりと顔を上げた。

そこにはまだ少女だった頃憧れた、あの日よりもまだ若いノアーナの姿があった。


「ノアーナ様。お久しぶりでございます。ああ、生あるうちにまたお目通り叶うとは光栄の極みにございます」

「ははは。大げさだな。今の俺は『光喜』だ。そう呼んでもらえると嬉しい。さあ、他の3人も顔を上げてくれ。このままじゃ話もできないだろ?」


そういってルミナラスの手を取り優しく立ち上げる。

ルミナラスは忘れていた少女だった頃の感情が胸に灯るのを感じた。


「恐れながら、光喜様。対等な会話は不要かと。こやつらはあなた様に不敬を働いた光の一族でございます。このまま押し潰せば良いかと愚考いたします」


ネルはさらに圧を強め、4人を見下した。

瞬間、4人の存在が希薄になる。


「っ!!!!!」

「ネル…俺は話に来たんだ。殲滅するつもりはない」

「……はい。承知致しました」


圧が消えて4人はほっと溜息をつき恐る恐る顔を上げた。

この一瞬で4人とも相当な生命力を消耗したらしくふらついてしまっている。


「すまない。だが理解してほしい。君たちの神が今やろうとしていることは、極帝の魔王の許すところではない。だから話し合いに来たんだ。俺の愛する世界に混乱を巻き起こすものは承知しない。…たとえそれが俺自身でもな」


「????????」


俺以外、ネルまでもが不思議そうな顔をしている。

まあ、そうだろうな。


「ネル、まずは皆に回復を。話はそれからだ。ルミナ、君から皆に指示を出してほしい。話し合いの用意をしてくれ。それと出来たらルーミーとも会いたいのだが、連絡はとれるか?」


「?…ルーミー??」


きょとんとダルテンは不思議そうな顔をしている。

レナード、ラナーナ、さらにはルミナラスまでもがポカーンとしている。


「こっ、光喜様?本気ですか?あの泥棒猫には権能が!」

「ネル、大丈夫だ。やっと思い出したんだよ。ルーミー、いやルースミールは味方だよ。彼女は『光神』を名乗っている。『光の神』ではなく『光神』とね。…俺の『戒律』に抵触しないためだ。それにおそらく『真実の権能』はもう使えない」

「光喜様、あなたの言葉には従いますが、直接の対峙は今のあなた様ではまだ時期尚早です」


俺とネルの会話を聞いていた4人が、驚愕の表情を浮かべる。

彼らにとっての絶対者は間違いなく光神ルースミールだ。

それを愛称で呼ぶなど信じられないのだろう。


「んー?多分問題ないはずだけど。ネルたちのおかげで『もう一人の俺』はだいぶ力を削がれたはずだから」


「光喜様。話が見えません。だめです…いやです……いやあ…」


ネルは張りつめていた糸が切れたかのように、へたり込み泣き出してしまった。

俺は優しくネルを抱きしめ、顛末を見ていた4人に語り掛けた。


「あー、ちょっと二人だけになりたいんで。悪いが外してもらえるかな?半刻ほどしたら話し合いをしたいから、準備してくれると助かる。あっ、ルーミー、いやルースミールはまた次にするから、伝えなくていいよ。よろしく頼む。」


4人はよろよろと立ち上がると、礼をして部屋から出ていった。

…後で回復してあげなくちゃね。


※※※※※


「ネル」

「いやあ…いやあ…ヤダあ…」


ネルはなりふり構わずかぶりを振り、俺の言葉に拒絶する。


「ネル」

「…だめえ…やだあ……もう…いやあ…」


俺は強くネルを抱きしめる。

ネルの鼓動を感じる。


「ネル、ごめん、でも…」

「っ!…ひっく、…ひっ…いやあ…もう……ひとりはいやあ…」


俺はネルが落ち着くまで、ずっと抱きしめ続けた。


※※※※※


バタバタもがき続けていたネルの体から、すっと力が抜けた。

どうやら少し落ち着いたようだ。

ネルはそっと俺の顔を見た。

ネルは涙でぐちゃぐちゃな顔をしていた。


「俺の可愛いネル。ごめんね。いつも心配かけて。でも…」

「あなたは200年前も同じことを言ったんです。ルースミールは味方だって。でも、でも、あああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!」


ネルはフラッシュバックを起こしていた。

ネルは白目をむき、体が痙攣を起こす。


200年前、半身をもぎ取られた痛みが、まるで今繰り返されるような、心が引き裂かれるような、無理やり心臓を抜き取られるような、あの恐ろしい、永遠ともいえる大切な存在が居なくなる恐怖が、優しく微笑む大切な人が目の前で無くなってしまう恐怖。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」


「ネル、ネル、ああ、ネル。大丈夫だよ。ここにいるよ。ネル。」

「ああああああああああああああああああああ…うああああああああああっっ」


俺はネルにキスをした。

優しい『想い』を乗せて…


「んんんんんうう…んん……んう……」


再びネルの体から、力が抜けていくのを感じた。


「ネル、俺はここにいる。ずっといるよ?だから、ネル…」


眼を閉じたネルは、呼吸も落ち着いてきた。


「ネル、大切なネル。大丈夫。俺はここにいるよ。君の腕の中にいるよ。」

「……こう…き……さ…ま……?」


俺は再び強くネルを抱きしめた。

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