第25話 天使族の災難

(新星歴5023年4月30日)


モンテリオン王国には、中央を囲うように建設された大小3つの壁がある。

一番外側の壁、高さ10m程の外は平民や商人などが居を構え、にぎやかな様相を呈していた。

二番目の壁、高さ5mほどの外は、豪商やかつて貴族に名を連ねた有力者などが居を構え、高額な商品を扱う一流の店が展開しており、人通りはまばらだ。


街道は広く整備されており、すっきりとした印象を受ける。


三番目の壁、高さ3m程の中は王城と大聖堂があり、許可ある者の一部のみが入ることを許されていた。


騎士団は任務内容により第一から第四まで分けられており、すべては二番目の壁と三番目の壁の間に建設されていた。


第一騎士団の詰め所に戻ったダルテンは、頭を抱えていた。


「無茶苦茶だ…」


上品を好む天使族を中心に編成されている騎士団の詰め所としては、たいした装飾などはなく武骨な印象を受ける。

機能美を優先されたような必要最低限の家具が配置された団長室の椅子に座りながら、苦虫を噛み潰したよう顔をさらにもう数段ゆがませ、正にこの世の終りもかくや、といった大きすぎる溜息を吐いた。


もうかれこれ数刻は同じ体勢で悩み続けていた。


彼の発する余りにも陰湿な雰囲気に誰も近寄れずにいたが、さすがにこれは異常事態だと特務小隊長のレナード・ビステインは声をかけようと団長室の扉を開き近づいた。


レナード・ビステインはビステイン元伯爵の次男で、幼少の頃よりその才能を認められ、40年ほど前に騎士団に入団し、魔導の才能により特務小隊長に任命された。


長い黄金の髪を後ろにひとまとめにし、緑がかった青色の瞳を持つ、整った甘い顔をしている美丈夫だ。

存在値は230。

天使族の中では中の上くらいの力だ。


今は警ら用の団服に身を包んでいる。


「団長、どうされたのですか?…っ!?顔に酷い火傷が!!おいっ!ラナーナは居るか?誰か早く呼んで来い!」


レナードは改めてダルテン団長を見た。


神と謁見するためにあつらえた礼拝正装は所どころ解れ、服装から覗く肌には大小様々な痣が見えていた。


「っ!?一体?…ダルテン団長どうされたのですか?…エリル副団長は?…」


今日ダルテン団長とエリル副団長は、光神ルースミールの居城へ行っていたはずだ。

一昨日の『護衛任務』の顛末を報告するために。

テーブルに無造作に置かれたエリル副団長の祭典用の宝飾剣に嫌な予感がする。


護衛任務、わが第一騎士団に最重要任務として国王ガウウィンより下った勅命。

しかし今思えば疑問の多い任務だった。


求められた部隊規模は1個大隊。

およそ千人規模。

武装は宝具を含む実戦を想定した臨戦装備。


勅命書の内容を聞いた時には「どこと戦争をするのだ?」と思うほどの内容だった。

が、実際は光神ルースミールの居城であるレイトサンクチュアリ宮殿の警備だった。


もともとレイトサンクチュアリ宮殿は光の眷属がこれでもかと結界を重ね掛けしており、許可のないものはアリ一匹として侵入などできない。


物理攻撃や魔法攻撃などさえ無力化される障壁が展開させてあるのだ。


過剰な警戒に団員からは「ほかの神々が攻めてくるのでは?」とまことしやかにささやかれていたほどだ。


しかし実際には、団長と第一騎士団王級特務騎士小隊の幹部である5名のみが入殿を許可され、他は宮殿外部に展開しただけ。


しかも半刻もすると突然全身を引き裂くようなおぞましい魔力が宮殿内に発現したと思ったら数瞬で消え去り、数分もしないうちに団長以下5名は退殿させられ、あまつさえ同行してきた眷属たちに「速やかに立ち去れ!さもなくば神罰が下されるだろう!散れっ!」

とまで言われる始末。


意味が解らない。


「ラナーナ・キルト軍務医療小隊長、参上しました」


そんなことを考えているうちに、ラナーナが到着した。


ラナーナは騎士団では珍しいハーフエルフの見た感じ20歳くらいの女性だ。

治癒魔法が得意で、おおばば様の最後の弟子、役職は軍務医療小隊長。


銀色に輝く髪をショートで整え薄い眉毛に鳶色の瞳、形の良い小さな鼻、薄めだが艶やかな薄ピンクの唇、耳はやや長めの可愛らしい顔立ちをしている。


胸に白地の赤い十字マークのプレート装着した、医療隊の団服に包まれた体躯は、小柄ながらも女性らしさを前面に押し出している。

親しみを感じさせる美女である。

存在値は186、医療担当としては比較的高い数値を誇っている。


「すまない、ラナーナ。団長を見てやってくれ。酷い火傷と全身に痣があるようだ」

「!わ、わかりました…団長、失礼しますね」


ラナーナが処置しようと団長に駆け寄り、正装を脱がし、驚愕に目を見張る。


「…ああ…たいした傷ではない…」


団長はそういうが、背中にはびっしりと痣や火傷があり、さらには呪紋が刻み込まれていた。


※※※※※


傷や火傷は処置したものの、どうやら神が絡む傷は通常の治癒魔法を弾くらしく、包帯を巻くのが精いっぱいだった。

特に呪紋は直接触れる事すらできず、ラナーナは自らの手に限定結界を展開しながらなんとか包帯を巻いたのだ。


「お、おおばば様を呼んでまいります!」


そういってラナーナは飛び出していったため、団長室には今ダルテン団長とレナードの二人のみだ。

…まあ心配している団員が、部屋の外から様子をうかがっているが。


「人払いを」

「!?…おいっ、しばらくこの部屋に入ることを禁止する」


レナードは遮断結界の術式を構築しながらほかの団員に命令した。

結界が効果を発揮し気配が消えると、団長はゆっくりと重い口を開いた。


「極帝の魔王ノアーナ様が、顕現なされたらしい」


驚いた。


レナードはポカーンと口を開け、ダルテンの言葉を理解することができずにいた。

?!極帝の魔王ノアーナ様??…あの神話の??!!


天使族はこの世界では比較的短命の種族だ。

おおよそ150年という寿命だ。

ダルテンは100歳、レナードは70歳を超えたくらいだ。

中には特殊なのか何らかの魔導なのか、200年以上生きる個体もいるらしいが。


なので『極帝の魔王』を知るものは天使族にはいない。


おおばば様は300歳くらいと言っていた。

冗談だと思っていたが、もしかしたら…


「だ、団長、本当ですか?」

「光の神アルテミリス様の権能『虚実』が発動したらしい」

「えっ!!!!!!!!!!!!!!?」


「顕現された直後に『等星の極姫ツワッド嬢』にかっさらわれたそうだ」

「なっ!!!!!!!!!?」


「エリルは存在を消された。対価は『不敬』戒律には触れない」

「そんな!!!!!!!!!!?」


「そしてノアーナ様をお連れするよう命令された」

「っ!!!!!!!!!?」


「3日以内に。さもなければ呪紋が発動し、この一帯は消し飛ぶ」

「っっ!!!!!!!!!!?」


「対価は『八つ当たり』だ。意味わからんが戒律には触れないらしい」


どれ一つとっても、天地がひっくり返るような出来事が、たんたんと団長の口から紡がれた。

余りの情報量に、レナードは呆然と立ちつくすのであった。

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