第7話 お部屋での一幕
(新星歴5023年4月28日)
俺が落ち着くとネルが(ネルさんって呼ぶととても悲しそうな顔をされたので呼び方を変えました。呼び捨てにしたらすごくいい笑顔で笑うんだよ。可愛すぎかっ!)早速聖言による帰還術式を発動し、拠点であるグースワースに転移、今はかつての俺の私室についたところだ。
20畳くらいの広さに立派なベッドが目に付く。
センスの良い家具が絶妙な配置で置かれており控えめな調度品もあいまって、どう見てもあり得ないくらい高級なものに囲まれているが落ち着く空間を演出していた。
ひときわ大きな姿見があり、窓際には応接コーナーがあつらえられていた。
俺は今そこのソファーで寛いでいる。
俺がいない間もしっかり管理してくれていたらしい。
部屋にはチリひとつない。
窓の上に設置されている、やけに時代にそぐわぬデジタル時計のようなもの『魔刻計』には「新星歴5023年4月28日11時38分」と表示され、意味は分からないが「カチッカチッ」と秒を刻む音が鳴っていた。
何か微妙に地球感を感じる…時間軸も同じっぽいな。
「光喜様、とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?その、大変心苦しいのですが、まだお力のほとんどが戻られていない状況では、色々と面倒なことがありますので」
そう言ってネルは、少し切なさそうな表情を浮かべた。
「もちろんグースワース内であれば問題はありませんが」
てきぱきと俺の世話をこなしつつ、お茶と軽食を用意し、拠点の人たちに指示を出す姿に見とれていると、不意にネルから質問された。
「そうだね。しばらくは『光喜』で頼む……あはは、なんかタメ口慣れないけど、この方が良いんだよね?」
「もちろんでございます。もっとぶっきらぼうなお言葉遣いでも構いませんが、長く人間の生活をなされていた光喜様には、徐々に慣れていただければと。呼び名の件、賜りました」
お疲れでしょうしばしお休みくださいませ、とネルは私室を後にした。
※※※※※
なんか怒涛の展開だったな。
ふーっと大きく息をつき、ちらりと姿見を見ると佐山光喜だった俺とは似ても似つかない整った顔の黒髪銀眼の均整のとれた体つきをしている中性的な美少年が映っていた。
ネルが用意してくれた黒を基調とし金色の縁取りがされた軍服のような、所どころ高価な金属で細工されたそれに身を包む姿はマントでも羽織れば確かに魔王に見える。
だけどさっきから心がざわついていた。
ネルに出会って最初に「ノアーナ様」と呼ばれたときに、漠然とした違和感、そして不安、焦燥感がよぎっていた。
「この違和感は一体…」
心の奥で、まるで魂が声を潜めて叫んでいるような、訴えるような感情。
でも、もやがかかったような『見えるようで見えないものが見える』ような……
「あっ……」
俺は僅かばかり前に、そんな感覚に支配された領域にいた。
死んだと思った直後の空間だ。
「何か関係あるのかなあ…」
転生?後から続く強い違和感と、ネルに会えたことによる大きな充足感、能力を復元したことによる安心感、以前の記憶にあるあまりにも隔絶した存在であるかつての自分への激しい劣等感。
様々な感情や状況が浮かんでは消え、消えては浮かび、混乱するはずの俺の思考領域はスキルの恩恵か徐々にさえていき…
「やーめた」
あっさりと放棄することを選んだ。
もともと執着のない性格だったようだ。
何しろ多くの星々なんていうとんでもない領域をポイしてしまうほどの存在だ。
「分からんものは分からん。それよりも分かっていることから考えてみようか」
俺は大きなベッドに体を投げ出し、知らない天井を見上げながら恐ろしいほど濃い、さっきまでの出来事を思い返してみた。
「これは異世界転生なのか?…姿かたちも全然違うけど…まあ東京の家で死んだのは確実だよな。最後おかしかったけど…」
「とりあえず両親とか妹夫婦には心配かけちゃったかな…親より先に死ぬとは。親不孝者だな。まあほとんど会えていなかったから、あの人たちの生活には影響を及ぼさないだろうけど…」
「西園寺先輩心配しているだろうな。なんか俺を引き抜こうとしてたし…茜ちゃん大丈夫かな…」
「あと、なんか創造主みたいな、絶対的すぎる存在らしいけど、そもそもなんで俺は滅ぼされたのだろうか?普通概念すら創造するものや、宇宙なんてとんでもないものいじれる存在を滅ぼすなんて、無理ゲーもいいところだろうに…」
ふと、先ほどまで居たネルを思う…
「ネルってマジで可愛いよな。美人だし…以前の俺はとても幸だったろうな…」
「…もう仕事に行かなくていいところは…正直嬉しいけど…」
「…そういえば尿意とかないな。そういう必要のない存在なのだろうか?」
「…」
とりとめのないことを考えているうちに、徐々にではあるが落ち着いてきた気がする。
後でまたネルが来てくれるようだ。
そこでしっかりと疑問点を解消しよう。
そしてできることからやってみよう。
考えたって分からないことばかりだ。
ある程度に覚悟ができたことにより高ぶっていた感情が落ち着いたせいか、それとも怒涛の展開で疲労したせいか俺の意識は暗闇に落ちていった。
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