~アジトの炎~(『夢時代』より)
天川裕司
~アジトの炎~(『夢時代』より)
~アジトの炎~
絵を描(か)く様に文字を書く事に努め始め、今日で大体半世紀が過ぎ去った。私は現在(いま)三十六歳であり、青い尻(けつ)の皮を未だにぶらぶらぶら下げながらも画面の内の見得ない光(さとり)を欲しがって居る。自宅の階段を上(のぼ)る時に歌った鼻唄が世間で大流行りに流行ればよいと言うのが私の理想で、その為には目を閉じたくなる程窮屈な工夫(メディアせんりゃく)が現実界で口火を開いて待っているのだ。私にはそうした戦略の操作は無理な為出来る奴が遣ってくれればよいと酷く楽観的にまるで発想(アイディアとゆめ)を見離す訳だが、旋毛曲りで頑なに野垂れ死ぬ自分にとっては丁度好い草枕の体(てい)だと自賛して行く。此処まで着けた半世紀とは二十一年の頃合いを指し、億劫に片手(てのひら)に載せて流行(かぜ)を遮る居残る悪魔の触手は残像のみを呈した儘にて煙草の人煙の体(てい)して仄かに眩止(くらや)む。薄暮れた東京(とかい)に生き行くロマンスの肢体が誰にも知られぬドグマを呈して俺に生き行き、人煙立たぬ処に火は発(た)たぬと又人恋しさに欠伸を知って、残り少ない人の理解を気持ちで受け取る。その気持(イントネーション)こそがタッチを越えた満悦、満喫へと辿り着かせる要と成り得(う)り、何時(いつ)まで夢見て何処へ向いても一定した或るロマンスの残り香(が)とは又自分(おれ)に返ってドグマを立たせる。この「ロマンス」こそがどの世界(ぶんや)に於いても人を立たせる為の生命(いのち)と成り行き、「ドグマ」こそがそれを立たせる思慮と成り得る。思慮を以て、人は世界に光を差すべくメディアを形成(つく)る。「新宝島」も「宝島」も一緒くたにされ行く行く跳ね起きて〝自分〟を掴み出そうとする眠り人(びと)達から抜群に身を立て理解(せかい)を創り行く戦士と成る訳であり、その出発は又他人(だれ)から見ても稚拙に映る。若さも相俟(あいま)り俺の心身(からだ)は現在(いま)を以て益々現実空間から成る温度の内へと体温(からだ)を擦り込み群象化(ぐんしょうか)して、行く行く描(か)いて行けば妙な癖にて手許が鈍って妙字(みょうじ)を書き行く。この一紙一面に大きく分けた己の感性に絆されながら如何に鬱にペンを走らせ漏れ堕ちの無い実(からだ)を大きく揺さ振りながらも白紙の紙面は唯にこやかに俺を見、何彼の縁起を狙って待っている。左手に持つ煙草の煙が今ぽちゃんと水に落ちて煙(すがた)を消し終え、何も無かったようにひたすらながらに俺の心身(からだ)を現実空間へ引き返して行くその内には又大きく騙した白壁の様な畝(うねり)に絶え行く真空管が俺の脳裏(まなこ)に屹立としてきちんと立って居ながら〝俺の返りを待ち続けて居る、〟とぽそりと呟き、俺のスペースをその現実空間の内に用意して居た。何事も兼ねてから余程の構成(こころづもり)が無ければ勇気も根気も覇気も未熟も一切合財分らない質(たち)を内に秘めつつ一介のドグマを鷹揚足る賛美の内で晒し続ける俺の覚悟はこの四肢の機能を一切持たずに、唯自然に埋れた大理石の形容(くち)を種火に変えて現実(ここ)へ表す大道芸しか知らないで居る。〝知る〟という事に一介の芸術家(さっか)が見羨む寸志の望遠の内で終ぞ撥ね行く純白の衣(ころも)を纏った黄金律の成果が程好く合図し出して、俺の心を新境地へと十分構築され得た畦道(みち)に心身(からだ)を阿り、通して行くその何者かに依る傀儡の体(てい)には素早く察知して行く六感の生息を俺の親身へ照らし、〝俺は俺で…〟と他(ほか)を返して〝一介〟を〝大家(たいか)〟へ化(か)え行くほど強靭(つよ)いドグマを手に取り己に課して、闇内にひっそり漂う師匠探しに労を折るのだ。闇を知らぬ、見ようともせぬ内に在る者に闇に入国する門は魚籠とも開かず、成人(おとな)が子供を馬鹿にする態(てい)を見せつつ心底羨み続ける神秘の造詣をちらとも見るに叶わず、黒く照り輝く黒色(プラスチック)の容器は終ぞ終始に鏡と成って自身(おのれ)を照らしてほっそりほくそ笑んだその手の甲には、大体的に束ねられ得た伸縮の興事(きょうじ)が事細かに解体され得て、まるで白波に打ち寄せられた波打ちの這う様(よう)に漏れ出た我楽多(あぶく)の体(てい)にてその身を置き遣る。始終腐った人々(まんじゅう)等と口や顔を合せて対峙させ得ぬ、と小さな暴露を見棄てた人には饅頭から成る甘い匂いが死力を講じて却って深浅に成り、苦味を持てども結局股に集(たか)った仔蝿(こばえ)の様(よう)に死に物狂いの労役に陥った後には無量(むりょう)の褒美がぞくぞく天から雪(そそ)ぐ、と泡(あぶく)ながらに打ち寄せられ得たその水際(みずぎわ)にて命の歩行の仕方を垣間見て居る。大人と小人(こども)の境界線には終ぞ定義し切れぬ人へ向けられ得た至極(しぎょく)の残物が転がり始めて天地(あめつち)と成し、無効に喫した人の結婚への赤ランプは常に満足気にして唯集まる独身者に対する愚弄の侮辱を発揮しながら、それでも自然と共に寝起きして行く人体(じんるい)の程度(しゅうたい)の具(もてなし)には今、天から刺さった空来(くうらい)の大蛇(おろち)が俊敏と化して鱗を持ち上げ、頭の鱗は刹那な迄に傀儡を打って者々(ものもの)全てに課された放擲への執念の程度(ほど)には、俺(ひと)が講じた〝過(あやま)たず成親(なりちか)〟の振動がこうして響いて、終ぞ頑なに、万(よろず)の万物から成る後世の鱗は眼(まなこ)を出し惜しみつつも生命を呆けさせ得て自分の主(あるじ)を現実(ここ)と決めた。恰幅冴えない形相のオルマは何時(いつ)しか燃え行く既成への襲来が余程の人体を装って〝起天想外(きてんそうがい)〟の大蛇(おろち)を邪念に満ちた日葬(にっそう)へと己の執念を得させて燃え尽き、行くは未来に、行くは過去へと、時空を越え行く人の生来の行方を固い心中(まなこ)で捉えて居ながらこの身体(からだ)はその源を知り得ず、ついつい牧師(げんじつ)の御言葉から成る傀儡の身へとその身を落ち着く。透明色したノルマの行程(ほど)には何処まで行けども熱葬(ねっそう)に帰したアルファの改行に没した己の信心が唯表情(かお)を覗かせ羨み緩ませ、緩ませられた肢体の不出来は終ぞ束の間白紙に命を灯らす一介の真摯の様に未熟に羽ばたき、何処へ行くのか行方知れずの貞操守って己に課された宿命(しごと)に歩む。消す事の出来ない純粋な発想にこそその人が生(あ)るのだ、と高い夢(きょうち)から逡巡しながら在る事無い事無闇矢鱈にペンを灯らせ根差して見たが、矢張り他(ひと)には向かずに、窮境した我が宿に灯った按配を奏でられ得た赤白く火照(ひか)る〝明々(あかあか)の朱門(しゅもん)〟に我の体は返り咲き行き、到底宿(そこ)から生れ変れはしなかった。
日頃を妬み続けた俺の分身(こころ)は遂に束の間白蛇が糸体(したい)を辷らせ天へ戻るようにと地を這い廻り行く大学に居り、そこではその日、俺が以前から大好きだった西田先生に依る前代未聞の小試験がこの構内に設けられた何処かの教室(かいじょう)にて執り成されるとの情報を聴き、まるでその為だけに大学へと赴いた自分の道程(みちのり)の行程(はば)を知りつつ仰いだ空から落ちる白陽(はくよう)の昼下がりに嫌気が差して、午前(あさ)だというのに気焦(きしょう)新たに憤悶しながら段々やって来やがる青学生(あおがくせい)達に発破を振らせて、何処で試験が行われるのか、も一度聴き直そうと躍起と成った。しかし儀礼様式に美辞麗句を並べて新鮮に束ねられ得た屑の御託は胡散霧散に自然(くうき)へ返る各々と成り、断片ずつを以て集め行っても結託され得ず無想の極致で結果ばかりを見、全く以て役にも葦にも成らないその学生(ゆうじん)達には目下咲き嗄れ乱れたメディアの不様が足長に表情束ね得た苦心のドグマに侮辱され得る珍説(ちんぜい)の様(よう)にて、滅多矢鱈にその体内組織(メディア)を構築し得た体躯の塊へ不問を頃見て投げ掛け得た頃、醜態を控えて貞操振って採り得た言葉(こたえ)は〝正しい〟とされ得た試験会場の情報であって、白紙に記したその場所を以て散々それから迷走を憶えて独走(はし)り終えた俺が時の暁、即ち終点に見得た物は全く外れた僻地であった。あの学生(ゆうじん)、散々勿体ぶって飛ぶ鳥落し火の鳥に変えようと燃え上がった体(からだ)を採って俺に説教垂れて居たのに、詰らぬ御託で真実(すべて)は闇に記(き)し、寸分違わず俺の良心に放擲したのは現在のバラエティに飛んだメディアの攻法と同様にして全く歯が立たぬポンテオの詭弁の体(てい)にて真相分らず、繰り返して行く労走(ろうそう)の程度は益々激しく燃え盛って遂には口火を切った邪神の様にその身を呈して怪物(じぶんたち)を得た。常時(いつ)も図らずその身に束ねる正当化の術に生き得た魔人の体(てい)だ。悶々独り淋しく日陰に入って自らポケット内(うち)より取り出した携帯電話でネットを開き、又大学の事務室に入って事務員に問い、きちんと示された公式な設定場所を調べて見ると、同じに分った開始日時は既に現在を背後(あと)にして居り、場所は幾分建物内に入り組んだそれでも身近な所に在るのに気付いて、俺は公式頁を閲覧せずに、頼り無き学生風情に大切な情報を問うた事と、以前の自分だったら決してその様な行楽に独走(はし)りはせずに努力に尽した事を有名如実に後悔しながら自分と接した学生(ゆうじん)と俺自身(じぶんじしん)を怨みつつ、足繁く通った筈の寒風を通す廊下を渡って試験会場へと向かって行った。
その俺が好きになった西田先生の科目は、絶対に履修してその試験に合格しなければ進級(そつぎょう)出来ないとされた必須科目であった。故に俺の思惑(こころ)は燃えて佇み、譬え闇の内に自身が在ろうとも必ず天地を返して進級に漕ぎ付けようと目下画策して居た諸業の度合いは中途に止まらず、一介返(へん)じて大家(たいか)と成り得た己の心身(からだ)は言わずと知れた論文作成手腕を誇る激烈な通貨を手にした学士と成り行き、薹が立ったまるで壮体に鞭打つ寂寥の騎士には程好く冷たい寒風が股を通り行く程心地の良い過去(むかし)を返したようで、帳の降りない闇の内には俺が目指し終えた新緑の咲き乱れた〝股の小路(しょうじ)〟がとんと人から見得なくなった都会の学生街(とおり)に仄かに咲き得た竜胆の青白さを又一点落して静かに笑って、俺の心身(からだ)は百足の脚よりも具に物を見肢体に把握(おぼ)えさせ得て、逡巡知らずの不敵の僧へと一段格上げを成し得た。深緑がまだまだ遠い月の夜が葦(め)を出す狭筵の朝の事。如何しようかと一点集中し尽す蛻の竜胆に尖った俺の注意(きおく)は何処かで待ち得た白色の流行を安全に宥めた稚拙な体(てい)して凡庸を着、何にも書けない記述書の内にて物思いに耽り相応の大胆を隠し得た文士の卵をちらと垣間見、何処か此処まで歩いた経路(とおり)で密かに黙って発見して居た挨拶の行方を自身に宿して他(ひと)を見、孤独を欲しがり嫌がる夏の音頭に体(からだ)を寄せて〝大変だね〟とまるで成人(おとな)が小人(こども)を諭して言う程肢体(からだ)は未熟も稚拙も含めて破棄し、明日(あす)は我が身の愚物の試論を遂には夢見て温みを知って、果してよもやの専制君主が如何にか終点(ゴール)へ漕ぎ付ける現実(こと)への回想の程度(ほど)に俺と分身(ゆうき)は表情(かお)を顰めて努めて行った。
激しい冬の時代が仄かに万華の咲いたあの細道まで到来(き)た奴(やっこ)の時期には俺の躰も金銭という現実と身との斡旋を得る屈強の狭筵が外壁と成り得て他人を圧倒したのに、今となればその糊代(のり)を片手に悠々堕落に満潮して行く我が身の不様があらゆる文句を連れて来て、如何とも言えない脆弱(よわ)い肢体を地道に引いて他の表情(かお)達に別れを告げる、そんな俊敏から成る虚言の羞恥に我が身が在るのを唯何処と無く淋しく思う我が思想が在った。そうして潰えた〝黄金変率〟醸した過去の試算に我が身の局(きょく)は何処まで行けども終着さえ見ず何処ぞの路傍で空を見て居る葦の体(てい)して目下に沈み、明日(あす)も見得ない闇夜の内にて誰かを闇打ちせねば通らない、そんな妄想(おもい)に身の丈足りぬと嘆きながらも散々喘いで他(ひと)を蹴散らし、果てさえ見得ぬ寂寥を縦断して行く固陋を知った。懐に手を遣る平(ひら)には金銭が無く、その為電車に乗れない我が身を嘆き、東京(はて)に着いても止まり木さえ無く路傍に落ちた古着の様に目下に活き得た試算は暮れて、収入要らず強靭(わがみ)は何処へ行けども事実が呈する〝現実試験〟を如何でも受けさせようと目下に活き得た俺に企み、身の程隠した数多〝育成(いくせい)〟達が俺の視界(きょうち)へ侵入(はい)って来るのだ。又その為、早稲田へも本郷へも行く為の路銀と検定料さえ払う力(かね)無く夢に潰えた目下の主体(あるじ)は小言を連呼する度優秀に明け暮れ得た夫々短命の思考に力を馳せ得て野望を棄てて、一旦棄てたと言い切る主体の自信は地中に埋めた思考の惨劇とも成る孤高の美談に最果て知らずの温(ぬく)みを勝ち取り、何処へ行けども何時(いつ)まで経っても身の力(りき)返らぬ無鏡の孤立を煩い知らずに闊歩して行く主体(わがみ)を知った。そうして算段牛耳る身の破滅にも似た怒涛の組織が充分過ぎる過去を旅して熟れ行き過ぎて、悲哀を奏でた精神(こころ)の準備は目下闊歩(ある)いて日常を経験して行く主体(わがみ)の温度とほとほと伴(あ)わずに煌々火照った無力の肢体(からだ)を現実目掛けて飛ばして嘲笑(わら)った夢の夢想に二段の層に置き忘れて居た主体の脱殻(もぬけ)は一寸に鍛え上げ得た狭筵を拡げてその上に立ち、唯ほくそ笑みつつ我が身の優雅を闇へ葬る。彼(か)の京都に咲き得た主体が集った蛻の層には音頭を執れない緩い泥濘を知り得た極断(きょくだん)の孤高を散らせる紫御殿に終始身を遣る無業の職種に終ぞ束の間留(とど)まる我が身を知り得て陶酔して居り、その衰退の程度(ほど)には目下が試策(しさく)して居たあわよくばの精神(こころ)が溺れず正気を奏でて、主体(わがみ)を拾うassembledな低落の安泰に束の間腰を据え出す要所の俺には既に何も安泰し得ない無業の境地がやがては初めて回転始める欲望の廃墟を呈して行くのを段々日暮れが動いて変容(か)え行く低地(きばん)に残してふっと失(け)し行く。そうして又脱殻(もぬけ)を知り得た俺の主体(からだ)が物理を潜(くぐ)って廊下を独走(はし)り、微温(ぬる)くも淡くも感じさせないあの冬風を起(き)した受験の様子が始業の狭筵の上で束の間なれども身を粉にした儘躍らせ得ていた主体(わがみ)の苦悩はまるで主体(わがみ)への追悼を呟くように如何にも成り得ず、主体(わがみ)が束の間だけでも没する兆しをとんと見せ行く母体から成る遊覧の文句を一つ一つ黄色の嘴により啄むように主体(わがみ)を構築(そな)えて、白色に満ち得た白日の双魚(そうぎょ)を無尽蔵にも役割果たさせ夏の日暮れに失墜させ行く。唯俺の目前(まえ)には〝情けない〟〝物足りない〟〝腰掛けの場所〟と謳い続ける小鳥の様な音頭が在るのみであり、その個体の冬には当然理(り)として厳寒の到来を科学の理(り)ともする傀儡(ひと)の試算も組み込まれる物として在り、夢に現(うつつ)に吐(ぬ)かし続けた固走(こそう)の現実(はいきょ)は目下華を保(も)ち行く現行の強靭(つよ)さを我に掲げて魅力を呈し、次の一歩に踏み出す迄の前身から出る華(あせ)の炎は他人知らずの空想を棄て出し、明日を夢見る肢体(しゅだん)を取り次ぐ儘の姿勢で空飛ぶ鳥を落とすを目論む。故に、俺の走り過ぎたその足跡には緩く芽吹く春の新芽も出ずに茶土(つち)の上では冬が吹き行き、如何でも温(ぬく)みを芽出立(めだた)せ得ぬ狭筵の温(ぬく)みは今後束の間成れども新芽を芽吹かす兆しを見せず唯その影響とは俺が内持(うちも)つ無想の在り処に咲き乱れさせ得て、重い懐を充分力を入れて持ち歩く俺の背後は誰が歩くも如何でもよいとその主体(み)を返す〝現実ドグマ〟がぽっかり開(あ)いた口を紡いで主(あるじ)を忘れ、俺の手足は目下画策し得ない脱殻(もぬけ)の誘致を親身に成って受けざるを得ない覇気の末期がその日に在った。〝紫御殿を喰ってやろう!〟とする俺の欲望とは又忽ち力を失くして下流へと行き、草木を芽吹かす口の活力(ちから)は次第に衰え行って行くも帰るも嗣業の戯曲に潰える主体(もの)だと誘惑し得て、目前を揺らす次の初春(はる)が芽吹いて肢体(からだ)を十分(じゅうぶん)火照らす茶色の基盤(どだい)とは一体何時(いつ)まで在るのか、と伸びない脚力(ちから)を以て独走(はし)り廻った俺の視力は夢を破った。
足跡萎え行く初春(はる)の行事に自ら寄り添う活力(ちから)の無いまま俺の体(からだ)は吸い寄せられつつ主(あるじ)を先見(さきみ)て、漸く着いた会場を前庭(ぜんてい)としたまま自分を窮地へ追い遣る準備をして居た。学生が教えようとして失敗して居た、事務員が詳細(こま)かく報せネットで知り得たその試験会場とは、椅子と机を学舎に沿って一列に並べ立てられた各々一人用の席と成っており、〝変ってるなぁ…〟等想わされつつ俺の両脚(あし)には惰性が生れて行く行く成る儘その一列を見て廻り、その学舎をまるで囲む体(てい)にて並べられた机と椅子とを具に確認しようと接近するも漸く溢れた学生達と教師の人数(かず)に圧倒され行き物と体(からだ)は或る程度の間隔を空けて蛇行して行き、自分が落ち着く席を見ようと算段したが一向にか馴れないので身を引き一度教師に確かめようと俺は備えた学生証ならぬ受験票を胸のポッケより取り出して見せると、〝はい後列に続いて並んで〟とあっさりとした口調に構(かまえ)が絆され又行く行く成るまま身を引き連れて後塵佇む後方(うしろ)へ着いた。俺はそこから中々試験を受験出来ずに唯立ち止まって居り、〝俺も此処で試験を受けたい!〟と意気込んで居た当初の覇気(すごみ)は悉く唯泡(あぶく)の様に空(そら)を映して身を躍らせ、ふと後列なる主体(もの)に気付くとそれは最早列という程度(ほど)の代物(もの)とは映らず唯砂塵を巻き上げ身を隠して居る幼児の体裁にも一瞬覚らせ、唯或る程度の決まりに従って動かなく成り得た列で在る事を俺は凡庸ながらに確認して居た。果して受験し得たか否か分らず内に俺の肢体(からだ)は空(そら)を仰がず地中に解け入り、あの日に受けた黒色の洋服を照らし続けた青白さに在る電動の東京(みやこ)の主(あるじ)が又俺の思惑(こころ)の内に表情(かお)を覗かせ得たのか、と疑問を呈してぼんやりして居り、その時着て居た服が確か山吹色したカジュアルを連想(つた)える目下の至極(しぎょく)に到底適わぬ弱体の解(ほつ)れを直(ただ)して居たのを俺は目の当たりにして、〝これでは出直しだろう〟とあわよくばも無い狭筵の形(かた)に取られた混合束ねる成長(ひと)の行方は目下知り得ぬ寒地(かんち)と帰(き)して、俺は試験の温度(ぬくみ)だけを保(も)ち、次に自分に用意され得た遊覧出来得る目録の場所へと自然(ながれ)に付き添い、流れて行った。
寒風吹き行く表通りが銀の桟支(さっし)に嵌め込まれている窓枠の向こうで好く輝いて、人が通るとゆっくり舞い散る砂塵の黄土が時折り乾いて俺を見上げて、行く行く母と二人で廊下の隅に倒された人工造花の粗影(そえい)の列に早くも俺の眼(まなこ)は眠気を催し、還って来ない父の人称を仄かに片手で取り上げ思惑(こころ)へ納めて、直ぐ様そこが白色の十字を頭上に掲げる施設であると俺と闇とが頷いて居た。白壁に反射した陽光の波線(はせん)が音頭を跳び越え街行く白い車体に程好く映ると途切れる事無く俺の衣服が日頃へ解けて父を待たずに母と二人で、白い施設の人工の影内(かげうち)にひっそり佇むソファに腰掛け不純を講じて至高を得ずの受付から呼ぶ黄色の美声に、束の間さえも傾聴し得ずに談笑して行く二人のオルガは虚空へ燃え行く寸志の晶(しょう)にて恰も結託され得ず無業の境地へ固唾を呑んで見守る余韻がやがては知れる父のものであったと解釈して行く。白い施設に顏を向けたリハビリ施設は何時(いつ)ぞや見知った病院とも成り、この病院内には幾多の内科が備えて在ったが母が阿る媚薬の一科は人気(ひとけ)を離れた幼少期に在り、硝子を透して灰燼と化し行く目下の主(あるじ)は諸行を見納め白の衣服をビリピリ裂いて、ふと見上げれば旧い社(やしろ)を一掃し得た大阪の街が何処とも言わず地より這い出た。光景(それ)を観ながら二人で食べる饅頭の味は白餡に似た黒濾しの粒がちっとも見得ない呑み辛い脆さを呈して食され、俺と母にはあの日に咲いた薔薇(ベル)のアジトがつい見付からずに唯冬に咲き行く小言の主(あるじ)に既に無感を呈して髑髏の夢へとその身を燃やして尽きた。大阪の空が悲しく燃え立ち、白雲迄が程好く遠く、彼(か)のスイミングスクールの青色したあの看板を一度燃やして泉に紅(あか)く浸したその後(あと)、有言自直ゆうげんじちょく)と己を立たせて隔離した問答を地中へ投げ遣り新たな環境(くうき)を俺の両手に程好く結んで外して止めて、片麻痺だけが終ぞ離れぬ母の身元でほくそ笑んでた主(あるじ)の美声(こえ)には、夢の踊りが解け込み始めて、俺の覚悟はひたすら優しく孤独の目下(もと)にて安泰して居た。母の歳とは俺の思惑(こころ)に六十五歳と成り青い眼(まなこ)は白い産毛を数えて自体を葬り、俺の肩を、背中を、微温(ぬる)く押し行く素性の糧にはこれまで歩いた譲歩の行方が鈍(どん)と構えて主(あるじ)を待ち侘び、当面二人で遣ってくだろうと密かに俺は心臓叩いて改心して居た。程好く淡い日光の踊る三月半ばと成った。小鳥も鰐も、まるで動物園より逃亡したのか二人が落ち得た目前を生き、如何する事にも決心付かぬと至極悩んだ俺の鼓動を熱く叩いて無聊を揺さ振り、孤独は何処の街でもほっと咲くよと俺を諭した。母は母にて熱き衣を叩(はた)いて左手で持つ銀の手摺を小脇に抱えて立とうと歩くも終ぞ束の間泣き言だけ言い俺に凭れてソファに沈み、白いソファの黒の点には、俄かに残った朝の波動が静かに波打つ儘にて留(とど)めを刺そうと二人を待った。受付待ちから何時しか経過し、耄碌するまで小言を随分吐いて蛻を呈して独走(はし)った俺には母の精神(すがた)が終ぞ掴めず夜明けを待って、何かを問う様な外界(そと)から生れる順番(よびごえ)をひたすら目強(めし)いて唯待った。寒い旅旬(りょじゅん)の吹き込む四月の朝頃。
そこに目を充血させた少々強面風して髪をオールバックに纏めた中年男がずかずか蜷局を巻いて丸めた肢体(からだ)を入れて来て居り、口許には光る唾泡(ふはつ)を呈した世間の夕日を程好く射止めてもごもご動かし、俺は逡巡しながら気配が冷めぬ狭筵の内でその壮年男に旅の疲れを癒すようにと言葉(くちび)を切って慌てる両肩(かた)を座らせ独談(はなし)を訊いた。すると途端に白けた青白い表情(かお)してその中年男は地団駄踏みつつ俺と母とに限り知らずの人の熱情(ドグマ)を功(こう)して発揮し、如何でも利かない四肢の麻痺には刺激が緊(きつ)いと知り得た俺は母を護ると断固に立って、壮年男(おとこ)は束の間股間を通った見知らぬ涼風(かぜ)にふと又夢が絆され、行くは滔々口から漏れ出る具象(ぐしょう)の情景(けしき)を散々散らして覇気を冷め遣り、泥濘知らずの厚い背景(りゆう)を我等に語(おし)えた。まるで怒張は滔々奏でる愚直を呈した中年男(おとこ)の言葉(くちび)の為に用意され行き、俺と母には唯ベッドで寝そべるようにソファに吸い付く重い腰から活力(ちから)が入らず又浮遊の体(てい)して言葉を聴き行く機会が訪れ、〝自分の娘が明晩死んだ〟か〝具合が悪化した〟のか何れか分らぬ定めを壮年男(おとこ)は手にしたように淡く微笑(わら)って、体裁(からだ)を返して、忙(せわ)しい朝日に滔々流れる微温(ぬる)い涼風(かぜ)には中年男(おとこ)の活気(ちから)が身を遣る空間(すきま)も無い程淀みが佇み、目下幾許も無い壮年男(おとこ)の表情(かお)にも姿勢を緩める制御(はどめ)も逸して別人の体(からだ)に自身を見付けて闊歩して行く男性(おとこ)の憩得(いこえ)る斑(まだら)を観た為、俺は体(からだ)を真横に従え怒(いか)る男性(おとこ)をそっと留(とど)めた。そうすると次の瞬間嘘から出た実(まこと)の様(よう)にその中年男(おとこ)の表情(かお)には精気が生れて次第に落ち着き、活気(げんき)を引き込む躰の源(もと)を天井へ迄軽く持ち上げ我等を見廻し、以て生れた定めを引き連れソファへ迄来て俺の母には軟く対峙し、易しく成った受け答えに見る無力な同窓からは母の微笑が温かさを増し希った無造の行方を中年男(おとこ)が着て居た粗目(ざらめ)の洋服(コート)にすっぽり入った美談に化(か)え行き、暫し火照った二人の談笑から成る温(ぬく)みの行方は虚空へ帰すとも言わずにひっそり佇む無数のオルガへ渡って行った。全力奏でて躍進して居た母と俺だが大阪(ここ)まで来たのは偶然ではなく、帳の降りる目下の夜想は算段尽かせぬ弾力の程度(ほど)に可笑しく鳴り止み、受付からの何かを試算して行く人の愚問に天井知らずの鼓動は何かを待った。
我が母校と成る筈のこの大学を喰って遣ろうと親身を込めてまるで一冊の詩集にでも綴った俺は心の内でその詩集を何時(いつ)とは取れず何処とも取れずに大胆(ごうか)に拡げて読み漁りをし、誰とも言わずに自身を告げる自分の誇張は何時しか様々の大きな実りを育むだろうと現在(いま)から以て調和し、見得ぬ思惑(こころ)は既に未知(みらい)と縫合されたかのように表情(かお)を緩めて一体、一対(いっつい)とでも成り得たかの様(よう)に我が糧と成り得て、朝な夕なにしどろもどろは踊って行くが何処かに帰着地を見付けて悠々飛ぶのだ、と俺の真摯は固さを知らない。誰にも時代(いつ)にも知られ得ぬ隠蔽工作を図り終えた我が未来の糧へは侵入紛いに総身(み)を置き付けて来る不毛の輩には一切を任さず自分をそれでも遠くへ置き遣り、誰がこの過程(ながれ)を司るのかその管理者をも見定まらぬ儘月日は流れてあっという間に覇気は萎えていた。その覇気とはこの自身を上手く運用して行きやがては見定めた栄華の記憶を総身(み)に振り撒いて煌びやかに飾り立て得る一端(いっぱし)の温度とするべく勝手を知らない我が手足の抑揚が見付けて来た個人の囚人(とらわれ)の様(よう)であり、白日に降り行く雨散(うさん)の様子に成り変わる空想を転がし終えて人の産物(さくひん)だと宣う人の栄華から観て程遠いものとして在り、唯経験(ちから)が産(さん)じた生粋の天然物(さくもつ)が個の身(み)に落ちて来たのだ、と俺の思惑(こころ)は喚いて止まない。我が母校と成る筈の世情を模した銀翼(ぎんよく)の活性(ほのお)は追憶知らずの我が夢物語(くうそう)の内に程好く羽ばたき、何も知り得ぬ未開廊(みかいろう)の果てへと助走者が他人の意を借り貪欲に知恵を貪り糧として行く無限の人の能力(くうかん)に一つ凛と咲き行く華を付ける契機を知り得て、俺の闊歩は何も逡巡し得ずの開化の地へと程好く降り立つ。泡(あぶく)を数えて日々人の経験のみを白紙へ落して夢から得る地道な試算に追究の刃(やいば)を立てて、ほっそり成長(な)り行く未開の園へは凡そ桃源郷(りそう)を描(えが)く我が昇華の内には昇り得ず、片言紛いに夢想(きおく)を辿った安楽極まる粗暴に堕ち行く我が両腕(かいな)の上ではその能力(き)を発さず嗜み揃えて生活(きざし)に躓き闊歩(あし)を止めて行くのは潰えて総(そう)し、我が風流の活きる術の実(み)に無い。
行く行くこの総身(み)を生活汁(あぶく)に知り行く我が糧を採って肢体(てあし)とし得て、何時(いつ)何処へでも辿り着け得る身軽を尻尾に振(ぶ)ら下げ熱尾(ねつび)を灯して再度(また)還り得る桃源郷(りそう)の麓へ闊歩して行き生活を立て行く己の本心(きのみ)に小言を構えて尽力するのを、未来へ連動し行く我が思惑の針(こころね)は終ぞ見果てず儘に俺(おのれ)が唯生(せい)へ消化され行く気勢を知り得て、或る程度の気色を以て景色を伴い、俺の心身(からだ)を運用して行く定めの源(ちから)をこの心身(み)を賭して記憶して行き、記憶を辿って俺(おのれ)の現場へ着いた頃にはその所の景色と名前が唯一変して変っていたのを俺は知り得た。山村さえ見えぬ新たな望郷へ埋れ行くその地の名称(なまえ)は福井として在り、京都からやがて北東へやや躰が移動(うつ)され入(い)った俺の心は奥地(みち)を知り得ぬ不毛の社(やしろ)を又散々他所から余力を貰って、まるで一つの別荘地へと変化させ得た。
山霧(やまぎり)が仄(ほ)んのり漂うその福井の山(むら)には鉄道が通る陸橋・路線が終ぞ見えずに、唯がたがたと山駆動(ジープ)を走らす黄土(つち)の山道(みち)のみほっそり敷かれて、恐らく夏でも涼しい林道の果てに何時しか見果てた俺の独創の経験(かこ)がその総身(み)を立ててこっそり息衝き、無欲を欲する少年(じゅんすい)な頃観た淡い生(せい)への展望は静寂(ほそ)い腕(かいな)で連れ去られて行く。葉陰(はかげ)で百舌か梟でも鳴いたのかと見紛う程に荒れた木(こ)の葉(は)は総身(そうみ)を透して清流を見せ、その愛らしい心包型(ハートがた)に萌(も)ゆる未知への苦悩はまるで干乾(ひから)びて行く二十日鼠の体(てい)して淀みを知り得ず、目下帰還口(きかんぐち)を探訪(たんほう)して居た俺の両手は夏か秋かも分らず程度(ほど)の脆弱(よわ)い鼓動をこっそり脈打たせた儘やがては還る己の気熱に態(てい)好く絆され始める。青白い山間(さんかん)の漂流気(きたい)が総身(いっしん)に集まり休む間も無くまるでこの鬱蒼茂った密林の頭上へ脱(ぬ)けさせようと俺の硬身(からだ)を持ち上げ気流へ呑ます頃には霧散に散り得た俺の単身(はへん)に生気を与える自然の効果が忙(せわ)しく蠢き、山間(ここ)へ来たのは或る退引(のっぴ)き成らぬ理由の為だと新たに俺の思惑(こころ)へ諭し始めて、俺の躍動(からだ)は悠々蠢きやがては枯れると失敗し得ない肥沃(こよう)の麓へ腰を落ち着かせて行き、清流漂う森林浴(ながれ)の内にて己を見据えた。
やがて意識が遠退き夜か昼かも分らず黄土(つち)の匂いが仄かに漂う木造の家屋に独り寝かされ、在るようで感じられない時空の壁を程無く越えた俺の心身(からだ)は白い毛布に包(くる)まれた儘に意識へ還り、まるで出来事(なにごと)も起きない清閑の感覚(におい)を吟味(あじ)わい終えればその灯(ひ)の明度(あかり)が朝の物だと諭されて居た。薄目を開けて呆(ぼ)んやり宙を漂う木造家屋を眺めて行くと、凡そ知らない他人の家屋の気色が表情(かお)出しその懐に呑まれた家具は生気(ぬくみ)を灯さず冷たく澄まして、俺の実家を構えた京都の物ではない何か新生を宿す変異に映り、そこで新たに自身が寝就かれ起きた麓の山が京都ではない福井の山奥であったと再度(ふたたび)聞かされ、聞かせた別荘(かおく)の天井、支柱、ベッドの四肢、白い羽布団、全てが丸く包まれ呑まれて行くのを俺はこの体たらくに在る二階の闇へと一新放り投げて居た。このような時には微妙な気色の変調にも気付くもの故、俺の身体(からだ)はまるで夢想(ゆめ)から冷め出たように覚えた温もりを冷やかす外界(そと)の主(あるじ)達により侵食(こうげき)されて行くのを真面に受容(う)けて感嘆して行き、所々で解(ほつ)れた両脚(あし)を護るズボンの辺りを右手で弄(まさぐ)り歩き直して、しっかり努めて自身(おのれ)の夢国(せかい)を外の気勢(ながれ)へ沿わせて行こうと注意に遊ばれ牛歩して行く。邸宅の二階へ行く間も無い程階下の闇には未だ色んな家具(もの)が散在させられ、明晩掛けても雌雄を決する土台も無いまま清流(ながれ)は行って、時に連れ添う孤独の体(てい)にて己を隠した。〝或る程度の時間が経たねば、子供の時期(ころ)を過したあの環境へは戻れないんだな…〟等と空に呟き精気を削がれた落ち着いた瞳(め)で無音に近く辺りを吹き行く涼風(かぜ)を窓から観ながら、一刻、一刻まるで油が滴る様(よう)に経験(かこ)へ落ち行く時流の具合(ほど)を具に見上げた観察眼にて俺は知り得た。少々落胆しつつも脆弱(よわ)い脚力を以て二階知らずの階下の木床(ゆか)を這いずり廻って、やがて制限(とき)が来る迄と俺は一身据えつつ福井(ここ)へ来たのを後悔し始めて居た。
誰かの懐に落ち咲いた程好く矮小(ちいさ)な暗闇の内で体(からだ)を捩じ切りそれでも悶絶して居た俺の身上(からだ)は遠く離れた固(こ)の朝の内にて開眼(いしき)を味わい、身上(じぶん)が目覚め咲いた温床の在り処が又別の家だと知るや否やそこには新たに集い始めた男達が居るのに気付いて、その男の数は二、三であった。その男の内には俺の親父が、はた又俺と俺の母親と共に訪ねた友人が居た。友人とは母の友人の意である。目覚め落ちた俺は途端に身の空腹を知って唯飲食に無心と成り行き、「何か食い物ねえがー?」とその地方で独特の訛りを謳って人の気を採り誘おうとして、悉く静間(せいかん)極まる俺の身辺(まわり)に緩んだ各々気色を集めて総身(かたまり)と成し、やがては自分に食い物を運んでくれると内心期待しながらその同じ心の内では〝自分もこっちの人よ〟と原地(げんち)の人とは中々靡かず川の中央にそそり立った巨木の様に善と悪とを見定めながら各自(おのれ)の意向(むき)を紡ぐように採り決めて居り、俺の掛け声を無視して自宅に設けた旧い冷蔵庫や暖炉の内をお堅い表情(かお)して遣り繰りしつつ体裁好くして、孤独を嫌った独身の内に居座り立てずの己の返信に唯注目して居るようであった。俺はこのような気色と情景とを見て、何時しか過去に油のように身に纏わり付いて味を忘れさせ得ぬ馴染みの吐息(いき)が生易しく微温(ぬる)くこの心身(み)を包容するのを感じ始めて、三Mから見下(みくだ)された未熟の故の無謀を手に取るように再現された。〝三M〟とは名前の頭文字が全てま行で始まる所から省略して憶えた代物である。「自分(おのれ)が若輩故に無視される」というのは時空を越え得ぬ個人(ひと)の未熟が息巻きその背を押して飛躍し得どもその場にて跳ねて終える即席物の成す所であって、俺はこの不条理とも悲観とも諦観とも採れ得る若輩から成る壮体(そうたい)への躍動を決して浅く採り得る観念を持ち合せずに、何時しかあの三人の頭上へ立って最上の異彩をこの能力(み)に装備させる事を経験から成る基盤(どだい)の上で目論み続け、今夢想(ゆめ)の内でも密かに覚えた金の卵の体(てい)したこの気勢(いきおい)を束の間膨張(ひろ)げて見ようと素知らぬ身振りで躍起に成った。この無性に苛つく思惑(こころ)の意向(ありかた)を変え得る躍動から成る波紋の渦には、その中央辺りに個人(ひと)から覚られ得ぬ小さな重荷が在るのであって、所々何時何時(いついつ)に吐露する個人(ひと)の性根は又何時しか凝り固まり外界(げかい)と融解し得ない一声(いっせい)へとその身を暈して行って、自身から他所に咲き乱れた華々(はなばな)にはその後一瞥も注がぬ儘に他(ひと)を切って捨てるのだ。「こんな奴等なんかと一緒に居てられるか!ああ苛つく、気分も悪い!」等と憎音(ぞうおん)を放(はな)って身を隠し沈めた無音の更生は、未だにその際の俺の心中(こころ)で脈打ち身を翻(かえ)しながら一寸安(やす)める宿枝(しゅくえ)を探して当てを弄り、日向(あかるみ)に立った俺の居所を具に観測始めた。
大きく連動して行く俺の総身(み)の闊歩に心痛めた老摯(ろうし)が居たのかずかずか音立て俺に近付き、未(ま)だ惑わしから差す朝の灯(あか)りがその背後に俺から見得る頃にて老摯(ろうし)は俺に「牛丼(か鰻重だったように記憶するが)棚(か冷蔵庫だったように記憶する)に入っとるげー。左が辰(たつ)さんので右がお前んじゃ」と程好く貞操携え温(ぬく)みを欲した微笑(えがお)の裾には、悪態吐かれた緩やかに泣く哀しみの色が時を返せず脈打ちながら俺の苦悩を唯眺めて在った。俺は言われた通りに行動して、その行動(うご)く間は何も言わずに心中(こころ)の振動を止めて居ようと努めて在った。言われた直後の俺には冷蔵庫なのか棚なのか丼物(どんもの)の隠し場所を今いち掴めず迂路就いて居たが、余り他に物の無いその空き部屋の様な僻間(へきま)の内では歩く次第に在り処は限られて行き、割り出した直感の機能は辰さんへの思いと微笑を露わに出さぬ老摯から得た極体(きょくたい)の仄かに、淡く俺を迎える母体への帰着を俺は憶えつつ、棚の少し奥に寝そべり明度(あかり)に照らされ陽極を表した二品を容易く認めた。
~アジトの炎~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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