第19話 異世界音楽の授業です

「良い楽器が変えて良かったわね」

「うん、これで吟遊詩人の仕事が出来るよ・・・たぶん」


無事、楽器を購入したマユミ達は「女神の酒樽亭」へと向かった。

おそらく、そこにいるであろう吟遊詩人ヴィーゲルに楽器を教わるためだ。

マユミは先程から歩きながら竪琴を色々な角度から眺めていた・・・子供用と言っても通じそうな程小さなその竪琴・・・木製の本体部分には、花の彫刻が彫られ、蔦の隙間から出るように長さの異なる8本の弦が等間隔に張られている・・・いかにもファンタジー世界の楽器といった趣だ。


(本当にコレ銀貨1枚で良かったのかな・・・きっとこれからの仕事で応えろってことだよね)


あの職人が見に来た時には、最高の演技が出来るようにしよう・・・そう決意を新たにするマユミ。

だがその足取りは少々危なっかしい・・・時折躓いて転びそうになってはエレスナーデが支えていた。


「マユミ、危ないからちゃんと前向いて歩きなさい」

「うんそうだね」


エレスナーデが注意するも、心ここにあらず・・・マユミは楽器をはやく弾きたくてしょうがないのだ。

お昼時とあって女神の酒樽亭はなかなかの賑わいだ。


「いたいた、ヴィーゲルさん!」


店内へ入ったマユミはさっそくヴィーゲルを見つけた・・・どうやら演奏を終えた後らしい、客達からの報酬を受け取りながら、片手を上げてマユミに応える。

マユミはその手に抱えた竪琴を押し付けるような勢いでヴィーゲルに見せた。


「さっそく楽器を買ってきたか・・・これはつまり俺に教えろってことだな?」

「はい、よろしくお願いしますヴィーゲル先生」

「先生ってのは柄じゃないんだが・・・まぁいい、ちょっと貸してみろ」


ヴィーゲルがマユミの竪琴を構える・・・長身の彼が構えるとやはりお子様用に見えてしまう。

だがその指先は器用に弦を弾き、音を奏でた・・・さすがの腕前だ。


「8弦の1~8音か・・・これはまた珍しい物を買ってきたな」

「え・・・ひょっとしてこれ、弾くの難しかったりします?」

「いや、弾くのは簡単な方だろう・・・一つの弦に一つの音だからな・・・よし、弾いてみろ」

「え、いきなり?・・・弾けって言われても、私なにも・・・」

「別に演奏しろとは言ってない、まずは弦を外側から順番に弾けばいい」

「あ、はい・・・こうかな」


先程のヴィーゲルを参考にして竪琴を左手に構え、弦を弾く・・・

ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド・・・いささかぎこちないが、音色そのものはとても綺麗だ。


「よし、次は俺の言う数字に合わせて、その番号の弦を弾くんだ・・・5、8、3、7、2・・・」

「え、ちょ・・・1、2、3、4、5番はこれか・・・次が8、は端っこで・・・」

「遅い!弦をいちいち数えるな!」

「は、はいぃ・・・」


・・・ヴィーゲルは結構スパルタだった。


その後マユミは失敗を重ねながらも数時間に及ぶ練習によって、なんとか8本ある弦を把握できるようになったが・・・ただ言われた通りの番号の弦を弾ける、というだけだった・・・先は長そうだ。


「よし、今日はここまでにしといてやる・・・だが、まだしばらくはこの練習だな」

「うぅ・・・指が痛い・・・」

「そのうち馴染むさ、そいつもお前もな・・・そしたら何か曲を教えてやる」

「本当?」


鞭だけではなく、一応飴もくれるつもりらしい。


「いいかマユミ・・・悪い弾き手はいても悪い楽器はない、そいつがお前の身体の一部になるまで大切に扱え」

「は、はい!ありがとうございました」


頭を下げるマユミ・・・美しい師弟の姿に喝采が起こった。


「え?」


・・・マユミの表情が固まった。


「ヴィーゲルのやつも、もういっぱしの師匠だな・・・」

「でもよ、ちょっと厳しすぎねぇか?」

「マユミちゃんがんばれよ」

「俺たちがついてるからな」


・・・マユミ達のやり取りは客達のいい肴になっていたようだ。

まぁ、店の中で楽器の音を出してやってれば当然目立つのである。


「ごご、ごめんなさい!じゃあ私はこれでっ」


恥ずかしさで真っ赤になりながら、そそくさとその場を後にするマユミだった。


「お疲れ様、マユミったらやっぱり周りの客が見えてなかったのね」

「もう、ナーデも気付いてたのなら言ってくれればいいのに・・・」

「マユミが真剣にやっているのに邪魔するわけにもいかないでしょう?」

「それは、そうだけど・・・」


・・・そんな事を語らいながら、二人は帰路に就いたのであった。



・・・そして、その夜の食卓では・・・


「ふっふっふ・・・マユミさんお手製、ほうれんそうとベーコンのソテーよ!」


屋敷のキッチンを借りたマユミは、ほうれんそうを使った料理を振る舞うのであった。


「さあ、お食べよ!」


料理漫画の台詞を言いながら、エレスナーデの前に皿を置く・・・

レストランでバイトしていたマユミの得意料理だ、その出来栄えは美しく自信があった。

だが、料理を出されたエレスナーデは・・・


「えっ、これ私が食べるの?!」


・・・ものすごく嫌そうだった。


「私がいた世界では定番の料理なんだからね!

ほうれんそうとベーコン・・・相性抜群の組み合わせだよ、胡椒もたっぷり使ってるし」


食欲増進のために料理の解説をしてみるが、エレスナーデは一向に食べようとしなかった。


「ナーデったら、好き嫌いしちゃダメだよ、身体に悪いよ?」

「で、でも・・・さすがにこれは・・・」


この世界の住人のエレスナーデにしてみたら雑草の炒め物である、無理もない。


「いやーエレスナーデは運が良いなー異世界の料理なんて、なかなか食べられるものじゃないぞ」


そう言いながらも、自分の分がないことに安堵する侯爵であった。


「もうナーデったら・・・そうだ」


なかなか食べないエレスナーデに業を煮やしたマユミはついに強硬手段に出る。

フォークをつかむと、ほうれんそうをナーデの口へと差し出した。


「ほらナーデ、あーんして、あーん」

「ううぅ・・・あ、あーん」


ついに諦めたのかエレスナーデが口を開く・・・そこへ間髪入れずほうれんそうを放り込むマユミ。

そのまま咀嚼・・・その目が見開かれた。


(よしきたー)


この後に待っているのは美味いぞ的なリアクション、そしてエレスナーデは現代料理の虜になるに違いない・・・この瞬間、マユミはそう確信した。


「苦い・・・無理・・・」


口元を抑え、そう言って呻くエレスナーデ・・・これが現実だった。


(そんな馬鹿な・・・)


料理の手順に間違いはないはず・・・そう思いながら、マユミもほうれんそうを口へと運ぶ・・・


「にがっ!」


・・・むっちゃ苦かった。



・・・その夜、マユミはエレスナーデに日本が誇る分化、土下座を披露したのであった。

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