第11話 お嬢様攻略完了です

「私と・・・お友達になってくれないかな」


マユミのその言葉にエレスナーデの表情が険しくなる。

かつて、同じようなことを言って彼女に近付いてきた者がいたのだろう・・・


「この家を利用する為に私を籠絡しに来た、ということかしら?」


この娘も同じなのか・・・自分に近づいてくる者は皆そうだ・・・

だがそんな落胆の色は表情に出さなかった、隙など見せてなるものか。


「そうだね、たしかに私はこの家を利用しようとしている・・・」


嘘はつかない・・・マユミは最初にそう決めていた。

エレスナーデは賢い子だ、下手な嘘などすぐに見破ってしまうだろう・・・

そして自分に嘘をついた者など、二度と信用せれないのだ。

だから正直に伝える・・・自分がこの家を利用しようとしているのは間違いない。


「目的はこの家の財産かしら?それとも政治的な事?

言っておくけれど、当家の政務はもうお兄様が取り仕切っているわ。

お父様は隠居の身、爵位を譲るのも時間の問題よ」

「ああ、そういうのは興味ないんで・・・」

「えっ」


思わぬ返答に意表を突かれ、おかしな声が出そうになるのをエレスナーデは堪えた。

それでは何が目的なのか?・・・マユミの言葉を待つ・・・


「私、何もないんです・・・お金もないけどこの辺りのこととか、人がどうやって暮らしてるかとか、本

当に何も知らなくて・・・このまま屋敷から放り出されたら何も出来ずに死んじゃう・・・かも?」


我ながら情けない話だと思ったが、おそらく事実だろう・・・

平和そうではあったが、無知で非力な少女が生きていけるような世界には思えない。


「つまり、生きるためです」

「生きる、ため・・・」

「はい、私が生きるために、とりあえずは安全そうなこの家のお世話になろうとしています」


生きるため・・・どこぞの難民か、貧民のような理由だった。

エレスナーデは改めてマユミの姿をよく観察する・・・

艶やかな黒髪、傷一つない綺麗な手・・・どこかの貴族の娘だとしてもおかしくない。

だが目の前の少女が嘘を言っているようには見えなかった・・・だから聞かずにはいられない。


「あなたは・・・いったい何者なの?」

「わかりません、気付いたらあの森にいました・・・

侯爵様は異世界から来た英雄だと思っているみたいですが・・・」


異世界の英雄・・・なるほど、父がそう思ったのも無理がないのではないか?

父のおかしな趣味には辟易していたが、今のエレスナーデは少しだけ納得出来た。


「あなたは、異世界の英雄なの?」

「ええと・・・異世界で暮らしていた記憶はあります、でも特に何かを成すこともなく・・・普通の・・・いえ、どちらかというと貧しい・・・自分が英雄だとは、とても思えません」


異世界の、貧民・・・なるほど、腑に落ちる。

英雄などというものは信じていないエレスナーデだったが、その事はすんなりと受け入れたようだった。


「よくわかったわ・・・もう追い出せとは言わないから安心なさい」

「ありがとうございます」


これで話は終わった・・・

そのつもりでいたエレスナーデだったが、マユミはいっこうに部屋を出ようとしない。

まさか、直接出て行けと言われないとわからないわけではないだろうに・・・


「まだ何か?」

「その、まだ返事をいただけていないので・・・」

「返事?」


返事とは何のことだろうか・・・屋敷への滞在の件は今許したはず・・・

考え込むエレスナーデにマユミはもう一度はっきりと告げた。


「エレスナーデお嬢様、私とお友達になってくれないかな?」

「えっ、だってそれは・・・」


つまみ出せと言った自分を懐柔して屋敷への滞在を勝ち取る・・・それはもう果たしたはず。


「だからそういうのとは関係なく、お友達になりたいなって・・・」

「なんで?」

「や、エレスナーデお嬢様かわいいし・・・一応この世界で初めて出会った女の子だし・・・私もぼっちは嫌だなって・・・」


思えば、現実世界では友人らしい友人はいなかったな・・・バイト仲間の美穂さんくらいだろうか・・・そう思うと声が小さくなってくるマユミだった。

でも彼女にも友達が必要だ、そう思ったのも間違いない。


「・・・」


黙り込むエレスナーデ。

やはり貴族のご令嬢が貧民風情と・・・とか思われているのだろうか。

自分ごときが友達になるなど、おこがましかっただろうか。


「・・・わ」


やがて彼女が口を開く・・・だがその声は小さく聞き取れなかった。


「え、今なんて・・・」

「なってあげてもいいわって言ったの!お、お友達に!」


マユミが聞き返すと、エレスナーデはそう言って真っ赤になった顔を背けた。

満面の笑みを返すマユミ。


「ありがとう、エレスナーデお嬢様」

「ナーデでいいわ・・・お友達だし・・・」

「?」

「エレスナーデお嬢様、じゃ長くて呼びにくいでしょう?」

「や、声優の私としては長くて呼びにくいからこそ腕の見せ所と言うか・・・」


・・・他人の名前を滑舌の練習にちょうどいい、とか思っていたマユミだった。


「英雄?あなたやっぱり英雄なの?」

「英雄じゃなくて声優です!」


マユミが声優と言うと、だいたい英雄と聞き間違えられる・・・こちらの世界には声優などいないので、それは至極当然な反応ではあるのだが・・・

自分の滑舌はそんなに悪いのか・・・と自信をなくすマユミだった。



・・・こうして、マユミとエレスナーデ、生涯の親友となる二人の友情が始まったのである・・・



『英雄について語らせたら、自分の右に出る者はいない』

エレスナーデの父である侯爵がよく言っていた言葉。


『声優について語らせたら、自分の右に出る者はいない』

これが後にエレスナーデがよく言うことになる言葉であった。

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