第3話 最初で最後のお手紙です

お父さん、お母さん、お元気ですか?


私は・・・まぁ、それなりに元気です


東京の声優事務所に入るからってこっちに出てきてから、もうかれこれ5年ですね


ええと、今まで連絡の一つもなくて、ごめんなさい


二人の反対を押し切って、なかば家出のように出てきてしまったので・・・ちょっと気まずいというか


結局声優事務所にも正所属になれていないので・・・


怒られるんじゃないかとか、お父さんが連れ戻しに来るんじゃないかとか・・・


でもようやく、ちゃんとした声優の仕事が貰えるようになったので、一応報告しようかなって・・・


はい、この度、とあるテレビアニメのヒロイン役を担当させていただくことになりました。


どのアニメなのかは・・・まだ、聞かせるには恥ずかしいので隠させてください


自分が声優として、プロとして満足できる仕事が出来た時に、改めて報告させてください


その日がなるべく早く来るようにがんばるので・・・なんか勝手な事ばかりでごめんなさい


この仕事がひと段落着いたら、一度、帰ろうと思います


あまり先の事はわからない仕事なので確約は出来ませんが、その時は直接謝らせてください


山田真弓


・・・・・・


・・・


「・・・これでいいかな・・・」


第一話のレコーディングを翌日に控えた私は両親へ手紙を書くことにした、報告と、謝罪の・・・



アニメの話が美穂さんから漏れたのか、今日のバイトは休みになっていた。

・・・そんなに気を使わなくていいのにな・・・

普通に働いて普段通りの自分で勝負しよう、くらいに思っていたのだけど

まぁおかげで長年連絡をしていない両親へ書く気になったのだ、美穂さんには感謝しなきゃ・・・


5年前・・・地元の養成所を無事卒業した私は両親が止めるのも聞かずに一人で東京へ出てきた。

一応声優の仕事を扱う芸能事務所は地元の近くにもあったし、養成所もそちらへ所属出来るように取り計らってくれた、両親も当然私がそこに所属するものだと思っていたのだが・・・

東京の事務所じゃないとお話にならない・・・そう思っていた当時の私の眼中にはその選択肢は存在しなかったのだ。


自分で言うのもなんだが、養成所内では私は「出来る人」だった。

声質が声質なので得意不得意はあるものの、同期の中ではトップクラス

私には才能がある、東京に出さえすれば事務所の正所属になってデビュー出来る・・・そんな風に考えていた。


私が入ったのは大手とはいかないものの、名前くらいは聞いたことがある、そんな声優事務所。

正所属ではなく預かり、という形での契約をした時もあまり深く考えず、いずれ・・・遅くとも翌年には正所属になれるのだろうと思っていた。


・・・それが預かりのまま5年目である。

スタジオでのレッスンはあるものの、仕事の話はほとんどなく・・・新人声優が最初にやると聞いていたガヤの仕事すらなかった・・・オーディションの話が年一回、二回あれば良い方。

さすがの私も一年も経つ頃には預かりというものがどういうものか理解していた。


・・・このままじゃいけない。

そう思っても、どうすれば良いのかが全く見えてこない。

情報を集めた、同じような境遇の声優はたくさんいた。

その多くは事務所の許可を得て、あるいは事務所には内緒で自力で仕事を探していた。

仕事と言っても同人作品だったり、18禁作品だったり・・・

そこからアニメや吹き替えなどの声優の仕事に繋がる事はほとんどなかった。


みんながみんな自分と同じかそれ以上の、充分な実力を持っているように見えた。

誰に仕事が来ても全員うまく演じてみせるだろう・・・だがそこから先に進めないのだ。

事務所のレッスンで目立って偉い人に覚えてもらえば仕事が来る?

もう事務所の社長とも気軽に話せる程度に覚えられていたが、仕事は回ってこない。


それでもいつかチャンスは来る・・・必ず来る。

・・・数百とも数千ともという新人声優達がそう思いながら日々を生きている。

・・・その中から自分の元にチャンスが来るなど、宝くじを当てるようなものなのかも知れない・・・


・・・でも私は当てた、チャンスを引き当て、そして勝ち残った。

と言っても一つ役をもらっただけだ、この先も仕事が貰える保証はない。

この作品だけの一発屋で終わってしまうかもしれない・・・


でも・・・納得は出来る。

勝負の場は得たのだ、これで売れなかったらそれは自分の実力の問題だ。

これまでよりもずっと・・・わかりやすい。


台本はもう何度も読んだ、時間のある限り読める限り読んだ・・・おかげでだいぶ眠れない日々が続いた、台本も私もよれよれだ。

例のアドリブも自分なりにパターンは組んでみた、がアドリブはアドリブ、出たとこ勝負だろう。

自分に出来る事は全部やった、今一番怖いのは道に迷ってスタジオ入りが遅れる事だろう。

しかしこの録音スタジオというのは、なぜこんなにわかりにくい変な所にあるのだろうか・・・


予定より2時間は前倒しして目覚ましをセットする・・・それでもいつものパン屋の時間よりはだいぶ遅い、たっぷりと寝られるだろう。

必要なものは寝る前に全部用意した、忘れ物はない。

着ていく服は・・・うーん、手持ちの中から一番高い物で・・・どのみちファッションセンスには自信がない。

声だけのはずのこの業界、なぜか可愛い子が多くて・・・普通で地味目な私はとしては辛いところだけど仕方ない。


あとはとにかく寝て、少しでも身体を良い状態にするだけだ。

両親へ宛てた手紙も鞄に入れ、私は眠りについた・・・

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