英雄じゃなくて声優です!
榛名
第1話 山田真弓、声優です
『喜べ、この間のメインヒロイン決まったぞ』
時刻は深夜1時
バイト先の飲食店の閉店作業を終え、帰り支度を始めた私、山田真弓は留守電に入っていたそのメッセージが、すぐには頭に入ってこなかった。
『・・・来月から忙しくなるから覚悟しとけ、スケジュールはしっかり空けといてくれよ。あと来週には1話の台本が届くはずだからよく読んでおくように』
聞きなれた声優事務所のマネージャーの声・・・メインヒロイン・・・スケジュール・・・台本・・・
「まさかこれって・・・」
もう一度メッセージを再生する、疲れていて幻聴が聞こえたのかも知れない
『喜べ、この間のメインヒロイン決まったぞ・・・来月から忙しく・・・』
この間の・・・最近私が受けたオーディションなんて一つしかない
売れっ子でもない新人声優にオーディションの話が来ることは稀なのだ。
【異世界ではロリ婚は合法です】・・・web小説原作のアニメ化作品らしい。
勇者として異世界に転生した主人公がそこで出会った幼い少女達と結婚する話・・・だったと思う。
内容に若干の嫌悪感を覚えつつも自分の得意とする高音を活かせるキャラが多い作品なので、せめてサブキャラの一人でも・・・と全力でアピールした記憶がある・・・それがまさかのメインヒロイン抜擢。
「ヒロイン・・・私がヒロイン・・・えへへ・・・」
思わず顔が緩んでしまうのは仕方ない。
「どうしたの真弓ちゃん、何か良いことでもあった?」
バイト仲間の主婦、高杉美穂さん(31)が私の顔を覗き込んでくる
・・・どうやら思いっきり表情に出ていたらしい。
「あ、はい・・・あっちの仕事が一つ、決まって・・・」
「ああ、声優さんやってるんだっけ?どんな仕事?」
美穂さんはアニメとかにそういうものに偏見のない人だ。
なので普段は声の仕事のことを他人に言わないようにしている私も彼女には話していた。
「えーと、深夜のアニメなんですが・・・メインヒロインらしいです」
「良かったじゃない、おめでとう・・・でも深夜ってことはエッチな台詞とか言わされちゃうのかしら?」
・・・多分あるんだろうなー・・・「ロリ婚」とか言ってるしなー・・・
「ま、まぁ多少はある・・・のかな?・・・最近はそういうの多いし・・・あ、でも18禁ってわけじゃないので、そんなに酷いのはない・・・はず・・・」
「大丈夫?あんまり変な仕事なら断っても良いんじゃない?」
「たぶん大丈夫ですよ、それにせっかくのチャンスだし、エロ台詞くらいなんでもないですよ!」
「そう?真弓ちゃんがそう言うなら大丈夫だと思うけど・・・じゃあしばらくこっちは出れなくなるのね?」
「まだちょっとわからないですけど、なるべくは出るようにしますよ」
「えっ、でも練習とかしないといけないんでしょう?大丈夫?」
「大丈夫です、若いですから!」
「・・・ええと、ひょっとしてそれは、私は若くないって意味かしら?」
「い、いや・・・それはそういう意味じゃなくて・・・その・・・」
「冗談よ、うふふ・・・」
美穂さんの目だけ笑ってない素敵な笑顔・・・こわい
実際問題として生活が掛かっているのだ、バイトには可能な限り出ないといけない。
実はここ以外にも早朝のバイトをしていて、多少の蓄えはあるけれど、何か月も持つ程じゃない・・・稼げる時に稼いでおかないと・・・
「でも本当に無理はしないでね真弓ちゃん、最近仕事中にふらつく事あるでしょう?」
「あーごめんなさい、それたぶんお芝居のこと考えててぼうっとしてたんです」
「そうなの?気を付けてね」
「はい、ごめんなさーい」
実を言うとたまにちょっと立ちくらみする時がある・・・睡眠時間がちょっと足りてないんだろう。
仕事に支障をきたしたつもりはないんだけれど・・・さすがはベテランの美穂さんだ、よく見ている・・・気を付けねば
「じゃあ放送されたら教えてね、楽しみにしてるわ」
「あー・・・はい、放送はだいぶ先になると思いますけど・・・」
自分の芝居を知り合いに聞かれるのはちょっと恥ずかしいなぁ・・・モノがモノだし・・・
美穂さんと別れ帰路につく・・・
夜も遅く女性にはちょっと怖い時間だけれど、今ではもう慣れたものだ。
いざとなったらこの声で叫べばいい、私は声優、声量には自信がある。
「メインヒロイン、か・・・」
学生時代からアニメ声と馬鹿にされてきた私だけど、本当にアニメから私の声が出る時がくるんだ・・・
「うん、がんばろう」
そう、全てはこれからだ・・・これから始まるんだ・・・
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