第十章◆本当のこと【side 霊弥】

 蒼汰の退院祝いが終わった後、それぞれの帰途に着いた。


 俺も、早弥、寳來と、三丁目の家に繋がる、入り組んだ路地を進んでいく。高い建物もろくにない平坦な土地。遠く向こうの低山も、よく見える。


「あーあ、明々後日しあさってからまた、地獄の学園生活が始まる〜」

「桜木の授業うざー」


 桜木とは、俺のクラスの担任教師でもあり、代数の授業の担任教師でもある。嫌らしい性格から、多くの生徒に嫌われている。


 まだほんの少ししか雪学に通っていない寳來も、すでに桜木のことは嫌っているようだ。


「霊弥くんが喋らないって理由で、無礼者だっていって荷物運びなんて雑用押し付けたり、僕はピーチカパーチカ小鳥みたいにうるさいって理由で、黙らせ用のご叱責ですっ」

「この間は蒼汰が欠席だのどうのこうので愚痴こぼしてたしね」


 よく二十年も教師ができるものだ。おそらく教え子の成績が良いから、それで埋めているのだろう。そういうところも、嫌らしい。


 まだ社会の大久保が良い。授業はつまらないが、少なくとも桜木よりは甘いはずだ。


「B組の立花先生羨ましい〜!!」

「……」コクリッ


 B組の国語の教師、立花幸一は、その人柄の良さゆえに多くの生徒に好かれている。……俺たちが直接喋ったことはない。


 その後も早弥と寳來は、マンションに着くまでの約十分間、ずっと桜木の愚痴をこぼしていた。


◇ ◇ ◇


「……はぁ……」


 家に帰って来て、まず行くのは自分の部屋。


 リビングやダイニングより、こっちの方が、静かで落ち着くし、居心地も良いのだ。


 本棚を漁り、どの本を読もうかと考えていると──。


「ため息つきながら入っていきましたよね……どうかなさいました? お疲れですか?」


 突然、背後から声がした。


 振り向くと、あの屋敷にいたときと変わらぬ姿の、眞姫瓏が立っていた。


「眞姫瓏……?」


 どうしてここにいるんだ、と訊ねる間もなく近寄った眞姫瓏は、俺の首の後ろに手を回す。


 さらに、背伸びして、どうにか顔を近づけようとする。


「今夜はずっと傍にいられますよ? ……いくらでも生身を差し上げちゃうよ?」


 そう言って、バタン、と俺をベッドに押し倒す。


 は……!?


 どういうことだ? 眞姫瓏が俺に馬乗りになるとか……!!


「遠慮はしないで。……もう正式に許嫁いいなずけなんです、私は。霊弥さんを寵愛ちょうあいする……要は、配偶者の体の相手をするのは、良家の嫡女に生まれたからには当然のこと。私に、抵抗するという道はありません」


 どうして声がかすれているのだろうと彼女の目元を見ると、小さな光の粒が見えた。


「私は……配偶者との間に子を産むため、また配偶者の欲を満たすために育てられた、道具でしかないんです……用がなくなれば、生きていても死んでいても同じ……」


 ぽろっと、俺の頬に水滴が打ちつける。


 眞姫瓏はしばらく静かに涙ぐんでいたいたが、やがて俺の胸元にすがりつき、また打ち明けた。


「たとえ私が嫌でも、一族の繁栄のためには我慢するしかなかったんです。嫌でも、男の人の体の相手をしなくちゃいけなかった……。怖くても、辛くても、道具の私は物と同じ。嘘でも寵愛しなくてはならなかった」

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