12
お母さんと私は、一泊二日分の荷物をボストンバッグに詰め込んで、駅前からバスに乗った。バスの行き先は二時間ほど走った先の小さな田舎の村で、裏に小川が流れている小さな温泉旅館があるらしい。
お母さんは窓際の席に私を座らせ、手の中にキャンディの袋を握らせてくれた。星の欠片みたいに色とりどりに光るキャンディに、私は目を輝かせた。その頃になってようやく私は、自分の好き嫌いが分かるようになってきていた。きらきらのキャンディは、好き。
バスには他の乗客がいなかった。運転手さんは年を取った男の人で、ごく低い声で行先のアナウンスをした。私たちの行く先の温泉旅館は、全然はやっていないみたいだった。それがなんだかおかしくて、私とお母さんは、声を潜めて笑いあった。
バスは、走り出すと、観音通りの喧騒からあっという間に逃れ、左右を田んぼや畑に囲まれた田舎道に突入した。私はバスというものに乗った経験がなかったから、なにもかもが珍しくて、窓の外を眺めたり、あれこれ姿勢を変えて椅子のすわり心地を試したり、立ち上がってバスの中の備品をあれこれ触ってみたりした。運転手さんもお母さんも、危ないから座れとは言わなかった。私は羽が生えたような心地で自由にふるまった。最後にバスの通路を端から端まで行き来してみて、ようやく好奇心にひと段落してお母さんの隣に座り直した。
「気が済んだ?」
お母さんが、笑いながら私の髪を撫でつけてくれた。私は大きく頷くと、今度は熱心に窓の外を眺め、通り過ぎていく人やものや景色をひとつひとつお母さんに報告した。
「今、犬がいたわ。見て、花が咲いてる。随分大きな荷物を持った人がいるのね。」
お母さんは頷きながら私の報告を聞いてくれていたけれど、やがてうとうとし始めた。朝、いつもなら私もお母さんも眠りにつく頃だった。私は興奮のあまり少しも眠くなかったけれど、お母さんは随分眠たそうだった。私は椅子に深く腰掛け、寄りかかってきたお母さんの頭を肩で支えた。小さな頭だな、と思うと、なんだか胸がいっぱいになった。
しばらくお母さんの頭を支えながら窓の外を眺めていたけれど、私もいつの間にか眠ってしまったようだった。気が付くと、バスは停まっていて、お母さんがボストンバッグを抱え上げている所だった。
「ついたわよ。」
よく寝てたわね、と、お母さんは私の頭をくしゃりと撫でた。先に寝たのはお母さんなのに、と、私はちょっとおかしくなった。
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