黒艦
横手さき
1話
空の上。
空を、一隻の船が飛行している。
船の上方には雲は無く、下方の雲海は白く波を打っている。
船には、砲塔が大小幾つもあり、相手を攻撃することが前提の造りをしている。
軍艦のようだ。
今、その艦の砲塔の砲身は全て、船首を向いている。
「本艦左、目測で距離二千五百に展開する艦影在り」
艦橋内にいる観測手が、測距儀に目を当てながら言った。
「さみだれ級九、しらさぎ級二十、めぐろ級三、前衛めぐろ級には交戦旗を確認」
次いで、観測手は展開する艦隊の規模を言った。
「発光信号上げろ、白、黄、白」
艦長席でほおづえを付いている人物が命令した。白黄白は、『我貴艦ニ対シ交戦ノ意思ナシ』という意味だ。
信号が花火のように艦の上で炸裂し発光する。
「敵さん、左右に大きく展開していますね」
「ああ、今日こそこの艦を沈めるつもりだろう」
「しかしこの船一隻のためにこれほどの艦隊を向けるとは」
「南側はどうしても北の地が欲しいのだろう」
艦長と艦長の横に立っている副長が会話する。彼らの襟には階級章があり、稲穂の数はそれぞれ三つと二つ。艦橋内には他にも十数人がおり、それぞれが持ち場に就いている。
「前衛めぐろ級より発光信号有り、黒、黄、黒」
観測手が言う。黒黄黒は、『我貴艦ニ対シ交戦ノ意思アリ』という意味だ。
艦橋内の空気が変わる。
「こちらも交戦旗上げい。発光信号、黒、黒、黒」
敵艦隊からも、黒黒黒がほぼ同時に上がる。双方、交戦開始の花火が空で破裂する。
「全艦砲雷撃戦用意、機関最大戦速、面舵二十」
「全艦砲雷撃戦よーい、機関最大戦速、おもかーじ二十」
艦長が発令し、副長が復唱する。
この艦長の口調はあまり抑揚がなく、どこかやる気が感じられない。ほおづえをついたままで指令を出す。
「機関最大戦速宜う候」
「面舵二十宜う候」
機関長と操艦手がそれぞれ復唱し、各々動作に移る。
「砲塔回せ、回り込み敵の左側面を突く。射弾観測、三段、用意」
「射弾観測、三段、よーい」
艦の砲塔の砲身は全て、左舷を向いた。
「打ち方始め」
「うちーかたはじめ」
艦内にドン、ドドンと轟音が響く。
「着まで七〇、敵各艦から砲撃を確認」
観測手が言う。弾道は雲海上を弧を描くように進む。
「着、二〇五右、三〇六左」
数十秒後、敵艦隊の前方に二発と後方に一発が着弾した。
敵艦隊からの砲弾も艦の周辺空域に着弾し、大きな白雲が上がる。
「彼我兵力差は二十以上です。あとは時間の問題でしょう」
「分かっている。一発でもいい、相手側の目をつぶす」
副長と艦長が会話する。
「仰角修正一七、・・・全門斉射」
「仰角修正一七、全門斉射」
無数の轟音が艦橋内に響く。
双方暫く砲戦を交え、数十分が経過した。
「今年はここまでだな」
艦の各所で水蒸気の煙が白く上がっている。
「はい。あとは後続の近衛艦隊に任せましょう」
「総員に退艦命令をだせ。艦を放棄する。融合炉隔壁の固定軸爆破。空中に投棄する。後続の近衛に打電、敵は黒が八で白が二だと伝えろ」
数刻後、艦は光となり、艦長以下全員も光の粒となり、空に消えた。
空の下。
水田に苗が植えられて久しく、黄金色に染まるにはまだ早い頃。
空はあいにくの曇天。
今年は、稲に大打撃を与えるほどの台風がまだ来ていない。
まるで誰かが、台風の侵攻を空の上で阻止しているようだ。
「今年も台風の季節がくるね」
「そうだね。寒い日がくる。もう少し水を増やそう」
畦道にいる若い夫婦が話をしている。二人は農業に従事しているようだ。
雨が降り、若い稲穂の葉に何かが落ちた。
それは雨上がりに光の粒となり輝いていた。
黒艦 横手さき @zangyoudaidenai
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