悪役令嬢の悪役令嬢による悪役令嬢のための街作り(たまに負けヒロイン)

魔夜崎 津奈子

第1話 負けヒロイン、聖女ヒナキの物語 1

◼︎プロローグにもなるエピローグ


「聖女ヒナキ。お前を、この国の王太子である俺をたぶらかそうとし、王太子妃であるリリアーナを馬鹿にした罪で、このレインフォン王国から追放する!」


 期待するように見上げるあたしを見て、王太子はそう言った。

 窓から吹き抜けていった乾いた冷たい風が、あたしのサラサラで真っ黒な髪のふさをなびかせた。周りの人たちが息を殺してあたしをまじまじと見つめている。

 きっと誰も、王太子のこんな言葉なんて予想していなかっただろう。何なら悪役令嬢であろうリリアーナが断罪され、追放されることを待ち望んでいた人もいたに違いない。あたしだってそうだ。


「一介の聖女ごときがねじ込める隙間なんて初めからなかったのよ、わたくしとセオドアの間には。」


 リリアーナの甘くねっとりとした色気を感じさせる声が、パーティーの会場中に響いた。ふと窓の外に目をやると、森の奥にツバメの親子が群がっていた。そうして初めて、自分の視界が滲んでいることに気づいた。


(ないちゃ、ダメ。ここで泣いたらあたしの負けじゃない。しっかりして、ヒナキ。)


 自分にそう言い聞かせると、涙が引いていくのを待って、王太子の方に向き直った。そして、群衆の好奇心と同情心に溢れた視線を無視し、大声で言い放った。


「王太子殿下、あたしは!…あたしは、殿下があたしをどれだけ大切に、丁寧に扱ってくれたか、それだけは忘れません。国外に追放されようと、死刑になろうと、殿下にもらった愛情だけは決して忘れません。」


これは、嘘だ。


「……最後。あたしに、最高の思い出をくれてありがとう。さよなら。」


 体を反対方向に回転させて、辛そうな重い足取りで、でも堂々と退場する。リリアーナのガチガチに固めた髪と違って、サラサラな私の髪をすり抜ける風が心地よかった。


(やっと、終わりか。)


会場を抜け出すと、一目散に馬車に飛び乗った。


「御者さん、出してください!目的地は、ええと…そうだなぁ、隣国の王城なんてどうかな?」




◼︎とある少女の回想


「ひ〜なき!一緒帰ろ〜」


 あたしの唯一の友達の衣羽縫暮葉(ころばぬくれは)がそう声をかけてきたのは、中学校の門を出てからだった。

 空が茜色から段々と光を失っていく。あたしと彼女の間を、まるで切り取るように冷たい空気が流れていった。


「……遅かったね。なんかあった?」


 そんな空気に気圧されてか、自然と口数が少なくなる。何だか口調も冷たくなっているような気がする。嫌な意味で受け取られてないといいけど。


「だんごむし見つけてさ!…っていうか待っててくれたの?めずらし〜ね、あの姫城が私のこと待っててくれるなんて。嬉しくて涙出ちゃう!」


「いや、あたし門のところで右往左往してたけど!でも別に暮葉のこと待ってたわけじゃないし!いや、違うからね?」


 慌てて否定するも、信じてくれないから諦めた。やっぱり暮葉はいろんな方法で雰囲気を和らげてくれる。そしてその方法はいつも完璧で、誰も傷つけない。


「……寒いね。」


「…………きっと明日も寒いよ。」


 その台詞を言ったのが暮葉だったかあたしだったかは、もう忘れてしまった。

 それは、その後に唐突に起こった出来事のせいだろうか、それとも……




◼︎誇り高き公爵令嬢


 隣国、サガラの王太子との謁見の許可が降りたのは、現地についてから一週間後のことだった。


(今までの一週間、いろいろあったなぁ…)


 王城に着いたはいいものの、許可がないからとあっという間に追い返されて。

それから、許可を得るための審査をして、許可を申請する用紙の書き直しを12回ほどさせられて、野宿を何度か挟んでただただ待って一週間。


(長かったぁ〜っ!)


流石に!召喚される前の世界では農家の娘で、聖女として君臨してからもリリアーナの比にならない量の仕事をこなしてきたあたしでも!いや、流石に疲れるわ。

 そして、波乱の毎日を多分卒業したあたしは、今、王城に来ている。ついでに言うと、現在進行形でいじめを目撃している。


「あんたがいるせいで!あんたのせいでティシアはルークと結ばれないの!ティシアの大切なルークを奪うだなんて!たかが公爵令嬢のくせに!」


 全体的にピンクを基調としたドレスに、艶やかで煌めいているブロンド、ショッキングピンクの瞳。間違いなく、平民出身でありながら可愛らしい容姿と抜きん出た才能を併せ持つと噂の男爵令嬢、ティシア・ルルフドール。

たかが公爵令嬢、か。つまり今いじめられているであろう人はこの国の王太子、ルーク・サガラの婚約者、アイニス公爵家のご令嬢、ルーシアだ。


「どう?恋敵に水浸しにされた気持ちは!みじめだわ!まるで野良犬のよう!」


ヒロインが彼女を蹴った。当たったのは鳩尾だった。頭の奥がすぅっと冷えた気がした。

 皮肉のように、楽しそうな音楽が流れている。


高笑いしながら離れていくヒロインを片目に、あたしは水をかぶったルーシアに近づいて、手を差し伸べた。その手が少し震えていることに、自分でも驚いた。


「こんにちは。手を、貸しましょうか?」


 少し冷たい風が、あたしの肌を撫でた。

彼女が、あたしを見上げた。その驚きの表情が、あたしを見た途端に曇っていった。


「結構よ。…気安く触らないでくださる?」


気高く、誇り高く、彼女はそう言い放った。紫がかった彩度の低い赤髪が、囲うようにして彼女の周りを守っているようだった。その綺麗な丸いスカイブルーの瞳は、揺らぐことなく真っ直ぐにあたしを見つめていた。


「そうですよね、すみません。でも、お身体は大事になさってください。将来はこの国の王太子妃様なんですから。」


ハンカチを王太子妃様に渡して、立ち去る。彼女のスカイブルーの瞳は、最後まで揺らぐことはなかった。


あたしは、負けた。


手を差し伸べ、救うことだけが正義じゃない。


そんな当たり前のことを、今更思い知った。


彼女は公爵令嬢として、王太子妃として誇り高く、自らを簡単に人に委ねたりせず、自分の道を進んでいた。


その道は間違いなんかじゃなくて、ただ霞んで見えづらかっただけなのに。


あたしは、彼女の誇りを踏みにじったんだ。


波のように後悔と尊敬が押し寄せてきた時、おそらく新人であろうメイドに、可愛らしい声で名前を呼ばれた。


「ええと、ヒナキ様?聖女ヒナキ様ですか?」


 煤のせいか少しくすんだブロンドをお団子にした13、14くらいの可愛らしいメイドは、あたしを見下ろして仰々しそうにそう言った。


「あ、はい。あたしがヒナキです。」


あたしを見つめるモスグリーンの瞳が、一瞬迷うように揺れた。そして、意を決したようにまっすぐ見つめて、こう言った。



「聖女ヒナキ様、王太子殿下がお呼びです。」

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悪役令嬢の悪役令嬢による悪役令嬢のための街作り(たまに負けヒロイン) 魔夜崎 津奈子 @mayosaki_tunako

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