第34話 最後の晩餐 ⑥
調査を進める中で、香織と涼介は新たな手がかりを求めて谷村美咲に再度会うことにした。彼女の落ち着いた外見の裏に、何か隠された感情があることを感じ取っていたからだ。
香織は美咲の家に入ると、彼女の目をじっと見つめた。「美咲さん、私たちは正彦さんの死に関するすべての情報を集めました。ですが、まだいくつかの謎が残っています。私たちに真実を教えていただけますか?」
美咲は一瞬躊躇したが、深いため息をついて話し始めた。「正彦の死には、私も深く関わっています。」
涼介は驚きを隠しきれず、「どういうことですか?」と尋ねた。
美咲は目を伏せながら、話を続けた。「正彦は確かに、自分の料理に対する情熱とプレッシャーに押しつぶされそうになっていました。でも、それだけが原因ではなかったのです。」
「他に何があったのですか?」香織が慎重に質問した。
「私たちの関係がうまくいっていなかったのです。」美咲は涙をこらえながら言った。「正彦の成功が私にとってプレッシャーとなり、嫉妬や絶望感が募っていきました。彼の才能に対する嫉妬が、私を狂わせてしまったのです。」
香織は優しく彼女の手を握り、「それで、何が起こったのですか?」と促した。
「私は、彼が限界に達していることを知っていながら、さらに追い詰めてしまったのです。」美咲は涙を流しながら続けた。「彼が最後に作った『関門海峡タコとカブのヴァンブランソース』に、私は睡眠薬を混ぜました。彼がその料理を食べた後、彼は眠りにつき、そのまま…」
涼介は衝撃を受けた表情で、「つまり、あなたが彼を…」と言葉を詰まらせた。
「そうです。」美咲は悲痛な表情で頷いた。「私は彼を殺してしまったのです。でも、どうしても彼の苦しみを終わらせたかった。彼がこれ以上苦しむ姿を見るのは、耐えられなかったのです。」
香織はその言葉に胸を痛めながらも、冷静に続けた。「美咲さん、あなたの気持ちは理解できますが、それでも許されない行為です。」
美咲は涙を拭い、「私もそれを理解しています。だから、すべてをお話ししました。私の行動がどれだけ愚かで、取り返しのつかないことをしたのか、今は分かっています。」と静かに言った。
涼介は深い息をついて、彼女に向き直った。「美咲さん、私たちはあなたの話を警察に伝えなければなりません。」
美咲は静かに頷き、「分かっています。すべてを受け入れる覚悟はできています。」と答えた。
その後、香織と涼介は美咲を警察に連れて行き、彼女の告白を正式に伝えた。警察はすぐに捜査を開始し、美咲は正彦の死に関与した罪で逮捕された。
美咲の逮捕後、正彦の死の真相は公にされ、町全体がその衝撃的な事実に揺れた。美咲は裁判で全てを認め、正直に自分の行為を語った。
「私は夫を愛していました。でも、彼の成功が私を追い詰めました。嫉妬と絶望に駆られ、取り返しのつかないことをしてしまったのです。」
法廷では、彼女の言葉に深い悲しみと後悔が滲んでいた。裁判官は彼女の行為を厳しく非難し、罪の重さに応じた判決を下した。
香織と涼介は、美咲の裁判を見守りながら、正彦の死の真相が明らかになったことに安堵した。しかし、同時に美咲の悲劇的な選択に胸を痛めた。
事件の解決後、レストラン「ラ・ルミエール」は一時的に閉店したが、スタッフたちは正彦の思いを受け継ぎ、再び店を開く決意をした。副シェフの佐藤信二が中心となり、正彦のレシピを守りながら新たなメニューを開発した。
香織と涼介は、事件を通じて多くのことを学んだ。人間の心の脆さや、追い詰められた時の選択がどれほど深刻な結果を招くかを理解した。
港町の夕陽が再び海を染める中、香織は静かに考えた。「正彦さんの死は悲劇だったけれど、その思いはこれからも生き続ける。私たちは彼の思いを忘れずに、真実を追求し続けなければならない。」
涼介も深く頷き、「そうだね。これからも真実を明らかにするために、全力を尽くそう。」と答えた。
こうして香織と涼介は、新たな依頼に備え、探偵としての道を歩み続けた。門司港の静かな風景が見守る中、彼らの探偵としての旅はこれからも続いていくのだった。
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