第31話 最後の晩餐 ③

三田村香織と藤田涼介は、門司港の中心部にあるレストラン「ラ・ルミエール」へと足を運んだ。冷たい風が港を吹き抜け、潮の香りが漂う中、レストランの入り口に立つと、その外観の美しさと静けさに改めて感動を覚えた。大きな窓からは、夕陽に染まる港の風景が見え、内部は暖かく照明に包まれていた。


「ここが、正彦さんが魂を込めて創り上げた場所ね。」香織は静かに呟いた。


二人が店内に入ると、副シェフの佐藤信二が迎えてくれた。彼は背が高く、引き締まった体型に短い黒髪が印象的だった。彼の表情には深い悲しみが浮かんでいたが、それでも冷静さを保とうとしているのがわかった。


「お待ちしていました。三田村さん、藤田さん。」佐藤は丁寧に頭を下げた。「正彦さんのこと、本当に信じられません。」


香織は彼に微笑みかけ、席に着くよう促した。「私たちは、正彦さんの死の真相を明らかにするためにここに来ました。佐藤さん、正彦さんが最近どう過ごしていたか、教えていただけますか?」


佐藤は一瞬言葉を詰まらせたが、深呼吸をして話し始めた。「正彦さんは、最近特に料理に対する情熱が増していました。毎晩遅くまでキッチンにこもり、新しいメニューの開発に取り組んでいました。」


「何か変わったことや、気にかかることはありましたか?」涼介が尋ねた。


佐藤は少し考えた後、答えた。「彼はとても厳格で、自分に対しても他人に対しても完璧を求めていました。でも、最近は特にそのプレッシャーが強くなっているようでした。何かに追い詰められているような感じでした。」


香織はメモを取りながら質問を続けた。「正彦さんが誰かと揉めたり、何か問題を抱えていたことはありますか?」


「それはありません。」佐藤は首を振った。「彼はプロフェッショナルで、どんなに厳しくても、スタッフとの関係は良好でした。ただ、最近は少し孤立しているように見えました。」


その時、ソムリエの田中雅人が近づいてきた。彼は落ち着いた表情で、整ったグレーヘアが印象的だった。「正彦さんのことを話しているのですね。」


香織は田中にも質問を向けた。「田中さん、正彦さんが最近どう過ごしていたか、ご存知でしたら教えてください。」


田中はゆっくりと頷き、静かに話し始めた。「正彦さんは、料理に対する情熱と同時に、ある種の焦りを感じていたようです。彼は常に最高を目指していましたが、それが彼自身を追い詰めていたのかもしれません。」


「具体的に何か気にかかることはありましたか?」涼介がさらに尋ねた。


「彼が最後に作った料理、『関門海峡タコとカブのヴァンブランソース』には、特別な意味が込められていたのかもしれません。彼はその料理を完成させるために、非常に多くの時間と努力を費やしていました。」


香織はその言葉に深く頷き、「私たちはその料理に込められたメッセージを解読しようとしています。正彦さんが何を伝えたかったのか、それを知ることが重要です。」と答えた。


田中は静かに続けた。「正彦さんは、自分の限界を感じていたのかもしれません。でも、彼が本当に自殺するとは思えませんでした。彼の死には、何か別の理由があるのではないかと感じています。」


香織と涼介は、その言葉に深く考え込んだ。彼らは、正彦の死の背後に何があるのかを突き止めるため、さらに調査を進める決意を固めた。


その後、二人はレストランの常連客であり、グルメブロガーの森川杏奈にも話を聞くことにした。彼女はショートカットの黒髪に大きな目が印象的で、カジュアルながらおしゃれな服装をしていた。


森川は少し緊張した様子で話し始めた。「正彦さんは本当に素晴らしいシェフでした。彼の料理にはいつも驚かされていました。でも、最近は何かに悩んでいるように見えました。何度か『これが最後の作品だ』と話していたのが印象的でした。」


香織は彼女の言葉を慎重に聞きながら、「それはいつ頃のことですか?」と尋ねた。


「数週間前からです。それまでは、もっと前向きで、次々と新しいアイデアを出していました。でも、最近はどこか投げやりな感じがしていました。」森川は悲しそうに答えた。


涼介は彼女に感謝の言葉を述べた後、香織と共にレストランを後にした。港町の静かな風景が広がる中、二人はこれまで集めた情報を整理し、次の手がかりを探すための計画を立て始めた。


「正彦さんが残した料理とノート、それに彼の周囲の人々の証言。これらをどう結びつけるかが鍵ね。」香織は深く考え込みながら言った。


「そうだね。まずは彼のノートを詳しく調べ、そこから何か新しい手がかりを見つけよう。」涼介も同意し、次のステップに向けて準備を進めた。


こうして香織と涼介は、正彦の死の謎を解き明かすための新たな手がかりを探し続けることとなった。彼らの探偵としての旅は、まだ始まったばかりだった。

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