第10話 密室の白子 ③

厨房のドアは内側から鍵がかかっており、誰も出入りできない状況だった。窓も全て閉め切られていたため、犯人がどのようにして毒を仕込んだのかは謎のままだった。


「犯人はこの密室状態を利用して、誰にも気づかれずに毒を混入させたに違いないわ」と香織が言った。


「そうだね。だけど、どうやって毒を混入させたのかがまだ分からない。もっと詳しく調べる必要があるね」と涼介が応じた。


涼介は厨房の隅々まで調べながら、ふとおどけたように言った。「まさか、犯人が忍者のように天井裏から入ってきたとか?それとも、ドアの鍵を遠隔操作するハイテク装置を使ったとか?」


香織は軽く笑って答えた。「涼介、これは現実の事件よ。ドラマの見過ぎじゃない?」


「まあね。でも、現実はドラマより奇なりって言うじゃないか」と涼介は肩をすくめた。


その時、香織はふと何かを思いついた。「待って。密室トリックには、犯人が現場を離れてから仕掛ける方法があるわ。」


「例えば?」涼介は興味津々で尋ねた。


「例えば、調味料に毒を仕込んでおいて、それが一定時間後に効果を発揮するようにする方法よ。犯人は現場を離れた後、毒が自然に発動するように計算していたのかもしれないわ。」香織は真剣な表情で続けた。


「それは…なるほど!まるで自動的に作動する毒のタイマーだね。犯人は一歩先を行っていたわけだ」と涼介は感心したように言った。


香織は微笑みながら頷いた。「そうね。この仮説をもとに、もう一度調味料を詳しく調べてみましょう。」


「了解、探偵の名にかけて!」と涼介は腕を振り上げて冗談めかした。


こうして、二人は密室トリックの謎を解くために再び調査を始めた。門司港の静かな夜は、まだまだ終わりを告げることなく、二人の探偵としての腕が試される時が続いていた。


特製タレの詳細な分析を終えた二人は、新たな手がかりを掴んで再びレストラン「福寿」に戻った。香織と涼介は、事件の真相に迫るため、全スタッフを集めるように店長に依頼した。


「皆さん、事件についてもう一度確認したいことがあります。特製タレに毒物が混入されていたことがわかりました」と香織が発表した。


その瞬間、スタッフの一人、若い見習いシェフの佐藤が突然青ざめ、動揺を隠せなかった。「そんな…毒物が…?」


香織はその様子を見逃さず、佐藤に向き直った。「佐藤さん、何か心当たりがあるのではありませんか?」


佐藤はしばらく沈黙していたが、やがて重い口を開いた。「実は…藤井さんが特製タレの管理を私に任せていたんです。でも、私は何もしていない…ただ、藤井さんに言われた通りにしただけです。」


涼介はさらに追及した。「藤井さんが何を言ったんですか?」


「彼は…特製の調味料を使うように指示しました。でも、それが毒物だなんて知らなかったんです。本当に…」佐藤は涙ぐみながら答えた。


その時、店長が重い表情で口を開いた。「藤井さん、もうやめましょう。全てを話す時が来たんです。」


藤井はしばらく沈黙していたが、やがて力なく口を開いた。「確かに、私は直樹の成功が妬ましかった。でも、彼を殺すつもりなんて…」


香織は冷静に言った。「しかし結果的に彼を死に追いやったのはあなたです。真実の光が、全てを暴く。チェックメイトです。」


藤井は絶望的な表情でうなだれ、とうとう全てを白状した。「そうです…私がやりました。彼の成功がどうしても許せなかったんです…」


藤井の逮捕後、香織と涼介は事件を解決した達成感を胸に、福寿の新しいシェフが作る安全なふぐ料理を楽しんだ。


「事件を解決した後の料理は格別ですね」と涼介が笑う。


「本当に。密室の謎も解けたし、何よりも命の危険がなくなって良かったわ」と香織も微笑んだ。


港の風は心地よく、夕日に照らされた門司港の景色が二人の心を癒してくれた。新たな事件が待ち受けているとしても、この美しい港町でのひとときだけは、二人にとって特別な時間だった。

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